僕は、魂の輝きが見たい   作:ヒビたまり

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第1話 冒険の終わり/another

 勇者の旅立ちから7年後。

 魔王城。魔王の間。

 

 傷だらけの勇者一行と瀕死の重傷を負った魔王。

 魔王は勇者一行との死闘に敗北した。勇者の死力を尽くした一撃を受け、致命傷を負い、もはや勝ち目はなく、死にゆくだけとなった。

 

「やはり貴様が"コウガミ"か」

 

 その最期に、魔王はエルフの魔法使いの顔を見て、その()()を呟いた。

 

「コウガミ?」

 

 少女のような背格好。白い装束と赤い杖。ふたつ結びにした髪と尖った耳。エルフの魔法使いフリーレンが傷だらけの魔王に問い返す。

 見た目こそ少女だが、フリーレンは1000年以上生きた魔法使い。エルフは長命の種族である。けれど"コウガミ"は初めて聞いた言葉だった。勇者ヒンメル、僧侶ハイター、戦士アイゼンも"コウガミ"という言葉を当然知らなかった。

 そもそもこの世界の存在が狡噛慎也(こうがみしんや)という"異世界の人間"を知るはずがない。なぜ魔王が狡噛慎也の名前を知っている。

 

「――――いずれ分かるさ。貴様が魔族殺しを続けるというなら、必ず"マキシマ"の元にたどり着く。貴様は"マキシマ"と殺し合うさだめにある。それが貴様の……"コウガミ"の運命なのだから」

 

「"マキシマ"……、そいつは魔族だな?」

 

「くくっ」

 

 そうだと答えるように魔王は笑う。

 魔王の体がほどけていく。このあとに待つ魔王のいない平和な時代。人類のための社会。けれどそこには、人の姿をした怪物が潜む。

 槙島聖護(まきしましょうご)

 知性と暴力とカリスマ性。子供心と行動力。白い天使のような美しい出で立ち。そして免罪体質という特異性。

 かつて彼が生きた世界は、彼の犯罪によって、多くの重篤患者や死傷者を出し、大量の流血をともなって、社会が転覆寸前まで追い込まれた。人間が人間らしくいるために。いかにも高尚な理由である。平和を実現した管理社会(ディストピア)の破壊を、槙島聖護は企てた。

 とはいえ彼の企ては失敗している。槙島聖護は狡噛慎也に撃たれ、殺された。射殺だった。

 けれど槙島聖護は生き返った。

 槙島聖護のクリアな犯罪はこの世界を次のターゲットに選んだ。

 

「ティーフェ。貴様たちは"親善大使"と呼んでいたか? 其奴(そやつ)だ。其奴(そやつ)こそ……"マキシマ"だ」

 

「……!」

 

 ヒンメルの脳裏に白い魔族の姿が浮かんだ。

 勇者一行はその魔族を知っている。旅の途中でティーフェに出会っている。

 

「……あれが。…………そうなのか」

 

 普段からイケメンを自称するヒンメルの最大のライバル。ひと目見た瞬間に『勝てないかもしれない』と思った。あの、身がすくむほどに美しい(かお)の、白い魔族。

 イケメン対決なんてどうでもいいように思えるけれど、実はとても大事なことだ。たった今、死ぬ気で勝ち取った『魔王を倒した英雄の物語』を、塗り替えられるかもしれないのだから。

 ヒンメルの背筋が寒くなる。フリーレンに1000年後まで自分の顔を覚えていて欲しいと願うヒンメルにとって――その脅威は死活問題。

 しかも、ヒンメルは"とある約定"によって、その魔族に手を出すことができなくなっている。

 

「くそっ。せっかく魔王を倒したのに……」

 

「ヒンメル。落胆はやめましょう。今は魔王を倒したことを喜ぶべきです」

 

「そうだ。あいつのことは今はどうしようもない。後で考えよう」

 

「ハイター……アイゼン……」

 

 膝を折りそうになったヒンメルを男たちが慰める。なお、フリーレンはピンと来ていなかった。違和感を覚えたが、とにかく今はまだ魔王に注意を払っている。死の間際でも油断はしないとフリーレンは魔王を見る。

 魔王の体はそのほとんどが消滅していた。おそらくあと数秒で、魔王は死ぬ。質問できるのはあと一度きり。

 フリーレンは魔王に最後の質問を投げかけた。

 

「マキシマの狙いは?」

 

 フリーレンは運が良かった。それは核心を突いた。魔王の顔から勝ち逃げの笑みが消え去る。

 魔王は心底悔しそうな顔をして、フリーレンの問いに答えた。

 

「マキシマの目的は――――――"人間に戻ること"だ。…………無視するなよ。魔族(私たち)を……」

 

 魔王は最後の瞬間、マキシマが味方になっていれば勝てていたのにという嘆きを残した。

 そうして寂寥を残して魔王は死んだ。跡形もなかった。何もなかった。死んだ魔族は死体を残さず消えるのだから。勇者一行は虚しい勝利を手に入れる。

 緊張の糸が切れたヒンメルが息を吐き、地面に腰を打ち付ける。

 

「…………ハァー。ひとまずこれで終わりだ。フリーレン。王都に帰ろう。僕たちの凱旋だ」

 

「えっ? マキシマは放っておくの? 寄り道しないなんてヒンメルらしくない」

 

 魔王を倒す旅の道中、たくさんの寄り道をしたヒンメルが、帰りだからという理由だけで寄り道しないなんてありえない。

 親善大使のティーフェ、いや、マキシマの居場所は分かっている。大陸最北端の魔王城から大陸中央部の王都の道中、彼の居場所に立ち寄れる。逃げられる前に仕留めに行こう。

 それを言われる前に、ヒンメルが先んじて言葉を返した。

 

「まっすぐ王都に帰ろう。フリーレン。魔王を倒したことを王に報告して、人々を安心させることが先決だ。それにね……あいつは魔族である限り、無闇に人を殺そうとしないんだ」

 

「……やけに、訳知りだね? ヒンメル、それにハイターとアイゼンも、マキシマ……いやティーフェを知っているみたいだった。3人しか知らない……じゃあ、私と出会う前? ヒンメルたちは、私と出会う前に、ティーフェという魔族に会ったことがあるの?」

 

「悪いねフリーレン。まだ、何も言えない。理由があって、今の僕たちはティーフェに手が出せない」

 

 フリーレンは勘違いしているけれど、実際のところは少しだけ複雑だ。

 フリーレンはヒンメルたちと一緒に居た時にティーフェとの出会いを果たしている。

 あの時。あの(ばしょ)で。

 未来のフリーレンと。

 この時代のマキシマの初邂逅は起きていた。

 マキシマが七崩賢・奇跡のグラオザーム、血塗られし軍神リヴァーレ、無名の大魔族ソリテールの3人の大魔族を、たった一人で足止めしてくれたおかげで、ヒンメルたちの今がある。その恩を仇で返すようなことはとてもできない。

 

「マキシマは他の魔族とは大きく違う。……"人間に戻りたい"、か。……良い意味でも。悪い意味でも。……とても人間らしい魔族だね。君は」

 

 だからこそ恐ろしいんだ。イケメン対決なら勝ち目はあるけど、人間同士の対決で、勝てるビジョンが見えない。誰にも言わず、ヒンメルは胸の奥に弱音を吐いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 彼の目の前には、1メートルほどの大きな球体、いと美しい精密かつ精巧な芸術品。

 "シュネーバルエーデ"が鎮座している。

 魔王の死を感じ取ったマキシマは金槌と(のみ)を机に置く。"シュネーバルエーデ"を彫り込む作業を一時中断した。

 たった今、長きに渡る人類と魔族の種族間戦争が終着した。それに対してマキシマは感慨深く、言祝(ことほ)ぐように口を開く。

 

「若き英雄たちは、人類の歴史を切り拓く大きな偉業を成し遂げた。彼らならやり遂げると信じていたよ。……いや、()()()()()というのが正しいかな。さて、頃合いだ。ここらで隠れ家を移すとしよう」

 

 マキシマは魔王城の方角に顔を向ける。猛禽のように目を細め、浮かんだ笑みをより濃くした。そして、かの宿敵の名前を呟く。

 

「80年後に会おう。フリーレン」

 

 同時刻――――北部高原、キーノ峠での出来事である。

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