僕は、魂の輝きが見たい   作:ヒビたまり

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今回のお話に登場するフランメは、単行本6巻109~110ページの『ゼーリエに夢物語を語っていた、年端もいかない夢見る幼女フランメ』から、3年くらい成長した姿をイメージしています。

ようするに思春期の女の子です。
原作のフリーレンの回想に登場するフランメ(20~30代?)とは違った性格になっています。

キャラ崩壊が気になる方は、ブラウザバックをお願いします。


第3話 救済者/soul mate

 13歳のフランメは不幸な少女だ。

 家族、友人、故郷、そのすべてを魔族に奪われ、フランメの心は復讐の炎に囚われている。必ず魔族を根絶やしにすると日々憎悪を募らせている。

 

 大魔法使いゼーリエに才能を見出され、魔法使いの弟子になった。

 フランメは魔法が好きだ。それも"花畑を出す魔法"のような平和で牧歌的な魔法が大好きだ。……けれど師匠であるゼーリエにとって、魔法は、特別な人間だけが振るうもの。

 そうではない。フランメは誰も彼も自由に魔法を使えるようになって欲しいと願った。

 

 まさに子どもの夢だなとゼーリエに笑われた。ああ。子どもで悪いのか。

 

 魔族を殺すため、フランメは体外に放出する魔力を制限する方法を身に着けた。

 体外に放出する魔力の量で魔法使いの力量を測る魔族を誤認させる。

 卑怯な戦い方だ。こんなの、人を笑顔にするための魔法じゃない。敵を殺すためだけの魔法だ。ぜんぜん好きじゃない。

 

 フランメの心にはいつも燃え盛る炎があった。憎悪が泳いでいた。だから、卑怯でもなんでも、魔族を殺す方法にすがっている。ゼーリエに言われずとも、寝ても覚めても、魔力の制限を続けている。

 

 家族を殺される夢を毎日見る子どもが幸せのはずがない。

 卑怯者の戦い方をするやつの元に幸せが訪れるなんてありえない。

 13歳の思春期のフランメは、そう思っていた――――――

 

「マキシマ、せんせい?」

 

 思わず口に出た言葉にフランメは自分でびっくりした。魔族を先生呼びだなんて、こんな失言はいつぶりだ。耳がかっと熱くなる。

 マキシマは本をパタンと閉じ、慌てるフランメに優しい目を向ける。そして朝のひばりのように透き通る声で、僕のことは好きに呼んでいいよと言った。

 

「君の名前は?」

 

「……フランメ」

 

「"Flamme()"か。なるほど、君に似合う名だ。さながらゼウスの反対を押し切り人類に火を渡すプロメテウスだね」

 

「え?」

 

 ゼウス。プロメテウス。フランメにとって聞いたことのない名前だった。――当然だ。この世界の誰もギリシャ神話を知らないのだから。

 

「座るといい。お茶を入れよう。椿茶は飲めるかい、フランメ」

 

「あっ……はい!」

 

 フランメはつい大きな声で返事をしてしまった。いつもの理性的なフランメらしくない。感情に流されれるままの自分の姿にまた恥ずかしくなる。

 フランメはマキシマのペースに流されるまま、マキシマと向かい合う席に座る。

 慣れた手つきで(よど)みなく紅茶を入れるマキシマの姿を目で追いかけて……フランメは感動していた。

 あまりにも、魔族とかけ離れていた。彼の立ち振る舞いから溢れんばかりの知性を感じた。

 

 お茶に毒は入っていなかった。カップの温かみ、椿の風味、蜂蜜の甘さが絶妙で、むしろ今まで飲んできたお茶の中でも一番美味しかった。

 ひとくち付けたカップをお皿に置いて――マキシマの顔を直視する。フランメは何から聞けばいいのか分からなくなった。

 

 今までの魔族は、魔法使いを見ると決まって敵意や殺意を向けてくる。加えてフランメが魔力を制限し、相手の魔族に自分が格下の魔法使いだと誤認させていると、侮りの感情も混ざってくる。

 けれそそうした魔族特有の傲慢さを、マキシマの瞳から欠片ほども感じなかった。

 むしろ、慈愛や寵愛の感情すら感じられる。

 

 特別な存在から、選ばれているという感じがして。

 見られているだけで承認欲求が満たされて。

 どれだけ理性がなだめようとしても……フランメは心の何処かで興奮を抑えきれなかった。

 そうして言葉を継げなくなっている少女に代わって、マキシマから話を切り出すのだった。

 

「さて。気になることはたくさんあるだろう。何から聞きたい?」

 

 聞かれて、フランメは相手が魔族だからと気を引き締めようとして、

 

「マキシマ……お前は……いいえ、先生は一体、何者なんですか?」

 

 やっぱりマキシマのことが魔族に思えなくて、言葉遣いが敬語になってしまう。

 そして何者かを問われたマキシマは、どういうふうに答えるべきかを逡巡(しゅんじゅん)し、シンプルに答えることにした。

 

「そうだね、一言で言うなら、僕は"元人間の魔族"だ」

 

「もと、人間……?」

 

「ああ。といっても、僕はこことは違う歴史を歩んだ、別の世界の人間だ。僕の知る世界で魔法や魔族といったものは、本の中にしかない夢物語なんだ。魔法や魔族のない世界で死んだ僕は、気づけばこの世界で魔族に生まれ変わっていたのさ。

 僕のいた世界の人類は魔法技術の代わりに、科学技術によって自らが住みやすい環境、社会構造を構築する。この世界は魔族という人類の脅威はいるが、僕たちの世界に人類に対抗可能な脅威はいない。とっくの昔に脅威は駆逐され、敵は同じ種族である人類しかいなくなった」

 

「脅威がいない?」

 

「ユヴァル・ノア・ハラリが言うには。7万年前の人類に起こった変革――『認知革命』によって、人類は存在しないものを情報として伝達する能力を獲得し、生命の在り方を超える柔軟で大規模な集団行動する能力を手に入れた。*1

 この世界の人間も同様だ。虚構(フィクション)を武器にし、異なる場所、異なる時間に生きる者が意識と情報を共有している。僕のいた世界でもそれが出来たのは人間だけだった。

 そしてこの世界でも――人間だけが"物語"を操る能力を持っている。魔族は"物語"を武器にすることができない」

 

「――――じゃあ」

 

「そう。フランメ、たったこれだけの話で君はすぐ理解した。君は(さと)い。人類の魔法体系。女神の聖典。どちらも"物語"を力に変える。人類にのみ許された力だ。それがあれば()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕はね、君たちに分かりやすくたとえるなら、"魔族が脅威ではなくなった"2000年後の未来から来た人間ということさ」

 

「あっははははははははははははは!!!! 本当かそれ!! ふふふ、ふっ、はははははははははははは!!!!」

 

 マキシマが話す荒唐無稽な話に、フランメはお腹を抱えて爆笑した。

 ありえない。ありえない。絶対にありえない。こんなの魔族じゃない。()()()()()()()()()()()()。馬鹿げてる。おかしすぎて。面白い。

 

 こいつは、マキシマは…………!

 

 この時代(千年前)から魔族(どうぞく)を見限っていた――――――!!!!

 

 

 ◆

 

 

 ――――! ――――――――……!

 

 10分くらい笑っていた。フランメの胸に(くすぶ)る復讐の炎を、いっとき吹き消してしまうほどにさっきのマキシマの言葉が鮮烈だった。

 ずっと気になっていた。人間を騙すために魔族は平気で嘘を付くのに、なんであんな簡単な嘘しかつかないのかと。その疑問がフランメの中にあった。そして今、解決した。

 魔族は、物語(フィクション)を使った嘘をつくことが出来ない。時間が経ってもバレない嘘をつくには物語が必要なのに、魔族はそれが分からない。

 魔族は『ヒンメルならそうした』という言葉の意味を永遠に理解しない。

 

 げほっ、げほっ、と過呼吸になるほどフランメは笑い転げた。

 

 もうフランメには、マキシマの話が嘘か本当かなんて、どうだってよくなった。

 だって、この"虚構(ものがたり)"を信じてしまったら、それだけで楽になる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 魔族に騙されるな? おかしなことを言う。目の前の魔族(マキシマ)の話に騙された方が魔族に一泡も二泡も吹かせられるというのに!

 

「くくくくっ……………はぁー」

 

 笑い疲れて、でもすごく、気持ちがいい。喉がからからになったフランメはマキシマの淹れたお茶をごくごく飲む。ぷはぁとみっともない声まで出てしまう。

 

「落ち着いたかな」

 

「……とってもおもしろかった。話を遮ってすみません」

 

「いいよ。そんな風に楽しんでくれたなら」

 

「自分が人間だと信用させるために『魔族が必ず負ける要因を物語にして話す』だなんて……そんなことが出来るなら、あなたを魔族として見れない。そんなことをされたら、私たち人類は『自分は魔族だ』と話す相手を、同類だと誤認するようになってしまう」

 

「君が――"魔力を制限している"ようにか?」

 

「はは。やっぱり。最初からバレバレだった」

 

「まあね。僕の知っている人類なら、それくらい卑怯で残酷なことをするだろうとね」

 

「やめて。また笑わせようとしないで。笑い殺す気?」

 

 そうして、二人の話は弾んでいく。

 フランメは完全にマキシマに心を許している。

 

 自分の心は畏敬か、それとも年相応の恋心か。

 マキシマを信用している自分がいることを自覚しているし、マキシマに殺されるなら本望だなとフランメは思えた。

 自分より上の人に己の矮小さを赦して貰えたなら。これほど自己肯定感が上がることは他にないのだから。

 

「僕は聖典に記された女神の魔法をすべて解き終えている。一年で聖典のすべての章を解読することに成功した。

 サイマティックスキャンで読み取った生体力場を解析し、人の心の在り方を解き明かす。科学の叡智が魂の秘密を暴くに至った。そんな社会で、僕は……善良な一市民として生きていた。そして、電子書籍が一般化してなお物理の本を読む体験を大事にしていたおかげかな。僕は魔族に転生しても"物語"を読むことが出来たんだ。

 起承転結。押韻構成。僕の魂は物語を感じる術理を覚えている。もし聖典の暗号がこの世界の特別なルールで作られたものだったら、暗号の解読は不可能だった。

 けれど女神は聖典を魔族に解かれなくするため、人類が聖典を読み解かせるため、聖典の暗号の鍵を"物語"にした。

 ――皮肉なことに、その対策こそが僕という異世界の存在に聖典を読み解かせる間隙(セキュリティホール)になってしまった」

 

「解き明かした女神の魔法を、私や他の人間に教えるの?」

 

「いやいや。聖典が解けたところで、君にも僕にもそれは扱えないよ。たとえば、時巡りの鳥の章。"人類が長い年月をかけて解読する"という壮大な物語(クロニクル)でしか、この章に秘められた魔法を紐解けない」*2

 

「なるほど……今の人類には壮大な物語(クロニクル)が足りていない」

 

「そう。そして僕は僕なりの方法で壮大な物語(クロニクル)を作るつもりだ」

 

「――――なら私もそうします。きっと私は"連綿と続いていく魔法使いたちの物語"を始めるために神さまから才能を与えられた。きっとそれが私の運命だったんだ」

 

 蒙を啓くことが出来たようだね。と満足そうに頷くマキシマ。ご教授ありがとうございます、マキシマ先生と頭を下げるフランメ。

 言葉だけ聞くと、先生と生徒のような関係に見える。けれど実際のところ、二人は同士のような関係に落ち着いている。

 先生でもなく。生徒でもなく。隣人でも、ましてや愛人でもない。競争相手。ライバルか。いや、競い合っているわけでもない。

 顔見知りや知り合いほど遠い関係でもない。どうせお互いに人類の未来のために行動するから、タイミングが良ければ巡り合う。

 

 ――――だから。そうだな。『一生の友達』。そんなところか。

 

 そしてフランメはその考えを胸の奥にしまい込む。やっぱり口にするのは恥ずかしい。

 その代わりに、

 

「ねぇ、マキシマ先生。……ショウゴくん、と呼んでもいいですか?」

 

「――ああ。いいよ」

 

 フランメは親しみを込めてマキシマを"ショウゴくん"と呼ぶようになった。

 

 偶然か、それとも必然か、フランメは()()()()()と同じ呼び方を使うようになった。

 かつてマキシマが生きた世界でマキシマの仲間の一人だったその人。そして――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 13歳のフランメはそれが運命だと言った。

 しかし果たして、大切な自分の弟子がやがて猟犬に墜ちるという残酷な運命を、意図的にえがくような神がいるとすれば。……それは間違いなく、邪悪な存在だろう。

 

 

 

『忌むべき"今の自分()"を殺す者は……"狡噛慎也()"以外にありえない』

『だから……この世界に"コウガミ"を用意する』

 

 

 

 ――――そんなワガママで邪悪なユーモアを持つ異常な怪物。

 まさに、"マキシマ・ショウゴ"らしいではないだろうか。

 

 たかが一度死んだくらいで。槙島聖護は変わっていない。

*1
参考資料:サピエンス全史〈上〉

*2
独自解釈です。原作にそのような描写はありません。

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