僕は、魂の輝きが見たい   作:ヒビたまり

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単行本1巻は6話くらいで消化する予定です。そのあとは展開を巻いていけたらいいなあ。
女神の石碑に到達するのはいつになるやら……

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第4話 盤上を踊る駒/annihilate

 勇者ヒンメルの死から26年後。

 中央諸国。かつての時代の英雄の一人。僧侶ハイターが天に召された。

 

 エルフの魔法使いフリーレンが、ハイターの亡骸が眠るお墓にお酒をかけている。精悍という言葉が似合ってしまいそうな、物事をまっすぐに見つめる強い眼差しの女の子がフリーレンにお礼を言う。

 

「ありがとうございました。フリーレン様。おかげでハイター様に恩を返すことができました」

 

 女の子の名前はフェルン。戦争で両親を失い、親代わりになったハイターに育てられた。フェルンにとってハイターは、身寄りのない自分を助けてくれた命の恩人だった。フェルンを置いて死ぬことを、ハイターは心配していたけれど、もう大丈夫。

 2年前に聞いたフェルンの決意の言葉を、フリーレンは思い出す。

 

 ――私を置いて死ぬことを、ハイター様は危惧(きぐ)しております。私はあの方に命を救われました。あの方は正しいことをしたのです。

 ――救ったことを後悔して欲しくない。救ってよかったと、もう大丈夫だと、そう思って欲しいのです。

 

 フェルンの誓いは無事に果たされる。

 6年という短い期間でフェルンは大人にも負けない一人前の魔法使いに成長したのだ。確かにフェルンに魔法使いの才能はあるけれど、それだけじゃない。

 フェルンは来る日も来る日も、雨の日も、風の日も、夏の日も、一人前になってハイターに恩返しをするための鍛錬を欠かすことはなかった。そうして一途に続けたフェルンの努力が、実を結んだ。フェルンがまっすぐで強い子だってことを、フリーレンは誰よりも知っているのだから。

 

 初めて会った時のフェルンは見習い魔法使いとしか言えない。フリーレンの旅に連れて行くなんてとても考えられなかった。6年前のフリーレンは、フェルンをあなたの旅に連れて行ってくれませんかというハイターの頼みを断った。

 その代わりに賢者エーヴィヒの魔導書の解読をフリーレンは引き受けた。フリーレンが魔導書の解読のかたわら、6年間フェルンたちと過ごしてフェルンにアドバイスをするうち、フェルンは一人前の魔法使いになり、旅に連れて行ける強さを身に着けた。

 断ったはずなのに、気づけばハイターの頼みを引き受けてしまっている。

 なんともうまくやられたもんだ。それだけフェルンを一人残していくことが心配だったのだろう。悪い気はしなかった。

 

「してやられただけだよ。この生臭坊主に」 

 

 仲間の頼みだ。それにフェルンはいい子だからね。

 持ってきたお酒の瓶から最後の雫が落ちた。フリーレンはハイターに別れを告げる。

 

「じゃあ行こうか。フェルン」

 

「はい。ところでフリーレン様。これから旅をすると言いますが、何か目的はあるんですか?」

 

「私はマキシマを探している。趣味で人助けや魔法を集めたりするけど、私の旅の目的はマキシマを見つけることだよ」

 

 勇者一行のやり残し。魔王を倒してから80年近くフリーレンはマキシマを探している。けれど手がかりがない。というより魔王を倒す前だとマキシマは積極的に人類の協力していた。魔王を倒してすぐ、マキシマはその行方をくらませた。

 ハイターはフリーレンたちに"フィアラトール"で過去に戻ることになるフリーレンがマキシマと出会うことを話さなかった。私の居た時間に戻りたいという切ない想いを吐露するフリーレンを歪ませて、未来に帰れなくなってもマキシマを殺すなんて覚悟するフリーレンに変わってほしくなかったから。勇者ヒンメルと戦士アイゼンも同じ気持ちだ。

 そうしてマキシマ捜索は手詰まりになった。この80年でフリーレンは下っ端の魔族に出会うことがあり、マキシマについて聞いているけど、"ティーフェ"という名前を出しても、大した情報を得られていない。

 

 将軍クラスの魔族に当たってみて、ようやく、『魔族であるかぎり勝ち目はない。魔族にとって最悪の魔法を持っている。という噂がある。マキシマの自由な振るまいを誰も止められない』などと信憑性のない話を聞くことができた。

 だとすればもっと上なら。

 魔王に近い大魔族なら、マキシマについて知っている可能性がある。

 

「――位置的にも時期的にも、ちょうどいい相手がいる。フェルン。マキシマについて知ってそうなやつに、心当たりがある。私たちの最初の目的地はグレーセ森林だ」

 

 ()()と呼ばれる大魔族ならマキシマの手がかりを聞き出せるはずだ。

 

 中央諸国。グレーセ森林。

 そこにはかつて勇者ヒンメル達が封印した大魔族――"腐敗の賢老クヴァール"がいる。

 

 

 ◆

 

 

 腐敗の賢老クヴァール。

 80年前、史上初の貫通魔法"人を殺す魔法(ゾルトラーク)"を開発し、この地方の冒険者の四割と魔法使いの七割を殺すに至った。

 当時のフリーレンたち勇者一行でも、クヴァールには勝てず、クヴァールを封印するだけで精一杯だった。

 

 あれから80年。フリーレンは再びグレーセ森林に足を踏み入れる。

 近くの村の老人に、封印場所への案内を頼む。フリーレンとフェルンと老人は歩きながら、勇者ヒンメルの思い出話をする。

 

「30年ほど前まではヒンメル様が、封印の様子を確認するため毎年村に訪れておりました」

 

「相変わらずのお人好しだね」

 

「勇者ヒンメル様はフリーレン様のことをお話しておりましたよ。様子も見に来ない薄情者だと」

 

「悪かったね……」

 

「でも、村を見捨てるほど薄情ではない。封印が解けるころにはやってくる。そう仰っておりました。しかし…………」

 

「どうしたの?」

 

「見て貰えれば、分かります」

 

 木々を抜け、空が見えるとともに崖が広がる。崖の先にはふてぶてしく胡座をかき、頬杖をついて、左腕を前に垂らしている魔族の石像がある。

 相手は石像。けれど座っていても2メートルを超える巨躯(きょく)。フェルンは、石像からの見下すような視線を幻視した。石像の迫力だけで押しつぶされそうな圧迫感を感じた。

 

 フリーレンの反応は違う。クヴァールの体勢が80年前と違うことに驚愕していた。

 封印した時のクヴァールは片膝をつく体勢だった。断じてこんな風に、地面に置いた何かを拾おうとするような姿勢はしていない。

 フリーレンは石像の表面を撫でる。石像の表面は大理石のように滑らかだった。封印が崩れかけていれば、石像の表面は土くれのようになっている。

 ――だとすれば、この封印は――。何者かの手によって、新品のように貼り直されているのだ。

 

 これはおかしい。とフリーレンは直感した

 

「…………何があった?」

 

「15年ほど前、気付いた時にはクヴァールの石像はこうなっておりました。私たちは王国に事情を説明し、大陸魔法協会から一級魔法使いの方が派遣され、石像を調査してもらいました。そして、その方が言うには――――

 クヴァールの封印は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とのことです」

 

 だろうねとフリーレンは平静そうに言う。頭の後ろで耳鳴りが警報のように喚いている。

 崩れそうになっていたクヴァールの封印を直したのではなく。 封印を解除して、律儀に同じ魔法を使ってクヴァールを封印した。新品同然ではなく。新品そのものである。しかも石像の体勢から、封印を解除したそいつとクヴァールは、親しげに話していた構図が見て取れる。

 

 クヴァールと親しげに会話できる誰かが、この場所に来て、封印を一旦解除し、見せつけるようにわざわざ同じ魔法を使って、腐敗の賢老クヴァールをこの地に縫い留めた。

 

「なんだそれ」

 

「……フリーレン様?」

 

「やることは変わらない。――フェルン。明日クヴァールの封印を解除して話を聞く。そして倒す」

 

 クヴァールの石像から目を背けるように、早足で帰路へと向かうフリーレン。

 封印状態の変化とクヴァールの体勢から、クヴァールの石像の前で無邪気に笑っている誰かがいたという"物語"が読み解けてしまう。読み解ける"物語"が、フリーレンの気分をざわつかせてしまう。

 "そこ"に誰かが笑っている気がする。クヴァールの石像の前、誰もいない空間に、顔の見えない幽霊が浮かんで見える。気のせいで、気の迷いで、思い込みだと分かっている。

 "そこ"にいたのはマキシマであって欲しい。マキシマがいたら()()()

 そう思っている自分自身がいることをフリーレンは自覚する。

 

 その日の晩、フリーレンは、しっかり睡眠を取る方が大事とフェルンに言いながら、興奮して眠ることができなかった。

 

 

 ◆

 

 

 翌日。崖の上再び。フリーレンとフェルンはクヴァールの石像と対峙する。

 フリーレンが杖を掲げ、クヴァールの石像の封印を解く。

 

 徐々に石像から煙が立ち昇り、灰白色(かいはくしょく)の石像がみるみるうちに鈍色(にぶいろ)に変わる。黒い紋様、赤い爪、白い髪が露わになる。封印が解けたクヴァールは、ふむと言って立ち上がった。

 

「久しいのうフリーレン。儂がおぬしに封印されてから何年経った?」

 

「80年」

 

 クヴァールは魔王がどうなったか聞かない。

 

 人類にとっても魔族にとっても魔王が死んだことは大きな転換点だ。一度封印から目覚め、話し相手がいたとするなら、勇者が魔王を倒したことを聞いているはず。だからフリーレンに聞くまでもない。

 

「クヴァール。お前にかけた封印を解き、そしてもう一度封印したのは誰だ?」

 

「やはりそれを聞くか。なに、おぬしの想像通りだとも」

 

「――――マキシマ」

 

「儂ら魔族はティーフェと呼んでいるがな。どうしてかのう。ティーフェは人類に、自身のことをマキシマと呼ばせておる」

 

「さあね。そんなことよりクヴァール。マキシマはここで何をした?」

 

 手応えを感じて、手に汗を握るフリーレンは、クヴァールに質問を重ねる。戦闘態勢を解けないフェルンは気が気でない。

 しかも、クヴァールは、意味の分からないことを言い始めた。

 

()()()()()()()。それだけやってすぐ儂を封印したがのう。ティーフェから儂を進化させた意図を聞いておる。じゃが儂は言葉の意味をまったく理解できん。フリーレン。だからおぬしに聞いてみたい。

 ――――――――――()()()()()()()?」

 

「……いいや知らない。待ってそれより、マキシマが、クヴァールを、進化させた?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう言っておったな。まったく分からん。()()()()()()()()、確かに引き分けになることもありえると感じた。……が、しかしそれだけだ。なぜティーフェは人類と魔族の戦いを盤上遊戯に喩える? 人類と魔族の戦いが膠着状態に陥り、決着に時間がかかると思ったのか? それとも魔王様の望み通りに共存が実現すると思ったのか?」

 

「――――――――――」

 

 フリーレンはクヴァールの話を聞くうちに、心が穏やかではなくなっていく。フェルンはピンと来ていない。

 きっと言葉通りでしかない。だから虫唾(むしず)が走る。マキシマの意図がクヴァールの言及通りなら。

 

「……クヴァール、それは、本当なのか。本当にマキシマはそう言ったのか」

 

 クヴァールは肯定する。フリーレンは隙だらけになるのも構わずに頭を抱えた。幸いクヴァールはその隙を突いて来なかった。クヴァールはフリーレンの出す答えを待っているからだ。

 

「逆だよクヴァール。引き分けにしたいんじゃない。引き分けにしたくないんだ。マキシマはきっと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、たったそれだけのくだらない理由で、お前を進化させたんだ。ああ……腹が立つよ」

 

「………………なるほど。なるほどのう。確かに腹に据えかねる。しかしどうやら……儂とおぬしらはここで殺し合うしかないようじゃのう」

 

「そのようだね」

 

「……フリーレン様? いったい、どういうことなのですか……?」

 

「フェルン。事態は最悪を通り越してる。まず私たちはクヴァールを殺す。進化した魔族を放置できない。なによりクヴァールという危険な魔族を見逃すことはできない。魔族は昔よりもさらに危険な存在になる。人類はそれを看過できないから、絶対に魔族を滅ぼさないといけない。

 いい。フェルン。私たちの立場は逆になったんだ。これまでは魔族が人類を絶滅させようとするから、人類は魔族に抗っていた。でもこれからは人類が魔族を絶滅させようとするから、魔族は人類に抗うんだ」

 

「は……!?」

 

 そして。クヴァールの手から"人を殺す魔法(ゾルトラーク)"の閃光が放たれる。生存競争の幕が上がる。フリーレンとクヴァールはこの図を引いたマキシマこそが真の黒幕だと理解しながら、どうあっても殺すしかない目の前の相手を迎え撃つべく思考を切り替えた。

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