京谷くんと咲ちゃんと佳奈ちゃんのあっちこっちまいにち! 作:もやもや
「ゼェゼェ......ハァハァ......」
開始早々バテバテで息が上がってるのは、県立猫毛高等学校の生徒、西原京谷。
京谷の腕には大量の荷物がかけられ、背中のリュックにも大量の荷物が詰め込まれている。
日が暮れかかり寒くなってきたというのにもかかわらず、顔には汗が見られる。
ゆっくり足を動かして進んでいるが、今にも死にそうな表情だ。
「く、くそ......。これ、かなり重いぞ......」
「もうすぐ家に着くから頑張りなさーい」
「ファイトだー!」
「ぐうぅ......」
咲と佳奈がそう言うと京谷はうめき声をあげる。
荷物を沢山持っている京谷とは対照的に、二人は手ぶらに近い状態だった。
「少しぐらいお前らが持ってくれたっていいだろ!」
「だめよ。これは罰ゲームなんだから」
そう、京谷は先日の缶ケリの罰ゲームとして咲と佳奈の荷物持ちにされているのだ。
「......サドちゃんめ」
「何か言った?」
「いえ、何も言ってません!」
缶ケリのときから妙に機嫌が悪い咲に対して服従するのみの京谷。
そんな咲のことを他のメンバーも不思議に思ったが、佳奈から事の顛末を聞くと何か納得したようだった。
ちなみに「咲やんもつみきさんと同じように可愛いところあるんですねぇ」と言った真宵はつみきにこってり搾られた。
「私も持ってあげたいんだけど、マヨちゃんたちから止められてるんだー」
「マジかよ......」
「なんかねー、『罰ゲームはしっかりやらないと、今後のイベントにメリハリがつかないんじゃよ』って言ってたよー」
「しかも思ったよりちゃんとした理由だった......」
佳奈からそう告げられると京谷はうなだれた。
この重労働は避けられぬことなのか......と思う京谷。
だが納得できないことがあった。
「にしてもこの量はおかしくない?」
「女子はそういうものよ」
「......小麦粉とか牛乳とかの食品も?」
「女子は料理するのよ。男子でも伊御くんたちみたいな人はするでしょ」
「まああいつらはな......」
男子高校生なのに家事スキルが卓越している伊御と榊を思い浮かべる京谷。
そういうことに疎い京谷は、二人と自分を比べて少し悲しくなった。
しかし悲しくなっているのは京谷だけではなかった。
「女子は料理をする......女子は料理をする......女子は料理を......。料理ができない子は女子じゃない......?」
「......深山がとんでもないことになってるぞ」
「......佳奈ー、戻ってきなさーい」
佳奈は料理ができないタイプの女子であった。
周りには料理が得意な人が多いため、余計にへこむ。
「料理の話してたら喉が渇いてきた......」
「私もー......」
「あとちょっとだから......。そこの角を曲がって直ぐよ」
そして咲の家の前に着いた三人。
ふと京谷が声を上げる。
「そういや深山の買った物はどうするんだ?」
「一旦咲ちゃんの家に置かせてもらうことになってるよー」
「元々私の家に泊まる予定だったからね」
「ほー。そういや明日休みだっけ......」
咲と佳奈の仲の良さに少し驚く京谷だったが、明日が休みということに気づき、ちょっと浮かれた気分になる。
今日はさっさと寝て、休みはゆっくりしよう......と決意する一方、明日は筋肉痛確定だな......と悲観的なことを思う。
「じゃあ俺はここで......」
「待って」
荷物を渡して帰ろうとした京谷に咲が声をかける。
「歩き回って疲れてるだろうから、お茶ぐらい出すわよ」
「え、いいのか?」
「こんなに連れ回して『お疲れさまでしたー。お帰りくださーい』は流石にしないわ」
「......じゃあお言葉に甘えて」
そう言って京谷は咲の家にお邪魔することにした。
何だかんだ気になってる異性に家に誘われるのは嬉しかった京谷。
荷物をリビングまで運び、はぁーと息をついた。
「めっちゃ重かった......」
「本当にありがとうね~!」
「助かったわ。ありがとう京谷」
「あ、ああ、それほどでも」
佳奈と咲に礼を言われていい気になる。
これだけで今日の重労働が報われたような気分になるチョロい京谷であった。
「他の奴らもこんなことさせられてんのかな......」
「どうだろー。マヨちゃんは何か企んでたみたいだけど」
「『榊さんを一日中こきつかってやるんじゃよ』って言ってたわ」
「あいつも大変だな......」
余談だがちょうどその頃、榊は真宵に執事の格好をさせられ真宵メカ開発の助手をさせられていた。
しかし三人は榊がそんなことをさせられているとはその時想像すらしなかった。
そして京谷は咲に出された紅茶を飲み終えてこう言った。
「じゃあそろそろ帰るか」
「泊まってかないのー?」
「は!?おい深山、お前何言ってんの?」
「えー、そんな変なことかなー」
目を見開いて驚く京谷に対して、純粋無垢な佳奈は不思議そうに答える。
「どうせ泊まるならみんなで泊まった方が楽しいよ!」
「だからと言ってなあ......。崎守にも迷惑かかるだろ」
「あら、私は別にいいわよ」
予想外にも佳奈を支持する咲。
しかし京谷は折れるわけにもいかず。
「......親御さんは何か言わないのか?」
「私の両親は今日佳奈の家に行ってるからね~」
咲が衝撃の真実を告げる。
「......えーとつまり、崎守と深山が崎守家に泊まり、親御さんたちは深山家にいるってこと?」
「そう!」
「マジかよ......」
二人の家族ぐるみの付き合いに京谷は愕然とした。
咲は続けて述べる。
「そういうわけで、家の都合的には大丈夫よ」
「......いや、流石にまずいって!」
気になる異性の家に泊まるチャンスではあったが、恥ずかしさが勝り躊躇する。
しかし佳奈は不満そうだった。
「どうしてもー?」
「ああ。もし、万に一つ、今すぐに帰れそうにないほど天気が崩れれば話は別だけど」
「うーん......」
「まあ、天気予報では明日まで雲一つなく晴れるって言ってたし、この瞬間に大雨になるなんてあり得るはずはないだ...ろう......」
と京谷が言い終えかけたまさにその時。
ピシャン!
ゴロゴロゴロゴロ......。
一瞬の閃光が轟音と共に窓を照らした。
京谷はおそるおそる窓の方を向き、佳奈と咲は外の様子を伺う
「......」
「今の雷だよねー。音凄かったなー」
「あ、凄い雨降ってる」
ビュオォォ......。
雨が窓に打ち付ける音が暴風の音を伴って聞こえる。
その音は明らかに小雨のものではなかった。
「......」
「これは帰れそうにないね~」
「というわけで決まりね、京谷」
「......まだだ、泊まるにしても着替えがない!」
これなら帰らざるを得ないはずだと思った京谷だった。
しかし。
「買ってきたものの中に男物の服があるから大丈夫よ」
「え?」
「実はねー、今日付き合ってくれたお礼のプレゼントとしてこっそり買ったのだー!」
「......」
思わぬプレゼントにちょっと嬉しくなる京谷だが、それが意味するのはつまり。
「寝間着じゃないから寝づらいかもしれないけど......」
「これで泊まらない理由がなくなったね~」
「......嘘だろ」
泊まりが決定した京谷だった。
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その後の京谷は散々な目にあった。
まず京谷が家に電話し、友達の家に泊まると告げたところ、母親に「友達って女友達?どうなの?」と問い詰められた。
「榊のとこだよ」と嘘をついて否定しようとしたが、後ろで佳奈が「まだー?」と京谷を呼んだために母親にバレる。
ニヤニヤしてるのが電話越しにも分かるぐらいテンションが上がっている母親の質問攻めに苦労した後。
咲が京谷に「お風呂入ってきたら?汗かいたでしょ?」と促す。
男の後に風呂に入るのって嫌じゃないのか、と京谷が返すと、「なんで嫌なの?」と佳奈は答える。
京谷はあまりに純真過ぎる佳奈に何も言えなくなった。
しぶしぶ一番風呂を頂いてリビングに戻ると、豪勢な夕飯が用意されていた。
どうやら咲が作ったらしいそれは、見た目からして美味しそうだった。
気になる異性の手作り料理を味わえるということにテンションが上がる京谷。
咲と佳奈がそれぞれ風呂から上がるまで待っている間も、料理から漂う匂いに涎が垂れそうになる。
そして三人が揃い、手を合わせていただきますと言った後、京谷がまず卵焼きを口に運んだ。
その瞬間。
脅威的なしょっぱさ、ドロドロの食感が口の中で弾ける。
未知の味に京谷が困惑していると、佳奈が「その卵焼き、私が作ったんだ~」と告げる。
そして、京谷の様子がおかしいことに気づいた咲と佳奈が卵焼きを口にして、佳奈が砂糖と塩を間違えていたことが発覚。
その卵焼きの処理に困る佳奈だったが、京谷が頑張って三人分の卵焼きを完食した。
咲は「あら、京谷も男らしくなったのね」と京谷を見直し、佳奈は「ごめんねー......」と申し訳なさそうにした。
大丈夫だと胸を張った京谷だったが、しばらくの間、何とも言えない後味に襲われた。
こうして波乱の食事タイムを終えて落ち着いた頃だった。
「......はぁ」
「どうしたのー?」
ため息をついた京谷に佳奈が反応する。
「......さっきの卵焼き、まだ辛い?」
「いや、そういうわけじゃない」
不安そうに訪ねる佳奈に対し京谷はそう返す。
さっきのことをまだ引きずっている佳奈の様子を見て、京谷は励ますように言う。
「これから上手くなればいいんだよ」
「......でもー」
「俺も料理できないし、気にしなくていいって。それに......」
「それに?」
京谷は唾を飲み込んで、恥ずかしそうにこう言った。
「......女子の手料理が食えただけで嬉しいし、できればまた作ってほしいかなーって」
頬を染めながら小声で言った京谷だったが、その台詞は佳奈にとって衝撃的なものだった。
自分の料理に対してまた食べたいなんて言われたのは初めての経験で、心にとくんっと響いた。
「......」
「......な、なんだよ」
「......んーん、何でもないよー」
「でも、京谷らしくないクサい台詞だったわね。聞いてる方が恥ずかしくなるくらい」
そこに咲が戻ってきた。
咲は三人分の食器を洗っていたのである。
「うるせー!言ってるこっちだって恥ずいんだよ!」
「あら、悪く言ったつもりはないのよ。京谷もそういうことが言えるようになったんだと思って。......ふふ、京谷も伊御くんたちの影響を受けちゃったのかしら」
「ぐぬぬ......」
うふふと笑う咲に対して余裕がない京谷。
いつもいじられていて、褒められることに慣れてない京谷は、気はずかしさから話を逸らすことにした。
「......それより皿洗いやってもらって悪いな。三人分は多かっただろ」
「それこそ気にする必要ないわよ。普段家族で食べた後の食器洗いも三人分だし」
「あー、そういやそうだな......」
「今日の京谷は本当に気が回るわね。むしろキモイわよ」
「キモイって言うな!理不尽だろ!」
うまい話題逸らしができず、咲の伝家の宝刀「キモイ」が炸裂。久しぶりに聞いた「キモイ」にわりとショックを受ける京谷だった。
「そういえば『キモイ』で思い出したんだけど」
「......」
「どうしたのー?」
咲がふと言ったことに反応する二人。
咲は京谷の方を向いて続けた。
「京谷って女子のことを名字で呼ぶじゃない」
「確かにそうだね~」
「......ちょっと待て。なぜその話題を『キモイ』って単語から連想した」
「『女子のことを名前で呼ぶのが恥ずかしいから』みたいな理由だったら京谷っぽくてキモイかなって」
(......その理由の通りだよ畜生!)
二度目の『キモイ』が炸裂した。
連続攻撃にただならぬダメージを受ける京谷。
「まあ多分そうなんだろうけど」
「......仮にそうだとして、それがどうしたよ」
咲の予想は本当に当たっていたが、それを認めたくはない京谷は意地を張った。
そんな京谷に対して、咲はニヤッと笑って言った。
「京谷、みんなのことを名前で呼んでみて」
「あ、それいいねー」
「......は?」
予想外の提案に耳を疑う。
「取り合えず私達から......」
「待て待て待て!」
京谷は咲にストップをかけてこう言った。
「何でそんなことをしなきゃいかんのだ!」
「あら、やっぱり恥ずかしいの?」
「......いや、そんなことはないけど」
「ならいいじゃない」
「ぐっ......」
意地を張ったために反論できなくなる京谷。
渋る京谷を見て佳奈が続ける。
「『深山』って呼ばれるとき、ちょっと距離を感じるよー」
「......」
「私達そこそこ長い付き合いだし、そろそろ名前で呼んで欲しいかも」
寂しそうにそう述べる佳奈。
そして。
「......だめかなー?」
京谷よりかなり身長が低いため、必然的に佳奈は上目遣いになる。
それにドキッとさせられた京谷は。
「わ、わかったよ、やればいいんだろ!」
「本当!?」
「よく言ったわ、京谷」
半ばやけくそ気味にそう答えた。
そして佳奈と目を合わせる。
(今までしっかり見たことなかったけど、思ったより整った顔してるな......。って、俺は何を考えてるんだ!)
「ねー、まだー?」
京谷がそんなことを考えてる一方で、ワクワクしながら京谷を急かす佳奈。
ついに京谷は覚悟を決める。
「えっと......『佳奈』......」
「......うん、いいね!」
「うおぉ、マジで恥ずい......」
顔が真っ赤になる京谷。
名前で呼ばれた佳奈はにっこり笑った。
「ありがとね、『きょーやん』!」
「きょ、きょーやん!?」
「えへへ、頑張って名前で呼んでくれたから、私もあだ名で呼んでみようかなって.....。だめ?.」
「い、いや、別に構わないけど......」
「ならそう呼ぶー!」
満面の笑みを浮かべる佳奈に圧倒される『きょーやん』こと京谷。
佳奈のことを名前で呼ぶ恥ずかしさと、自分があだ名で呼ばれる恥ずかしさ。
そんなハイブリッドな感覚に襲われた。
「これからずっと『佳奈』って呼んでね~」
「えっ」
「よろしくね、きょーやん」
「あ、ああ......よろしく......」
この場限りの呼び方だと高をくくっていた京谷。表ではよろしくと言ったものの、内心では先行き不安に思っていた。
(やべえ、絶対榊たちに何か言われるぞ......)
「次は私ね、『きょーやん』」
「お前まで乗っかるな!」
からかうように笑いながら京谷のことを『きょーやん』と呼ぶ咲だったが。
「うーん、私は京谷って呼ぶ方がしっかりくるわね」
「是非ともそうしてくれ......」
「へへ、『きょーやん』の呼び方は私だけのものになったね!」
佳奈はえっへんと得意顔になった。
そして京谷は佳奈の時と同じように咲の顔を見つめる。
だがしかし。
「......えーと、その」
「あら、怖じ気ついたのかしら。情けないわね」
「違う!いいか、見てろよ......」
京谷はかなり緊張していた。
耳は赤く、頬は火照っており、手には汗をかいている。
ドクンと高鳴る心臓の鼓動。京谷はゴクッと喉を鳴らし、口をゆっくり開いた。
「......『咲』」
「......よくできました」
「はぁ......。マジで緊張した......」
咲も佳奈と同じように微笑んだ。
先程のようにからかいの気持ちはなく、ただ純粋に微笑んだ。
そして京谷に対して佳奈が言う。
「あはは、きょーやん顔真っ赤だよ~」
「......顔洗ってくる。洗面所借りるぞ」
「ええ、どうぞ」
物理的に顔の火照りを収めようと、水で顔を洗うことにした。
そして京谷が席を立った後、佳奈と咲は互いの
顔を見て。
「......顔が赤いのは、きょーやんだけじゃないね~。ね、咲ちゃんー」
「......もう。そういう佳奈は耳が真っ赤じゃない」
「えへへ......」
「ふふっ......」
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そんなこんなで夜は更けていく。
次の日、京谷は予想通り全身物凄い筋肉痛に襲われた。
苦しむ京谷を見た咲と佳奈は手厚く世話を見てあげた。
自分で起き上がれるまでに回復したのは、太陽が高く昇った頃だった。
自分の家に帰ろうとする京谷だったが、咲と佳奈が「一人で帰らせるわけには行かない」と言い張り、無理矢理着いてくることに。
そんな三人を京谷の母親はニヤニヤしながら出迎え、「あら、二人も......。うちの息子が何かしませんでしたか?」と声をかける。
それに対して佳奈は「きょーやんは優しかったです!」と、危ない意味に受け取られかねない返事をして、京谷と咲が誤解を解くのに時間を要した。
そしてその翌日学校に行くと、出会い頭に佳奈が「きょーやんおはよー!一昨日の夜は楽しかったねー!」と言ったために、いつものメンバーも愕然とする。
京谷と咲の説明を受けて一応は納得した伊御たちだが、京谷が二人を名前で呼ぶこと、佳奈が京谷をあだ名で呼ぶことに対しては、「これは何か大きなことがあったな」と勘繰った。
結局京谷が二人を名前で呼ぶことに慣れるのには2週間ほどかかり、その間ずっとからかわれ続けたのであった。
そういえばあの8人のお互いの呼び方って、まだ全部は判明してないですよね。
地味に気になるところですので、原作の今後の展開に期待。
【追記 2015/10/20時点】
佳奈→咲の呼び方を、アニメ準拠の「咲」から原作準拠の「咲ちゃん」に変更しました。
これ以外の投稿済みのエピソードにおいても変更し、以降のエピソードもこの呼び方を適用します。