京谷くんと咲ちゃんと佳奈ちゃんのあっちこっちまいにち! 作:もやもや
年末年始のお話をお待ちしてくれていた皆さまには申し訳ないのですが、良いネタが思い付かなかったので、先に完成してたエピソードを投稿します。
もし今後、年末年始に関してなにかネタが思い付いたら、EPISODE4.5と銘打って投稿しようと思います。
「ねーマヨちゃん」
「どしたん佳奈やん?」
新学期が始まって数日経ったある日の朝、他の面子はまだ来ておらず、たまたま早く来た二人。
寒いから何か暖かいものを買おうと、食堂に行った帰り。佳奈は自販機でココアを、真宵はブラックの缶コーヒーを買った。
二人が缶を開けて一口飲んだあと、佳奈が真宵に話しかけたのである。
そこで佳奈が言い放ったことは。
「私、女の子じゃないのかも......」
「な、なんですと!?」
佳奈から衝撃の台詞を聞かされて驚愕とする真宵。
どういう意味で言ったのか全く分からない。
混乱した真宵は佳奈に聞き返す。
「え? 実は佳奈やんは男の子だった? いや佳奈やんの容姿だと男の子ってよりは男の娘。ということは、つ、つまり、つい」
「いや、私が実は男の子とかそういう話じゃないよ!?」
佳奈はあらぬ方向へ想像をしている真宵に対し慌てて訂正した。
ほっとした......と肩の力を抜いた真宵は、続けて聞いた。
「どういうこと?」
「えーとね、昨日の先生のお手伝いをしてたときのことなんだけど......」
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「みなさん、ありがとうですの~」
そう声をかけたのは伊御たちのクラスの担任、桜川キクヱだった。
彼女はかなりおっとりとしたところがあるので、ついつい仕事を溜め込んでしまいがちで、生徒によく手伝ってもらっている。
普段なら伊御たちが手伝うことが多いのだが、彼らはチャイムが鳴った後すぐに帰ってしまったので、たまたま残ってた京谷、咲、佳奈の三人に白羽の矢が立ったのである。
「......疲れた。結構時間かかったな......」
「......話には聞いてたけど、まさかここまで大変だとは思ってなかったわ」
「楽しかった~!」
各々の感想を述べる三人。
準備室の整理という仕事自体はそんなにキツいものでは無かったのだが、キクヱが天然を遺憾無く発揮し、転んで荷物をぐしゃぐしゃにしたり、棚にぶつかって書類を落としたりなど、次から次へ仕事を増やしていった。
そのせいか、京谷と咲がキクヱを見る視線は呆れを通り越して同情の念が混じる。
反対に、佳奈はにこにこしていた。そんな佳奈を、「相変わらず元気っ娘だな......」とでも言いたげに京谷は見ていた。
「本当に助かりましたの~。お礼にお茶とお菓子を出しますので、少しお待ち下さいね」
そう言ってキクヱは、三人に椅子に座るように促した。
咲と佳奈は喜んで座ろうとしたが、京谷は時計をちらっと見るだけで座りはしなかった。
「えーと、すみません。俺、もう帰らないとで......」
「あら、家の用事ですの?」
「えー、あー、まあ、そんな感じっす」
口を濁らせる京谷に対し、キクヱは深く追及せず、「今日は助かりました~」と京谷にお辞儀した。
京谷が軽く頭を下げ、部屋からいそいそと出ていった後、キクヱは二人の前にお茶と羊羮を出した。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「「頂きますー」」
それを合図にお茶と羊羮に手をつける咲と佳奈。
そんな二人をキクヱはにっこりと眺めてたが、あるときふとこう言った。
「ところで、聞きたいことがあるのですが......」
「何ですか先生」
咲が聞き返すと、キクヱは扉の方を少し見た後、二人に視線を戻し、顔を近づける。
そして何かイタズラを考えた少年のような笑みを浮かべて、述べる。
「......さっきの西原くん、少し様子が変じゃありませんでした?」
「きょーやんが?」
そんなことまるで感じなかったと言いたげに佳奈は聞き返した。しかし咲は佳奈と違う返事をした。
「......確かに、何か焦ってましたね。家の用事と言うだけにしては、妙に変な様子だなって思いました」
「私もそう思ったんですの。そこで聞きたいことっていうのはですね......」
一拍置いて、口を開けた。
「西原くん、恋人ができましたの?」
ピタッと咲と佳奈の手が止まる。
咲は自分の手元に視線を落として答えた。
「......どうして、そう思います?」
「あの様子って、彼女を待たせてるから急がないと......って感じじゃありませんの?」
そういえば、仕事中もやけに時計の方を見ていたような、と佳奈は思い返す。「もしきょーやんに恋人がいたら......」と考えたとき、少し寂しいような気がした。
キクヱはさらに続ける。
「あ、いえ、別に恋人を作っちゃダメってことではないんですの。ただ、そうだとしたら、彼女に早く会いたいだろうに、手伝いに時間をとらせてしまって申し訳ないと思いまして......」
キクヱはドジである。もはや体の半分以上がドジで構成されているのではないかというぐらいだが、生徒のことを一番に考える立派な教師だ。
そんなキクヱからすれば、用事が控えている生徒を私用に付き合わせてしまったことへの自責の念があるのだろう。
ただ、この話をしたのはその理由のみからではない。
「それで、何かご存知?」
「......私は特に聞いてません。もし恋人ができたとしても、京谷だったら浮かれて『俺にもついに春が来た!』とか叫ぶと思いますし、最近の様子を見る限りではそんなことはないと思います」
「あら、崎守さんって目敏いんですね。それとも、相手が西原くんだからかしら?」
......そう、恋バナをしてみたかったのである。というより、恋に明け暮れる少年少女にちょっかいを出してみたかったのである。
このままぼんやりしていたら結婚適齢期を過ぎてしまうと、以前までは危機感を覚えていたキクヱ。
今もある程度の危機感を持ち続けているが、もはや開き直って、生徒たちの恋愛を見てニヤニヤするスタンスに切り替えたのである。
そんなキクヱの発言に、咲は頬を軽く染め、顔を横にプイッと背けて、「......からかわないで下さい」と言った。
あら、すみませんですのとキクヱは笑って答え、標的を佳奈に変えた。
「深山さんは、何かご存知ですか?」
「......そもそも、私は恋とかそういうのはよくわからないです」
佳奈は少し困った様子でそう言った。
純真、言ってしまえば精神的に少し幼い佳奈にとって恋愛は無縁のものだった。
「深山さんは純粋なんですね」
「......佳奈のは行き過ぎだと思います」
「あら、どういうことですの?」
実は、この前のクリスマスイヴの夜に......六時間を......。などといって咲はキクヱの耳元で何かささやく。
話を聞くうちに、二人の顔が少しずつ赤くなっていき、キクヱはオロオロしながらも口を開いた。
「わ、私はそれでも、いいと思いますわ深山さん!」
「何のことですか~?」
「......いや、やっぱり少しは色んなことを知っていた方がいいですの」
頭に疑問符を浮かべる佳奈に対し、頭を悩ますキクヱと咲。
何かこっちの方が恥ずかしくなってきたように思う二人だった。
「深山さんは、誰かを好きになったことがありますか? その、この人と結婚したいという感じの意味で......」
「......んー、ないですね」
「なら、一度恋してみたらいろいろ分かるかもしれませんね」
「佳奈はちょっと幼いから、確かにそれがいいかもしれないですね」
咲もキクヱの意見に同意した。
キクヱは優しく微笑んで、佳奈に言う。
「『女は恋して女に成る』! ......今後深山さんが誰かを特別な意味で好きになることがあれば、私や崎守さんたちに相談してみて下さい。サポートしますわ」
「と言ってもなー......」
しかし佳奈からすれば、恋なんてわからないし、相談しろと言われてもそんな機会が来るのかも怪しい。
しかし、「女は恋して女に成る」というキクヱの台詞が、佳奈の頭にやけに印象深く残り続けたのだった。
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「と言うことなんだよ~。私は恋をしたことがないから、まだ女として未熟なのかなって思っちゃって......」
「うーん、難しい問題なんじゃよ......」
教室に戻った二人。
佳奈から事の顛末を聞かされて悩む真宵。
佳奈があまりにも純真であるのは、真宵だけではなく他の面子も皆思っていることではあるが、それも佳奈の良さだと思って特に気にしないでいた。
しかし、当の佳奈本人が悩んでいる。
これは力にならねば、と真宵は思ったのだ。
「でも私も先生や咲やんと同じく、一度恋してみるって案に賛成なんじゃよ」
「本当ー?」
そういう「オトナ」な知識は恋を通じて身に付けるのが手っ取り早い。
知識を得るところにまでいかないにせよ、興味を持つことはできるようになるだろう。
それに、佳奈やんはすでにもう......。
そう感じた真宵だが、佳奈はこう返す。
「でもー、今すぐに恋しろなんて無理だよ~......」
「ふふふ......そんな佳奈やんにおすすめのメカがあるんじゃよ!」
目を輝かせた真宵は懐から、ハートの形をした白色と赤色のバッチを取りだし、佳奈に差し出した。
「じゃじゃーん! 『アナタとワタシのドッキュンハート』!!」
「あ、この前の缶ケリのときに名前だけ出てたやつだね」
「覚えてくれていて嬉しい!!」
発明関係では不憫な扱いを受けている真宵だが、佳奈が覚えていたことに感激する。
気をよくした真宵は早速説明に入った。
「これは白と赤の2つで一組のバッチなんじゃよ!」
「どう使うのー?」
「まず、佳奈やんは赤のバッチを左胸のとこにつけてー」
「りょーかい!」
佳奈は言われた通りにバッチを左胸につけた。
「これで誰かが白のバッチをつければ準備完了!」
「どういうメカなの?」
「白のバッチは発信機、赤のバッチは受信機になっていて、2つのバッチが近づくと赤のバッチが白のバッチから信号を受けとるにゃん」
「ふむふむ」
「すると赤のバッチが僅かに振動する。それに合わせて心臓の心拍数が少し上昇するんじゃよ」
「そうすると?」
「バッチをつけた人の近くで心拍数があがる、つまり『あれ、私、あの人に恋してる?』を体験できるってことなんじゃよ!」
「おお~」
ドヤ顔で解説を終えた真宵に佳奈が拍手する。
それを受けてさらに気を良くする真宵だった。
「ふっふっふっ......。振動といっても痛みとかは感じないように調整してあるんじゃよ!」
「あ、でも白のバッチ誰につけてもらえばいいの?」
「あっ」
その問題があったかと気づく真宵。
そう、つけてもらう相手の選別は慎重にやらねばならない。
女子はまずアウト。恋を知らない佳奈が危ない方向に目覚めかねない。
知らない男子もアウト。事情を説明するのも面倒だし、顔見知りがない人にときめくのはナンセンス。
ならあの三人のうち誰か、そして最適なのはやっぱり......と思った瞬間。
「......ふぁぁ。あれ、二人とも早いな......」
京谷が教室に入ってきた。
ベストタイミングに真宵は「ナイス!」と内心で京谷を褒め称えた。
「きょーやん、今日は早いね」
「え? ああ、まあ、その、色々あってな」
口を濁らせる京谷。
明らかに様子がおかしいが、真宵はすかさず。
「西原さんちょっと失礼!」
「ん? え、ちょ......!」
真宵は無理矢理京谷に白のバッチをつける。
「な、何するんだ片瀬さん! 佳奈も似たようなものつけてるし!」
「似たようなじゃなくて、セットのやつだよ~」
「いや、そういう問題じゃなくて」
「理由を聞かずにそれをつけて一日過ごしてほしいんじゃよ!」
「え、なんかめっちゃ嫌な予感するんだけど......」
嫌そうな顔をする京谷だったが。
「......。わかった、いいぜ」
「サンキューにゃん!」
京谷は仕方なく了承した。
佳奈はそれをみて、「きょーやんに恋かー......。どんな感覚がするんだろうなー」と考えていた。
二人を一瞥した真宵。
「俺のプライバシーが侵害されたりしない?」
「そういうメカじゃないので安心するんじゃよ! では、スイッチオン!」
その瞬間。
トクン......。
「......!」
「......? 何も起きないけど......」
確かな心臓の鼓動を感じた佳奈に対して、京谷は平然としている。
真宵は何も言わず二人を見つめた。
「......これが、恋の感覚?」
「ん? 何か言った?」
京谷が佳奈の方を振り向く。
トクントクン......。
「......」
「......何か体調悪そうだけど、大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ~......」
大きくなった鼓動に驚く佳奈。
そんな佳奈を京谷は心配する。
「片瀬さん、なんか『佳奈』の様子が変だけど、これってメカの影響?」
「......っ!」
トクントクントクン......。
京谷に名前を呼ばれてさらに大きくなる鼓動。
予想外のことが起きた佳奈は、さらに驚いた。
息が少し荒くなる。
「......! おい、マジでどうした!?」
「い、いや、ホントに大丈夫......」
「大丈夫じゃないって! 片瀬さん、これメカのせいだろ!」
京谷は自分のバッチを思いっきり外そうとし、強く握りしめた。パキッという音がしたが、真宵が「まあまあ」と制止する。そして佳奈も京谷に待ったをかけた。
「きょーやん、ホントに大丈夫だから......。マヨちゃんを責めないで......」
「っていっても......」
「......ね?」
「......お前がそういうなら」
手をバッチから放し、ため息をつく京谷。
それからしばらくして、佳奈もちょっと落ち着いたが、依然としてまだ心臓はトクン......と音を立てている。
そこへ。
「おはよう」
「......おはよ」
「おはようございます~」
「うーす!」
伊御たちが教室に入ってきた。
三人もおはようと返し、さらに京谷が続けた。
「榊もこのクラスに大分なじんだな」
「ははは! 伊御の居るところにこの俺あり!」
「......」
楽しそうに答える榊とそれにドン引きする伊御。
すると榊がふと気づく。
「あれ? 何か京谷と深山がお揃いのバッチつけてる」
「......しかもハート型」
「本当ですね。可愛いです!」
榊に続いてつみきや姫も反応する。
場にニヤニヤムードが溢れる。
そんな雰囲気を否定するように京谷は言った。
「いや、これは片瀬さんの発明品らしくて......」
「本当か、真宵」
「そうなんじゃよ!」
「どういう発明品なんだ?」
伊御の問いにニヒヒと笑うだけで答えない真宵。
しかし誰もが「どうせ録でもないやつなんだろうな......」と思い、追及することはなかった。
そして姫が言う。
「でも、そういうハート型の色違いのバッチしてると、お二人がまるで恋人同士みたいですね~」
ドクン......。
「ひゃぁ!」
「「「「「!?」」」」」
突然素っ頓狂な声をあげた佳奈に、真宵を除く皆が驚く。
「ど、どうした深山さん!」
「あんな声、初めて聞いたぜ......」
「わ、私が何かしてしまいましたか......?」
伊御、榊、姫が佳奈を心配して述べた。
佳奈は手を振りながら「も、問題ないよ」と言ったが、その言葉を文字通り受けとる面子はいなかった。
「......西原と恋人扱いされるのがそんなに嫌だった?」
「それだったら俺しばらく立ち直れない......」
つみきの毒舌にダメージを食らう京谷。
そんな京谷を指差して真宵は言った。
「西原さん! 佳奈やんを保健室へ運ぶんじゃよ!」
「え!? 俺一人? 何で?」
「いいから! はやくするんじゃよ!」
納得いってなかったが、確かに佳奈の事は心配だった京谷は声をかける。
「ほら、行くぞ。肩掴まるか?」
「う、うん。お願いー......」
そして京谷がさしのべた手に触れたとき。
トクントクントクン......。
「......!」
さっきほどのレベルではないがまた鼓動が高鳴る。
そしてそのまま佳奈は京谷に支えられながら教室を出ていった。
「......事情を話してもらうぞ、真宵」
「言われなくてもそのつもり! ちょっと西原さんに聞かれちゃまずいことなので、申し訳ないけど一旦この場を離れてもらったんじゃよ」
「どういうこと?」と頭に疑問符を浮かべる皆に、真宵は事情を説明していった。
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そして視点は変わり、保健室。
「失礼しまーす......って誰もいないのか」
京谷はそう呟き、ドアを開けて入った。
背中に佳奈を抱えている。というのも、京谷と佳奈は身長差が大きく、肩に掴まるとかえって不安定になってしまうため、京谷が佳奈を背負うことにしたのである。
(きょーやんの背中......大きいな......。男の子って感じ......)
トクントクン......。
佳奈がそんなことを思うたび、心臓がよりいっそう大きく鼓動する。
しかし、不思議と悪い気分ではなかった。
「ベッドは空いてるみたいだから、とりあえずそこに下ろすぞ」
「うん......」
ゆっくりと京谷の背中から下ろされる佳奈。
ベッドにちょこんと腰かけ、京谷を見つめる。
そんな佳奈に京谷は言った。
「本当にそのバッチ、取らなくていいのか?」
「......いいよ」
佳奈を心配する京谷の言葉に対し、ゆっくりと、だが確かな意志を持って答える。
「これはマヨちゃんが私のためにやってくれてることだからね」
「ならいいんだけど......」
そう、これは佳奈が真宵に悩みを相談して、真宵が佳奈を思って取り出した発明品なのである。
恋を知るため、そして「女と成る」ために佳奈が通らなければならない道。
そして昨日のキクヱの話を思い返しているうちに、あることを疑問に思った。
(そういえば、結局きょーやんって彼女いるのかな......)
そのことが頭に浮かんだ瞬間。
ズキンッ......。
「......うぅ」
胸のあたりがちくりと痛くなった。
さっきまでの心臓の鼓動とは逆に、この痛みは、なにかが引っ掛かっているような、あるいはなにか不満足なような、嫌な感覚だった。
痛みは感じないようにしてあるって、マヨちゃんが言ってたのに......なんで......と思う佳奈。
少し苦しそうに胸をおさえる佳奈を、眉をひそめながら見る京谷は。
「......無茶はすんなよ。少なくとも一限始まるまでは見ててやるから」
やっぱり片瀬さんの発明にはなにか問題があるな......と呟いて、ため息をつく。
一方、佳奈は真っ先に確かめたいことがあった。
「......きょーやん」
「どうした?」
「きょーやんって、彼女いる?」
「は!?」
突然そんなことを言い出す佳奈に京谷は唖然とした。
京谷は聞き返す。
「ど、どうしてそんなことを聞くんだよ」
「昨日、先生の手伝いをしてるとき、変にソワソワしてたから......。本当は家の用事じゃなくて、彼女さんを待たせてるのでは?って先生が言ってて、気になったんだよー......」
「あー、そういうことか......」
あの先生は何を考えてるんだ......と思う京谷だった。
「どうなの?」
「......いないです」
自分に彼女がいないことを自分の口から言わされるという恥ずかしさを全身に感じる京谷。
だが佳奈はというと。
(......いないのかー)
その京谷の言葉を聞いたとき、感じていた胸の痛みがすぅ......と消えていった。そればかりか、少しほっとした気分になった。
結局あの痛みってなんだったんだろう......。後でマヨちゃんにメカの不具合として報告しないと......。
そう思う佳奈。
しかしまだ納得できないことがある。
「じゃあ、昨日そそくさと帰ったのは、本当に家の用事だったのー?」
「......」
そこで京谷は黙りこむ。
考え事をしているようだ。
そしてしばらくして、「もう渡しちゃうか......」と言いながら、恥ずかしそうに唇を軽く噛み、上着のポケットから何かを取り出した。
「......実は、これを買いに行ったんだ」
「......なにこれ?」
それには綺麗な包装がされている。
包装には、ある有名な百貨店の名前が書いてあった。
京谷は佳奈にそれを手渡した。
「......クリスマスのお礼。年末年始はドタバタしてたから、落ち着いた時に渡そうと思って」
「......私に?」
「おう」
ドクンッ......。
再び心臓が大きな音を立てたが、教室の時みたいに驚きはしなかった。
むしろ、この鼓動が心地よい感じがした。
「開けていい?」
「......ああ」
佳奈は丁寧に包装を外していく。
そして出てきたのは、二つのヘアゴムだった。
艶やかな赤色と紺色のチェック柄のリボンがついており、質感も一級品のそれだった。近場で買えるような安物にはとても見えない。
となれば、わざわざ都内まで足を運んで買ってきたのだろう。
「わぁー......。おしゃれって感じがする~」
「......正直に言うと、俺はそういうの全く分からないから店員のおすすめ、しかも新年セールの売れ残りから選んだだけなんだけど......」
「残り物には福がある! ありがとうきょーやん!」
恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかく京谷。
これを買うためにお年玉をかなり消費したが、嬉しそうにする佳奈をみて、「損な買い物じゃなかったな」と思った。
「ねえ、ちょっとだけお願いがあるんだけど......」
「ん?」
京谷の顔をじっと見つめ、佳奈はお願いを告げる。
「このヘアゴム、きょーやんがつけて!」
「......え」
目を点にして佳奈を見る。
まさかそんなお願いをされるとは思ってもいなかった京谷だったが、佳奈はにっこりと京谷を見続ける。
京谷はキョドりながら佳奈に言う。
「お、俺、女子の髪型とかよく分からないんだけど......」
「今の私の髪型みたいな感じでいいよー」
どうしても京谷にやってもらいたい様子の佳奈に、京谷は断り切れなかった。
佳奈は京谷の手にヘアゴムを渡し、自分の髪を解いた。
佳奈のそんな姿を見るのは初めてだった京谷は、変に緊張し始める。
「......お願い、きょーやん」
「ま、まかせろ!」
威勢を張ったものの、やっぱり髪のまとめ方は分からない京谷。とりあえず、佳奈の髪を優しく手にとってみる。
つやつやでさらさらなその感覚は、今まで体感したことのない未知のものだった。
京谷があたふたしてる一方、佳奈は。
(......きょーやんに髪を触られると、なんか気持ちいいなー)
ドクンッ......ドクンッ......!
より高まる鼓動と、心地よさを噛み締めていた。
そんなこんなでしばらくして、京谷が苦心の末に髪をまとめ終えた。
「えーと、どうだろう......」
「......うん! いいね!」
保健室の鏡で確認する佳奈と京谷。
少し形が崩れてはいるが、初めてにしては上出来だった。
むしろ、拙い感じの髪の纏まり方と、大人っぽいおしゃれなヘアゴムの対比が、高校生でありながら天真爛漫である佳奈のアンバランスさを象徴しているようで、不思議な魅力を醸しだしていた。
京谷は「あー、緊張した......」と息をつきながらベッドに腰掛ける。
佳奈はそんな京谷と向かい合って、ちょっぴり不安そうに聞いた。
「......このヘアゴム、似合ってるかな?」
正直、佳奈自身も何故こんなことを聞いたのか、自分では分かっていなかった。
しかし、どうしても聞いておきたいと、聞いておかねばならないと思ったのだった。
京谷はゆっくりと口を開く。
「......に、似合ってるぜ」
「可愛い?」
「え、えーと」
「......可愛くない?」
不安を露にした佳奈に京谷はたどたどしく答えた。
「い、いや、そのー......。か、かわ、可愛い......と思う......」
ドクンッ!
(っ~!!)
京谷の言葉を聞いたとき、今日一番の大きさの鼓動がした。しかし、それだけではない。
胸が、熱い。
頬が、火照る。
息が、荒くなる。
涙が、溢れてくる。
そして何より。
嬉しい......。嬉しい。嬉しい!
居ても立ってもいられず、佳奈は無意識的に京谷に抱きついた。
「......え? ちょ、は!?」
「......」
「待て待て待て待て!! どうした!?」
ぎゅーと抱きついて離れようとしない佳奈。
その勢いで、二人はベッドに倒れこむ。
「......きょー、やん」
「おい、今日のお前おかしいって......」
京谷は佳奈の顔を見て言葉を止めた。
じわぁと赤く染まった頬。うるうるとした目。熱がこもった荒い息。額に少し浮かぶ汗。
そしてプレゼントしたヘアゴムでまとめた髪が視界に入る。
いつもの純真な佳奈とは違う大人っぽい雰囲気にドキンとした京谷。
(こ、これじゃまるで......)
「きょーやん」
「は、はい!」
佳奈は京谷に顔を近づける。
京谷はキョドってしまい動くことができず、ただ近づいてくる佳奈の顔をまじまじと見てるだけ。
そして、ふと唇に視線がいく。
(まさかまさかまさか!)
「......んー」
二人の顔が触れ合おうとしたまさにその瞬間。
「京谷ー、佳奈ー、入るわよー!」
ガララッ。
保健室の扉が開かれる。
そして。
「佳奈が体調崩したって伊御くんたちから聞いたけ......ど......!?」
「はぅあっ!」
「......?」
咲が保健室に入った。
ハッとした京谷は佳奈を思いっきり引き離し、佳奈はそれを不満そうにする。
しかし時すでに遅し。咲はきっちり顔を近づける二人の姿を見たのである。
「ふ、二人とも......」
「ち、違うんだ!」
「......!?」
慌てる咲と京谷に、自分が何をしようとしていたかに気付いた佳奈。
三人とも顔を真っ赤にして混乱している。
「せ、説明して!」
「お、俺も何がなんだか......」
「私は、何を......」
収拾がつかなくなる。
そしてそこに。
キーンコーンカーンコーン。
「「「あっ」」」
チャイムが鳴り響いた。
流石に授業には出ないとまずい。
そう思った三人は、急いで教室へ戻る。
「このバッチはもう外すからな! お前も外せ!」
「う、うん! そうする......」
「とりあえず佳奈はもう体調大丈夫なの?」
「い、いちおー......」
こうして一旦波乱は収まったようにみえた。
そして。
京谷は結局誰からもバッチの正体を教えてもらえなかった。
その上、事情を聞いた咲から「キモイ」「ズルイ」「ヘタレ」など非難を浴びせられた。
しかし、京谷が「いや、えーと、お前にも、一応、買ったんだ」と言ってプレゼントを渡すと、咲は嘘のように機嫌が良くなった。
また、伊御たちは見慣れないヘアゴムをしている佳奈を不思議に思った。しかし、何かを察してなにも言わなかった。
その日の放課後。
佳奈は真宵に京谷の分も合わせて2つのバッチを返した。
「どうだった? 恋の感覚は!」
「......嫌じゃなかったけどー」
そう言って佳奈は途中で胸が痛くなったとバッチの不具合を訴えた。
真宵はそれを聞いて「そんな!」と声をあげ。
「それは私の沽券に関わる! 急いで直すんじゃよ!」
と意気込み、ドライバーやらネジやらを取り出して修理を始めた。
だが。
「......ん?」
「やっぱりどっかおかしかったー?」
「あー、いや、えーと......」
何故か口篭る真宵。
そしてゆっくり口を開いた。
「そのー、確かに壊れてはいたんですが......」
「......?」
「壊れてたのは、佳奈やんがつけてた方じゃなくて、西原さんがつけてた方なんじゃよ」
「どういうこと?」
「つまり、そもそも発信機である白のバッチが壊れてたから、赤のバッチも機能してなかったんじゃよ」
「......!」
「発信のログを見る感じでは、朝、教室で西原さんがバッチを強く握った時に壊れたみたいにゃん」
バッチは両方とも機能してなかった。
それが意味するのはつまり。
佳奈がドキドキしてたのは、バッチのせいじゃなくて......。
『お二人がまるで恋人同士みたいですね~』
『......クリスマスのお礼』
『......に、似合ってるぜ』
『か、かわ、可愛い......と思う......』
今日一日のことを思い出し、佳奈はかぁーと顔を真っ赤にした。
「え、えー!?」
「か、佳奈やん? だ、大丈夫?」
「い、いや、これは......ちがう......」
恋はこんな感情じゃないはずと否定しようとした佳奈だったが、ふと、前にガールズトークで真宵が言っていたことを思い出した。
『ここで私が言ってる「好き」っていうのは、恋愛のそれなんじゃよ』
『恋愛?』
『そう! 例えば「この人とキスしたいなあ」とか、つみきさんが伊御さんに対して思ってる感じの......』
『この人とキスしたいなあ』
気づいてしまった。
自分は保健室で何をしようとしていたか。
京谷に可愛いと言われ、嬉しくなって、そして。
(も、もしかして、これが......本当に......)
「あ、あのー、佳奈やーん?」
「あ! ごめんマヨちゃん! わ、私もう帰るね! 今日はありがとうー!」
逃げるように教室から出ていく佳奈。
そんな佳奈の後ろ姿を、真宵は優しく見守る。
だがすぐにニヤアと笑みを浮かべて。
「......ふふふ、あの様子だと何かすごいことが起きたみたいにゃん。なら早速、バッチに仕込んでいたICレコーダーで保存した会話を盗み聞きするんじゃよ!」
と、ニヤニヤしながら言い、イヤホンをICレコーダーに挿した。
京谷にはプライバシーの侵害の心配は無いと言ったものの、真宵はハナっから盗み聞きする気満々だったのだ。
しかし想像以上にきゅんきゅんする展開だったため、鼻血を吹き出してしまった真宵であった。
「こ、これは、凄い......。鼻血が止まらないんじゃよ~......」
結局、過剰に鼻血を出したため体調を悪くし、フラフラになりながら帰っていったのだった。
その後、佳奈は京谷の顔を見るのが恥ずかしくなって、京谷をみるたびに逃げ出すようになった。
しかしそのような状況でも、京谷からのプレゼントであるヘアゴムはいつもつけており、時々そのヘアゴムをにこにこしながら触っていた。
京谷の方も、ヘアゴムをしている佳奈を見るたびに保健室でのことを思い出してしまい、「うがー!」と頭を抱えていた。
二人が普通に喋れるようになるまでは当分かかったという。
そんな二人を、咲は物言いたげな、しかし満足げな表情で見ていた。
「佳奈もついに......」
それはどういうつもりで呟いた一言なのか。
本人以外には、わからない。