コーラルリーフ1942 -珊瑚海海戦-   作:りゅーぜん

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開戦前のまとめ

 さて、珊瑚海海戦に入る前に両陣営の背景情報をまとめよう。

 

 日本海軍連合艦隊はポートモレスビー方面における戦いを支作戦程度に位置付けていたようである。連合艦隊の主目標はあくまで南方資源地帯や中部太平洋のアメリカ太平洋艦隊に据えられており、ニューギニア方面には旧式艦の寄せ集め感のある第4艦隊を充当したこと、第1航空艦隊で練度が低いとされた第5航空戦隊を第4艦隊に増派したことから、そうした連合艦隊の意向は見て取れるだろう。

 その根拠に、アメリカ太平洋艦隊は日本海軍に対して、しばらく本格的な反攻を行わないと判断していたことがある。開戦前から、軍令部や連合艦隊ではアメリカによる本格的な反攻開始は1943年春-夏頃と判断しており、これは両洋艦隊法によって建造が開始されたアメリカ海軍艦艇が完成し、実戦配備される時期がこの時期であるという情報からの判断であった。それまでの時期であれば、アメリカ太平洋艦隊は自発的な艦隊行動をとらない、アメリカにとって重要な拠点に対して攻撃を行わない限り、太平洋艦隊は主力戦力を出動しないという判断が、連合艦隊における共通の認識であった。そして、ポートモレスビーが「アメリカにとって重要な拠点」ではないと踏んでいたのである。それよりも、ハワイの前進防衛基地、つまり重要拠点たるミッドウェー島に攻撃を行い、アメリカ太平洋艦隊の空母を無理やりおびき寄せてこれを撃滅する中部太平洋方面に対する作戦を重視していた。

 そういうわけで、連合艦隊は第4艦隊に第5航空戦隊を増派したものの、アメリカの航空母艦が出現して空母同士の海戦となるなど全く想定していなかった。先述した固定観念に加え、アメリカ太平洋艦隊の保有空母が前線地域に対する一日限りのヒットエンドラン的な空爆(中部太平洋の日本占領地やニューギニア東部の上陸船団に対する空爆、そしてドーリットル空襲)に終始していたことがその思い込みに強い根拠を与えていた。空母が出現したとしても、ニューギニアでの一例同様、せいぜい輸送船団に対する爆撃を一度実行して離脱し、珊瑚海海域に継続的に滞在することはないと踏んでいた。そのような想定であれば、5航戦を増援として派遣し、モレスビーにおける作戦を訓練代わりとするという連合艦隊の構想にも十分頷けよう。5航戦はモレスビー攻略後にミッドウェー方面に転戦させる前提でMO作戦が計画されたといい、作戦は深刻な時間的制約を抱えていた。

 

 アメリカ太平洋艦隊はどうか。

 確かに、アメリカ合衆国中枢における方針としてはハワイ以東の海域の死守を重要目標とし、太平洋方面においては積極的な攻撃活動は行わないことを目標に据えたが、太平洋艦隊はその反撃を前に少しでも時間稼ぎをしようとした。空母による散発的な爆撃行はまさにその典型例で、連合艦隊のアメリカ海軍方針分析は、ここまでは的中していた。

ただ、ポートモレスビーに対する攻撃にこの方針判断は適用できなかった。ポートモレスビーはオーストラリア防衛における重要拠点であり、将来の対日反攻拠点と位置付けられていたオーストラリアが脅かされ、攻撃され、孤立し、戦争から離脱することは絶対に避けなければならないというのがアメリカ太平洋艦隊の意向であった。日本海軍のトラック諸島への戦力集中傾向を察知したアメリカ太平洋艦隊はレキシントンをすぐさまヨークタウンに合流させ、ポートモレスビー防衛のため珊瑚海に出動させている。日本のモレスビー攻略艦隊に空母が含まれていることも掴んでおり、少なくともアメリカは空母同士の艦隊戦が勃発することを想定して行動していた。これ以降は現地の第11・第17任務部隊にも徹底して叩き込まれていた。

 

 続いて日本第4艦隊。

 第4艦隊は、先述している通り「アメリカはポートモレスビー防衛に艦隊を派遣してこない」という想定であったため、海上の敵艦艇よりもポートモレスビー近隣やオーストラリア北東地域の敵飛行場に注意を向けていた。第4艦隊の出した空母派遣要請も、敵空母を警戒したというよりは敵航空機を警戒してのことで、5航戦に期待された役割は海域の敵空母撃滅ではなく敵飛行場に対する航空撃滅戦実施であった。5航戦からの説得を受け、第4艦隊司令部は「敵空母出現時の対応を優先」としたものの、おそらく出現はしないから最終的には航空撃滅をやってもらうというのが司令部の魂胆であったろうと思われる。ラバウルの第25航空戦隊は東部ニューギニア方面での戦闘開始以来稼働を続けて戦力を大幅に消耗しており、MO作戦発動前に戦力の補充を実施していたものの、敵飛行場戦力に対する要員として5航戦に向ける期待は大きいものがあった。

 作戦も敵艦隊が出現しないことを前提としているように見受けられる。MO攻略部隊がジョマード水道に突入するまでの間、ツラギ・デボイネ・ショートランド・ソロモン海東部と、各艦隊を各海域に広く分散させて行動している(暗礁地帯の多い珊瑚海の特性により敵潜水艦の待ち伏せを考慮してのことであったり、航路が制限され通過可能域に入れる艦艇数が少ないという事情もあったのだが)。

 

 双方の情報収集についてはどうか。

 日本海軍は、MO作戦を前にオーストラリア方面における航空戦力増強傾向を、200-300機という具体的数値までキャッチできていたものの、アメリカ太平洋艦隊、特に空母に対する動向は全く察知できておらず、情報収集活動は低調であったと言わざるを得ない。そもそも米艦隊出現の想定がないというのがその低調さの根拠なのかもしれないが、MO作戦発動後はツラギに飛行艇基地を設営し、珊瑚海海域に対する偵察を行う予定であった。

 アメリカ海軍は日本海軍が利用する暗号を熱心に解読し、珊瑚海海戦までの間に1-2割ほどの暗号を解読できるようになり、ポートモレスビー方面に対する作戦行動準備傾向を明確にキャッチ、アメリカは投入可能な2空母を全力投入することに成功した。しかしその情報の確度についてはお粗末だったと言わざるを得ない。投入が確定している空母についても祥鳳を加賀と誤認し、未確定情報を含めると6隻もの空母が珊瑚海に投入されるという過大報告がなされ、作戦判断を歪めかねない誤情報を第17任務部隊にもたらしていた。「艦艇はすべてジョマード水道ルートを通過する」という情報も、MO機動部隊はソロモン諸島東方海域を通過してくるという作戦案をキャッチできていなかった。こうして第11・第17任務部隊は5航戦の航路上にあるソロモン諸島南方海域を安全地帯と判断、ここを両任務部隊合流地帯に指定する。

 

 さて、まとめると以下の通りとなろう。

 

連合艦隊の戦略的位置付け

・MO作戦(ポートモレスビー攻略)は支作戦扱い。主目標は南方資源地帯および中部太平洋の米太平洋艦隊。

・ニューギニア方面には旧式艦中心の第4艦隊を充当。第1航空艦隊で練度が低いとされた第5航空戦隊を増派。

 

連合艦隊の対米情勢判断

・米本格反攻開始は1943年春-夏頃と判断(両洋艦隊法による新造艦の就役時期に基づく)。

・それまでは米艦隊は重要拠点防衛以外には主力を出さないと想定。ポートモレスビーは「重要拠点ではない」と評価。

・重視していたのはミッドウェー攻略による米空母撃滅作戦(中部太平洋方面)。

 

連合艦隊の空母戦想定の欠如

・米空母同士の海戦勃発を全く想定せず。米空母の活動はヒットエンドラン的空爆(ドーリットル空襲等)に終始するという固定観念が根拠。

・5航戦はMO作戦を訓練代わりとし、攻略成功後はミッドウェー作戦に投入する意向。

 

米太平洋艦隊の方針

・米中枢方針はハワイ以東の死守。太平洋方面では積極攻勢は行わない(ここまでは連合艦隊の分析と一致)。

・ただしポートモレスビーは例外。豪州防衛・対日反攻拠点として豪州孤立は絶対回避すべき対象。

・日本のトラック集中を察知し、レキシントンをヨークタウンに合流させ珊瑚海に出動。空母同士の艦隊戦勃発を想定して行動。

 

日本第4艦隊の認識

・「米はモレスビー防衛に艦隊を派遣しない」前提。敵艦艇より敵飛行場(モレスビー近隣・豪州北東)を警戒。

・5航戦への期待役割は敵空母撃滅ではなく敵飛行場への航空撃滅戦。

・5航戦の説得で「敵空母出現時の対応優先」と一応決めたが、出現しない前提で最終的には航空撃滅実施が司令部の本音と推察。

・第25航空戦隊(ラバウル)の戦力消耗が背景。

・作戦展開も敵艦隊不出現が前提(ツラギ・デボイネ・ショートランド・ソロモン海東部に広く分散)。珊瑚海の暗礁地帯・潜水艦警戒・通過可能域の制限という事情も併存。

 

情報収集

・日本:豪州航空戦力増強(2,300機)はキャッチ。米太平洋艦隊・特に空母動向は全く察知できず低調。MO発動後にツラギで飛行艇偵察予定。

・米:暗号解読が1-2割進行し、MO作戦準備傾向を明確に把握。投入可能2空母を全力投入。

・ただし情報確度はお粗末。祥鳳を加賀と誤認、未確定情報込みで6隻の空母が珊瑚海投入という過大報告。

・「全艦艇がジョマード水道通過」と判断し、MO機動部隊のソロモン諸島東方海域通過案を看過。第11・第17任務部隊はソロモン諸島南方海域(実は5航戦航路上)を安全地帯と誤認し合流地帯に指定。

 

 どちらにも重大なミスが見受けられるが、「アメリカはモレスビーを重視していない」という戦略上の重大誤認を抱える日本側のほうが、より深い陥穽に足を踏み入れていたといえよう。

 

 そして、この両者に共通する問題として、「空母対空母の戦闘を一切経験していない」ということにあった。

 索敵はどうする?空母は分散させるべきか、それとも集中させるべきか?そもそも空母戦を前提とした艦隊運用はどうすればいいのか?航空隊の効率的な運用方法は?直掩にどの程度残せばいい?雷爆同時攻撃か個別攻撃か?わからないことが山ほどあった。

 

 それぞれ、戦闘前と戦闘中に数々の錯誤を犯しながら、喜劇的ともいえる駆け引きをこの珊瑚海で展開していくことになる。

 史上初、空母対空母戦闘が展開された珊瑚海海戦のはじまりである!

 

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