コーラルリーフ1942 -珊瑚海海戦-   作:りゅーぜん

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幕間:トラック泊地の五航戦

 トラックから望む水平線が徐々に紫がかる頃。泊地近海の哨戒任務に就く娘らを除く大半の艦娘たちがまだ寝静まっている中、五航戦の二人はすでに起床して艤装を整え、宿舎を後にしていた。向かう先は、急造の弓道場である。

 簡便な木製ながら、異国情緒ある南の島にはおよそ不釣り合いな日本建築は、コンクリート建ての簡易工廠や司令部についで存在感を放つ。弓道場に入ると二人とも無言のまま射場に入り、持ち込んだ弓矢の用意にかかる。壁に打ち付けられている、少しのタルミやヨレの無い日章旗と旭日旗が、まだこの建物が新築であることを説き明かし顔だ。

 さて、身支度を終えて射位につくと、より一層引き締まった顔つきになって各々鍛錬を始める。矢をつがえてキリキリキリと小さな音を立てながら弦を弾き、ひょうと矢を放つ。ばしん、と的に中る。二人とも、しばらく無言でこれを繰り返す。

 二人ともおおむね的に命中させている。ただ、的から外れている矢も2本3本見受けられる。

 

 「一航戦も二航戦も、みんな的の真ん中に中ってるのに、なぁっ!」

 

 弓をとり始めてからしばらくして、所定の動作をしながら瑞鶴が絶叫する。矢はさらに的から大きく外れ、盛り土にぶす、と間の抜けた音をあげて突き刺さる。

 

 「駄目よ瑞鶴、精神一統、集中して─」

 

 翔鶴から放たれた矢も、的のはるか下方に吸い込まれていく。

 

 「おいおい、それじゃ発艦早々海に叩き込まれちまうじゃないか」

 

 翔鶴たちの後方から、とてとてとて、とかわいらしい足音を立てながら、短パンと腕をまくった飛行服を着た妖精が二人のもとに近づく。

 

 「あっ、赫さん…」

 

 翔鶴がさん付けで呼ぶこの妖精の正体は、翔鶴飛行隊長を務める妖精である。軍歴は五航戦の二人よりもはるかに長く、支那事変時から艦爆に乗り続けている超ベテランパイロットで、急降下爆撃機乗りといえばこの妖精、艦爆乗りの草分け的存在とも称されるほどの腕前であった。指揮下の妖精とはいえ、二人がたじろぐのも無理はない。

 

 「歴が違いすぎるんだから、比べるのはやめたらどうだい…ほれ、今日の分はこの辺で」

 

 空を指さし、空がすでにオレンジから青色みがかっているのを知らせる。はっとした二人は一旦、艤装の片づけに入った。あの四人に並ぶのが二人の夢だが、蒼龍・飛龍とはおよそ2年、赤城・加賀に関しては10年以上の経歴差があった。

 

 「まあ、そりゃそうなんだけどさ…肩並べて戦ってるとどうも気にしちゃうっていうか…」

 

 瑞鶴が顔を膨らませ、的の方を指さしながら不満げな顔をする。発艦作業といっても、艦載機をただ射ち出してやればいいというわけではなく、どの機も狙った方向に正確に発艦させてやる必要がある。

 下にそれるのは論外。下に逸れて発艦するということは、そのまま機体が海面とキスすることを意味する。これで敵と戦わずして1機喪失が確定だ。下にずれなければいいというわけではない。皆バラバラの方向に発艦させてしまえば、その後の上空合流・編隊形成が非効率になって空母上空で滞留する時間が延びてしまう。航続距離ぎりぎりで発艦するケースもある以上、そういう無駄な飛行時間は極力なくしてやらなければならない。

 

 「焦る必要はないさ、時間をかけて経験つみゃいいんだから…」

 「そうは言いますが、もう戦争は始まってるんですもの、早く追いつかないと」

 「二人とも、めちゃくちゃ筋はいいと思うしそう急く必要ないだろ。加賀なんて昔は─」

 「「詳しく」」

 

 妖精の前に、二人とも目をキラキラさせて正座し、続きを急かす。この妖精は支那事変時、加賀飛行隊に所属していた経歴を持っていた。懐かしみながら、バラしたことを知られればタダではすまないような初々しい加賀の様子を二人につらつら話しているうちに、空は真っ青になり、号令のラッパが鳴り響いた。

 

 「あっ、朝食の時間っ」

 

 瑞鶴が正座から飛び跳ねるように立ち上がり、荷物をまとめて司令部の方に駆け出す。あわあわしながら、「続きは後程…」と翔鶴もこれに続く。やれやれ、巨艦はやっぱり食い意地がいいねぇ、と思わず吹き出しながら、妖精も弓道場を後にしてのらりくらりとトラック泊地をふらふらしだした。

 

 

 朝食を終えた艦娘一行が、ぞくぞく司令部を後にする。

 

 「いやー、南の果ての泊地だしあまり期待してなかったけど、結構いっぱい食べられたね」

 「えぇ…本土の鎮守府とあまりそん色ないんじゃないかしら。」

 

 二人とも、満足げにおなかをさすりながら司令部を後にする。

 それもそのはず、ここトラック泊地は帝国海軍がアメリカに対する作戦方針として長年掲げていた漸減邀撃作戦を実施する上で、主力艦隊が停泊する拠点として重視されていた。西進してくるアメリカ太平洋艦隊を待ち受ける、多数の艦娘に負担なくのびのび停泊でき、かつ作戦拠点として十全に機能を発揮できるよう本土から遠く離れた環礁としては異例の設備投資が行われていた。

 漸減邀撃はハワイ奇襲による太平洋艦隊撃滅に突如方針転換したため、本来の用途では利用されなくなってしまったが、現在はニューギニア方面に対する作戦発起点として注目され、用途は違えど重要な泊地として位置づけられている。

 

 「弓道場はあるし、訓練用の飛行場が整備された島もあるみたいね」

 「泊地自体も結構広いよね、発艦訓練もできるんじゃない?」

 

 二人ともトラック泊地の充実ぶりをほめたたえる。が、けど──、とトーンダウンして、

 

 「「朝のお風呂は無理、かぁ」」

 

 このような絶海の孤島では、清潔な水の確保というのは死活問題である。生命維持に直結するため、水源地の確保、水源地なしの場合は補給路の維持、どちらの場合においても無駄の排除が必須だった。海水から作ることもできなくはないが、それに用いる燃料だって用途は限られる。資源に乏しいこの国にとって、燃料もなるべく無駄な利用は避けたい。

 風呂などもってのほかだった。許容出来てシャワー。毎日夕方に入浴時間が決められているので入浴機会がないわけではないが、朝入浴は無くても支障はない、つまり無駄の域に入るためそのような機会はないというわけである。

 しかし艦娘もやはり乙女、睡眠中にかいた汗を洗い流したいという欲はある。南方の寝苦しい気候なのだから、せめて翌朝はすっきりして任務に励みたい──とはいえ、なくとも軍事行動に支障はない。そこに貴重な水資源を投入するほど余裕があるわけではないのだ。

 

 満足と鬱屈の両方が折り重なった表情をしながら一路宿舎に戻る二人の前に、二名の艦娘が進路上に立っていた。入泊時、出迎えてくれた駆逐艦の娘だ。

 

 「あら、曙さんに潮さん?」

 「はい、おはようございます。お二人にお願いしたいことが」

 

 曙が潮をやはり小突く。ひゃい、と気の抜けた声を上げてから、

 

 「お二人と艦隊行動の訓練をしておきたくて…あっ、お気になさらず…」

 「ったく、なにいってんのよ!もう今日しか機会ないんだから!」

 

 弱気な潮を威嚇するようににらみつけ、そこからきりっと慇懃な態度に切り替えてから五航戦に懇願する。

 

 「南方作戦で二航戦の随伴を担当したことはありますが、機動艦隊での艦隊行動経験はそれっきりです。経験を積んでおきたいので、何とかお願いできませんか」

 

 五航戦は顔を見合わせ、こくりと頷く。瑞鶴が笑顔で、

 

 「ちょうど私たちも泊地で軽く練習する予定だったしちょうどいいわ。この後すぐで大丈夫かしら?」

 

 曙も自信に満ちた笑顔で、はいっ、と応じる。

 

 

 泊地、といってもトラック泊地は極めて広大で、空母が発艦訓練を行えるほどのスペースが確保されている。今日は翔鶴・瑞鶴が発着艦訓練を行う申請を泊地司令部に出していたため、大半の艦娘が泊地から出払い、地上か泊外で待機していた。

 

 広大な泊地を4隻の艦娘が巡航速度で進む。おおむね等間隔で、曙、翔鶴、瑞鶴、潮の順で単縦陣を敷いていた。

 機動艦隊の訓練、いや機動艦隊の艦隊行動自体を初めて目にする艦娘も多く、陸では艦娘問わずギャラリーが三々五々グループをなして泊地を観察していた。

 

 「まあまあ、お盛んですわね」

 「うん…僕たちも混ざった方が良かったかな」

 

 曙らと五航戦直掩を担当する第二十七駆逐隊の、夕暮と時雨が宿舎の窓から身を乗り出して様子を眺める。同じく泊地を見ていた有明と白露も言及する。

 

 「まぁいいんじゃねえの?俺たちは二航戦の護衛やったことあんだし、わかんねえなら教えてやるぜ」

 「うんうん、だいじょーぶでしょ!」

 

 さて、翔鶴が右腕を挙げて合図を出すと、4隻とも単縦陣を解いて陣形変更を開始する。縦に並んでいた翔鶴・瑞鶴は横並びになり、曙は二人の前方、潮は後方に位置した。

 

 「これが機動艦隊のいわば戦闘隊形、輪陣形になります。よく覚えておいて」

 

 陸の観客たちが、おぉ~、と歓声を上げる。が、五航戦の方は微妙な表情である。駆逐艦2隻の位置取りがばらつくのもさりながら、自分たちも完全横一列に並べているわけではない。実戦を想定した陣形変更で、一発できれいな形に収まるほどの練度には達していない。

 

 「これじゃ加賀さんに笑われちゃうなあ…」

 「ひゃい、すいません…」

 「いやっ、違う違う!これは自虐でさあ…あはは」

 

 沈む潮に、頭を掻いてごまかして見せる瑞鶴。まあ気を取り直して、と前置きし、

 

 「じゃあ次は発艦体制だね。泊地の端っこまでこの陣形で向かおうか」

 

 ずずいっ、と各艦陣形を維持しようとしながら方向を転換する。やはり陣形がほんのり乱れた。所詮急ごしらえではこうなるか、と五航戦の二人は思っているが、ギャラリーは機動部隊の艦隊行動という珍しい事象を前にほれぼれして気付く気配がない。

 泊地の端にまで到達すると、その反対の端に向かって再度転舵する。ここで瑞鶴が口を開いて、

 

 「発艦作業のときは、こうやって風上に向かって全速力で航行することになるわ。なるべく陣形を崩さないようにね」

 「いいかしら?それではやってみましょう」

 

 各々、それぞれの全速力で海上を走り始める。こんな全速を出しながら、空母は発艦作業を実施しなければならない。しかも艦隊の中心として陣形に乱れがないか、上空は安全か注意を配りながら、である。二人は弓をつがえて発艦準備に取り掛かったが、ふと気づいた。前方を走る曙と徐々に距離が開き始めているではないか。

 翔鶴・瑞鶴の最高速は34ノット、曙・潮は38ノットである。「最高速で」としか伝えていなかった。4ノットの差が、じわじわと陣形を引き裂いていく。

 

 「おーい、曙―っ!後ろ見て後ろーっ!あちゃー、速度出すのに集中しちゃってるなー」

 

 発艦のため弦を引き始めた瑞鶴。翔鶴も、

 

 「そうね、小型艦にとっては余裕がなくなるのも無理は──」

 

 はっとして、弦の引きを緩めて後ろを振り向く。─やっぱり。五航戦の後方についた潮が、全速力で二人の方向に接近していく。あの表情から見るに、おそらく曙同様に全速前進することに集中して周りが見えていない。翔鶴をみて、あっと声を上げた瑞鶴も後ろを向いて、

 

 「潮!前見て前!ぶつかる!」

 「─聞こえてない!」

 

 艦娘にとっての正面衝突は、多くの場合致命的な打撃を負って轟沈に直結する事態。絶対に回避しなくてはならない。二人とも、潮!と声をかけ続けるが応答はない。

 

 「翔鶴姉!」

 

 こくん、とうなずき、お互い離れあって距離を取った。はっ、と潮が我にかえり、

 

 「あっ、前の二人にぶつか─」

 

 前を見上げるが、自分の目の前に五航戦の二人は見えずはるか先頭に曙が全速航行しているのが見えるだけだった。

 

 こうして潮は五航戦の二人の間を割って先行する形になった。曙も気づかず全速力での航行を継続しており、もはや輪陣形などあったものではない。

 ええい、ままよ!と二人は矢を放ち、艦載機を少々発艦させた。翔鶴から発艦した艦載機には飛行隊長妖精の機が含まれており、飛び立つや否や高度を落とした。妖精の駆る九九式艦爆は、海面を撫でるかのような超低空から一気に垂直上昇、頂点で機体をひねって急降下に転じ、横旋回、縦旋回を立て続けに連発した。支那事変から磨き上げた技量が、失態を華麗に塗りつぶしていく。陸上からも目に見えて陣形が崩れているのを確認できたギャラリーも、この曲芸飛行に圧倒されて困惑のどよめきが興奮の喝采に一変する。

 

 「翔鶴姉、ナイス…」

 「なんとかごまかせたわね…赫さん、あとで何を要求してくるかしら」

 

 自分が直掩対象からかなり離れてしまったことにようやく気付き、顔を真っ青にする曙。自分のしでかしたことに即座に理解して顔を真っ赤にし、目に涙をためる潮。ハプニングに振り回されてヘロヘロの五航戦。皆共通していることは、大変に汗をかいていることだった。発艦を終え、輪陣形を再編成しながら徐々に巡航速度に落とす。

 

 そのうち、突如トラックに影が差した。おや、と空を見上げると南方方面で作戦行動をしたことのある艦娘はあーっ、と口を広げ、

 

 「スコールだっ」

 

 刹那、土砂降りの雨がトラックを襲う。南方歴の浅い艦娘は、うわーっ、と近場の建物に一目散だが、南方にいて久しい艦娘はわーっ、と歓喜して外に走り出す。

 天然のシャワーのようなものである。そのありがたみを知っている艦娘たちは肌着だけになって体中を洗い始める。器用な娘は石鹸を持ち出し、泡立てて汚れを洗い流す。

 

 「ちょ、早く建物に─」

 

 開戦以後、太平洋で活動を続けていたがまじめ、というか冷めた気質の曙はすぐ上陸して避難しようとしている。潮は相変わらず慌てた様子で右往左往。

 

 「瑞鶴、陸に向かいま─」

 「ぃやったー!スコールだあぁぁぁぁ!」

 

 年長格(艦歴自体は短いが)として大人らしく、自制心をもって陸にあがろうとした翔鶴とは対照的に、瑞鶴はひどく大はしゃぎしている。曙、潮、翔鶴ともに困惑した表情で瑞鶴を見つめるも、

 

 「え、みんななんでじっとしてるの?!早く体洗わないと!」

 

 お構いなし、服を脱ぎ棄て始める。

 

 「ず、瑞鶴!?だめよ、機動部隊の航空担当としてもっと年長者らしくというか、こう」

 

 あはははは、と屈託のない笑顔を見せる瑞鶴。続々襲い掛かる大粒の雨は、瑞鶴の体中を滴り落ち、汗ばんだ体をきれいさっぱり洗い流していく。

 この笑顔。この妹を見せつけられた姉は弱い。自分も瑞鶴に倣って、汗を吸った服からおさらばする。そこに、瑞鶴は手で海水を掬って翔鶴にばしゃ、ばしゃ、とぶちまける。翔鶴は困ったような顔で、しかし笑顔で、

 

 「瑞鶴!海水は流石に…」

 「どーせこの雨なんだしすぐ洗い流せるでしょ!それっ」

 

 泊地のど真ん中で二空母が無邪気に海水の掛け合いっこ。ほとんどの艦娘は気付かなかったが、ただ一艦、

 

 「は…はぁ?!」

 

 何やってんの、と困惑を深める曙。じゃあ自分も…とスカートのボタンを緩め始めるも、曙の視線を感じて中断する潮。

 

 「あー…やってけんのかしら…ホントに…」

 

 曙は一人、頭を抱えながら独り言つ。ちょっと自分と気質が違いすぎる。そんな懸念が頭をもたげているようだった。

 

 

 スコールは短時間であがり、泊地のそこらじゅうで水浴びを決行した艦娘たちの衣服が洗濯物干しにつられていた。もちろん五航戦の二人もそうせざるを得なくなった艦娘の一人だったが、艦娘の上に立つものにふさわしくないとして司令部に呼ばれ、鹿島に小一時間説教されてしまった。猛省する翔鶴と対照的に、まあ体洗えたしいっか、とへらへらしていた瑞鶴の態度を察知した鹿島は、瑞鶴にだけ説教を延長した。

 説教から解放された翔鶴が宿舎に戻ると、瑞鶴の姿はまだなかった。夕食のラッパが鳴っても、瑞鶴は戻らなかった。

 

 

 ─閑話休題。

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