「ふーん、旗艦って戦時下にパールハーバーに戻るたびにこんなレポートを書かされるのね?」
「そうなんですよ、任務艦隊旗艦としての素質がどうとか言われて、開戦前の話を書かされたんですよ」
「そういう目的のレポートは要求されなかったけど…私の時は」
かつてヨークタウンが42年2月、ギルバート諸島に対する爆撃を終えて補給のため真珠湾に寄港した際、藪から棒に作成を要求されたレポートの写しを、安楽椅子にもたれかかって流し読みするレキシントンの放った言葉に、その傍らに立つヨークタウンは懐疑とともに眉間にしわを寄せる。
「えっ、レックスは書いてないの…?」
「ええ、それよりも戦闘レポートの作成と説明を求められたわね。ラバウルから飛んできた
「な、なんで私は」
「うーん、ヨーキィはただの爆撃で終わったから特段説明を求められなかったんじゃないかしら。私より艦歴が若いから、念のため素質確認ってことで命令されたんじゃないかしら…といっても、開戦前の中立パトロールに従軍したあなたは私よりも実戦経験がありそうだけど──」
視線をレポートからヨークタウンに移したレキシントンは、彼女が目を潤ませて顔をゆがませているのをみてぎょっとする。
「よ、ヨーキィ??」
「やっぱり私、信頼されてないんだぁぁ…ほんとは旗艦なんて向いてないんだぁぁ」
「別にこれまでの行動でミスったわけじゃないでしょ?大丈夫よ、お互いネームシップらしく気張っていきましょうよ」
「ビッグEもホーニィも私よりしっかりしてるもん、好きでお姉ちゃんになったわけじゃないもん」
ネームシップらしからぬ、恐ろしい気弱さで知られているヨークタウンがこの状態になるとなかなか手が付けられない。人の気配はないけど、見られたら士気にかかわるなあと思ったレキシントンは上体を起こし、縮こまる金髪娘に両腕を伸ばし、その巨体の胸中に抱いてやった。
ほうら、大丈夫だから…と声掛けを続けるレックスを無視して口をへの字に曲げ、ぐずつくヨーキィが落ち着くまではしばらくかかった。
「ところで…私を呼んだのはレポート朗読会のためじゃないでしょ?」
「う、うん。ごめんごめん」
安楽椅子の近くにどっさり積まれた封筒の一つを手元に手繰り寄せ、8の字にまいてある紐封をほどいて中身のレポート用紙を取り出す。受取人は「第17任務部隊 ヨークタウン」が指定されており、その差出人は「太平洋艦隊司令官」とあった。
「5月以降の南太平洋方面での作戦方針が決まったみたい」
「そう…ようやく私たちでヤマモトに一泡吹かせるチャンスが来たってことね」
「うーん、そうといえばそうなんだけど」
「いい加減レンゴーカンタイが好き勝手版図を広げていくのには我慢ならないのだけど、お偉方はまだ消極策なのかしら?」
開戦初頭、わずか一日で主力戦艦部隊を壊滅させられたアメリカ太平洋艦隊はその行動を自重せざるを得ず、ウェーク、フィリピン、グアム、インドネシアなど西太平洋の島嶼が日本陸海軍の手に落ちていくことを指をくわえて見ている他なかった。ハワイから中部太平洋、グアムを経由してフィリピン救援に向かう旧来の戦略は当然のごとく修正され、日本海軍主力との衝突を極力回避しつつ、高速の空母部隊で最前線にヒットエンドランの要領による爆撃を実施することとした。
「要するに私たちに課せられた使命は準備が整うまでの時間稼ぎ。ヤマモトは南太平洋にまで食指を伸ばし始めてるのよ、そんな悠長なことやっている場合かしら」
レキシントンは不満の表情を隠そうとしない。実際、彼女はゲリラ爆撃の担当者としてこれまでニューギニア東岸に位置するラエ・サラモアに来襲した日本の上陸部隊に対してゲリラ爆撃を実施し、大きな戦果を挙げた張本人で、そんな場当たり的な攻撃で日本の勢いを削ぐことなどできないことをよく理解していた。あなたもそう思うでしょう?と、ラエ・サラモア空襲に同行したヨークタウンに同意を求める。
「けど、今の太平洋艦隊じゃ力量不足すぎるよお、向こうは空母の数ですらこっちを凌駕してるし、新しい艦娘が太平洋に投入され始めるのは来年からだし、そもそも合衆国政府は太平洋より大西洋の方が大事だって…」
「じゃあこのペースだと今年中にハワイはもう一度火の海になるわね」
ため息をついて安楽椅子に深くもたれかかる。ヨークタウンはレキシントンの皮肉にどう反応すればいいのか困って目を泳がせている。
「…ええと、次の作戦方針の話なんだけど、これまでとはわけが違うみたいで…日本の大艦隊が南太平洋に来るみたいなんだって」
むくりと起き上がるレキシントン。不満、憤懣、やるせなさをまとわせていた表情は一転、目に覇気がうかがわれる。
「『日本陸海軍は現在ラバウルに陸上機・空母2~3隻、歩兵1個師団を集結中。5月上旬にラバウル東南岸ポートモレスビーに上陸を行うものとみられる』」
「モレスビーですって?」
レキシントンはさらに血相を変える。フィリピン防衛をあきらめたアメリカの次の至上命題は来るべき反撃の拠点としてのオーストラリア防衛であり、アメリカのオーストラリアをつなぐ航路──つまるところの「米豪連絡線」──の保護を目標に据えていた。そのことはアメリカ太平洋艦隊に所属する全艦娘が把握していることで、オーストラリア大陸の対岸に位置する良港であるポートモレスビーの陥落は米豪連絡線遮断に大きく前進しうる、絶対回避すべき事態であることをすぐに理解できた。
「空母3隻の内訳はカガとショーカク、ズイカクであることは特定済みみたい」
「ふふ、パールハーバーのお返しをもうできるってことね。演習航行に出る予定が急に南太平洋派遣に変更されて、またヒットエンドランをやらされるのかと思ってたけど」
「けど…司令部から送られてきた情報にはこんな報告もあって…」
レポートの一枚をレキシントンに差し出す。両手でレポートを広げて読み上げていくと思わず声を上げてしまった。その声色は明らかにたじろいでいる。
「敵の投入戦力は…く、空母6隻?」
「艦名識別までできたのが3隻だったんだけど、不明情報まで含めると…ってことみたい…」
「私たち以外の戦力はどういう状況なのかしら」
「艦艇の追加戦力は、豪州に配備されているアメリカとオーストラリアの混成艦隊が第44任務部隊として私の指揮下に入る予定、だけど空母は私たちだけ…かも」
「ビッグEとホーニィは…合流できないか」
エンタープライズとホーネットは42年4月18日に日本本土爆撃に従事したばかりで当時はハワイで点検作業の真っ最中のため、すぐに南太平洋方面に派遣できるような状態になかった。サラトガも開戦初頭に受けた雷撃被害の修理に米本土へ回航していたため、南太平洋方面に投入できる空母はこの
「となると…頼りは南西太平洋方面軍の航空隊か」
ヨークタウンは唸って渋い顔をする。南西太平洋方面軍はフィリピン・ニューギニア・オーストラリアのアメリカ陸海軍を包括的に指揮する作戦単位で、司令官はフィリピンから脱出してきたダグラス・マッカーサー大将だった。空母のように撃沈される心配がなく、より大型の軍用機を運用できる陸上飛行場から支援を受けられるのであればこれ以上頼りになる友軍はない、とレキシントンは思っていたようだがヨークタウンは違う。
「ちょっと戦力が心許ないというか…この前照会したら爆撃機は45機前後しか稼働機がないみたいで…飛行艇は4機しかいないし、モレスビー近海だけならまだしも珊瑚海やソロモン諸島をカバーする能力は…何より…」
「何より?」
「なんだか私たちに非協力的というか…照会に対する回答もだいぶ遅かったし、情報提供が遅くて」
南西太平洋方面軍は陸海軍を包括指揮する、といってもその司令官は陸軍のマッカーサーであり、太平洋艦隊はニミッツの指揮下にあり、マッカーサーとは別組織であった。それ以前にこの二つの隷下部隊は全く異なる指揮系統下にいたため、部隊間連携に欠いていた。
「使えなくはないが、あてになるかは…といったところね。ハワイは私たちにどう戦えと?」
「うん…『ニューギニア・ソロモン方面における敵のさらなる進出を阻止するため、好機を捉えて敵艦船・輸送船・航空機を撃滅せよ』」
「具体的な内容が見当たらないのだけど」
「どう戦うか、は私たちに一任ということ、みたい…」
「ふーん、簡単に言ってくれるわね」
ずっと安楽椅子に座っていたレキシントンはぐあっと立ち上がり、大判の机上に地図を開く。ニューギニア東岸とソロモン諸島の海図である。ヨークタウンは言われるまでもなく、ハワイから届けられた日本海軍の動向レポートを引っ張り出して海図の周りに置いていく。示し合わせもないまま二人の間で作戦会議が始まった。
「レポート、そんなにあるの?」
「うん、一番よく使われるJN-25bは、15%ぐらい、解読できてるみたいだから」
机にレポートを一枚一枚置きながら答える。JN-25bは日本海軍D暗号のことで、その復号に利用される「ろ号」コードブックについては85%も解読に成功していた。初戦における想定外の快進撃によって太平洋の各地に散らばった各艦艇への最新暗号共有の目途がなかなか立たなかったため、利用開始から5か月近くが経過した現在でもD暗号は更新されることなく利用され続けていた。暗号は利用期間が長ければ長いほどパターン分析が進んで解読される恐れが拡大するのだが、既に海軍の諜報機関である「ハイポ情報局」が一定量の暗号解読に成功していたのである。
「ハイポが提供してきた情報によると、日本海軍は輸送船団と機動艦隊を一緒に行動することになっているみたいで、その航路はジョマード水道を利用してくるところまで特定できているらしい」
「やはり事前に敵がどう動いてくるかわかるっていうのはありがたいわ」
「うん、モレスビー攻略の支作戦としてソロモン諸島のツラギを攻略する兆候も見られるみたいだけど、こっちは陽動ということになりそうだね…ソロモン方面は牽制こそすれど注視はしない、ってところかな」
「では索敵の中心は珊瑚海とポートモレスビーに振り分けるってことにしましょうか。それはそうと珊瑚海は補給に利用できる港湾が全くない海域だから給油が必要になりそうね」
「給油はソロモン諸島南方の海域でしよう。日本の機動部隊はそっちからやってこないみたいだし、ここなら安全に作業ができる」
「決まりね、任務部隊のみんなに出動の準備をさせましょうか。合流地点はどうする?」
「エスピリッツサント島の南西海域にしよう。敵に遭遇する前には合流しておきたいね」
海図とレポートとでにらめっこを始めたあたりから、ヨークタウンからさっきまでのなよなよした自信のなさそうな態度は立ち消えになった。慎重だが果断な、ネームシップらしい航空母艦が、そこにいた。
「ヨーキィっていつもそうよね、戦闘が関わったらすぐこんな感じ」
「えっ、え、何か変なところあったかな」
「典型的なバトルジャンキーっていうか」
バッ、と口に出しかけ顔を真っ赤にすると、困惑と否定の表情をはっきりと浮かべながら、
「そんなんじゃないもん、ちょっと熱が入っちゃうってだけで、別に好きってわけでは…」
「座右の銘は?」
「へ?さ、'
そういうところよね~、じゃ、エスピリッツサントで会いましょ、とレキシントンは振り向いて部屋を後にする。ちがうもん!だって索敵と攻撃は大事で…とレックスの背を相手にまくしたてるような言い訳を続けるヨークタウンだったが、彼女が部屋を出ると顔じゅうの汗をぬぐって、
「あっつい…」
無理もない、ここは南太平洋夏真っ盛りのトンガ・トンガタプ島のまるで冷房の効いていない米軍借り上げの宿舎で、熱心に気炎を上げてしゃべろうものならこうなるのも当たり前であった。
こうしてレキシントンの第11任務部隊(TF11)とヨークタウンの第17任務部隊(TF17)はそれぞれバラバラにトンガタプを出港、合流地点を目指して航行を開始した。
日本の4~6隻の空母を同じ部隊として編成・運用する機動部隊とは異なり、アメリカは空母に1~2隻のグループを組ませ、別々に行動をとらせる分散運用を旨とした。空母は敵の攻撃に脆弱であるという思想をもとに、全空母が一網打尽にされることを回避するためこのような措置をとったのだが、これには空母間の連携が無線封止下においてほぼ不可能となる大きな弱点があった。ジョマード水道を利用するルートであれば、エスピリッツサントで合流し、しばらく情勢を見守ってから再合流して行動方針を決めればよい、と考えていたようであるが…