4月29日。トラック島第四艦隊司令部に各戦隊旗艦が集合していた。以前の決定通り、祥鳳の入泊と同時に機動部隊運用について詰める会議がこれから開催される。前回の会議では各艦隊旗艦を担う戦隊旗艦のみが出席していたが、今回は作戦前最後の確認も実施されるため、全戦隊旗艦が出席していた。重巡、軽巡だけではなく駆逐艦も参加している。司会進行の将校が会議の開始を告げ、五航戦旗艦に航空戦に関する調査結果を報告するよう促すと、銀髪をなびかせながら立ち上がる。普段の遠慮がちな雰囲気は見られない。
「結論から申し上げますと、私たちに敵機動部隊撃滅と敵飛行場撃滅の二兎を追うことはできません」
あまりにきっぱりとした回答に一同面を食らう。以前の会議でやや暴走気味だった姉を押さえようとしていた瑞鶴がそれをせず、それどころか黙って姉の言に賛意を示しているような態度をとっていること、所々で冷やかしを入れていた第十八戦隊の天龍が作戦行動のため不在であったことが、空気をより重苦しくしていた。
MO機動部隊旗艦の妙高が怪訝そうな表情で、
「できない、というのは達成が難しいという意味ではなく──」
「言葉の通り不可能という意味です。400機近い航空機が豪州北部に配備されている以上、これに対する航空撃滅戦を140機の私たち五航戦で実施するのは不可能です」
「二十五航戦も加勢すると聞いていますが、それでも?」
「はい。保有機数は戦闘機23機と爆撃機42機、飛行艇13機の計77機、私たちの戦力と合わせて217機です。まだ2倍近い戦力差がある状態での撃滅戦はリスクが高すぎます」
二十五航戦、第二十五航空戦隊はニューブリテン島ラバウルに展開する、海軍の基地航空部隊である。すでにニューギニア方面の連合軍航空隊と消耗戦を展開しており、その戦力は疲弊状態にあった。
会場内で誰かがぼそりと「まあ、五航戦だし──」と口にしたのを瑞鶴は聞き逃さなかった。会場内を見渡しながら、眉間にしわを寄せ、声色にそれなりの感情を乗せつつ口を開く。
「一航戦でも二航戦でも無理なものは無理。つい最近のインド洋作戦でも、セイロン島の飛行場とイギリス機動部隊の撃滅を狙った攻撃行動中、敵飛行場から飛び立った爆撃機に奇襲攻撃を食らってあわや大惨事なんて事態に追い込まれました。敵が優勢であることがわかりきってるなら絶対に目標は絞るべきですよ。加賀さんだったらこんな作戦案、絶対拒否するわ」
どんどん空気がぴりついた、気まずい雰囲気に変わると同時に、新人の五航戦だとやや舐めた態度でかかっていた一同の見る目も変わっていく。新人とはいえ前線で積んできた経験に裏打ちされた、それなりの説得力のある説明に、一同反論できない。
「うーむ、やはり難しいか」
井上中将が翔鶴に問いかける。
「はい、どちらかに標的を絞っていただかない分には…敵空母の動向がどうなっているか、最新の情勢判断はどうなっているんです?」
「4月18日に敵空母から飛び立ったと思われる爆撃機が本土を空襲したのは知っとるだろう。そこから、珊瑚海に展開しうるのは空母1隻であると判断している。何より…」
「何より?」
「敵はおそらく当海域を重視していないというのが連合艦隊の判断だ。そもそも敵空母は出現しないというのが以前からの認識なのだがね」
「それじゃあ、ラエとサラモアに上陸したときに襲ってきた敵空母は何だったんですか?」
瑞鶴が割って入って指摘する。井上は間髪入れず、
「敵によるゲリラ空襲の一環だろう。確かに敵空母はギルバート、ニューギニア、そして日本近海に出没しては空爆を実行したが、奴らはどれも1日経たぬ間に海域を離脱している。艦隊司令部では南太平洋に空母を常時配置していないと判断している」
「本当にいないんですね?」
「保証はできないが、敵のこれまでの動向を見るにそう考えるのが自然だと思うが」
五航戦以外の艦娘たちが、そうだそうだと言わんばかりの目で銀髪長髪の航空母艦を見つめる。その様子をそれとなく察した井上は代案を示す。
「─しかし、インド洋作戦で二兎を追う最中に一兎から噛みつかれたというのは無視しがたい…『敵機動部隊出現時にはこれの撃滅を優先し、出没しない場合は敵飛行場に対する撃滅戦を展開する』ということでどうか」
「いや─」
そもそも空母2隻で航空撃滅戦をやること自体無理筋、とさらに突っ込もうとした翔鶴だったが、ようやくここで周囲の様子を見渡して明らかに新参空母二人組にむける艦娘たちの視線が非好意的であることを認め、渋々ながら承知した旨を伝えた。
「ただ、航空撃滅戦に参加できない可能性があるというのは想定外の回答だ。機動部隊ではなく基地航空隊、二十五航戦にその役割を委譲する必要が出てくるが戦力が足りん。そこで─」
おそらく二十五航戦から回送されてきた書類を取り出して、
「ラバウルに戦闘機を補充するよう要請が来ている。本来は5月下旬に実施することになっていたんだが…この予定を繰り上げて五航戦から補充させることとしよう」
ちょっと待ってください、とまた間に入ろうとした瑞鶴だったが、自分たちに向けられている険悪なムードを察して控え、その代わりに姉と目を合わせる。
(大丈夫なの?)
(もう受けるしかないわね。今は零戦1機でも惜しいのだけど…この様子じゃ値切りも無理よ)
井上の提案に、やはり翔鶴は承認した。うんうん、と頷き、続いて艦隊司令は祥鳳に視線を移し、議題も変更する。
「さて、本日トラックに到着した祥鳳だが、何か話は伺ってるかね?」
「作戦の概要はそれとなく把握していますが、私がどの部隊に配備されるかは特に…MO機動部隊でしょうか?」
「ちょっとまってください!」
MO主隊期間を務める第6水雷戦隊旗艦の夕張が声を張り上げて立ち上がる。
「祥鳳さんはMO主隊に配備させてください、絶対に」
「私も、そう思います!」
夕張に、第30駆逐隊旗艦の睦月も同調した。二隻とも、ラエ・サラモア空襲に遭遇した艦娘である。空母は集中運用を旨とするからMO機動部隊に…と提言しようとした翔鶴であったが、その言葉を飲み込んだ。不穏な空気に揉まれて参っていたのか、「言わなくてよかった、また睨まれるところだった」、と安堵の表情である。
「ラエとサラモアへの上陸で空母なしのまま行動を行った結果、船団に大きな損害が出たのは皆さん記憶に新しいはずです。基地航空隊のエアカバーと軍艦の対空砲火だけでは敵航空機からの攻撃には脆弱なまま…輸送船団に航空母艦を随伴させないと艦隊の保全は不可能です!」
「いや、私単艦で船団護衛は無理かと…」
一同ぎょっとして祥鳳を見つめる。
「今わたしが保有している戦闘機は14機です。この機数は常に艦隊護衛に全力出動できるわけではなく、3,4機は予備機として格納庫に収めておく必要があります。防空も交代で行うので常時艦隊上空に飛ばせるのは5機前後が関の山かと…200~300機を保有する敵の基地航空隊に対する防空戦力としてはあまりに無力です。ただただ戦力を分散させるだけなので、いっそのことMO機動部隊に合流した方が数倍戦力として働けるかと思いますが」
そう淡々と説明して、祥鳳は五航戦に視線を向ける。集中運用の原則は空母の鉄則だ、ばらばらに運用されるなどまっぴら御免、援護射撃を出したからあなたたちもみんなを押し切れ、といわんがごとき目をしているが、二人はそれにこたえられそうもない。事実とは言え冒頭の直球すぎる提案でほかの艦娘からの心証を失いすぎた五航戦は、これ以上反対意見を口走れば…と、ひどく消極的になっていた。二人は視線を下に落としたまま、井上が口を開く。
「輸送船団が敵機によってえらい被害にあったばかりの現状、航空戦力なしで独航させるわけにはいくまい。祥鳳はMO主隊配備としたいがよろしいか」
納得しがたい顔で首をかしげる祥鳳を除き、出席している全艦娘は肯首で答えた。五航戦の二人だけは苦々しい表情を隠しきれなかったが。
「これで懸案は解決したな…それでは作戦行動の最終打ち合わせに入る。鹿島!」
井上の呼び出しに応じた鹿島は、部屋の大判テーブルに東部ニューギニア・ソロモン諸島の海図を広げる。出席している艦娘一同は席を立って海図を見つめる。
「それではMO作戦における各艦隊の行動について共有いたします。周知のとおり、本作戦の最終目標はポートモレスビーの攻略です。これを達成するため、二軸の目標のもと我々第4艦隊は行動することになりました。すなわち、モレスビーに至る航路の確保とソロモン諸島の要所・ツラギの占領です」
鹿島はラバウルに駒を置き、それをソロモン群島の方へつつつ、と移動させる。
「現在、敷設艦沖島を基幹とするツラギ攻略部隊、軽巡天龍を基幹とする援護部隊がソロモン諸島に向かって東進中です。この部隊は作戦開始と同時にソロモン諸島のツラギを攻略、飛行艇基地を整備して作戦期間中における珊瑚海東方海域の目として活用します」
ツラギ攻略部隊
第十九戦隊(沖島)
第二十三駆逐隊の一部(菊月・夕月)
第十四掃海隊(3隻)
第14掃海隊 玉丸、羽衣丸、能代丸第2号
輸送船 吾妻山丸、高栄丸
設営隊の一部
援護部隊
第十八戦隊(天龍・龍田)
水上機母艦 神川丸
第5砲艦隊 日開丸、京城丸
輸送艦 勝泳丸
第14掃海隊 羽衣丸、能代丸第2号
海軍特別陸戦隊の一部
「続いてMO主隊とMO攻略部隊がトラックを出港、南下してモレスビーを目指します。主隊はジョマード水道を通過するルートを利用する予定です」
MO主隊
第6戦隊(重巡) 青葉、加古、衣笠、古鷹
第7駆逐隊の一部 漣
軽空母 祥鳳航空隊
MO攻略部隊
第6水雷戦隊旗艦(軽巡) 夕張
第29駆逐隊 追風、朝凪
第30駆逐隊 睦月、望月、弥生
第23駆逐隊 卯月
敷設艦 津軽
掃海艇 第20号掃海艇
海軍輸送船 御用丸、秋葉山丸、昌海丸、長和丸、最上川丸
曳船 大島
陸軍輸送船 松江丸、太福丸、水戸丸、支那丸、日比丸、浅香山丸
輸送兵力:第3呉特別陸戦隊、第10設営隊(建設部隊)、歩兵第144連隊(南海支隊)
「あそこは暗礁が多くて潜水艦が待ち伏せするには絶好の地帯ですよねえ。ツラギやラバウルの飛行艇で対潜哨戒できるんですか?」
MO主隊の旗艦を務める第五戦隊の青葉が挙手をして鹿島に問いかける。想定通り、と言わんばかりの表情を見せる第4艦隊旗艦は得意げに続ける。
「そこはツラギ攻略部隊の護衛を終えた援護部隊をジョマード水道のデボイネ島に派遣、ここでも飛行艇基地を設営させて対潜哨戒の要とします」
ふうん、と納得しているような、妙な違和感を覚えているようなそぶりを見せながら、質問主は首を縦に振る。翔鶴と瑞鶴も、どうやら違和感を感じ取ったようだ。
「MO機動部隊の行動についてですが…ジョマード水道は周知のとおり複雑な珊瑚礁、急潮流、狭隘な海路と迷路のような地点で、おそらくMO主隊が通過するので精一杯です」
「えっ、てっきり私たちも輸送船団と同じルートを先行するか付きっ切りで運動するものだと思ってたけど」
鹿島の説明を聞いた瑞鶴が困惑気味で独り言ちる。
「速力も制限され、あまり通過する艦艇が集中しすぎると通過待ちで暗礁まみれの海域で滞留することになります。敵潜水艦の格好の餌食になりかねません。そこでMO機動部隊は別ルートを通って珊瑚海に入ってもらいます。ソロモン諸島東方海域から迂回するルートをとります」
「だ、大丈夫なんですか?私たちと空母が一時的に大きく離れることになるってことですよね?輸送船の脚に合わせて速力を落として、敵の飛行場の行動半径内を上空援護抜きで航行するなんて、またラエとサラモアの繰り返しになるのでは…?」
思わず質問した夕立をはじめ、MO攻略部隊の艦娘が一同動揺の色を見せる。井上はこれをいさめ、
「大丈夫だ、MO攻略部隊がジョマード水道に差し掛かるあたりで迂回路から水道南方海域に到達して船団の援護に入れるようになっている」
違和感は青葉や翔鶴たちから更にMO攻略部隊の面々にも伝播していく。何かがおかしい、何か引っかかるところがある…
「MO作戦における艦隊行動については以上になります。その他、第二十五航空戦隊隷下のラバウル、ラエ、ショートランド各基地の航空隊が艦隊防空と索敵に協力することが決定されています」
「うむ。最後になるが…この艦隊行動を確認してみな気付いているとは思うが、本作戦の日程は極めてタイトだ。この全日程において、いかなる段階においても遅延が生じればMO作戦全体が危機に陥ると認識してほしい」
それだ!と、違和感を抱いていた艦娘たちがみな心の中でそう叫んだ。作戦計画に余裕がなさすぎる。
もしMO攻略部隊が暗礁まみれのジョマード水道の通過に想定以上に時間がかかる─最悪、座礁して相当期間同じ海域に留まることになれば、それだけ敵基地航空隊に暴露される時間が延長されるということになる。
もしツラギ攻略部隊が何らかの理由、例えばツラギでの基地設営に想定以上の時間を要する─最悪、敵艦隊や敵航空隊に捕捉されてデボイネ島での水上機基地設営が延期、もしくは中断されてしまったら、MO攻略部隊は事前計画よりも対潜哨戒に欠いた状態で暗礁海域に突入することになる。
もしMO機動部隊が何らかの理由で珊瑚海海域侵入が遅れれば、MO攻略部隊はエアカバーがほとんどない状態─当人が述べた通り、祥鳳から出撃できる戦闘機では艦隊防空に万全を期しがたいし、相当距離離れているラバウルからの直掩を安定的に受けることも望みがたい─でモレスビーまでの航路を突き進むことになる。
この中のIFが一つでも的中すれば、作戦に猛烈な悪影響を及ぼすことは疑いようのないことであった。
「そして、その日程をすべて予定通りに遂行するには、諸君らの緊密な連携にかかっている」
それもだ!と、艦娘一同は再度心中で叫ぶ。これだけタイトな作戦を日程通り遅滞なく実行するには、各部隊間、いや部隊内の戦隊間での交流があまりに足りなさすぎる。
ここにいる艦娘の大半が、すでに出動した援護部隊の天龍や龍田とまるで交流がなかったことを思い出した。最近、というかまさに今日トラックにやってきた祥鳳は本作戦に参加する艦娘と一度たりとも会話していない。本会議を通し孤立気味の翔鶴・瑞鶴も、その孤立の原因は着任から会議まで第4艦隊の艦娘たちと打ち解ける時間がなかったためであろう。
そもそも第4艦隊自体、重視されていないニューギニア東部を担当するという役回りから間に合わせの速成艦隊の感が強く、艦娘たちの横のつながりは弱体と言わざるを得なかった。
「──諸君らは敵機動艦隊の出現を警戒しているようだが、そこは心配いらない。ここ最近、敵機動部隊はヒットエンドラン方式のゲリラ爆撃に終始しており、艦隊決戦を挑む姿勢は見られない。今回の戦闘でもし出現した場合も、ラエの件と同様、一日と立たず退避して嫌がらせ攻撃でおわるというのが連合艦隊の目算である。安心してモレスビーに向かってほしい!」
─あの連合艦隊が言ってるんならまあ…、と、ここは皆井上の言っていることをそのまま飲み込んだ。アメ公は根性無しだから、と納得する娘すらいた。敵機動部隊の出現を一番警戒していた翔鶴と瑞鶴も、不安を秘めつつもおおむね井上の主張を認めていた。無敵の連合艦隊にアメリカは恐れをなしている──この場にいる艦娘や将校たちに共有されていた意識であった。
しかし、タイトなスケジュールをやり過ごすため、出航までの間は親睦を深めあう期間にしよう…艦隊司令もさすがにそこを織り込んでいるはず…ツラギ攻略の行動がすでに始まっているのが少々嫌な予感がするが…会議参加中の艦娘たちが心中でそう思う中、鹿島が最後に黒板へ各艦隊の出航スケジュールを書き込んでいく。カッカッカッ、と白いチョークから書き出されていく日程に、一同唖然とした。
「出航のスケジュールはこちらの通りとなります。MO主隊については、明日となります」
MO主隊 4月30日
MO機動部隊 5月1日
MO攻略部隊 5月4日
「は、はいぃ~?」
青葉の口から腑抜けた声が漏れる。鹿島を除く艦娘の心の声もおおむねこれだった。
──この日の夕方の食堂と酒保は、これまでにないほどの活況を呈した。やや義務感に追われているような活況ではあったが…
なお、翌日の出航準備のため、MO主隊の一同は義務的親睦会の賑わいをよそに粛々と準備を進めていた──