その日、1人の少年が転校してきた。
その少年は、女性にも男性にも見える中性的な顔立ちをしており、黒髪ショートの透明な赤の瞳をしていた。転校する学校の制服で身を包み、彼の表情はこれからの学校生活を楽しみにしているかのような表情だった。
「………よし!」
少年は一つ深呼吸すると、ゆっくりと校門を跨ぐのだった。
幻想学園。そこは、昔ながらの伝統や行事について詳しく学ぶことができる全国数少ない元女子校である。そのため、全体的に女子の割合が高く、男子は全体の約3割ぐらいしかいない。
そんな学校だが、ある日、転校生が来ると噂が全生徒に広まっていた。転校生が来るというイベントは全国で普通にあることなのでこの事態は特に珍しいものでもないが、それが男子という学校で数少ない性別の人物なので瞬く間に噂は広まったのだ。
その噂を聞いた髪が黄色で活発な生徒は、友達と思われる黒髪にデカいリボンをつけている生徒にその噂のことを話していた。
「なぁ、霊夢。転校生ってどんなやつか知ってるか?」
「何よ、いきなり。どうせいつも通りなんでしょ?」
「いや、それが、珍しく男子が来ると上も下も大騒ぎだぜ?」
霊夢と呼ばれた少女はぶっきらぼうにそう返すが、黄髪の生徒がそれを否定する。その生徒は、転校生に興味があるのか、興奮した様子で霊夢と会話していた。
「どうでもいいわよ、そんなこと。それより
「それもそうだけどさ……」
黄髪の少女は心底不服そうに返す。そうして口を開く。
「……勝てるのか?
「うぐっ」
霊夢は口を噤んだ。彼女の言ったことに図星だった。
霊夢は不貞腐れたように、彼女から視線を外す。その先の窓の外は、雲一つない快晴だった。外で試合をする彼女たちにとっては、最高の試合日和だろう。
「ゆ、紫がいるし…」
「紫は一応白玉楼側だぞ?」
「あぁ、もう!!なら、アンタは勝てる方法見つかるんでしょうね?勝てなかったらタダじゃおかないんだから!!」
「霊夢、落ち着けって!!」
いきなりの霊夢の大声に、クラス中の視線が集まる。教室が静まり返り、気まずい雰囲気が流れる。
「は〜い!!みんな席についてね〜!」
その時、教室のドアがガラリと開いた。この教室の担任と思われる彼女は、ごく普通の雰囲気を纏っているが、個性的なメンバーを纏めていることを見るに優秀な教師であった。
先生は、手に持っているファイルを教卓に置くと、真っ直ぐ生徒たちを見つめる。
「既に噂になっているけど、今日は転校生がやってきました〜!」
ふわふわとした言い方だが、生徒たちは早速転校生の話題に興味深々だった。各々、近くにいる友達とどんな転校生か想像し合っている。男子か女子か、イケメンか可愛い子か、思うがままに一瞬で想像を膨らませていく。
「先生!!転校生は男子ですか?女子ですか?」
1人のクラスメイトが聞く。その質問で、クラス中が静まり返る。先生の反応をみんなが待っていた。
先生はどこかみんなを焦らすように、「なんだと思う?」と聞き返した。
「噂通り、男子ですか?」
また別の生徒が聞く。やはり、男子の転校生は珍しいのか、噂は結構広まっていた。先生は微笑みながら、それを肯定した。
「そうですね〜、みんなの予想通り、男子ですよ〜!どうぞ入って来てください〜!」
そうして扉がガラリと開く。そこから入ってきたのは、1人の少年だった。顔立ちは美人の類に入るだろうか。男性か女性かわからない顔立ちである。制服が男用なので男子だとわかるが、透き通るような赤の瞳をしていて黒い髪と上手い具合にマッチしているため、男の娘と言っても全く違和感なかった。
「自己紹介お願いしますね〜」
「はい」
その男子は、先生の言葉にそう返すと視線を目の前に向けた。緊張しているのか、冷や汗が額に浮かんでいる。
やがて、深呼吸した彼は、意を決して自己紹介を始めた。
「神谷紅夜です。趣味はサッカーです。よろしくお願いします」
当たり障りない自己紹介だった。だが、それに反応した生徒がいた。言わずもがな、黄髪の少女である。その目は、獲物を見つけたかのような目をしていた。それを見た霊夢は「はぁ」とため息をつき、これから彼女に勧誘されるだろうなと他人事のように思っていた。
紅夜の席は、霊夢の後ろ、黄髪の少女の斜め後ろだった。転校生ということで席は一番後ろだが、なんの問題もない。
「紅夜!よろしく!」
「あぁ、よろしく………えっと、名前は?」
「私は霧雨魔理沙、普通のサッカープレーヤーだぜ!ぜひ、サッカー部に来てくれよな!」
「え?いいのか!?」
「魔理沙さん?紅夜君?部活勧誘は授業後にしてください」
「「はい」」
妙は威圧感とともに注意された2人は即座に黙った。霊夢は「やっぱり」といった表情をしており、周りも笑いを堪えていた。
そうして、紅夜にとってこの学校での始めての授業が開始された。
放課後、魔理沙に案内されてサッカーの部室にやってきた紅夜。その後ろから霊夢がやってきていた。
部室に入ると、目の前には大きい長机が置かれており、その周りには20個ぐらいの椅子が並べてあった。その外側には、サッカーボールがたくさん入っているカゴがあったり、ホワイトボートがあったりとある程度整理されているように感じた。何故か手のひらサイズの小さい鳥居もあるが。
「待ってたわ、あなたたちが最初ね」
長机の一番端、ホワイトボートに近い場所に座っていた1人の女子が立ち上がった。その人物は、どこか胡散臭い雰囲気を醸し出しつつも、ホワイトボートの目の前に移動した。
「何勝手に入ってのよ、紫」
「あら?いちゃ悪いかしら?私は一応、監督なのだけど?」
「白玉楼の連中と一緒に試合に出る時点で、私たちの敵よ!」
「あら、そう?なら、いつも通りやりましょうか」
「そう言って、私たちのデータを取る気でしょう!!去年がそうだったんだから!」
「ねぇ、彼女は?」
紅夜は彼女のことを知らない。だから、魔理沙に彼女のことを聞いた。
霊夢と口論している彼女は八雲紫。この学園の理事長でもあり、生徒でもある人物だ。それでいて、霊夢、魔理沙他数名が所属しているチーム『チーム博麗』の監督でもあった。さらに、もう一つのチーム『チーム白玉楼』の選手でもあった。
「去年は、その関係から私たちの動きが読まれて何もさせてもらえなかったんだ」
「だから霊夢はあんなに…」
去年の試合は、紫がチーム白玉楼のキャプテンとしてチーム博麗と戦い、10-3で勝利したとのことだ。魔理沙は、当時のメンバーの1人だったので、その時のことを良く覚えていた。
「けど、あなたたちの成長にもなったでしょう?最後の10分で3点を決められたのは想定外だったもの」
「それは前にも聞いたわ!!」
「そうね……なら、私は今回は出ない。中立でいる。それでいいかしら?」
「そういう問題じゃないわよ!!」
紫はいつのまにか持っていた扇子で口を隠して微笑むが、霊夢はヒートアップしてしまう。それを見た魔理沙は、慌てて止めに入った。
「ほ、ほら、霊夢。紫は今回は白玉楼側や博麗側では出ないって言ってるんだしさ、今回ばかりは見逃してやろうぜ?な?」
その魔理沙の言葉で、霊夢は落ち着きを取り戻した。上記にもある通り、白玉楼と博麗、どちら側に立っても試合には出ないこと、その代わりに今までと同じく博麗の監督をやることを条件にようやく霊夢が折れたという形だ。
事態がひと段落したところで、チーム博麗の全員が揃い、紫を中心にミーティングが開始された。その内容は、新入部員と対紅月対策だった。新入部員はもちろん紅夜のことである。
チーム博麗とは、霊夢と魔理沙、新入部員の紅夜の他にこの場にいるメンバーが残りのメンバーである。紫は、そのメンバーに新入部員の紹介も兼ねて、全員に自己紹介を行わせた。
「博麗霊夢よ。ポジションはMF。よろしく頼むわね」
「私は霧雨魔理沙。ポジションはFW。よろしくだぜ!」
「私は茨木華扇。茨華仙とも呼ばれてるわ。ポジションはGK。よろしくね」
「私は高麗野あうんです!ポジションはDF!よろしくお願いします!」
この4人がチーム博麗のメンバーである。ここに、紅夜が加わるのだ。紅夜のポジションはMF。そんな彼が加わることで、全体的にバランスの良いチームになる。
紫はホワイトボートで各メンバーの配置をマグネット付きネームプレートを利用して説明し始めた。
「紅月の中で最も注意する人物は2人。紅夜以外は知ってるよね?」
「知ってるも何も、去年対戦したばかりじゃない」
紫が要注意人物としてあげたのは、紅月のキャプテンとその妹であった。姉妹であるが故に連携も抜群で、それでいて個人レベルも高い。他のメンバーも警戒すべきだが、中でも突出しているのはこの2人だった。
「姉の方はMF、妹の方はFWね。この2人をどうにかして抑えつつ、いかに得点を取れるかが鍵となるわ」
「……紅月の試合映像はないのか?」
ここで紅夜が口を開けた。紅月のことを知らない彼にとっては、説明されるよりも映像で見て実際の動きを少しでも見た方がよかった。
紅夜のその質問に、紫は「待ってました!」と言わんばかりに懐からあるテープを取り出した。そのテープを何故かある専用の機械に入れて再生する。
『魔理沙!!』
『ナイスパスだ!霊夢!』
機械から聞こえてきたのは、聞き覚えがありすぎる2人の声。
「って、これ去年の試合映像じゃない!?」
再生されたのは、まさかの去年の試合映像だった。しかも、チーム博麗vsチーム紅月。メンバーは、チーム博麗は紅夜がいないだけで変わらず、チーム紅月は妹の方がいなかった。それでも、終始、試合を支配していたのはチーム紅月だった。なんとか僅差で勝つことができたが、それは霊夢の活躍あってのものだった。
映像を見て、最初に彼が思ったのは「白熱している」の一言だった。戦況はずっと互角で競い合っていた。中でも一際目立っていたのは、紫が指摘した通りの人物であった。それと互角な勝負している霊夢も大概だが、そんな彼女の指揮は初めて映像を見る彼でも絶賛に値するものだった。
「………手強いね」
「…顔は笑ってるのにか?」
魔理沙は言葉と表情が合っていない紅夜にそう言った。もちろん、それは紅夜も自覚している。
「こんな強い相手と戦えるんだ。楽しみすぎて仕方ないよ」
手を握って開いてを繰り返しながらそう言う紅夜。彼のその言葉には、魔理沙も同感なのか、うんうんと頷いている。
「その気合いが、空振りに終わらなければいいわね…」
紫は、彼らのその様子を見て、静かに微笑むのだった。