性懲りもなく再開しました。
ああ、これは夢なんだ。
目の前に立つ自分の背中を見ながらボクは結論付けた。
願ったのは2年前の過去。けれど、今ボクがいるのはそれよりずっと前。
まだ何も知らない無垢だった頃だ。
「ノノミ―! 面白いモノ見つけたから遊びに行こ!!!」
「お、お姉ちゃん!?」
飛び出す様に部屋のドアを開ける。ノックなどしない。今、思うとあの頃のボクはまるで暴風──過少評価はやめよう。嵐のように自由だった。
ネフティス財団の才媛としての将来を切望されながらもその一切を振り回すように無茶苦茶だった。その為、教育者の執事さん含めてネフティスの関係者は、まだ幼かったノノミにその期待を向ける傾向が出始めた時期である。
もっともそんなことをボクは知った事ではない。生前いなかった存在である妹をバカ可愛がりしてた。──いや、今も可愛がっているけど……今以上に可愛がっていた。
時期が時期なら反抗期に”お姉ちゃんなんて嫌いっ”なんて言われるかもしれない。
「で、でも……宿題があって……」
「宿題~?」
机に向かっていた回転いすをクルリと回し、俯く妹(かわいい)。
パパッと駆け寄ったボクがノノミの頭を撫でて、机の上の問題集を覗き込む。
年相応らしいボクにとっては簡単な問題集だ。これなら遊びに行った後に突っかかっているところを教えれば良い。
そのようにノノミに伝えると不安げな曇り空にパーッと太陽の光が差す。
可愛く笑う妹の手を取って駆け出す。
──その二人の背中を眺めながらボクは、この日がなんだったのかを思い出した。
ビルを飛び出して十数分、途中絡んで来た不良には石を投げて、襲い掛かって来たアンドロイドにはドロップキックなどを噛ますこと数度、相変わらずの治安である。──まあ、これでもマシな方なんだけど。
「お姉ちゃん……此処って?」
「おう! 楽器店!」
”この前、来た時は開いてなくてさー”
ノノミの手を引きながらずんずんと進む。店内の灯りは付いているし、なんかヒト(イヌやネコでも可)の気配もするし、開店してんだろ! って、ドアに手を掛けて引っ張った。
”ちりん”
頭上のベルが鳴った。
「いらっしゃいませー」
店員の声に迎えられ、ボクとノノミは店内に足を踏み入れた。
「ほぇー」
耳に飛び込んできたのは、何処かで聞いた軽快な音楽。
その後ろでボーン、ボーンと響くような弦を弾く音。金属質な”チーン”って音が一度だけ響いたと思ったら、すぐに止む。うわぁ、音の暴力だ、これ。おもしろ。
わくわくしながら辺りを見渡す。
右には、壁一面につるされたギター。大きさも形も色もバッラバラ。木目の綺麗なやつがあると思ったら、なんか尖がったものもある。
左には、銀色の管がぐるぐると曲がった……たぶん、楽器。その隣には丸い穴がたくさん開いた笛? たぶん、笛!
「……わぁ!? 」
ボクの後ろで妹が小さく声を漏らしていた。
あっちにも、こっちにも、見たことのないものばかり。
家の中では味わえないまるで別世界に来たような衝撃だろう。
目をまん丸くしながらあっちへこっちへフラフラと彷徨う視線の様子を観察してみるのも面白いんだけど──今日の目的はコレじゃない。
「いくよ、ノノミ」
「ぇ!? うん」
ノノミの手を引きながら駆け出す。
店に入れなかった日。ガラス越しに見つけてずっと、気になっていたもの。
肩に掛けて演奏する、鍵盤のついた楽器。
ぜったいにおもしろそうな宝物を前にボク達は足を止めた。
「ショルダーキーボード?」
値札に書かれた名前を呼んで、ボクの中で形が決まった。
後にショルキ―と呼ぶようになったコイツ。
これが後のボクの相棒。
この夢が見せたのはナニカを遺す為に描いた夢への軌跡。その始点だ。
「ん、ぉお゛お゛──ー」
目が覚めた。
と、同時にまるで排気ダクトのような汚い音が喉から洩れる。
おっといけない。ヒトに聞かせる音ではなかった。ほんとうに。
「ぁー」
ベッドに転がって天井を見上げる。
いいなぁー、あの頃のボク。
まだ切欠を手にしただけだったけど……そこには、今のボクが見つめるには眩しすぎるモノがふんだんに詰め込まれてた。
あの頃のボクは、導火線に火が付いて今にも打ち上がろうとしている花火だ。
それに比べて、今のボクは湿気た火薬だ。そりゃあ、眩しいわけだよ。
「ん?」
日本語がおかしい? いや、そんなことを言っている場合ではない。
変だ。
あれ? なんで主人格が切り替わってるんだ?
確かにツキノは此処に来て、大きなストレスを受けた。ホシノも殴った。
いや、だからって――おかしい。
ボクの出番はツキノに危険が及んだ時の筈なんだ。
この安全地帯ですやすやとほんの少しの休憩を経たから、元気になりました。とは訳が違う。
あーーーーえーーーー? ……分からん。
「っ!!」
閃いた。
今のボクは最高に冴えている。
ホシノを殴ったから主人格の交代が起こったのだとすれば――ホシノに殴って貰えばもう一度、主人格の交代が起こるかもしれない。
叩けば!
治る! ……きっと
そうと決まれば、こんなところで時間を使ってたら勿体ない。
ベッドから飛び降りる。
久々に地面を踏みしめる感覚。引力を感じる。
保健室のドアに手を掛け、壊れるくらいの爆音を響かせて開け放ち、ボクは駆け出した!
「うん! 此処だな! きっと」
保健室を飛び出て幾分か。
ボクは最初の当てが外れて、校舎を走り回ることになった。
だけど、ついに見つけることが出来た。
『アビドス廃校対策委員会』の張り紙がされた部室。
元は何の部屋だったっけ? 少なくともこの部屋を使った記憶はボクにはなかった。
ボクの離れていた間に変わったアビドスの一部かもしれない。――まあ、音楽室にばっかり籠ってたから知らぬところで変わってたら……今はそんなことは置いておこう!
人の気配がする。もし、ホシノが居なかったら何処にいるか聞こう。
ちょっとボクが知らぬ間に変化があり過ぎて、正直当てが外れた時点で途方に暮れていたから。
「ホシノ! いるー?」
廊下にまで響いてしまった扉の開閉音。
”ちょっと乱暴に開けすぎてしまったかなー、あとで謝って置こうツキノ”
部室に顔を突っ込めば、後輩ちゃん達が固まっていた。
”これは、いけないな。もっと謝ろうツキノ”
ホワイトボードを前に固まるアヤネちゃん。
”大事な会議の途中だったみたいだ。これは、もう! 頭を地面に擦りつけて謝ろう! ツキノ!”
反射的に立ち上がったまま、此方を見て目を丸くしているセリカちゃん。
シロコちゃんも立ち上がる。椅子が後ろに倒れて音が響く。だけど、それを気にする素振りもなく態勢を低くいつでもボクに飛びかかれるように。
”安心して欲しい! 今のボクはそれどころじゃないからさ!”
先生、ノノミ。そして、ホシノも驚きを隠せず、ボクの方に視線を――あ、ホシノ此処に居たんだ。
「ホシノ! ホシノ! なんか大変なんだ!」
窓際の席に座ったホシノの元へ一直線に駆け寄る。
椅子に座ったまま呆然と此方を見上げている二色の眼を覗き込む。
うん。ボク以上に混乱しているな。これ。
大丈夫。ボクも意味が分からないんだ。そういう時はボク達は何時だって、なんとかなれで動いてきたじゃないか。
肩に両手を当てて揺する。再起動するんだホシノ!。
「ボクを殴ってくれ! ホシノ!」
「……は?」
ぐわんぐわん揺れる頭から間の抜けた声が漏れた。
同時にホシノの手がボクの手に添えられ、ガッチリと捕まって止まった。
捕まったというか――どちらかというと保定されるという表現の方が正しいかもしれない。
細くか弱いボクの腕力では添えられた手を振りほどくことも出来ない。
でも、ホシノの顔が混乱から理性的な色に移っている。
理由を説明したらちゃんと殴って貰えそうだ
「君を殴って寝て、目が覚めたらさ! 主人格が入れ替わっててさ!」
「うん」
「けど、いつもみたいな衝動とかないみたいで、これはおかしいぞってなるよね!」
「……まぁ、うん」
「でさ! 思い当たる理由がこれだ! っていうのが、一つしかなくて!」
「――それが?」
「あの時、君を殴ったからこうなったんじゃないかって! だから、今度はホシノに殴って貰えば直ると思うんだ!」
「……」
「ボクも思うところがないわけではないよ。暫く見ないうちになんか色々ホシノも変わったみたいだし。髪伸びたんだね、背はそんな伸びてないみたいだけどさ。愛用してたタクティカルベストどうしたの? ラーメンでも零した? 代わりにハーネスベルトなんてしちゃって! 先輩にそっくりだ。ほんと」
「っあ、お姉ちゃ――」
ミシッ。と、掴まれた手が軋みを上げる。
ノノミの声が一瞬聞こえたけど、ボクの意識はホシノのほの暗い目の奥へ吸い込まれるように向いている。
なんか。なんか嫌だ。
ツキノの後ろで見てるのとは訳が違う。肌で感じる。その空気感。繊細なナニカまで感じ取れそうな身体を得たことで機能してしまったような、そんな感覚。
混ざり合ったような、馴染んでしまったような……ボクが見ない間に様変わりし過ぎて実感が湧かない。
君はボクの知っている小鳥遊ホシノなのか?
「ねえ、殴ってよ。ホシノ。先に殴ったのはボクの方だ。なら、君は殴っていい筈だ。それでボクの眼が覚めるなら一石二鳥だ。そうだろ?」
「……分かった。廊下へ出よう。此処じゃ物が多すぎる」
ホシノが立ち上がる。
静かに、だけど何処か危うさを感じさせる――そう、まるで溢れ出しそうなナニカをギリギリ一本の線で繋ぎ止めているような雰囲気だ。
コツコツと静かな部室にホシノの靴音が響く。
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
話が早くていいね。
ボクもそんなホシノに続こうとして、待ったが入った。
アヤネちゃんだ。
その後ろに此方を睨みつけるセリカちゃんの鋭い視線がある。
「何でそうなるのよ! あんたもホシノ先輩もおかしいって!」
「えっと……詳しい説明はあとでツキノがするから! ごめん!」
「ツキノ先輩はあなたでしょう!?」
それはそう。
だけど、なんていうかさ、分かんないかな。
”言葉で説明するよりも手っ取り早く確実な方法”がそこにあるって分かってるなら、それでいいんじゃないかって。
その後、分かったことを踏まえて説明する方が説明の着地点も付くというもの。
「ツキノ、ホシノ、待って」
先生の声がした。
”二人で話すのは良い。でも、殴るのは駄目だ”
もっともだ。極めて理性的で平和な大人的な制止の声だ。
けど、ボク達は色んな大人を見てきた。時に善意を、時に悪意を、年齢による含蓄で世の理を説かれたこともあった。
――だけどね、先生。ボク達に手を差し伸べた大人の誰一人だって、この穴の埋め方を教えてくれる事なんてなかった。
「……先生も、後で説明するね。ごめん」
「二人とも――「先生。……今は、近づかない方が良い」
お、シロコちゃん、先生を止めてくれるのかい。
ありがとう。あとでお礼を言っておこう、ツキノ。
「先生、私も止めたいんです。でも、お姉ちゃんが今どういう状態なのか……」
ノノミもまた、落ち着かなそうにボクとホシノを見比べていた。
それを今、知る為にホシノに殴られるからね。ごめんね、ノノミ。
妹のそんな顔をあんま見たくないからさ。ちゃっちゃと済ませよう。
アビドスの廊下はボクの居た頃と違って掃除が行き届いていて綺麗になっている。
たった5人で校舎の管理をこなしていることを誇らしく思うと共に、此処にもあったボクの思い出が陰すらも消えてしまった事に寂しい気持ちも湧く。
だけど、変わらないモノもある。
どんだけ管理を行き届かせて、砂漠の砂すら見当たらなくても”人の気配”がしない侘しさは、相変わらずのままだった。
「ねえ、ツキノ」
「んーなんだい、ホシノ」
変わってしまった校舎。変わらない空気。そして――
ホシノと相対したボクは”何時でも来い!”両手を広げて身体の力を抜いて立ち、その言葉に耳を貸す。
「私にだって捨てたくないモノばっかりなんだよ」
”……そうかい”
そう口を開く前に正面から飛び上がったホシノが右手を振るいボクの左頬を打ち抜いた。
身体ごと持っていかれた。
窓。天井。壁。そして床。ぐるんと回る視界、浮いた身体。
そのまま廊下をゴロゴロと転がるようにバウンドする。
痛い。痛いよ。ホシノ。
「ァーーーー」
最後に天井を見上げてボクは止まった。
ツーっと鼻から熱いモノが零れていく。視界も滲む。
なんで、なんでだよ……。
「……頭、冷えた?」
遠くから聞こえたホシノの声が酷く苦しそうにだった。
夢なら覚めた。最悪の気分だ。
ちなみにこの女、小学生の頃に令嬢教育を放り投げて家出しています