【刀剣乱舞】落葉、未知明日【二次創作】   作:ハコぶね

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主未だ見えず

 目を覚ますと、そこは薄暗い場所だった。

 炉があり、火が燃えている。恐ろしいような気もするが、それが己を生み出したものだと思えば恐怖も和らぐ。そこは、自分を生み出した鍛冶場だ。

 

 もう、一期一振は名乗らなかった。ただ暗い目でじっと、山姥切を見つめていた。

 

「……名乗らないのか」

「今更繕う必要がありましょうや」

 

 問いかける声に低く返す。

 『昨日』本当に久しぶりに、彼は弟たちと眠った。本当は全く眠れていなかったが、布団の中は彼の涙をうまく隠してくれた。

 

「明日は何をやろうな、なあいち兄」

 

 その弟たちの言葉は、兄を完膚なきまでに打ちのめす刃だった。

 

 『昨日』、一期はできる限り弟たちと共にいた。隠れ鬼にキャッチボール、手合わせと出来うる限り付き合って、いつかの『昨日』聞いた、弟たちが『明日』一期とやりたがっていたことをほとんどやった。

 これで少しは、弟たちに満足してもらえただろうか。

 そう思った一期に待っていたのは、弟たちの希望に満ちた、『明日』の話だ。

 

「ボクもいち兄と手合わせやりたーい!」

「キャッチボール、いいなぁ。俺もやりたいです、いち兄!」

「隠れ鬼、も、もっと上手に隠れられるように頑張りますから……!」

「あっ、お菓子作りもいいですよね!」

 

 ああ、ああ。

 やはり甘かった。

 こんなことで、弟たちが明日どうなっても悔いはないだなんて考えてくれるわけではない。そんなことはわかっていた。わかっていたはずなのに。

 

 来ない明日の話は一期を徹底的に叩きのめした。

 それでも、逃げることはできない。弟たちに「もう明日は来ないのだ」などと言えるわけがない。

 

 だが、耐えられない。

 耐えられるわけがない。

 

「そうだね、さあ、明日に備えて今日は休もう」

 

 その言葉を、弟たちはどんな思いで聞いたのだろう。

 せめてその嘘がばれぬよう、心の底から願う以外、一期にできることはなかった。

 

 頭から被った布団の下で、一期は声を殺して泣いた。

 泣いて、泣いて、泣いて。

 そして——目が覚めたら、一期にとっての始まりが待っていた。

 

「……」

 

 終わらない。

 永遠に終わらない『今日』が、また始まる。

 

 

「——わっ!」

 

 ぼうっと庭を眺める一期一振の背中を誰かが叩いた。かくりと前へつんのめり、ノロノロと振り返る。

 

「——……鶴丸国永、殿」

「お——

 おいおい一期、君大丈夫か」

 

 驚かせた本人を慌てさせるほど、一期の表情は曇り切っている。

 一期は振り返った視線を前に戻し答えた。

 

「大丈夫です」

「いや君」

「大丈夫です」

 

 鶴丸国永はその白い内番服を翻して、一期の隣に腰を下ろした。

 

「人の器を得てさほど時間が経ったわけではないが、今の君の口から出る『大丈夫』以上に信用ならない『大丈夫』を、おれは聞いたことがないぞ」

「ご心配には及びません」

「心配するしないはおれの勝手だな。君は気にせず心配されてくれ。迷惑はかけん」

「……そんな価値はございませんよ」

 

 吐き捨てた言葉は本心だ。しかし一期の言葉には聞こえないふりを決め込み、白い太刀は何が楽しいのか、一期の隣で足をぶらぶらと振っていた。

 

「この世の終わりのような顔をしているぞ」

 

 視線を向けずに言われた言葉に、思わず鼻を鳴らした。この世の終わり? そんなものは来ない。

 

「いいじゃないか。主は今はいないが、今日中に戻ってくるんだ。明日にはお目通も叶っ——」

「やめてください!」

 

 突然の激昂に一期自身が最も驚いた。鶴丸国永は困ったように言葉を詰まらせ、すまん、と詫びてくる。

 

「何か気に病んでいるようだな。おれの気遣い不足だった、許してくれ」

「いえ……鶴丸殿に落ち度などあるはずがありません。こちらこそ非礼を……」

 

 そうだ、知らないのだ、鶴丸国永は。他の刀剣男士たちも。主が今瀕している危機のことを。

 この本丸は何事もなかった日常を繰り返している。主の不在を守る刀剣たちの日常を。

 

「……——?」

 

 そのとき、何か一期一振の中で引っかかったものがあった。

 

 この本丸は繰り返している。

 繰り返しの意識があるのは、瀕死の主を見た刀剣男士3人。

 では——では、主たる審神者は?

 もっというならば——審神者が重傷を負った引金となった、会議が行われた本部は、繰り返しの影響を受けているのか?

 

 ——あり得ない!

 

 一期はそう判断した。過去へ飛ぶのは刀剣男士のみ。審神者の力が作用したとて、それは本丸内部でのこと。

 繰り返し続ける本丸と同じく本部も時間の遡行に巻き込まれているとすれば、間違いなく他の審神者が気付き動き出すはずだ。それはまさしく歴史の改ざんなのだから。

 だとすれば——

 

 一期は黙り込み、胸を掻きむしった。

 主は、改変の外にいるのだろうか。だとすれば供をした長谷部も同様のはず。

 だが、今日主たる審神者と長谷部は「本部から本丸へ帰ってこなければならない」。それが、ループの起点になるのだから。

 

 ループの外にいる可能性が高い主とへし切長谷部は、今日深夜、ループの中に「入ってくる」ということにならないか。

 そんなことは……起きるのか。

 

 ——いや。

 

 一期は内心で首を横に振った。この本丸に正真正銘顕現したその日、いないはずのへし切長谷部を一期は確かに目撃した。

 へし切長谷部は「ループにきちんと巻き込まれている」。おそらく、山姥切国広とへし切長谷部が一番死んでほしくないと切望する主も、へし切長谷部と同じくループに巻き込まれているのだろう。

 

 ならば今——本来この本丸にいないはずの長谷部と主は、どこにいる?

 

 いや、はっきりわからなくとも良い。

 確実に、主に会える場所が、少なくとも主の力が満ちた場所が、一つだけあるのでは?

 

「……鶴丸殿」

「ど、どうした一期」

「私は——」

 

 一期一振は言葉を途中で切って己自身を抜き放つと、逆手に持ち換え、そのまま自らの腹に突き立てた。

 

 

 目を覚ますと、見知らぬ天井が広がっていた。

 どうやら、一か八かの賭けに一期は勝利したらしい。

 傍には傷ついてしまった太刀があった。それは丁寧に持ち上げられ、砥粉や油などで手入れを施されている。そこに確かに人がいることはわかるが、残念ながら一期には、その人の顔はおろか、性別もよくわからなかった。

 ただ、それは今、あまり重要ではない。

 顔だけをあげ、一期は丁寧に声を絞り出した。

 

「……こちらにいらっしゃると、確信しておりました。——主。勝手な真似をお許しいただきたい」

 

 手入れの手が止まる。一期は静かに息をつき、枕へ頭を預けながら続けた。

 

「私は、一期一振と申します。短刀の名手と呼ばれた藤四郎が打った唯一の太刀。それゆえこのように呼ばれております。どうでしょう、私の弟たち——藤四郎は、御身のお役に立てておりますか」

 

 声が聞こえない。だが、肯定の気配があって、一期はホッと息をついた。

 

「それは、よろしゅうございました」

 

 再び、手入れが始まる。一期は言うべき言葉を失い、視線を彷徨わせた。

 

 ここにきた目的は、もちろん、このループについて話をする為だ。

 だがここにきて、主と出会えてしまったことで、一つ目を逸らしていた事実と向き合う必要が出てきた。

 少なくとも主は、このループする本丸を甘んじて受け入れている。もしかすると、積極的に願っている可能性もある。

 

 思えば想像してしかるべきだった。本丸に戻った主はすでに瀕死の重傷。このままでは死ぬ。このループはそれを救おうと、初期刀と近侍の犯した過ちなのだろう。

 

 もしここで初期刀や近侍が続けるこのループを止めるよう、一期が主に働きかけても、それは叶うことはないだろう。それは主に「死ね」と命じているようなもの。受け入れられなくて当然の要求だ。それを翻意させるだけの要素を、一期一振は持ち合わせていない。

 

 そこまで考え、では、と一期は静かに息を止めた。自分は一体、何のためにここへきたのか。

 このままでは主は死ぬ。繰り返しの現状は本来なら、もっと昔へ戻って、主を会議に行かせないことが、山姥切国広やへし切長谷部の願いだったはずだ。だがそれでも、間違いなく。繰り返し続ける限り主は死なない。

 

 少なくとも、この状況でくり返しを止めてくれと一期が頼んで、聞き届けられるとは考えにくい。

 それでも、自らの肉の器に己を突き立ててまで、一期はここへ来ることを望んだ。それは一体なぜなのか。

 

「——主、我が主」

 

 何を告げるべきなのかわからないまま、一度頭を真っ白にして、一期は口を開いた。正直に主に何を告げたかったのか、あの精神状況で自分が何を言いたくてここまでのことをしでかしたのか、一期はどうしても、自分の気持ちが知りたかった。

 

「感謝を、致します。我が主」

 

 口からこぼれ落ちたそれは、怒りでも恨みでもなかった。

 手入れ中の主の気配が、ぴたりと止まった。

 

「あなたは私をこの本丸に呼び寄せてくださった。二度と会えぬ、もしかすると顔さえ知らぬ弟が、私を兄と慕ってくれるこの本丸に」

 

 口から出て初めて、一期一振は主に、何の遺恨もないことを自覚した。客観的に見ればこの状況の原因とも言える主を糾弾し元に戻せと言い募ってもいいだろう。だが、それはどこか違う気がした。なぜなのかはわからないが、なぜかそう感じた。

 

 繰り返しとはいえ、一期は何度も弟たちから飛びかかられ、鳴狐に心配され、明日を夢見る彼らを寝かしつける日々を送った。

 それは、確かに主が一期一振にもたらした、この上もない幸福な日々なのだ。

 悔いるべきは——ただ一つ。

 

「このご恩は、この後の戦働きにてお返しすべきところ。願わくば、主の太刀として、御身を守る刃として、この身を存分に振るいとうございました」

 

 豊臣の太刀として、皇室で護られた太刀として、そして今、主の太刀として。一期一振のすべきことは、主の刀としてその力を振るうことだろう。

 

 だがもう、それは叶わない。

 

 主はこのままでは死んでしまう。

 しかし、この繰り返しの中で生き続けたとして、こない「明日」に目通りを予定している一期は、二度と主に顔を見せることなく、この繰り返しの日々を送ることになる。

 

 ああそうか、と一期は思った。ようやく理解した。

 

(私は、主に一度だけでも、お目にかかりたかったのだ)

 

 会ってお礼を言いたかった。

 会って、弟に会わせてくれて、この本丸に顕現する機会をくれてありがとうと、言いたかった。

 会って、私はあなたの刀です、あなたのために顕現した一期一振ですと、声を大にして言いたかった。

 

「——今宵、お戻りになられるとか」

 

 初めて、一期は手入れをする気配の方へ目を向けた。

 相変わらず、顔は見えない。

 己の心と向き合った今、それがひどくもどかしかった。

 

「弟たちに示しがつきませんが、夜更かしをしてお待ちしておれば、お迎えがてらお目にかかる機会がございましょうか」

 

 その時、はっきりと気配が動いた。

 

 そして、聞こえた。確かに。

 

 ——弟さんたちには内緒で、こっそりお迎えに来てください——

 

 それは、主たる審神者が、この繰り返しの日々に自らもたらした、初めての変化。

 

 この変化が吉兆か凶兆か。

 そんなことはもう一期一振にはどうでもいい。

 ただ、今宵ようやく、主に会える。それが一期にとって重要な要素だった。

 

 一期は深く微笑み、そして返す。

 

「はい。喜んで、お迎えに馳せ参じますとも」

 

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