魔術高専   作:一般ゲーマー

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あらすじ読んでね。
読まなくてもいいよ。





エピソード零-1

 ケモノの咆哮が響き渡る。

 母に先導され必死に足を動かすも、心臓がうるさいほど活発に動いて肺まで痛くなってくる。

 周囲には自分たちと同じように逃げ惑う人たちが居て、中には逃げ遅れて無残にも魔物に襲われている人もいる。

 だけどそんなことに意識を割いてる余裕は無く、唸り声と破壊音と悲鳴が入り混じった空間を抜け出そうとひたすらに走る。

 体が熱い。息が苦しい。頭が痛い。だけど家族のために一人残った父の「早く逃げろ! お前たちだけでも生きてくれ!」という言葉に従い、決して足を止めることは出来ない。

 

 

「あうっ!」

 

 

 だが、母を挟んで並んで走っていた妹は既に限界を迎えていた。何もない平坦な道でも、疲労した足が言うことを聞かずに妹は転んでしまった。音につられて自分も足を止めて振り返った先には、地面に伏す妹と今にも襲い掛かろうとする熊型の魔物。まだ幼い自分にはどうすることも出来ず、動くことすら出来ないでいた。

 

 

「―――っ!」

 

 

 覆いかぶさるように母が妹をかばった。自分の顔よりも大きい爪が母と妹を貫いてる光景が視界に焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

 

 

 

「最悪な目覚めだ……」

 

 

 土曜日の朝。

 普段なら学校も外出する用事も何も無い、好きなだけ惰眠を貪れる最高の日だと言うのに、懐かしくも思い出したくもない夢を見た。

 両親と妹を失ったあの一件から7年が経つというのに、絶望の光景は今もあせずに俺を苦しめて来る。

 あれ以降この家で一緒に暮らしていた父方の祖母も1年前に病気で亡くなってしまい、それ以降は一人で住むには広い一軒家で一人っきり。それでも遠方にいる母方の祖父に助けられながら、それなりに幸せに過ごせてはいる。だが、ふとした拍子に思い起こされるトラウマばかりはどうしようもない。

 

 枕元に置いてあるスマホを手に取り電源を入れると、時間は朝の9時を少し過ぎているところ。昨日は2時過ぎまで夜更かしをしていたし、いつもならもう少し遅くまで寝ているところだが、どうにもこのまま二度寝をしようという気にもなれずに身体を起こす。

 重い足取りで洗面所へ行き、冷たい水を顔に打ち付けるとちょっとだけ気分がリフレッシュする。

 そのままリビングへと足を運び、コップ一杯の水を飲む。

 

 

「……散歩でも行くか」

 

 

 今日と明日の昼までの食料は昨日のうちに買い込んでいたので、本来なら出かける必要は無く一日中家にこもってゲームなどに没頭しようかと考えていたが、今はじっとしているだけで気持ちが沈んで行ってしまいそうなために外に出ることにする。

 部屋に戻って大した数も入っていないタンスから適当に服を引っ張り出し、脱ぎ散らかした寝間着は雑にベッドの柵へと引っ掛ける。

 

 

「行ってきまーす」

 

 

 一人暮らしなので当然声が返ってくることは無いが、一緒に暮らしていた祖母が亡くなった後も何だかんだと習慣付いてしまった挨拶を声に出す。まぁ挨拶はコミュニケーションの第一歩だし、習慣付けておいて損はないだろう。大して人と交流をしていない分際で、使う機会があるかどうかは置いておくとする。

 今日は嫌になるくらい天気が良くて、夏はまだもう少し先だと言うのにほんの少し歩くだけで汗ばんで来る。

 目的地もなくぶらぶらと普段使っているランニングコースから外れた道を歩く。家から徒歩数分の近所でも、いつもは通ることがない道は意外と多くある。たった1本横道にそれるだけでまるで見知らぬ土地に迷い込んだかのように錯覚し、だんだんと楽しくなってくる。

 まるで子供の時に戻って探検しているかのような気持ちで散歩を続ける。いうてまだ16歳だし、全然子供ではあるんだけども。気持ちの問題だ。

 

 裏山の山道、山を下りた先の並木通り、家が立ち並ぶ住宅街。

 大体40分ほど歩いただろうか。起き抜けに水を少し飲んだくらいで未だに朝食も食べていないからか、体がほのかに空腹を訴えて来る。財布も持たずにスマホと家の鍵しか所持しておらず、外食は出来ない。今から戻ればお腹の空き具合もいい感じになっているだろうと、ここに来た時とはまた別の帰路を目指す。

 初めて来る場所ではあるが、大方の位置は把握しているので問題なく帰れるだろう。最悪、文明の利器を使えばどうとでもなる。

 

 

 

 

 

 そうして朝に見た夢も薄れて気分も上向いた頃に、過去の絶望があの日と同じように産声を上げた。

 

 

「―――っ!」

 

 

 連絡を取り合う相手もほぼいないために滅多に動くことがない俺のスマホから、けたたましい警戒音が鳴り響く。

 地震や災害の時にも鳴る緊急の通知だが、この音はそれとはまた別のある特定の状況を知らせる音だった。

 スタンピード――通常は街の外にある危険区にしか出現しない魔物が突然街中で発生する異常事態であり、俺の家族を奪った厄災だ。

 

 

「はっ、はっ……」

 

 

 知らず、心臓が早鐘を打つ。少し遠くからは既に魔物の雄たけびと悲鳴が聞こえているし、周囲の外に居た人や家から飛び出してきた人たちはスマホの避難勧告に従って、揃って同じ方向へと逃げ始めている。

 俺だってすぐにでも行動しなければならないのに、足が前に進んでくれない。

 もう二度と大切な人を失わない様にと独学で戦い方を学びもしたのに、いざとなるとあの日と同じように動くことすらも出来なくなる。

 あの日の光景が、母と妹の最期が、魔物への恐怖が、今朝に見た夢よりも鮮明に蘇る。

 

 

「……あ」

 

 

 気が付けば、視線の先には熊型の魔物が1体。遠目からでも分かるほど、俺の2倍はありそうなほどの巨体。そいつにはまだ誰も襲われていないようで、あの日と違って返り血が無い状態できょろきょろと獲物を探すように周囲を見渡していた。

 その目が、離れていた俺を捉えた。

 

 

『早く逃げろ!』

 

 

 父の言葉が頭の中にリフレインして、身体に力が戻る。

 

 

「(大丈夫、まだ魔物と距離はある! 身体強化をすれば逃げ――)」

 

 

 ふと気が付く。目が合ったはずの魔物がすでに俺の方へと向いていない。

 本能のままに動く魔物が視界に入った俺を狙わない理由は……俺よりも近い位置に獲物がいるから。

 

 

「ガァアゥ!」

 

 

 吠える魔物が駆けだした先には家のすぐ前の道路に立ちすくむ一人の少女。

 留守番をしていたのだろうか、親といる様子にも見えず携帯を持っている様子も無い。アラートに気が付かず逃げ遅れて、外の喧騒につられて家を出てきたのだろうと予想を立てる。

 そんな場違いな思考が脳裏を過ぎる中、魔物に襲われそうな少女が理解が追いついたのか恐怖に顔を歪める。

 そんな姿が妹と重なり、逃げ出そうとしていた身体を翻し、身体強化の魔術を施して一息で少女の前へと庇うように立ち塞がる。

 

 

「――えっ」

 

 

 間に入るのがギリギリだったために直撃ではないものの避けることは叶わず、魔物の凶爪はかつての時と同じように、今度は俺の脇腹を抉っていた。

 今まで感じたこともない強烈な痛みが、出血という結果を伴って襲ってくる。

 体が熱い、息が苦しい、全身が痛い。

 それでも、今度はちゃんと守ることが出来た。

 

 

「……大、丈夫。俺は大丈夫だから、逃げてくれ」

「で、でもっ!」

 

 

 魔物は腕を戻して後ろに下がり、俺を敵と認識したのか様子見のように唸り声をあげ続ける。このまま攻撃をされてしまえばひとたまりも無いのだが、その隙に甘えて少女に逃げるように告げる。

 

 

「こう見えても俺……は、戦闘の……プロだから。この怪我もすぐ治るし、あの魔物くらい余裕だよ……」

「お兄さん……」

 

 

 心配させまいと真っ赤な嘘を吐きつつ、簡単な魔術を展開しながら言葉を続ける。回復魔術は俺の技量だとこの傷を塞げない。それならと氷の魔術で物理的に傷口に蓋をした。

 

 

「家の中に戻って、鍵を閉めてな。誰かが助けに来てくれるまで絶対に開けちゃだめだぞ」

「……分かった」

 

 

 スタンピードで魔物がどれだけ出現したかも分からず、ましてやもう既にここに1体魔物がいる以上、今から少女一人で避難させるのは悪手だと判断して指示する。手あたり次第破壊する魔物も中にはいるが、俺は最低限この少女と家を守ると決めたから、それ以外は些事だと投げる。

 

 

「それじゃ、ここは危険だから……隠れて少しだけ辛抱しててくれ」

「うんっ」

 

 

 賢い子だ。魔物が出現して自分の身が危ないというのに、泣き叫んだりパニックにならずにしっかりと言うことを聞いてくれる。俺の言葉だって嘘だと気が付いてるかもしれないが、それでも邪魔にならないようにと避難してくれた。

 妹が生きていたらきっとこの子と同じくらいの年齢だったはず。もしかしたら同じ学校で友達になっていたりしたのだろうか。

 そんな想像をしながら戦闘体勢を整える。

 少女が家へと戻ろうとする動きをきっかけに、魔物は様子見を止めて襲い掛かってくる。

 

 

「くっ!」

 

 

 振り払われる剛腕をバックステップで回避する。

 魔術で止血はしたものの、傷を治すことも痛みを抑えることも出来ず、なおかつ武器も持たない身では抵抗する手段は限られてくる。そもそも俺は戦闘技術など皆無のずぶのド素人。

 魔術高専の学校に通ってるでもプロに習ったでもないただの見様見真似の自己流で、実戦もこれが初めて。勝ち目など見えないが、最悪でも守護者(ガード)狩猟者(ハンター)の救助が来るまで時間を稼げればいい。それすらも難しいのが現状だけども。

 自分でも客観的に見て無理だろうと思ってしまう状況だが、無理を通してでもやり遂げなければならない。

 あの子を妹と重ねてみてるとか、バカな英雄願望をこじらせてるとかそんなことは分かってる。それでもここで逃げてしまえば俺はもう二度と立ち上がれないほどに後悔し、自分を許せなくなってしまいそうだ。

 これは他でもない自分自身のために、目の前の脅威に立ち向かい、今度こそ守りぬくと誓った。

 

 

「グァアア!」

 

 

 俺の拙い身体強化ではパワーでは圧倒的に負けているが、スピードだけは辛うじて食いついていける。ギリギリの回避だが、しっかりと相手の攻撃を見て対応できている。

 時折幻影魔術も織り交ぜて攪乱するように動き回り的を絞らせない持久戦を図る。

 一秒が一分にも思えるほど時間の流れを遅く感じるほど極限まで集中し、紙一重の回避を続ける。

 適性者の少ないと言われる回復魔術だが、俺は適性者には遠く及ばないまでも辛うじて扱えるので、かする程度には被弾してしまっても直ぐに対処できる。とは言っても痛みはするし、血も失って動きも鈍くなる。

 だが、それさえも兄の矜持で抑え込んで魔物と死のダンスに興じる。

 

 

「(お兄ちゃんとして絶対にここを通すわけにはいかない。……あれ、でもあの子の名前なんだっけ。……そうだった、俺別にあの子の兄じゃなかったわ)」

 

 

 思考さえも纏まらずにおかしな方向へと流れる中、ぼんやりとこの攻防が長く続けられないことを悟っていた。一撃が掠るたびに、躱すたびに、防御するたびに命が削られているのが感覚で分かってしまう。

 アラートから何分が経っただろうか。救助が来るまであと何分掛かる? もしかしたらものの数秒で来るかもしれないし、後数十分は来ないかもしれない。

 俺が倒れれば、その次に狙われるのは家に隠れている少女だ。あの子を守るには俺がこいつを倒すしかない。

 

 

「……やるか」

 

 

 覚悟を決めて時間稼ぎから討伐へと意識を切り替える。

 何度か反撃をした時に分かったが、こいつの外皮は硬すぎて身体強化をしても素手ではダメージを与えられない。攻撃魔術も初級レベルまでは使えるが、こいつには素手と同様ダメージにならなかった。

 ならば方法は一つ。被弾覚悟で相手の弱点を狙うしかない。

 ここまでギリギリの攻防だったが、魔物の攻撃パターンは把握した。距離が近い時は右腕から始まる連続攻撃、距離が離れた時は突進からの噛みつき。熊型にふさわしく嗅覚や聴覚も優れているのかもしれないが、この近接戦においては視覚に頼っている様子で幻影魔術にも引っかかる。

 それなら。

 

 初級魔術の火球を足元に放ち、その隙に魔物と大きく距離を取ると同時にもう一つ魔術を展開する。

 

 

「お前はここで――」

 

 

 離れた俺に対して魔物は勢いよく突進を始める。魔物が噛みつきを放つために口を開けるのはおおよそ2メートル前。つまり幻影の俺を対象としてるならこのタイミングだろう。

 魔物が口を開いた瞬間、横から右腕を全力で強化しながら口につっこむ。

 嚙み千切ろうとする力には負けるとしても、タイミングをずらした今はまともに力も入らない。それでも咄嗟に閉じられたなら鋭い牙が腕を突き刺して激しい痛みが襲ってくるが、腕は千切れずに繋がっている。それで十分だ。

 

 

「――くたばれ!」

 

 

 歯を食いしばり魔物の口内にある右腕から中級魔術を発動しようとして、失敗する。

 ドガン! と大きな音を立てて爆発が巻き起こり、俺の狙い通り暴発した魔術は俺の腕ごと魔物の体内へ大きなダメージを与えた。

 装甲のない体内でのゼロ距離爆撃を受けた魔物は、その一撃で倒れ込み、沈黙した。

 

 元々は中級魔術を練習していて失敗してしまった副産物の爆発。独学じゃあこの魔術の練習は危険だと封印していたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 かっこよく発動に成功して倒せれば良かったんだが、俺には無理だった。

 それでも今度こそあの子を守れたのだから、方法は何だっていい。望んだ結果が得られたのなら、過程がどうであれ満足だ。

 

 右腕は爆発をもろに受けたのだから牙とは別種の痛みが襲っているはずなのに、アドレナリンのせいか、もしくは神経がやられてしまったのか、あまり痛みを感じなくなってきた。腕どころか全身に力が上手く入らず、意識を保つのも厳しい。

 でも、もう大丈夫か。

 新手の魔物出現したとしても家の中に隠れているあの子が優先的に襲われることもないだろうし、きっとすぐに救助も来てくれる。だから、もう休もう。

 思えば今日は起きてから何も食べてなかった。どうりで力が湧いてこないし魔術の発動に失敗するわけだ。やっぱり朝食は大事。腹が減っては戦はできぬとか言うしね。今死ねっつったか? 声に出してないから言ってないね。

 

 

「――大……夫!? いm……けるか……!」

 

 

 思考もままならない混濁する意識の中で、誰かの声が聞こえた。

 とりあえず、ひたすらに眠たいので蹴るのだけは勘弁してほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最初はストックがあるので、連続投稿します。
それでも数か月前の執筆だから設定も中身も忘れた……。
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