「そうなの。いつもの直感なんだけど、この子がいるかいないかで生存者が万単位で変わるほど未来に大きく影響するほどの子。助けられて本当に良かったぁ」
「それは良い事なんだけれど……随分とボロボロだったわね。私じゃなかったらその子死んでたくらいよ?」
「さっすが美優ちゃん。ちょっと遠かったけどここに連れてきて正解だったね!」
誰かの話し声によって目が覚める。随分と深く眠っていたように感じて、薄ぼんやりと意識が戻りながらも声を出すほどの気力が沸かない。
そもそもどういう状況か把握も出来ていない。どこここ。知らない天井だ。
「そういうことじゃなくてね。聞いた感じだとDランクの魔物1体にあの惨状なのでしょう? 大丈夫なのかしら」
「きっと成長速度が凄いんだね。1年経ったらAランクも余裕なくらいに成長するんじゃない?」
「そういうことでもなくて、戦いと無縁の子じゃないかってこと。無理矢理の勧誘なんかは許さないわよ」
「分かってるよ。私だってそんな気は無いし、現に天音ちゃんだって自由にさせてるでしょ。まぁそれでも熱烈な勧誘はさせて貰うけどね!」
「そうね。七瀬さんを信用はしてるけど、せめて誠実にね。……っと、どうやら目を覚ましたみたい」
知らない間に知らない話がどんどん進んで頭が追いつかない間に、意識の覚醒を悟られてしまった。
こんなことなら目を開けずに音だけでもう少し様子を探ってみるんだった。
「大丈夫? 痛みはない? 記憶はある? どこまで覚えてる?」
いきなり眼前に迫った美人さんが凄い勢いで話しかけてくる。てか、この声どこかで……あっ。
「ごめんなさい蹴らないで」
「えっ?」
「あっ、何でもないです間違えました」
俺が意識を失う直前に『……けるか……』とかいうこの人の声が思い起こされて咄嗟に口をついて出てしまった。今俺が生きてるのとか、最初の会話から治療してくれたっぽい経緯を合わせて冷静に考えると、『助けるから』とかそんな言葉だったのだろう。いやー、早とちり恥ずかしい。このまま眠ってしまいたい。
「七瀬さん、ちょっと落ち着いて。相手は怪我人よ」
「そうだった。ごめんね、えっと……とりあえず痛みはない?」
「あー、特には……えっ、痛みがない?」
自分で言っておいて思わず驚愕し、自分の右腕を見やる。
あんなにも酷い有様だった右腕は何事も無かったかのように痛みはなく、最初に攻撃された脇腹の傷も塞がっていた。
「あははっ、凄いでしょ。美優ちゃんは回復のエキスパートだからね。それでも大変そうだったけど」
「今日が土曜日で良かったわ。魔力が十全にあった上に七瀬さんから血液を貰えたから何とかなったのは運が良かったわね。あなたも、勇敢な行動は褒めて然るべきだけれど、自分のことも大切にね」
「はい、すみません。……ってそうだっ。近くの家に子供が隠れてたんですけど、その子は大丈夫ですか?」
「君の妹?ちゃんなら問題ないよ。というか気絶する直前に君が『そこの家に妹が残されてます』って教えてくれて、その後出てきた妹ちゃんに『俺は大丈夫だから、無事で良かった』って言ってたのに。覚えてないの?」
「覚えてないです。というか、あの子は妹じゃないです」
「あっ、そうだよね。実は助けに行く数分前にもあの子の家から連絡があって、それで助けに行ったんだけど、兄とは言ってなかったから変だと思ってたのよね。……もしかして、ロリコ」
「違います。俺にも妹が居て、間違えただけです」
物凄く失礼な勘違いをされそうになり、食い気味で否定する。とはいえ、あの子を守りきれたみたいで本当に良かった。最後の方は意識も無くて無事を確認出来てなかったから、本当に安心した。
「その……治してくれたみたいで、ありがとうございます」
「どういたしまして。無事で本当に良かったわ」
椅子に座ってふんわりと微笑む美優ちゃんと呼ばれていたこれまた美人な女性にお礼を告げると、優しい声でそう返される。何だこの人、女神かな。
「それで、えっと……色々と聞きたいことがあるんですけど」
「何でも聞いて。分かる範囲で何でも答えるから」
「待ってちょうだい。それより先にあなたのご家族に連絡を取りたいの。勝手に調べて申し訳ないけれど、身分が分かる物がなかったし、携帯もロックが掛かっていたから連絡がまだなの」
「あぁ、なるほど。それなら俺の方から連絡をしておきます」
「分かったわ。……はい、画面は点いたからだぶん壊れてないと思うわ」
「ありがとうございます」
白衣の女性からスマホを受け取り、電源を付ける。今の俺の親代わりと言えば遠方の祖父だが、メッセージは入っていない。ネットを開いてみると既にニュースになっていることから、まだ事態に気が付いてないだけだろう。
時刻は15時を少し過ぎた頃。どれくらい戦闘していたか分からないが、約4時間ほど眠っていたことになる。ニュースでは既に事態の解決が報道されていたが、死者も数十人と出ているらしい。
とりあえず俺の方から先んじて『スタンピードがニュースになってるけど、俺は無事だから心配しないで』と送りスマホを閉じる。
「メッセージ送っておきました」
「そう。ご家族の人も無事だった? もし迎えに来れないなら私が送るけれど」
「いえ、俺の保護者は離れて暮らしてるじいちゃんで、一人暮らししてるので大丈夫です」
「それって……」
「……それなら、私が家に送るわ。とは言っても、もう少しここで休んでからにしましょう。その間に聞きたいことがあったら聞いてちょうだい。七瀬さんも、話したいことはそれまでにね」
「うん、了解!」
「ありがとうごございます。……今更ですが、神凪詠です。お二人は――」
俺の事情を詳しく聞いてこないことを有難く思いながら、遅まきながら自己紹介をしてから気になっていたことを尋ねる質問タイムへと移行した。
どうやらここは病院ではなく魔物の対処をするギルド組合の一室で、俺を治してくれた柊美優さんはとある学校の救護医をしているらしく、そして俺を助けてくれた七瀬沙雪さんはそこの元生徒。七瀬さんが俺を拾った後に独断で病院ではギルドに運び、柊さんに連絡を取って治療に当たってくれたとのことだった。
たしか救護医と言えば魔術を扱う学校のみに配属されている保険医とはまた別の職員らしいので、柊さんの務める学校は魔術関連ということになる。
それから昼も過ぎておやつの時間頃にこうして俺が目を覚ましたと。聞くに病院も大勢の怪我人が搬入されててんやわんやだったらしいので、七瀬さんもナイス判断と自画自賛していた。
ちなみにおそるおそる治療費を聞いたら、『別に私は医者じゃないし、治療費はとらないわよ』とのこと。あらやだ、この人女神だわ。ここに神棚を作ろう。
「……なるほど。大体は把握できました。ありがとうございます」
「良かった。それじゃあ私からも聞いてほしいことがあるんだけどいいかな?」
「はい、もちろん」
そうしてネットニュースと合わせてある程度事態を理解して、聞きたいことは全て聞けたタイミングで七瀬さんの方から話を切り出される。
聞きたいこと、ではなく聞いてほしいこと、という言葉に疑問符を浮かべながら返事をして続きを待つ。
「えっとね、どこから話せばいいかな……。……そう、実はこの世界は後3年くらいで滅んじゃうんだよ!」
「………………」
何を言ってるんだろうこの人は。
突拍子もない発言に黙り込んだまま隣の柊さんへと視線を向ける。俺の救援信号が伝わったのか、柊さんは溜息を零すと助け船を出してくれる。
「ごめんなさい、意味が分からないでしょうけどとりあえず言葉の通りに受け止めて、最後まで聞いてほしいの。七瀬さん、基本説明は任せるけど、私も横から口を出させてもらうわね」
「ごめーん、お願いしまーす。改めて……私には未来を視る能力があるの」
「はぁ……」
世界の終焉の話が未来予知の話に変わったとて、どちらも突拍子が無いことに変わりは無く曖昧な返事をする。
「そう簡単に信じてもらえないと思うし、それが普通だから一旦流してちょうだい」
「それでね、未来視はいくつも分岐する未来……いわゆるパラレルワールドの1つを観測するんだけど、遠い未来ほどその数は膨大になっていくの」
「……それでいくと、3年後の未来なんかは結局予知できないのでは?」
「それ以前に私の全力でも精々が1ヶ月先の未来までしか視れないけどね。その1ヶ月先だって100回視れば100回違う結果が視えるくらいには不安定なんだけど」
「それじゃあ3年後の未来はどうやって……」
「そこがまたややこしいのよね……」
はぁ、と柊さんは頭を押さえながら再び溜息を零した。
「勝手に“厄災”って名前を付けてるその破滅の話は未来予知とはまた別なんだよね。なんというか……未来視が望んだタイミングでモニターで映像を見てる状態だとすると、もう一つ――“超直感”って呼んでるんだけど、そっちは突然歴史の教科書を突き付けられたみたいに淡々と情報を与えられるの」
「それはまた、なんとも……」
未来視だけでも理解しがたい事象だが、それよりも難解な能力にどう言えばいいのか分からずに間を埋めるだけの言葉を呟く。
その様子を見て柊さんも補足するように話す。
「第三者から見て未来視はまだ納得できるの。実際に使って貰えば能力が本物だってことは分かるから。でも超直感は今のところ厄災に関係することでしか発動してないし、本物かどうかの判断がつかなくて」
「本人である私としては何故か本当だって確信してるの。傍から見たら疑わしいってのも十分分かるんだけどね? ホント、何故かそういう確信が胸の中に満ちてるっていうか……」
「少なくとも未来視は本物だって判断した立場からすると無視できる情報じゃなくて、既に色々と動いてるのよ。万が一勘違いだったならそれはそれで良いことだから」
「なるほど……」
まだ全てを理解したとは言えないが、言いたいことは伝わった。
周囲の人には伝わらないが、七瀬さん本人からしたらその厄災は訪れると確信してるし、七瀬さんを信じてる人はそれに向けて準備をしていると。
だが、ここまでの話が本当だとしても分からないことがある。
「あの……それを何故俺に伝えたんですか。公開してる情報でない上に、気軽に一般人に話していい内容でもないと思うんですが」
公開しない理由については想像がつく。本人たちにも確証がない情報である上に、不必要に混乱させるだけになりかねないから。最悪の場合、厄災を真に受けて自暴自棄になった人たちが犯罪に走る可能性もある。
七瀬さんたちがこの話を誰かにする分には何も問題がない。もし話した人たちがそれを広めようとしても、まともに相手をしてもらえずに最初の俺のように『何言ってんだコイツ』的な目で見られるだけだろう。
重要なのは、どうして“ただの一般人である俺”にその話をしたか。少し話しただけだが、この二人が無暗に人を不安にさせるだけの情報を伝える性格とは思えない。
「厄災に対する準備の話なんだけどね、国ほど大きい組織に伝えても与太話と一蹴されちゃうんだよ。だからある程度自由に動けるギルドや個人に対して協力を働き掛けてるんだ」
「はぁ…………。……えっ、いや、まさかですけど」
話の繋がりからあり得ない想像をして頬を引きつらせながら、冗談だよなと願いつつ問いかける。
「俺に、その厄災への対策の協力者になって欲しいと?」
「わぉ、大正解! これも超直感なんだけど、神凪くんは凄い――」
「ごめんなさい、無理です」
「わぉ、食い気味に拒否されちゃった」
俺のどこに何を見出したのかは知らないが、速攻で首を横に振って断る。
まずもって最後まで話を聞いたうえで未来視や厄災が本当だと判断できない。勿論命の恩人である二人を疑ってるわけではないが、世界が滅亡するとまで言わしめるほどの厄災が想像つかない。
その厄災が自然災害なのか、ウイルスなのか、強大な魔物なのかは分からないが、どれにしても飛びぬけた――それこそ世界一の頭脳やら戦闘能力が必要になるだろう。
対して俺は平均以上はあると自惚れはしても平凡と言えるレベルの賢さに、Dランクと下から数えた方が早い程度の魔物と相打ちするレベルの戦闘力。
むしろ俺の魔力適性は悪い方で特殊であり、他の人よりも強くなれる気がしない。まぁそれが努力をしない理由にはならないし、今日みたいなことがある以上特訓は続けるつもりでいるが、それはそれとして世界一とかは絶対に無理無茶無謀というもの。
超直感を使わなくても断言できる。俺は、弱い!
「その、ね……理由を聞いてもいいかな?」
「七瀬さん」
「分かってるよ。それで、駄目な理由ってやっぱり信じられないから?」
「あ、いや別にそこじゃないです。百パー信じてるっていうとまた違いますけど、お二人が嘘を言ってるようには見えないですし」
さらに言うともしこれが嘘で、俺に何かをさせたいのならそれこそこんな回りくどいやり方をしなくてもいいはずだ。治療費をふんだくるなり、直球で対価を要求するなりすればいい。
「シンプルに俺が力になれることは何も無いんですよ。魔術を学んだこともないただの学生です。今日だって七瀬さんが来てくれなければそのまま死んでいたような奴ですから」
「学んだことがなければこれから学べばいいよ。逆にその状態で戦えたなんて将来有望だね!」
「特別頭がいいわけでも、強いわけでもないです。俺に出来ることは、他の人はもっと出来ます」
「神凪くんは悲観的が過ぎるね。まだ高校1年生なんでしょ? 自分の能力を見限るには早すぎるよ。それに私の超直感がそんなことないって言ってる!」
「じゃあ厄災で死ぬのが怖いです」
「じゃあって言った!? それに厄災で皆が死なないように協力して欲しいって話をしてるんだけど! もちろん、私達もきみを全力で守ることを誓うよ!」
七瀬さんは俺の言葉にも負けじと反論を繰り返す。ポジティブというか、我が強いというか。こういう人だから厄災を前にこんな明るくいられるのだろうか。それとも超直感とやらで退けられる確信があるのかもな。
少なくとも、今の俺にはそんな前向きに考えられることが出来ない。
俺は大切な人を守るための力は欲しいが、積極的に戦おうなどとは思っていないのだ。厄災というからには危ない橋を渡ることになるだろうし、出来るなら遠慮したい。
「七瀬さん、そろそろ止めておきましょう」
「でもぉ……」
「ごめんなさいね神凪君。そろそろ家に送ってあげるわ」
「はい、ありがとうございます」
柊さんが七瀬さんを制して立ち上がり、話を切り上げてくれる。それを有難く思いながら俺もベッドから降りる。
七瀬さんを見やると悩むような仕草をとりつつも、俺を見送るためにか一緒に立ち上がっていた。
「その……せっかく教えてくれて、誘っていただいたのにすみません。ただ、厄災が本当に起こるとして、俺には何も出来る気がしないので……」
「そっか……。私の方こそごめんね、いきなり変な話をしちゃって。不安になるかもだけど、厄災は私たちが絶対に止めるから安心してね。それはそれとして、もし心変わりしたらいつでも私に連絡してくれていいからね! はい、これが私と、ついでに美優ちゃんの連絡先」
「えっ、いや……」
「あっ、七瀬さんはともかく、私の連絡先は登録しておいてちょうだい。回復魔術と言ってもさすがに失った血液までは戻せないし、一応輸血はしたけれど、もし身体に不調があったらすぐに教えて欲しいから」
「ともかくって何さ! 私のも登録しておいてよ!」
「まぁ、はい。分かりました」
七瀬さんから連絡先が書かれた紙を渡され、ひとまず受け取りポケットへと仕舞う。
そこから柊さんの車に乗り込み、俺の家に着くまでは厄災の話などはされず、2人の普段の生活なんかのプライベートを話していた。というか七瀬さんがほぼ一方的にまくし立てていた。
非日常というか不可思議な話が続いていたから意識から外れていたが、あらためて物凄い美人さん2人と同じ空間にいると考えただけで緊張してまともに話せそうになかったから、逆に助かったくらいだ。終始良い匂いがして、ドキがむねむねしてしょうがなかった。思春期男子に毒すぎるシチュエーションだろ。
そうして天国のような地獄の時間が終わりを告げ、6時間ぶりの俺の家へと到着し、車を降りる。
改めて感謝を告げようと向き直ると、車の窓を開けてそれに応えてくれる。
「改めて、今日は助けていただきありがとうございました」
「そんな気にしなくていいわ。あなたの方こそ、立派だったわよ」
「そうそう! 神凪くんは自分には何も出来る気がしないって言ってたけどね、そんなことは絶対に無いよ。少なくとも、今日きみは一つの命を救ったの。あの少女にとってはきみは間違いなく英雄だったんだから、もっと胸を張りなさい!」
「……ありがとうございます」
「うん、それじゃあね!」
見えない距離まで車が走り去るその時まで手を振っていた七瀬さんに小さく頭を下げて見送った。
「英雄ね……」
こんな俺でも誰かを守れた。
いつか来る厄災に対して、俺が協力することで一人でも守れるなら。その気持ちは確かにある。それでも――
「……無理だよな」
俺の中に残る