魔術高専   作:一般ゲーマー

4 / 22
エピソード零-4

 針が時を刻む音だけが響く静かなリビングで、ソファに沈み込んでぼんやりと天井を眺める。気が付けば祖父の家から帰ってきてから随分と時間が経っていた。

 外はすっかりと夜の帳を落としていて、カーテンも閉めていない窓からは半月から少しだけふっくらと膨らんだ月が顔を覗かせている。

 よいしょと軽く気合を入れながら立ち上がり、カーテンを閉じてすぐまたソファに身を投げる。

 祖父の家で間食をしたからか、いつもの夕食の時間ではあるがお腹が空いていない。ちょうどいい、このまま考え事に更けんでいたらそのうちお腹も減ることだろう。

 

 祖父から答えを出すためのヒントは貰った。あとは俺が答えを出すだけだ。

 

 まず俺が悩んでいる根本的な原因は、俺自身の七瀬さんの手助けをしたいという想いと、危険な事とは無縁な環境に居て欲しいという祖母の想いが矛盾していること。

 祖母の願いを叶えつつ七瀬さんの手助けをするのは恐らく不可能。世界の破滅、厄災というからにはどうしても危険な環境に身を置くことになるだろうから。

 ……これも全部俺の憶測だから、こんなに悩むならきちんと聞いとけばよかったな。今からでも話だけ聞けばいいかもしれないが、期待させるだけさせて結局断るなんてムーブは俺の良心が悲鳴をあげるから、聞くにしても誘いを受ける覚悟を決めてからにしよう。今はとりあえず危険な目にあう前提で考えるとする。

 

 さて、2つを同時に叶えることは不可能な以上、あとはどちらを優先するかという話になる。だが、言ってしまえば“祖母の言葉を大事にしたいという想い”も俺の気持ちの問題だから、結局すべては俺の気持ち次第と言える。

 この2つを言い換えれば俺のしたいことをするか、大切な人を優先させるかとなる。そうならば俺は迷わず後者を選ぶし、実際に七瀬さんに断りを入れてる。

 それでもこうして悩んでるのは、祖父の言っていることを自分でもどこかで感じていたということだろう。祖父はただそれを言語化して明確にしてくれただけだ。

 

 祖父によれば祖母の言葉は数ある気持ちの内のほんの一つで、それと相反する想いも持っているとのこと。当人なき今その真偽を確かめることなどできないが、それが本当ならば祖母の言葉の重みは減る。さらについさっき新しく想いを託されて、俺のしたいことを優先して欲しいという気持ちの重みは増した

 ……そうなると祖父は俺に勧誘を受けて欲しいと思っているのだろうか。

 

 いや、そうじゃなかった。祖父はただ俺の幸せを願っていた。俺が考えぬいた先の答えならどちらでも良かったのだろう。

 祖母だってそうだ。生きていた時はいつだって優しく、俺の独りよがりな特訓だって優しく見守ってくれていた。終わった後には飲み物を用意してくれたりと手助けもしてくれた。

 ただただ俺が居ない時に不安な気持ちを吐露して、偶然それを俺が聞いてしまっただけ。本当に反対していたのなら、俺の特訓だって止めていたと思う。

 

 なら、俺は――

 

 

 

 

 

   ☆

 

 

 

 

 

 気が付けば朝を迎えていた。

 普段なら惰眠を貪っている日曜に比べて、今の時間は6時10分と随分早起きだった。

 

 それもそうか。昨日はあのまま夕食も食べずソファで早々に寝落ちしてしまったのだから。随分と深くまで寝入ってしまったから眠気は無くて頭は冴えるものの、身体の方が少し痛む。ベッドより狭いし固いしでそうなるのもしょうがないだろう。

 

 

「っん~~~」

 

 

 凝り固まった身体を伸ばし、そのまま起き抜けの一杯を飲む。水が美味ぇ。

 ついでに起きて早々だが朝食も食べてしまおうと冷蔵庫を開けて卵と醤油を取り出す。

 

 

「げっ」

 

 

 

 続いてご飯をよそうために炊飯器を開けてみれば、中は空っぽ。思い出してみれば昨日の朝に全部食べてしまい、昼は祖父の家に行く途中で済ませ、夕飯は食わずに寝てしまった。

 朝はパンよりもご飯派の俺は食パンを常備しておらず、主食が無いため俺が食べれる朝ごはんは無いに等しい。納豆だけをそのまま食べるという暴挙も出来なくはないが、今はしっかりとご飯を食べたい。

 

 

「しょうがない……」

 

 

 朝飯は外に出てコンビニで適当に買おうと決め、まずは昨日の外着のままでいる格好を全て脱ぎ去り、さっとシャワーを浴びる。着替えも用意してなかったために全裸のまま部屋に取りに行くことになったが、誰もいないのでセーフ。

 そうして身支度を整えてから米を研いで炊飯器にセット、炊飯をスタートすると早速外に出る。

 

 まだほんのりと感じられる寒さに朝の陽ざしが心地よく、体温とともに気分も上々、誰もいない道を鼻歌交じりに歩いていく。

 徒歩で5分も掛からない位置のコンビニは、まだ朝早くということもあって自分以外に客は無く、ついでに食べたいと思ってたレジ横の揚げ物も陳列されてなかった。ハッシュドポテトぉ……食べたかった……。

 代わりに適当なおにぎり2個と菓子パンを手に取って会計を済ませる。

 

 コンビニを出ると、せっかく外に出たならついでに直帰するのではなく適当に歩いてみようと、来た時とは反対方向へと足を向ける。行儀悪く歩きながら包装を剥いておにぎりを口に運ぶ。

 視線を右へ左へとふらふらさせながら歩くと、ふと歩道の破壊跡が目に着く。そうして1つ見つけると連鎖して違和感を訴えてくる。

 スタンピードから1週間。大きな破壊痕は魔術を使って直したらしいが、影響の小さいものは放置されてるみたいだ。

 なんとなくあの時に歩いた道をなぞるように歩みを進める。

 山道を抜けた道へと合流し、並木道を通り過ぎて住宅街へと入る。

 

 

「ここ……」

 

 

 あの日、死にかけたほどの戦闘を繰り広げた場所は、何事もなかったかのようにそこにあった。俺の流した血も、魔物が砕いた道路も、何もかもが元に戻っていた。まるであの出来事自体が嘘であったかのようであるが、たしかにここで俺は戦ったんだよなと感慨に更ける。

 そういえば七瀬さんから報告だけはもらっていたが、あの場にいた少女の無事を俺の目でまだ確かめてなかったな。一度は自分の目でも無事なことを確かめてみたいと思っていたが、あの子の両親からしたらいきなり見知らぬ男が来ても不審がるだけだろう。報告が聞けただけで十分だなと、少女の家の玄関からふいと視線を逸らそうとした時。

 

 ガチャ、と小さく音が鳴り見つめていた扉が開いた。

 

 

「あ……」

 

 

 声に出したのは俺だったか、出てきた少女だったか、どっちか分からない。

 俺も、片手にじょうろを持った少女も固まったまま視線を交わしていた。

 

 ……これ、傍から見たら完璧に家を覗く不審者だよなぁ。

 

 唐突に冷静になった俺は、とにかく何か言葉を発さなければと口を開こうとした瞬間。

 

 

「お兄さん!」

 

 

 少女の方から駆け寄ってきては、ぶつかる直前で停止して俺を下からてっぺんまで見渡してはほっと息を吐く。

 

 

「良かったぁ、ちゃんと生きててくれて……元気になってて……」

「あ、あぁ……。きみの方こそちゃんと無事みたいで良かったよ」

 

 

 ほぼほぼ初対面の俺に物怖じした様子を見せないので、年上の俺の方がどもってしまう。ともあれ、こうして元気な姿を見れたのは本当に良かった。

 

 

「あの日の夕方にお兄さんを連れて行ったお姉さんが家に来て、お兄さんは無事だって聞いてたんだけどね。最後に見たのが血まみれの姿だったから本当は死んじゃったんじゃないかって怖くて……」

「そうだったのか……。不安にさせちゃってごめんな」

「そんなこと言わないで。……私の方こそ、守ってくれてありがとうございます。ずっとお礼を言いたかったのに、お兄さんの家とかも分からなかったから……」

「いや、俺の方こそありがとうな。きみが助けを呼んでくれたって七瀬さんに聞いたよ」

 

 

 互いに頭を下げてお礼を言い合い、顔を上げては笑い合う。

 そうした後にこのあとは何を言えばいいのだろうかとコミュ障が顔を出すが、年上の矜持から何とか話題を絞り出す。

 

 

「……そういえば、きみはこんな朝早くからどうしたの」

「えっ? あっ、お花に水をあげるの忘れてた。お兄さん、こっち来て」

「えっ?」

 

 

 少女に手を引かれ抵抗する間もなく庭の方へと連れていかれる。少女は手早く外にある水道でじょうろに水を汲むと、庭に飾ってある花に水やりを始めた。俺も花壇の端の方でしゃがみ込み、水を弾いて輝く花々を見つめる。

 

 

「お母さんは朝早くから仕事で時間がないから、こうして毎日水をあげるのが私の役割なの。今日は休みだからお母さんも家にいるけどね」

「そうなのか……偉いな」

「これくらい普通だよ。私がやりたくてやってるんだし。お兄さんの方がずっと偉いでしょ」

「俺?」

 

 

 唐突に矛先を向けられて疑問符を浮かべる。

 俺なんか休みの日は昼前まで寝ているし、この子ぐらいの歳の頃は家のことは祖母にほとんど任せっきりでたまに家事を手伝うくらいしかしていなかった。この少女の方が俺の百倍偉いだろう。

 

 

「だってお兄さん、別に守護者(ガード)さんとかじゃないでしょ」

「……やっぱり気がついちゃってたか」

「なんとなく、そうかなって。それなのに見ず知らずの私を守ってくれた。本当に、凄いと思う」

「……俺は、そんな凄い人じゃないよ」

 

 

 純粋な尊敬を受けるも、それを素直に受け取ることが難しく苦笑してしまう。

 もしあの時、あの場に居たのがこの子ではなく見知らぬ大人だったら。俺は助けに入ることが出来なかったかもしれない。ただ妹と重なって見えたから咄嗟に助けに入っただけで、直前まで逃げようとしていたただの一般人だ。

 

 

「……きみには申し訳ないけど、今はいない妹に重なって見えたんだ。そんな理由で咄嗟に身体が動いただけで、俺は誰かれ守るような人じゃないんだよ」

 

 

 過剰な尊敬をされることの罪悪感からかいらないことをつい言ってしまい、すぐにこんな小・中学生くらいの子に言うことじゃなかったなと反省する。

 だが言われた方の少女はというと、きょとんとした顔をした後に笑顔で口を開く。

 

 

「それじゃあお兄さんは凄いお兄ちゃんだね」

「えっ?」

「だって妹と重なった私を助けてくれたってことは、妹さんを命がけで守ろうとしたってことだよね? そんなお兄さんは、凄く素敵なお兄ちゃんだと思うの」

「………………」

「それに、お兄さんがどう思っていても私を助けてくれたことには変わりないから。やっぱり偉いし、凄いよ。お兄さんは私の英雄だよ」

 

 

 その言葉に、俺はぽかんと間抜けな顔をしていたと思う。

 そんな風に考えたことはなくて、俺はただ俺のために動いただけだった。それなのに感謝をされ、英雄なんて呼ばれて。

 

 この時に俺の気持ちは固まったのだと思う。

 

 

「……そっか。ありがとう」

「? 私何もしてないよ?」

「いや、きみの言葉で嬉しい気持ちになったからな。それと、戦闘のプロなんて嘘ついてごめん」

「ううん、あれもお兄さんの優しさだって分かってるから」

「やっぱりきみは賢いね。でも、その嘘を本当に出来るようにこれから頑張ろうと思う。また、誰かを守れるように」

「そうなの!? お兄さんなら絶対になれるよ! 応援してるね!」

 

 

 無邪気な笑みに元気づけられ、俺は膝に力を入れて立ち上がる。

 答えは出た。昨日の夜に考えを整理した時には既に傾いていたものが、少女のおかげで決意することが出来た。

 俺は、七瀬さんの誘いに乗ろうと思う。きっと危ない事もしなきゃいけないと思うが、それが厄災を止めること、誰かを守ることに繋がるなら満足だ。だからと言って、ばあちゃんの意思も無下にはしない。今はまだ具体的な方法は挙げられないが、それでも何とかしてみせる。

 

 

「それじゃあ、俺はそろそろ行くよ。きみを守れて本当に良かった」

「私の方こそ、本当にありがとう!」

 

 

 水やりを終えた少女もじょうろを地面に置いて向き直り、再三にわたる感謝をされる。

 今度はそれを素直に受け入れながら、庭を後にする。

 

 

「あっ、そういえばお兄さんの名前聞いてない!」

「あぁ、自己紹介もしてなかったな。俺は神凪詠、高1のただの学生だよ」

「詠お兄さん……。私は春野宇佳(うか)、中学2年生です」

「宇佳ちゃんね。それじゃあ、ばいばい」

「はい、また遊びに来てくださいね。絶対ですよ!」

 

 

 大きく腕を振る彼女に手を振り返し、俺は家路を辿る。

 歩きながらスマホを取り出すと、一応登録してあった目的の人物の連絡先へと電話を掛けた。

 

 

「……もしもし。神凪です。その……七瀬さんの勧誘、受けようと思います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




七瀬「勧誘を受けてくれて本当に嬉しいよ!」
詠「ちなみに、厄災の内容まで分かってるんですか?」
七瀬「うーん……詳細はよく分からないなぁ。『魔王の復活』、『魔力の失活』、『魔物の活性化』とかワードだけが浮かんできて、具体的なことは何一つ分からないんだよね」
詠「えぇ……。それなのによく対策とか打てますね」
七瀬「それがそれすらも超直感で何となく浮かんできてね。ちなみに神凪くんの鍛え方なんかも超直感で何となくわかります」
詠「万能ですか。……それで、俺は主に何をすればいいんです?」
七瀬「神凪君が連絡してくるまで考えてたんだけど、まずは私とみっちり戦闘訓練をするのは確定で、あとは神凪君さえよければ来年に魔術高専に編入してもらおうかなって思ってる」
詠「……えっ?」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。