・・・「とは言えいつかは来ること、そう、私も解ってたはずなのにね。」
臭いセリフを吐き出す彼は元々ゲームというものに固執するタイプの人間ではなかった。
そんな彼がこの世界の終わりを信じられずにいた。
始めは法律や規律に縛られたリアルから逃げ出すかのようにネットサーフィンをしてる内、たまたま見つけただけだった。それだからなのか、【ユグドラシル】を始めてからは自分のしたい事をして、自分の好きなキャラ構成をして好きな自分であり続ける内に何時の日か彼にとってこのゲームは無くてはならないものになってしまった。
西暦2138年。空を覆う汚染と、絶望が日常となった世界で、足立藍良(アダチ アイラ)にとっての「現実」は、安価な中古のVR機材の中にしかなかった。
サーバーシャットダウンのカウントダウンが始まった日、藍良はログインしていた。 彼が操るキャラクター「アイリッツ」が佇むのは、森林型拠点「コピス・ユグドラシル」の最上階層『天蓋の揺り籠』。雲海を見下ろす玉座の間には、ただ一人分の足音だけが虚しく響いていた。
「……マスター。自分、今日もログインしましたよ。……最後の日なのに、誰も来ないもんですね」
アイリッツという名の、整った人間種の顔立ちの姿をした人物は玉座に座る「抜け殻」に向かって、静かに語りかけていた。 そこに座っているのは、この森林型拠点に構えられたギルド「エブリイズ・デスティニー」の長であり、捨て子だった藍良に「生き方」を教えてくれた女性のアバターだ。
彼女がいなければ、自分は今頃、裏路地のゴミ溜めで野垂れ死んでいたか、あるいはもっと酷い結末を迎えていただろう。
マスター。自分、今日もログインしましたよ」
返事はない。わかっている。それでも彼は、縋るように言葉を続けた。 まるで日課の報告をするかのように、淡々と、しかしその声には隠しきれない寂しさが滲む。
「今日は、昔よく二人で行ったドラゴンの谷を、一人で散歩してきました。あの頃は、私がすぐ死ぬから、いつもマスターが庇ってくれましたね……懐かしいです」。
『23:59:50』
システム時計が非情に刻まれる。 夜職で培った「愛想笑い」も「丁寧な物腰」も、今は必要ない。ただ、泣き出しそうな子供のような顔で、広気はマスターの隣に腰を下ろした。
返事はない。分かっている。 最後の一秒が過ぎれば、この安らぎも、彼女の面影も、全てが電子の藻屑となって消える。
残り、一分。 彼は立ち上がり、マスターの抜け殻の隣に、そっと腰を下ろす。
「……マスターがいないなら、もう、どこにも私の居場所なんてないんですよ」
残り、十秒。
「本当に……色々、ありがとうございました。あなたに出会えて、自分は……」
言葉は、続かなかった。
「……もう、わたし一人じゃ、どうしていいか分かんないですよ。……ねえ、マスター」
【 23:59:55 】 【 23:59:56 】 【 23:59:57 】
彼は目を閉じ、全てが終わるのを待った。
【 23:59:58 】 【 23:59:59 】 【 00:00:00 】
………。
【 00:00:01 】
強制ログアウトの衝撃は来ない。 代わりに、彼の鼻腔を、現実では嗅いだことのないような、濃密な樹木の香りが満たした。 そっと目を開けると、視界の隅にあったシステムログも、HPバーも、全てが消え失せている。
そして、すぐ隣から、凛とした声が聞こえた。
「―様。何か、ご懸念でも?」
声の方に顔を向ける。 そこにいたのは、今まで見向きもしていなかったはずのNPCの一人。彼が設定したはずの、ギルドの守護者。その瞳には、明らかに**『意思』**の光が宿っていた。
「……え?」