ニセコイ・モウソウ 作:ぬめり
私は何をやっているんでしょうか。
数年前、中学2年の初登校日の朝、寝ぼけ眼で中学の制服に着替えている最中だった。
少し面倒くさがって眼鏡をかけなかったのが悪かったのだろうか、僕はズボンを履く拍子に足がもつれ、なかなかの勢いで床に頭を強打した。すると、自分とは全く別人の、いや、違う人生を歩んだ自分の記憶が瞬間脳内に溢れ出した。
前の─前世の自分は交通事故で死んだ。多分、信号無視の自動車に轢かれた。これといって大きな事を成し遂げたこともない普通の人生…思い返してたら悲しくなってくるな…やめとこう…。そうだ、死んだ時、確か神様が現れて、転生したいって願った筈だ。好きな漫画の世界に…それは─
ドタドタと大きな足音を立てて、自室のドアが勢いよく開いた。
「どうしたのっ!?大丈夫っ?大きな音が鳴ったけど…ぶっ、ふふ」
目を顰めてぼやけている視界を少しでも確保すると、母親だった。どうやらずっこけた僕を心配して来たらしい。すると、パンツ丸出しガニ股で仰向けにこけているという間抜けな息子の姿。そりゃ笑うか。
「ああ…痛っつぅ、大丈夫大丈夫、ちょっとドジっただけ。何ともない」
「あはは…そう?気をつけなさいね…。あ、朝ごはんもうできてるから。ちゃっちゃと着替えなさいよ、ごはん冷めちゃうし」
「へーいっ…と」
起き上がってズボンを履き直し、適当に服を整えて食卓のある一階へと降りた。
「兄ちゃんおはよ。今日もモブ面してんねぇ」
「うるへー」
憎まれ口を叩いたのは一歳下の妹、早苗。先に起きて食事をしていた。彼女はあまり似合っていないおさげの髪型をきっちりと整えて、かけた眼鏡の反射で若干人相が分かりづらくなっている。早苗も人のことは言えない典型的なモブキャラの容姿をしている。というか家族全員眼鏡でモブ顔である。父親も母親も、祖母も祖父も。なんだったら先祖も眼鏡ばかりだった。代々我が家系はモブ顔なのである。なんだこれ。
朝食を食べて、その後教科書やらの荷物確認をして家を出た。
学校に着いて、大事なことを思い出した。
そういえば教室どこだったっけ?えーと確か始業式の時に2階…だったかに行ったまでは覚えてるんだ。あれ、3階だっけか、記憶がぼんやりしている。
初日から教室が分からず遅刻なんてしたら世話ない。
「んーなんかないかなんかないか」
藁にも縋る思いで学生鞄をまさぐると、くっしゃくしゃになった新学年の案内用紙があった。奇跡だ。あー良かった。
用紙を確認しながら校内を歩いた。
「「えーと、確か教室は…」」
「ん?」
「へ?」
一言一句違わず自分と同じ台詞を吐いた誰かがいた。目を向けると、そこには
「あ、もしかして同じ教室?」
週刊少年ジャンプで連載していたラブコメ漫画『ニセコイ』の主人公、一条楽その人が目の前にいた。
「え…えーと、はい…」
用紙に目配せしながら、ぎこちなく返答した。
目の前に本物がいる。妙に口腔内で唾が出てきて、それをごくんと飲み込んだ。僕は真の意味で自覚した。僕は転生した、この世界に─ニセコイの世界に…!
「…ん?どーした、じっと固まって…俺の顔になんか付いてるか?」
「い、いやぁ別に…こ、これからよろしく、佐藤悠也…です」
すんごい緊張する。ほ、本物や、芸能人とかに会うよりも貴重な体験を僕はしているんじゃなかろうか。いやー、本物だ…。そしてなんて気さくな雰囲気の漂っていることだろうか。
「一条楽だ、よろしくな佐藤。そんな畏まらなくてもいいぜ」
「あはは…よろしく」
─これが一条楽との出会いだった。
ここからなんやかんや仲良くなって、ついでに元から一条と友人だった舞子集とも仲良くなった。
その甲斐というのか何なのか分からないが、食堂でドジった小野寺さんが一条の頭にどんぶりをストライクするシーンを生で見ることができた。ちょっとかかった。
ヒロインは鶇誠士郎にしたい。え?理由?推しの鶇誠士郎が鶇誠士郎である以上鶇誠士郎だからだよ。