ニセコイ・モウソウ 作:ぬめり
それにしてもラブコメってムズいですね。
「いなり寿司が食べたい!美味なるいなり寿司が食べたいのじゃ〜!」
ある日、おたまは突然いなり寿司をねだった。その駄々っ子加減たるや激しいもので、この調子でわーわー叫んだり、食事に一切手をつけようとしなかったりした。結局腹の虫を鳴らして、目の前に出されたら食べていたが。子供か。いや子供か。
「すーぱーの出来合いのものでは満足できん!お主、一条楽と友達なんじゃろう?なんとか頼めんかの?」
「そんなこと言われてもなぁ…」
「まぁまぁ、その辺りは何とかしておくから、とりあえず一条楽の下へと行くが良い。一条楽に会えばこう伝えるのじゃぞ。いなり寿司は味付けは甘めで、出汁にこだわって、お揚げを裏返しに…」
いなり寿司について色々と注文をつけるおたま。長ったらしくてあんまり頭の中に入らない。
「はいはい…まぁ、今日暇だし…分かった…」
学校は休みで特に予定は入っていなかった。家でゴロゴロしてゲームでもするつもりだったが、散歩がてらに一条の家に寄るというのも暇を潰すことにはなるだろう。
そういえば僕は1人で一条の家に行ったことがない、大丈夫だろうか。ヤクザに門前払いとか無いだろうか。
とりあえずケータイで連絡を…あ、一条と連絡先交換してない…今更気付くとかそんなことある?まぁ、良いか。多分大丈夫だろう。おたまが何とかしておくと言っていたし。
※
一条の家に着いた。いやはや、相変わらず仰々しい。デカい。物凄く入るのに憚られるが、一旦門を開ける。…大丈夫だよなこれ。
玄関の方まで歩いて、インターホンを押した。
「はいはーい、何かご用で…って悠也?珍しいなお前が1人で来るなんて」
出てきたのは一条だった。見慣れた制服姿ではなく、和装だった。
集英組の構成員が出る可能性も大いにあったが、タイミング良かったのだろう。これもおたまの力なのだろうか。色々と分からないことが多い。
「何気に初めてなんだよな」
「そうだったかな、で、今日はどうしたんだ?」
「一条、お前料理上手だったろ?だからって訳でもないんだが…その、親戚の子がいなり寿司食べたいって言って聞かないから、お前に作ってもらいたいんだよ」
…一条ておたまのこと知ってたっけな。まぁ、良いか。説明するの面倒くさいし。そういう設定で行こう。
「はぁ?いなり寿司?んなこと急に言われたって…あ!そういやこの前ウチのヤツらがちらし寿司食べたいっつってたから、それで余った材料で何とか…」
何だかトントン拍子で話が進んで行く。これもおたまの仕業だろうか。
そのまま一条の家に上がらせてもらって、厨房までついて行った。思ったんだが、こいつどんだけお人好しなんだよ。急にいなり寿司作れとか言ったら普通は断るだろうが。
予定は無いのか聞いてみたが、今日は珍しく誰とも会う予定がないから大丈夫ということだ。
一条宅の厨房はだだっ広く、一般家庭のキッチンとはかけ離れた、どちらかといえば料亭の厨房といった風で、おおよそ一般人が使って良いような規模ではない。
一条の家がヤクザだからこそ、多くの構成員を養うためにも大きくなったのだろうが、それにしたってデカい。威圧感すら感じる。電気が点いていなかったら奥の方は暗闇で見えない程に。
「…何でお前ついて来てるんだよ…?」
「気になっちゃって」
「あんまり邪魔すんなよ…普通にいなり寿司作れば良いんだよな?」
「それなんだけど、親戚の子がいなり寿司にうるさくてさ、色々と注文あるんだよな。えーと確か…味は甘めで出汁もこだわってとか、あー、後、お揚げは裏返しとか言ってたような」
「面倒くさい子だなぁ」
「そうなんですよなぁ」
「酢飯はちらし寿司の余りを使うから…お揚げを味付けするだけで良いな。あっこの棚の中に鰹節と昆布があるから、取ってくれねぇか」
「了解」
一条が指差したところを確認して、目に付いた袋を取った。あら、昆布はあるけど鰹節がカスしか入ってない。他には…見つからない。これしか鰹節の袋が無いようだった。
「これ、昆布と、鰹節全然無いんだけどこれでいけるか?」
「どれどれ、うーん…ちょっとこれじゃバランス悪くなっちまうな。他になかったか?」
「これしかなかった」
「…出汁パック使うってのはどうだ?」
「あの子だったら、気付きそうかもなぁ」
「どうすっかな…」
「じゃあ僕買ってくるわ」
「え、悪いって」
「良いよ、僕が邪魔してるんだし。このパックと同じヤツで大丈夫か?」
「おう。…でもそれ、向こうのスーパーじゃなくてちょっと遠い方にしか仕入れ無かったんだよな」
「どんくらい遠いんだ?」
「そうだな…歩いて20分くらい…」
「遠っ…」
買い物の費用で3千円貰った後、流石に往復40分はきついからと一条の自転車を借りることになった。
場所はある程度目印を教えてもらって、近づいたら看板が見えてくるからすぐ分かるとのことだった。
※
自転車を漕いでスーパーに辿り着いた。外観としては良くあるローカルチェーンといった感じ。店頭にはいつ設置されたのか分からない古ぼけたガチャガチャや、大幅に値引きされた季節外れのお菓子が山積みに売られていた。
早速スーパーの中に入って、鰹節を探す。
鰹節だし干物コーナーとかだろうか。スーパーを見渡すと、売り場ごとに天井から小さい案内板が吊り下がっていた。これを目印にして向かおう。
「…あれ?佐藤くんだよね?」
「あ、小野寺さんか。こりゃ奇遇だね」
買い物カゴを持った私服姿の小野寺さんがいた。カゴの中には野菜やら何やらが入っている。知らない人からすればそこの材料を使って彼女自身が料理するとか考えそうなものだが、現実では彼女の料理の腕前は盛り付け以外壊滅というか、殺人級だった。
いつかの調理実習でものの試しに彼女の作ったものを口にしたことがあった様な気がするのだが、記憶がない。
「佐藤くんはお買い物?」
「そんなとこ。なんやかんやで一条とこのお使いを引き受けてさ」
「そうなんだ、一条くんの」
「小野寺さんは?」
「私は、お母さんに買い出しを頼まれて。後、妹が食べたいって言ってたお菓子を…受験期でちょっと荒れてるからその労いにと思って」
小野寺さんの妹というと…確か名前は小野寺春とかだったっけ。原作だと、一条にパンツ見られてた子だったか。…パンツしか印象ないの嫌すぎるな。知ってる事は黙っておこう。
「へー。僕も一つ下の妹が受験期なんだよね」
「佐藤くん妹さん居たんだ?」
「いるいる。なーんか、流石に受験本番が近づいてるからかピリピリしてて」
「だよね…妹さんの志望はどこに?」
「んーと、どうだったかな、凡矢理高校受けるつもりとか言ってたっけ」
「そうなの?実は私の妹も…春って言うんだけど、凡矢理高校が第一志望なんだ」
「じゃあ、もしかしたら僕の妹と同級生になるかもね」
「そうなるかもね。妹さんのお名前は?」
「早苗。早いに、草冠に田で、早苗」
「早苗ちゃんかぁ。じゃあ、もし同じ高校になったら、よろしくね」
「よろしく。一条のこと待たせてるからこれで」
「うん。またね」
小野寺さんとの話を終えて、鰹節探しに戻った。商品の陳列棚を見ていくと、鰹節のパックが何種類か売られている場所を見つける。一条の家にあったものはケータイで写真に収めているから、それを確認しながら探す。
「えーっと…あった、これか」
大袋で特選とか本鰹とかパッケージに書かれていた。値札に視線を移すと2400円と表示があった。高っか。…だから鰹節に3千円も渡されたのか…。
※
「買って来たぞー」
「お疲れさん。タイミング良いな、丁度昆布が水で戻ったくらいだ」
一条の家に戻ると、コンロ台には既に包丁で仕込みされたお揚げがいくつか並んでいたり、準備は済ませていたようだ。
コンロに置かれた鍋を見ると、鍋に張られた水の中に昆布が入っていて、水は昆布から出たエキスの影響で色が淡い黄色っぽく見えた。
一条はスイッチを入れてコンロの火をつけた。1、2分経てば段々と鍋の中の水に気泡が浮かび上がってきた。また数分経つと、その気泡がどんどん増えていって、鍋の表面が少しずつ揺れ動く。
いよいよ沸騰するという直前に、一条は菜箸で昆布を引き上げて、すぐ側の皿に乗せる。
その後、沸騰するまで待ち、火を止めた。
「昆布は沸騰するまで入れないんだな」
「ああ、こうしないと昆布のぬめりが出汁の中に混じって臭くなっちまうからな。知らなかったのか?」
「…家庭科の授業で習ったような気もするが…料理なんてしないからなぁ。家でも料理は母さんに任せっきりだし」
「ちょっとくらい経験しといた方が良いぜ?将来一人暮らしすることになったら、そこら辺、苦労しちまうだろうから…あ、袋開けて鍋に鰹節入れてくれよ」
「へーい」
鍋に袋の開け口を向けて揺さぶり、袋の中の鰹節を入れる。
「こんなもん?」
「もうちょっと」
再び袋を揺さぶる。
「…よしストップ」
僕が鰹節を入れ終わると、一条はコンロの火を再点火し、弱火で、灰汁が出ればそれを取りながら鰹節を煮た。
数分後、予め用意していたボウルにザルとキッチンペーパーで作った簡易的なこし器を挟んで、鍋の中の出汁を移す。
その移した出汁の一部をまた鍋の中に戻して、今度は醤油、みりん、ほんの少し酒、ザラメ砂糖で調味する。
「出汁は全部使わないのか?」
「全部使ったら味が薄くなるからな。残った分は朝飯の味噌汁とかに使えるだろうし」
「そこまで考えてるんだなぁ。主婦だろ、もう」
「それを言うなら
「なんで分かるんだよ」
※
お揚げの味付けは弱火で4、50分かかるらしい。その間、僕は一条の自室まで案内されて、一条との談笑を楽しんだ。男子高校生同士の身の無い毒にも薬にもならない話だ。
思えば一条と2人っきりで話し込んだことなどなかったかも知れない。いつもは僕らの間に舞子が挟まっていた。中学の頃も高校の頃も。
ただただ話しているだけなのに、不思議な感覚だ。一条がヤクザの息子だというのに本当に普通の男子高校生にしか見えないのも、その不思議さを助長している。
前世では友達と呼べる間柄の人はいなかったせいで、どうも感覚が掴めない。だが、たわいも無い話で笑い合う、こういうのが友達と言うのではないだろうかと思えた。2年以上は友達なのに今更何を思っているんだろう。
「─でさぁ、この前千棘と商店街に行った時わんこそば早食い大会に参加して、千棘がそばをすする勢いのすごいのなんのって恐ろしいくらいだった…」
「そんなのやってたんだな。結果はどうだった?」
「そりゃ勿論優勝だよ。30人前くらい食って歴代記録更新。…で、そんだけ食って景品がまさかのわんこそば一年分だったんだぜ?」
「それ絶対在庫処分だろ。どんだけ蕎麦余ってんの」
「だよなぁ。それより千棘のやつ、一年分貰って喜んでたんだぜ?全くどんだけ食べるんだっての」
「胃の中にブラックホールが入ってる可能性あるな。桐崎さん、毎日毎日、昼休みに馬鹿みたいな量のお重食い切ってるのに太らないし」
「いやはやこえーな。そうだ、回転寿司行った時もアイツ食べまくって、向かいの席の子供が─」
─話し込んでいたら直ぐに時間は過ぎて、そろそろお揚げが炊き上がっている頃だった。
「本当は1日置いた方が良いんだけどな…仕方ないか。お揚げは裏返しだったよな?」
「そうそう」
一条は余っていたちらし寿司用の具材が混ざった酢飯をお揚げに詰めて、容器に並べていく。
「…なんか20個くらい出来ちまった…大丈夫か?」
「あーいけるいける。余ったら僕が食うし」
容器を受け取って、用も済んだので帰ることにした。おたまも大分家で待っているだろうし。
「またな悠也」
「んー、またな。今度お礼に…ラーメンでも奢るわ」
「おう。楽しみにしとくぜ」
※
自宅の玄関を開けて、中が見えると、靴置き場すぐそこにおたまがちょこんと座ってソワソワしながら待機していた。
「ただいまー…」
「おお!帰ってきおった!待ちかねたぞ!すんすん…この香しい匂い、そこにいなり寿司があるのじゃな!」
おたまは目を輝かせてそう言った。いなり寿司の匂いなんてそんなに強いものではないはずだが、やはり狐、嗅覚は良いのだろうか。
「早う!早う!」
「はいはい」
早速、僕は容器の封を開けて、おたま用のお箸と、ペットボトルからコップに注いだ緑茶と共に出した。
「ちゃんとわらわの言いつけは守っているようじゃの、どれどれ先ず一つ…もぐもぐ…なんっと美味ないなり寿司じゃぁ〜!みしゅらんモノじゃぞこれは!」
おたまは顔を綻ばせてほっぺたを抑え、声を唸らせる。これだけ見れば可愛い子供だ。普段の態度を考えると…まぁ…うん。
しかし、そこまで美味しそうに食べるとこちら側としても味が気になってきた。
「数もあるし、一個貰うな」
手を伸ばすと、おたまは持っていた箸でパシンと僕の手を叩いた。
「ダメじゃ!これはぜーんぶわらわのもの、言うなれば神への捧げ物なのじゃから、それに手を出すなど罰当たりも甚だしいわ!」
「良いだろ一個くらい?」
「ダメなのじゃ〜!はむっ!はむっ」
おたまは一個口に入れればまた一個と食べていった。
「おいおい…そんな勢いで食ったら喉に…」
「むぐっ!?むぐぐ…」
「つまらせたな…ほら、お茶、ゆっくり飲め」
…この子、そういや昼ごはん食べてたはずなんだけどな…。
「ぐぐっ…いなり寿司は別腹というやつじゃ」
「それを言うならスイーツでしょうが…」
まぁ…おたまに何もしてあげないのも悪いと思いまして。
ラブもコメも大してありませんな今回。しかもオリジナルだし。一部元ネタにゲームの内容は持って来ていますが…。
これをやるにあたって出汁の取り方とかいなり寿司の作り方とか調べました。出汁の取り方一つでも色々あるんですね。いなり寿司でも酢飯に胡麻を振るだけとか具材を入れたりとか、お揚げの味付けに出汁を使わなかったりとか…。
ところで何でこんなことやってるんでしょうか。どうせ自分では作んないのに()