吐瀉物に愛を込めて   作:マウスブン

4 / 9
クリスマスパーティ

二〇一七年十二月二十四日。 世間は聖なる夜、クリスマス・イブの喧騒に包まれていた。街はイルミネーションに彩られ、恋人たちが愛を語らう特別な夜。しかし、東京・新宿駅周辺だけは、異様な静寂と、肌を刺すような緊張感に支配されていた。

 

一般人の避難は完了している。代わりに集結したのは、日本中から招集された呪術師たちだ。 五条悟、夜蛾、七海、そして特級被呪者の乙骨を筆頭とする学生たち。呪術高専が擁する全戦力が、覚悟を決めてその場所に立っていた。

 

「来るぞ……!」

 

誰かの声が震えた。 通りの向こうから、白い湯気と共に現れたのは、百鬼夜行のデモ行進――ではなかった。 綺麗にテーブルクロスが敷かれた長机の列。銀色に輝く保温容器。そして、その奥に立つ集団。彼らは全員、純白のコックコートや、家庭的な割烹着、あるいは給仕用のエプロンを身に纏っていた。

 

その中心に立つ男、夏油傑もまた、五条袈裟の上に「料理長(シェフ)」と刺繍された真紅のエプロンを着けていた。

 

「ようこそ、高専の諸君。そして愛すべき旧友たちよ」

 

夏油は両手を広げ、満面の笑みで一行を出迎えた。その背後には、湯気を立てる大鍋や、山盛りの「料理」が鎮座している。 対峙する五条は、サングラスをずらし、嫌悪感を隠そうともせずに吐き捨てた。

「……傑。お前、本気でここを掃き溜めにするつもりか?」

 

「失敬な。レストランのビュッフェ・スタイルだよ、悟」

夏油は空を仰ぐと、朗々とした声で詠唱を始めた。

 

「闇より出でて闇より黒く。その穢れを禊ぎ祓え」

 

ズズズ、と空から黒い帳が降りてくる。 視界が闇に閉ざされる――かと思いきや、帳の内部が完成した瞬間、空間が一変した。

 

『ジングルベ~ル♪ サンタさ~ん♪ 雪が降る~♪』

 

どこからともなく流れる陽気なクリスマスソング。 街路樹には色とりどりのオーナメントが飾られ、巨大なクリスマスツリーが点滅している。禍々しい呪力で構成された結界の中は、皮肉なほどにメルヘンチックで、アットホームなクリスマスの装飾で埋め尽くされていた。

 

「……なんなんだ、これは」

夜蛾が呆然と呟く。殺し合いの場に来たはずが、ショッピングモールのフードコートに迷い込んだような錯覚。しかし鼻をつくのは七面鳥の香りではなく、生臭く、それでいて複雑なスパイスの香りだ。

 

夏油はツリーの横に進み出ると、優雅に一礼した。

「お集まりいただき、ありがとうございます。本日はクリスマス。戦いの前に、まずはこの『ホーリー・ビュッフェ』を楽しんでほしい」

彼は背後の料理を指し示した。

「前菜は三級呪霊のテリーヌ。メインは特級仮想怨霊のロースト。デザートには呪胎のムースも用意してある」

 

「誰が食うか、馬鹿野郎」

五条が即座に遮った。

「僕たちがここに来たのは、お前のそのふざけたおままごとを終わらせるためだ。残飯処理係じゃないんだよ」

 

夏油は悲しげに首を振った。

「悟、食わず嫌いは良くないよ。君が五条家の御曹司として、上級料理ばかりで育ったことは知っている。だが世界にはもっと色々な食べ物があるんだ。ゲテモノと呼ばれるものが、地域によっては王の食事となることもある」

「それを『食べ物』と呼んでんのは、お前らだけだっつーの」

 

「分かってないなぁ……」

夏油は軽く肩をすくめると、近くの皿から、小ぶりの呪霊――『蠅頭』の素揚げのようなもの――を一つ摘み上げた。

「なら、ここで『術式の開示』を行おう」

 

彼はそれを口に放り込み、カリリ、と小気味よい音を立てて咀嚼した。 ゴクリ。 飲み込んだ瞬間、夏油の体から爆発的な呪力が溢れ出した。

「ッ……!?」

乙骨が息を呑む。夏油の呪力総量が増大しただけではない。彼の肉体そのものが、メキメキと音を立てて一回り大きく膨れ上がり、筋肉の密度が増したように見えた。

 

「ふぅ……やはり揚げたては力が湧くね」

夏油は自身の太くなった腕を愛おしそうに撫でながら、ニヤリと笑った。

 

「今日、新宿、この帳の中において――『呪霊料理を食べると、誰でも一時的だが呪力が得られ、身体能力が強化される』。そういう縛りを設けた」

 

どよめきが走る。 ただの食事ではない。それは即効性のあるバフアイテム。

 

「つまりだ。私を倒したければ、君たちも食べた方が有利だということさ。非術師はもちろん、術師である君たちなら、食べた分だけ際限なく強くなれる」

「はっ、だからってその汚物を俺らが自分から食べるとでも思うのか?」

五条が嘲笑う。だが夏油は、人差し指を振って「チッチッチ」と舌を鳴らした。

 

「まあ待ちたまえ、悟。話は最後まで聞くものだ」

夏油は背後のミゲルたちが守る、厳重にロックされた巨大な圧力鍋を指差した。

 

「皆が、慣れない呪術料理を嫌がるのは理解する。生理的嫌悪感、未知への恐怖。当然だ。だからこの帳、そしてこのビュッフェは――私を倒せば終わる」

 

それは高専側にとって唯一の希望。 だが次の言葉が彼らを絶望の底に叩き落とした。

 

「ただし。もし私たちが勝ち、高専側が倒れた場合……」

夏油の声が低く、ドスを利かせたものに変わる。

「倒れたものたちには、あちらで実験中の『新作』を、強制的に食べてもらうことになっている」

 

圧力鍋から、ドロリとした紫色の蒸気が漏れた。

「ちなみに中身は、下処理なし、味付けなし、ただミキサーにかけただけの『呪霊原液(スムージー)』だ。健康には良いが、味は……想像に任せるよ」

 

高専勢の顔色が、一斉に青ざめた。 夜蛾ですら、脂汗を流して後ずさった。 戦って勝てば解放。だが負ければ、地獄のフルコース完食。

 

「だからこそ、高専の皆には提案したい。無理やり流し込まれるよりは、ここで自主的に、美味しく調理されたこちらの料理を食べて、力をつけて挑んでほしい」

夏油は慈愛に満ちた目で彼らを見渡した。

「これは私の慈悲だ。どうせ食べるなら、美味しい方がいいだろう?」

 

究極の二択。 食べずに戦って負ければ、最悪の食事。 食べて戦えば勝率は上がるが、尊厳は死ぬ。

 

「さあ、時間は有限だ。料理が冷めてしまう前に」

夏油はパチンと手を合わせた。その音は、戦いの開始を告げるゴングのように響いた。

 

「それでは皆さん、ご一緒に」

 

夏油一派の全員が、一斉に手を合わせる。ミゲルも、ラルゥも、美々子も菜々子も。彼らは高専側を挑発するように、あるいは心からの感謝を込めて、声を揃えた。

 

「「「いただきます!!!!」」」

 

号令と共に、彼らは猛然と料理に食らいついた。 ガツガツと呪霊を貪り食うたびに、彼らの呪力は膨れ上がり、肉体は鋼のように硬化していく。ミゲルなど、既に一回り巨大化してハルクのような有様だ。

 

「う、うわぁ……」

パンダが引いた。

「あいつら、マジで食ってやがる……」

「くっ……!」

五条は拳を握りしめた。 目の前で行われているのは、食事という名のドーピング。そして、こちらに向けられた「お前らも食え」という無言の圧力。

 

高専側は困惑し、誰一人として皿に手を付けられない。 美しく盛り付けられた呪霊料理の数々が、湯気を立てて彼らを誘う。

「ほら、一口どうだい? 乙骨君」

夏油が口元をソースで汚しながら、不敵に笑いかけた。

 

クリスマスの聖夜。 史上最悪の戦いが、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

 

「傑、お遊びは終わりだ」

 

五条悟の姿が掻き消えた。 瞬きの間に詰められた距離。最強の術師が放つ拳は、冗談めいたクリスマスの飾り付けを消し飛ばすほどの殺気を帯びていた。狙うは首謀者、夏油傑。このふざけた美食倶楽部を解散させ、親友の目を覚まさせるには、物理的なショック療法が一番手っ取り早い。

 

だがその拳が夏油の顔面に届く直前、褐色の影が割り込んだ。

 

「アンタノ相手は俺ダヨ!」

 

ガギィィィン!!

 

重い金属音が響く。五条の拳を受け止めたのは、ミゲルが操る一本の縄――特級呪具『黒縄』だった。

 

「チッ、邪魔すんなよボビー・オロゴン」

「ミゲルダヨ! 人の名前くらい覚えロ!」

 

五条は即座に術式順転『蒼』を発動し、引力でミゲルを弾き飛ばそうとする。だが術式が発動しない。黒縄が触れている箇所から、呪力が乱され、構成が解けていくのだ。

「面倒な縄だな……!」

「コノ縄一本編むのに、俺の国の術師が何十年カケタと思ってル!」

 

ミゲルは黒縄を鞭のようにしならせ、五条の無下限バリアを相殺しながら肉薄した。変則的な体術。そして何より、先ほどの「食事」による身体強化が効いている。一撃一撃が重い。通常の術師なら、ガードの上からでも骨を砕かれる威力だ。

 

「時間稼ぎのつもりか?」

「サアネ! でも、あっちのメインディッシュが終わるまで、アンタには付き合ってもらウ!」

ミゲルが背後の夏油を庇うように立ち回る。夏油は悠々とワイングラス(中身は液状化した呪霊の生き血)を傾け、観戦を決め込んでいた。

 

「舐められたもんだね」

五条の瞳が冷たく光る。黒縄が厄介なのは事実だが、基礎能力の差は歴然としている。 「どけ」 五条は黒縄の軌道を最小限の動きで見切り、ミゲルの懐に潜り込んだ。 掌底。 呪力強化された一撃が、ミゲルの鳩尾に深々と突き刺さる。

 

「ガハッ……!?」

「オラぁ!!」

 

追撃の回し蹴り。ミゲルの巨体が砲弾のように吹き飛び、背後にあったビュッフェの屋台――『呪霊の串焼き・スパイシー風味』のコーナーへと突っ込んだ。 屋台が粉砕され、香ばしい煙と食材が舞い上がる。瓦礫と料理の山に埋もれたミゲルは、ピクリとも動かない。常人なら即死、術師でも再起不能のダメージだ。

 

「……たく、余計な体力使わせやがって」

五条が息を吐き、再び夏油に向き直ろうとした、その時だった。

 

「イタタ……効クナァ、流石ハ最強」

 

瓦礫の山が動いた。 ミゲルがのそりと起き上がる。その口元はソースで汚れ、右手には串に刺さった『焼き鳥(三級呪霊)』が握られていた。いや握られているのは串だけだ。身の部分は既に、彼の口の中にあった。

 

「んぐ、むぐ……ゴックン」

ミゲルがそれを飲み込んだ瞬間、カッ!と彼の全身からドス黒いオーラが噴出した。 へこんだ胸板がボコボコと音を立てて修復され、肌の艶が増し、筋肉がパンプアップする。

「ウマイ! 辛味噌が効いてテ、元気が出ルネェ!」

「……は?」

五条はサングラスの奥で目を丸くした。 回復しただけではない。さっきよりも呪力が増している。

 

「おいおい、嘘だろ。ダメージ無効化?」

「無効じゃないヨ、超回復ダ」

ミゲルは両手に新たな料理――『呪胎の唐揚げ』と『怨霊サンドウィッチ』――を掴み取ると、構えを取った。

「食えば食うほど強くなル。食えば食うほど傷が治ル。ここは俺にとって、無限の回復泉(オアシス)ダヨ」

 

五条は呆れ果てて、ポツリと言った。

「……お前、それなんてスマブラ?」

「ハッ! 『アイテムスイッチ・オン』なんダヨ。」

ミゲルはニヤリと笑い、生呪霊サンドウィッチを大口で頬張りながら言い返した。

「ズルいと思うなら、アンタも食えばイイ。パーティゲームニ、マナーなんてナイヨ」

「誰が食うかよ」

 

五条は構え直すが、その表情は険しい。

(面倒くさいことになった……)

倒しても倒しても、周囲にある膨大な「料理」を食って回復される。ゾンビよりもタチが悪い、無限ドーピングマシーン。夏油の「ビュッフェ形式」という悪ふざけが、ここに来て最悪の戦術的アドバンテージを生んでいた。

 

「サア、第二ラウンドと行こうカ! おかわりは山ほどあるゾ!」

ミゲルが唐揚げを噛み砕き、獣のような咆哮を上げた。 聖なる夜の新宿で、カロリー摂取と暴力の終わらない宴が続く。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。