吐瀉物に愛を込めて   作:マウスブン

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料理回なのでSAN値100でスタートです。


呪霊創作割烹『渦巻』

新宿の喧騒から一本外れた、ビルとビルの隙間にある薄暗い路地裏。 湿ったアスファルトと、どこからか漂う腐敗臭が鼻をつくその場所で袈裟姿の男と、ハミチン芸人が歩いていた。

 

「ここだ、ここだ」

羂索は、まるで隠れ家的なバーを見つけた大学生のように楽しげな声を上げた。

「ちょっと待ってよ! 雰囲気ヤバくない!? 絶対にカタギの店じゃないでしょここ!」

引きつった顔で後ずさりしようとする髙羽を、羂索は強引に背中を押して進ませる。

 

目の前には、雑居ビルの地下へと続く階段。 入り口には、禍々しい筆致で書かれた暖簾が揺れている。 『呪霊創作割烹・渦巻』

 

「いらっしゃいませ」

 

重たい引き戸を開けると、そこには予想に反して、高級割烹のような洗練された空間が広がっていた。 白木のカウンターに、間接照明。ジャズが静かに流れている。 ただ一点、板場に立っている男が、夏油傑であることを除けば。

 

「おや、お客さん。また来てくれたんだね」

夏油は人の良さそうな笑顔で、布巾で手を拭いながら出迎えた。

「ああ。ここは隠れ家として最高だからね。それに、彼にも一度本物の味を知ってほしくて連れてきたんだ」

「光栄だね。どうぞ、空いている席へ」

 

羂索は慣れた様子でカウンター席の中央に座る。 髙羽はおっかなびっくりその隣に座ったが、すぐに尻を浮かせた。

「……なぁ、なんかこの椅子、冷たくない? っていうか、座った瞬間『重い』んだけど」

「気のせいだろう」

「いや気のせいじゃないって! ほら見てこのカウンター! シミだと思ってたけど、よく見たらこれ、人の顔の形してない!?」

 

髙羽の指摘通り、白木のカウンターには、無数の黒いシミのようなものが染み付いていた。それはまるで、断末魔の表情を浮かべた何者かが、木目に吸い込まれたかのような痕跡だった。 食器棚に並ぶ皿も同様だ。一枚一枚が、微かに震えているように見える。 ここは夏油が趣味で始めた、知る人ぞ知る迷店。 食材にされ、食われた呪霊たちの怨念が、店内のあらゆる什器にこびりつき、天然のインテリアと化しているのだ。

 

「まぁ、大したことじゃないよ。それより注文だ」

羂索は意に介さず、手書きのメニュー(文字が蠢いている)を広げた。

「とりあえず、生ビール二つで」

「畏まりました」

 

夏油は手際よくジョッキを取り出すと、サーバーのコックを捻った。 注がれる液体は、黄金色……ではなかった。 ドプッ、ドプ、ボトボト……。 重油のように粘度の高い、漆黒の液体がジョッキに満たされていく。

 

「はい、お待ちどうさま。一番搾りだよ」

夏油はにこやかに、二つのジョッキをカウンターに置いた。

 

「さあ髙羽、乾杯しようか」

羂索がジョッキを持ち上げる。 しかし髙羽は動かない。いや、動けなかった。 目の前のジョッキの中身が、明らかに「液体」の挙動を超えていたからだ。

 

ポコッ、と黒い気泡が弾ける。 すると、ジョッキの中から、かすれた囁き声が聞こえてきた。

 

『……ビール……』 『……ビール……』 『……痛風……』

 

「ちょっと待てェェェ!!」

髙羽が立ち上がり、全力でツッコミを入れた。

「喋ってる! こいつ今、『ビール』って自己申告したよな!? 飲み物が自我を持つな!」

 

羂索は不思議そうに小首を傾げる。

「何を驚いているんだい? ビールと言ってるじゃないか。ラベルを見る手間が省けて親切設計だろう?」

「そういう問題じゃない! 普通、ビールは声を出さない! 喉越しの音はしても、言語によるコミュニケーションは取らないんだよ!」

 

髙羽の剣幕に、夏油が「やれやれ」と苦笑する。

「お客さん、心配しすぎだよ。これは『プリン体のおっさんの呪霊』を液状化させたものだから、あまり害はないよ」

 

「害しかないだろ!! プリン体そのものを摂取させようとしてんじゃねーか!」

「大丈夫だよ。アルコール度数は高いから、飲むと嫌なことも忘れられる」

 

「本当かよ……ここ、本当に飲食店として許可取ってんの?」

疑心暗鬼になる髙羽に、羂索は懐からスマートフォンを取り出した。

「心配性だねぇ。ほら、見てごらん。このサイトの評価を」

 

画面には、星4.5という高評価が輝いていた。

『雰囲気が最高』

『一度入ったら忘れられない』

『背筋が凍るような体験』

 

「え……星4.5? マジで?」 髙羽は目を丸くした。

「なんだ、意外とちゃんとした店……」

言いかけて、髙羽は画面の上のタイトルバーに気づいた。 『関東・心霊スポットランキング 2026』

 

「心霊スポットじゃねーか!!!」

髙羽はスマホをひったくった。

「飲食店としての評価を見せろよ! なんで廃病院とかトンネルと競ってんだよ!」

 

髙羽は震える指で『食べログ』アプリを起動し、『渦巻』を検索した。 結果が表示される。

 

総合評価:0.02

 

「低ッ!! 0.5未満とか初めて見たわ!」

さらにレビュー欄をスクロールする。そこには、日本語としての体をなしていない阿鼻叫喚が並んでいた。

 

『★☆☆☆☆ 入店した記憶はあるが出た記憶がない。気づいたら右腕が増えていた』

 

『☆☆☆☆☆ 呪霊です。仲間が目の前で刺身にされました。訴訟準備中』

 

『☆☆☆☆☆ 店主の笑顔が怖い。お通しの目玉が視線を合わせてくる』

 

「おい! 人間と呪霊のアンチコメントで埋まってんぞ! 『料理が冷めてた』とかのレベルじゃねぇ!」

髙羽が画面を突きつけるが、羂索は「口コミなんて当てにならないよ」と涼しい顔で、黒いビール(?)を煽った。

 

「味はこの店としては悪くないよ。少し怨念のエグみが強いが、喉越しは最高だ」

「ありがとう。最近はサーバーの洗浄(除霊)をサボっていたから、コクが出たのかもしれないね」

「衛生管理どうなってんだよ!!」

 

髙羽は頭を抱えた。

「なあ、ここできたばかりって言ってたよな? なのにこのレビューの怨念の量、尋常じゃないぞ。一体ここで呪霊は何人調理したんだ?」

 

夏油は包丁を置き、ふむ、と考え込んだ。 そして、ゆっくりと右手を挙げ、指を折り始めた。

「一、百、万……」

 

「増え方がおかしい!」

髙羽がドン引きして青ざめると、夏油は「ははは」と爽やかに笑った。

 

「冗談だよ、お客さん」 夏油は、かつてないほど冷徹で美しい瞳で、髙羽を見据えた。

 

「君だって今までに食べたパンの枚数を覚えてないだろう?」

 

店内が静まり返った。 ジャズの音色すら凍りつくような、圧倒的な強者の理屈。 特級呪霊も裸足で逃げ出すそのセリフに、髙羽は言葉を失った。

 

「……」

「……ほら、料理ができましたよ」

 

夏油は料理を出したが、カウンターのシミたちが一斉に『逃ゲロ……』と囁いたのを、髙羽は聞き逃さなかった。

 

「はっはっは! 年季の入ったお店だねぇ」

羂索は楽しそうに笑い、空になったジョッキを置いた。

「さて、お代わりだ。次は『呪怨霊の唐揚げ』でも貰おうか」

「あいよ」

 

逃げ場のない地下の迷店で、宴はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

「んぐ、むぐ……。うん、この弾力。噛めば噛むほど暴れ回る活きの良さ。悪くないね」

 

羂索は皿の上からアッパーカットを放ってくる『拳の呪霊の踊り食い』を、涼しい顔で箸で掴み、そのまま口へと運んだ。口の中でバチン、ドカッという打撃音が響くが、彼はそれを「食感」として楽しんでいるようだ。

 

その隣では、高羽が地獄を見ていた。 彼の目の前に置かれた大皿料理――『大口女の甘煮』が、あろうことか高羽の頭をまるごとバックリと飲み込んでいたのだ。

「!!??!!?!?!」

高羽の手足がバタバタと宙を掻く。 さらに、彼の右腕はサイドメニューの『呪霊ムカデの唐揚げ(半生)』に、左腕は『噛みつき亀の呪詛スープ』にガップリと食いつかれている。 もはや食事をしているのか、捕食されているのか分からない。高羽は必死に何かを叫ぼうとしているが、頭部が完全に胃袋の中にあるため、漏れ聞こえるのはくぐもった悲鳴だけだ。

 

そんなカオスな惨状を気にする様子もなく、羂索は口元の汚れをナプキンで拭いながら話題を切り出した。

 

「そういえば聞いたよ。伏黒恵くん、ようやく病院で外出許可が下りたそうだね」

 

「ああ、そのようだね」

カウンターの向こうで、夏油傑は爽やかな笑顔を浮かべながら、マナ板の上の呪霊(必死に命乞いをしている)に包丁を入れた。 ギャアアアアッ!! という断末魔が店内に響くが、BGMのジャズと調和して不思議と落ち着いた空間を演出している。

 

「彼も大変だったろう。宿儺に身体を乗っ取られ、あまつさえ最愛の姉を、その手で殺めてしまったんだ。精神的なショックは計り知れないよ」

 

全て宿儺のせいだと考える夏油は同情の色を浮かべつつ、手際よく呪霊の内臓を引きずり出す。

「それに……私の『ヘドロ』のダメージも大きかったからね」

 

そう。あの決戦において、宿儺を、そしてその器である伏黒恵を最も追い詰めたのは、五条の紫でも黒閃でもなく、夏油が「食べられない部分」を凝縮して作った、産業廃棄物以下の汚物だった。 あれが体内に入り、体内から完全に排出されるまでの数週間の間、伏黒恵は姉の死すら思い出させないほどの生理的嫌悪感と絶望を味わったと言う。

 

「ククッ……戦いは本当に残酷だよ」

羂索は楽しそうにビール?を煽った。

「その上、全世界への4K生中継だ。あの『呪いの王』が、腹を押さえてのたうち回り、最終的に茶色い奔流を垂れ流して敗北する様が、高画質で配信されたんだ。伏黒くんの顔でね」

 

社会的な死。尊厳の消滅。 現代っ子である伏黒恵にとって、それは死刑宣告よりも重い十字架だったはずだ。

 

「私も心配になってね。先日、滋養満点な御見舞いの品(※夏油の主観です)を詰めて持って彼のお見舞いに行ったんだよ」

夏油は悲しげに眉を下げた。

「そうしたら、病室に入った途端、伏黒くんが偶然発狂し始めてしまってね。『来るなァァァ!! 近寄るなあああ!!』って、錯乱状態で……。結局、あまり話もできずに帰ってきたんだ。だが元気そうで安心したよ、一時は寝たきりだったからね」

 

「はっはっは! それは不運だったね」

 

羂索が笑っている横で、高羽の痙攣が激しくなっていた。 頭を飲み込んでいる『大口女』が、ゴクリと喉を鳴らす。高羽の上半身がさらに奥へと引きずり込まれ、テーブルの上には彼の足だけがピーンと伸びている状態だ。

「~~~~~~ッッッ!!!!」

もはや呼吸ができているのかも怪しいが、誰も助けない。

 

カランコロン。 その時、店の引き戸が乱暴に開かれた。

 

「頼む!! お願いだ!! 食べてくれ!!!」

 

入ってきたのは、サラリーマン風の一般男性……の腕を無理やり引っ張る、涙目の『呪霊』だった。 呪霊は必死の形相で、怯える男性を店内に引きずり込んでいる。

 

「ひっ、ひぃぃぃ! 助けてくれ! 化け物が!!」

「違うんだ! 俺の仲間を食ってくれ! 俺の仲間たちを、お前の胃袋に入れて解放してくれよぉぉ!!」

 

呪霊が人間を襲うのではなく、人間に「捕食」を懇願する。 あまりにも倒錯した光景。

 

すると、ホール担当のタキシードを着た人型の呪霊が、流れるような動作で彼らの前に立った。

「いらっしゃいませ。二名様でよろしいですか? ご注文はお決まりで?」

 

爽やかな接客。しかしそのウェイターの背中からは、無数の触手が蠢いている。

 

羂索は感心したように口笛を吹いた。

「へぇ……そこそこ繁盛してるじゃないか。人間と呪霊の組み合わせでの来店とはね」

 

「ああ、ありがたいことにね」 夏油は包丁を置き、満足そうに頷く。

「最近、呪霊たちの間で『口コミ』が広がっているらしいんだ。『夏油に仲間が捕まって調理され続けるなら、人間に食われた方がマシだ』ってね」

 

究極の二択。 夏油のキッチンという地獄を味わうくらいなら、人間の胃酸で溶かされた方が安らかな死を迎えられる。 この店は呪霊たちにとっての「駆け込み寺(安楽死施設)」と化していたのだ。

 

「なるほど。捕食者と被食者の逆転……いや、これぞ真の『共存』か」

羂索はニヤリと笑った。

「これもまた、社会の多様性(ダイバーシティ)だね」

 

「ご注文は?」

ウェイターの呪霊が、震える一般人と、泣きつく呪霊にメニューを差し出す。だがその背後から音もなく夏油が近づく。

 

「オススメがあるんだ」

 

夏油の声がした瞬間だった。

 

ドシュッ!!

 

夏油の手から放たれた呪力の鎖が、注文を取っていたウェイターの呪霊を絡め取った。

「え?」 ウェイターが振り返る間もなく、その体は夏油の手元へと引き寄せられる。

 

「新鮮が一番だからね」

夏油は笑顔で、さっきまで従業員だったものをマナ板に叩きつけた。

 

「ギャアアアアアアア!!! 店長!? 私、シフト入ってま――」

 

ダンッ!! 鮮やかな包丁捌きが、ウェイターの言葉と命を断ち切った。

 

「すぐに出すよ」

夏油は一般人に向かってウインクをした。 一般人は泡を吹いて気絶し、連れてきた呪霊は「次は俺だ……」と絶望の顔で失禁している。

 

「フフッ、ハハハハハ!」

羂索は心底楽しそうに笑い声を上げ、ジョッキに残った黒いドロドロを一気に飲み干した。

 

「不味い! 本当に不味いな、ここの料理は! 最高だよ!」

 

その横ではついに高羽の足の動きが止まり、ダランと力なく垂れ下がっていた。 しかし店内の誰も気にしない。 新宿の地下、呪霊と人間が織りなす狂気の宴は、夜更けまで続くのであった。




ほら、ハリー・ポッターのホグズミードと似たような店ですよ。百味ビーンズがゲロ味しか出ないけど
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