ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
戦艦長門は護国の為の存在だ、と。嘗て俺は口にした。
世界で初めて重装備と快速を両立させることに成功した高速戦艦。
世界のビックセブン、その筆頭艦。
大日本帝国海軍の象徴的存在であり、旗艦。
国民が『戦艦を描け』と言われたならば、そのほとんどが先ず彼女の特徴的な煙突が描がくことになる。次点は陸奥、と言ったところだろうか。
戦艦と言えば、長門。日本国民からしたらその認識なのだ。
彼女は江戸の終わりから明治の初期にかけての十数年の間、その何れかに作られ始めた。そしてまず肉体―――と言うか、『戦艦長門』を内に秘められるだけの器が作られ、次いで魔術回路が設計・認可された。
その魔術回路の開発と稼働、そして搭載に試行錯誤した挙げ句に、ひとまず放置されることになり、外装作りが再開された。
ここまでは、あっさり終わった。
だが、肝心の魔術回路ができない。何回やってもできなかった。
これが数代を経ても変わらず、代々の先祖様方は長門の戦艦としての性能の向上にのみ腐心し、今頃になって魔術回路が完成することとなった。
戦艦長門は勝利の栄光を約束され、建造された艦なのだ。
「おぉ……これが鉄道と言う奴か……」
雪の降る中物珍しげに鉄道に停車中の電車をペタペタ触り、車輪を覗き見る。
綺麗に形作られたその相貌には初めて見る物への好奇があった。
「雪も降っているし……新たな発見ばかりで胸が熱いな」
「端から見たらただの季節感零の薄着馬鹿か重度の露出狂だけどね……」
犬か何かのようにあちらこちらに行っては俺の元へ戻り、また何かに目にいったらそちらへ。
国内で縛られ、課せられていたであろう重責から解放された一人の箱入り娘としての素のままの顔が、そこにはあった。
「長門、行くぞ」
「ああ」
英都、ロンドン。世界一の強国の誇る首都に俺たちが着いたのは二日前のことだった。
鉄道と船を乗り継ぎ、半身を母国へ残した長門を護衛に英国に入り、ロンドン内のホテルにチェックインする。
そこからロンドン発リヴァプール行きの鉄道へ乗り、新年を迎える前には王立機巧学院への編入を果たすと言うのが事前に建てた計画だったのだが……
「ぶてぃっく、か?」
「好きな服選べ。和服だけだと色々苦労することもあるだろう」
こうして長門を連れ歩き、日常生活を外国で暮らしていくとなると、足りない物が色々と出てきたのだ。
それは例えば服だったり、本だったりする。
旅行と学院生活は違うと。そう言うことだろう。
「サイズはこちらでよろしいですか?」
「??、?」
「構いません。そのサイズでお願いします」
頭にクエスチョンマークを浮かべて硬直している長門を軽く引っ張り、代わりに受け答えする。
英国風の豪奢な造りのブティックの中、日本語しか話せない長門を放置するのは流石にしくじったと言わざるを得ないな。海軍なんだからもう少し語学に堪能であってほしいが……ま、砲の着弾点と角度が計算できるんだから良しとするか。
「おぉ……大佐、貴様は英語を話せるのだな!」
「……社交場でも話してたけどね」
凄まじく今更な話題を振ってくる長門の表情は、純真無垢な子供のそれと通じる物があった。
こいつに課している重責は、俺が与えた物。
それから解放されたこいつは、こんな屈託ない笑顔を見せるのか。
誰も知らないであろう長門の一面を見て嬉しい反面、心が痛む。
こいつは、無理をしていたのかも知れない。
自分を雁字搦めに縛って、律して、必死に『こう在るべし』と考える自分で在り続ける。
いつしか自然と自分を厳しく律し、素の部分を隠せていたのかもしれないが……
「それはそうだが、改めて凄いものだなと思ってな」
何かしらの切っ掛けを作ってしまえば、心の仮面がポロリと外れる。
それは例えば今のような外的要因が齎すこともあれば、心理的にさざめいてしまい、崩れることもあり得るんだろう。
「次はどこへ行く?私はどこでもいいが、今は昼時。なるべく早めに昼食を―――」
「長門」
買った服にその場で着替え、角のようなヘッドギア以外は艤装の面影を残さないまでに『人』となった長門の手を引っ張り、問いただそうとした。
―――お前は無理をしていたのか?
―――何かそうならざるを得ないことがあったのか?
―――常に心の仮面を取らずに居て息苦しくはないのか?
「?」
寒風に吹かれても艶を失わない濡れ羽色の髪に釣られるように、マフラーもまた風に靡く。
その美しさ以外はなんら人と変わらない、一人の子供っぽい女性がそこにはいた。
「……昼食に、しようか」
「ああ」
歩く先々で、男女のペアとすれ違う。
お似合いとしか言えない組み合わせも居れば、明らかに釣り合っていないであろう組みもいた。
父と子らしき二人もいれば、母と息子らしき二人もいる。
「今日はクリスマスだからか、こんなに男女の逢い引きが多いのは」
「くりすますとは、なんだ?」
「イエスとやらの聖誕祭だか復活祭だ。俺もよくは知らないけど……こういう行事にかこつけて逢い引きに勤しむ気持ちはわからんでもない」
「これが、クリスマスか。ふうん……そうか」
聞いておきながらあんまりな反応を返す長門に苦笑しつつ、ヘッドギアに積もった雪を軽く撫でるようにして払う。
やっと止んできたのだから、少しくらいは気を使ってやってもいいだろう。
というか、素っ気なさげだというのに、どこか優しく、柔らかい印象を受けるのは何故だ?これも素が出ているからなのか。
いや、言葉としては凛々しいのに発音的には柔らかいのはいつものことかな?
「……いや、まて。逢い引き云々は兎も角、イエスとやらは復活したのか?だとしたら、そいつは本当に人間か?」
そっけない返事を会話の終了と誤認して物思いに耽っていた俺の耳に、冗談ともなんともつかない一言が飛び込んだ。
こちらが真剣に考えているというのに、凄まじくトンチンカンな言葉が悩みの元の口から出る。
内容も含めて冗談としか思えないこの状況。
冗談だったら笑えば済むが、長門からして見れば至って本気。真面目に『イエスとやらが復活した』と言うことに疑問を呈しているのだから、質が悪いと言えるだろう。
「人間はほら、しぶといから。案外と死ぬ死ぬとか言っても死なないものだしね」
「嘘を付いたということか?ならば何故嘘つきの生まれた日を祝うんだ?」
「嘘も方便。使いどころと使い時が巧妙だったんじゃないの?」
会話を終えてふと空を見上げると、顔に白い何かが降ってきた。
冷たい。ということは、これは雪だろうか?
「止んだと思ったら降り出したな」
「……ホワイトクリスマス」
身を縮めるようにこちらへ寄ってきた長門を横目で見た後、周りの人々が何やらしきりに呟いていた言葉を口にする。
「どうやら雪が降ってるクリスマス……ということらしいけど」
「ほう」
「関係ないね、別に」
ホワイトだろうがブラックだろうが。寧ろクリスマスと言う行事そのものが、日本国民たる俺には関係のないことだ。
「いやに素っ気ないな」
「他に考えることが出来たんでね」
見るからに高級そうな料亭……英国風に言うなればレストランに入り、メニューを一々訳してやりながら決めていく。
心ここにあらずもいいところだが、注文して食べて会話してくらいならできるさ。
「お疲れ様、長門」
結論。とりあえず今日くらいは労うことにした。
まあ、元々の使用目的が平気なわけだから。仕方ないっちゃ仕方ないでしょ、これは。
俺が下手に『人』として見てるからこんなこと考えちゃうのかもしれないけどね。
でもまあ、とりあえずは労うさ。
頑張ってくれていることだけは、確かなんだから。
「貴様こそ、いつもお疲れ様だな。今日くらいは一緒に飲もう」
運ばれ、注がれたワインを片手に持ち、軽くカチリと飲み口をあわせる。
「「乾杯」」
少し、いつもよりも夜は長くなりそうだった。
読了ありがとうございます。感想・評価いただけると幸いです。