ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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情勢

「……そう言えば」

 

ホテルで過ごす、最後の夜。思い出したように彼女はあることを呟いた。

 

「貴様は親英派でもあったのだな。私はてっきり親米一直線みたいな男かと思っていたぞ」

 

俺が日本を出立する直前、四カ国条約で破棄された……いや、米国の手によって日英同盟が破棄させられたことが国内にふれ回られ、国内には反英感情が蔓延していたのだ。

 

世論に引きずられる形で外務省は勿論のこと、軍内でもその様なことを人目をはばかることなくほざく阿呆どもが増えてしまったのを半ば強制的に論を根絶やしにしてきてから、俺は英国へと旅立った。

 

こいつはまあ、そんなようなことを指して言ってるんだろうけど……

 

「と言うか俺は最初っから親英派だ。米国とはことを構えるなと言っているだけで、仲良くしろとか追従しろとかは言ってないだろ?」

 

「……何故だ?」

 

「米国は善人で、英国は利己的だ。善人そのものの隣人を持つとろくなことにはならないし、独逸はフレデリック大王以来組んでもろくなことがない。仏蘭西は弱体化したし、伊太利亜は論外。中国は内ゲバが凄まじい。露西亜は国体がガタガタ。組むのは英国しかないだろ?」

 

仮想敵国は依然として米国だ。最近台頭してきている国だし、度々こちらを挑発してくる態度から考えてもいずれはぶつかる。

 

ことを構えないのが一番だが、一番だけに固執していては視野狭窄を招くだろう。

いつもいつも、こちらの外交官の予想外のことが怒るのが当然な国際社会の情勢だ。あちらさんでは『欧州の情勢は複雑怪奇』の一言で終わりかねないわけだし、予想できることに対する策は練るだけ練っておかないと後で必ず後悔する。

 

まあ、戦線を広げないことと英国が味方であることが前提でしか勝てないんだけどね。軍の強さは勝ってるだろうけど、生産力では向こうの圧勝。さっさと完勝して和平交渉に持ち込まなければ勝ち目はない。

 

その調停者としての英国だし、英国がこちらを全力で支援してくれるならば、勝つことすら不可能ではないかも知れないのだ。

 

実際何度か勝ってる。艦隊が半分沈んだが、勝つことには勝てた。

 

恐米家で親英派。それが俺を現すに相応しい表現だろう。

 

「善人と言うのはよいことじゃないか?悪人よりは遙かにマシだし、利己的と言うのは……好みではない」

 

「利己的なら行動が読めるし、行動に付随する理屈もわかる。うまいこと誘導するのもいいさ。善人は意味が分からん。その代表格が先の大戦時の大統領であるウィルソンだ」

 

『秘密外交の廃止』は先の大戦中に英仏伊日などの主要国が結んだ約束をチャラにし、アメリカの都合のいいようにやり直せと言うこと。

 

『航海の自由』は英国―――敢えて言うなれば、大英帝国の勝ち取った海上覇権を認めず、自分の好きなようにやらせろと言うこと。大英帝国に対しては勿論、太平洋を庭にする日本にも喧嘩を売っている。

 

『民族自決』は、聞きようによっては素晴らしい。主権国家を持たない少数民族に対し、その意志と能力があれば主権国家を持ってよいのだと言っている。

ああ、素晴らしい素晴らしい。インディアンとは何だったのか。ハワイアンとは何だったのか。少数民族でないとでも言うのだろうか。

お陰で元オスマン・トルコは今日も血を血で洗って戦い続けてるよ。中東では硝煙の臭いが途切れないよ。

何せほら、意志はあっても能力があるかどうかは『戦ってみなくちゃ分かんないから』ね。バルカンでは火薬庫爆発だよ。中東ではもう泥沼だよ。素晴らしいかな、民主主義の宣教師、自称『神の子』ウィルソンさん。

 

十四箇条の平和原則は、大英帝国に喧嘩を売り、フランスに喧嘩を売り、大日本帝国に喧嘩を売り、ハプスブルク帝国とオスマン・トルコを八つ裂きにし、紛争地帯を二つも産みだした。素晴らしいじゃないか、平和原則。もう、何も言えないね。

 

今はどうだか知らんが。こんな凄まじい行動を自分が正しい。自分は善人だと言う認識で行ってくれる有り難い国は信用できん。日本は帝国だ。自国の利益が第一なんだよ。

 

「つまるところは、そういうこと。利己的な方がいくらマシでしょ?」

 

「……悪意のこもった解釈だな、貴様」

 

「お前を説得するにはほら。過激な言葉も必要でしょ?ま、何事も捉えようだよ。俺が米国を嫌いで怖くても、お前がそうなる必要はないさ。俺も色んな見方持ってるしね」

 

結果的にはそれで幸せになった人もいるだろうし、後の世から見たら俺なんかが危険分子なのかも知れないけど、全ての人間が同じ見方をしていたら、ほら。ストッパーがなくなっちゃうしね。

 

「だから、敢えて?」

 

「常に頭回してると他の視点でも見たくなんのよ。バルカン半島の情勢の変化を肉眼で見たから、尚更なのかも知れないけどさ」

 

誰もがとは言わないが。そこに確かに笑顔があった。貧しいながらも幸せがあった。

今はもう、そこには瓦礫と血溜まりしかなかったけど。

 

「初めて見たんだよ。戦争ってのをさ」

 

「……そうか」

 

「凄惨すぎて思考が止まったね、アレは。本当に、ゼンイから生まれた地獄だったから」

 

海軍でよかったと思ったし、兵器を作るのをやめたくなったりもした。だけど、止めるわけにはいかない。

 

日本がああなるのは、嫌だから。

 

「まあ俺もこうして感情が混ざる以上、外交には向いてないし、地獄を見て泰然とは居られないから現場の指揮も向いてない。考えるだけ考えて、お前にだけ心中を吐露して、後方支援に徹して補給のプロになるさ」

 

血の赤色。崩れた瓦礫に、転がる腕。やけに醒めた記憶は色褪せることなく脳髄に在る。

 

忘れたいと、思ったことがある。

 

だが、忘れていいと思わなかった。思えなかった。

 

一つの国の、一つの政策。それが直接的な原因ではないかもしれないがの、引き金を引いたことだけは確かだろう。

 

「………」

 

何やらこちらを覗き込んでいた長門の顔を見て、苦笑した。

 

弱味は見せないことを貫いてきたのに、しくじったな。

慣れない土地に浮かれていたのは俺の方だったか、と。自重気味に杯を呷る。

 

「……トラウマか?」

 

「あ?」

 

「思い出したくないのに思い出される。だが忘れてはならないのだと、そう思っているのではないか?」

 

……馬鹿が。

 

先ほどまでは、楽しそうだった。

ついさっき渋い顔をして、今は明らかな悲しみがある。

 

……馬鹿が。

 

心中でもう一度、刻み込むように呟いた。

 

こんな場で本音を出す俺は馬鹿だ。だが、他人ごとにそこまで心を砕くお前も馬鹿だ。

 

所詮は他人ごとなんだから、笑って受け流せばいいだろうに。

 

「……別に、そう言う訳じゃないさ」

 

「……」

 

無理して自分を偽らなくても、いいんだぞ?

 

そう言おうとして、口を噤む。

いつも被っていた仮面崩れ落ちそうになっている彼を見て、彼女はふと思いだしたのだ。

 

―――彼には母親とか、父親とか。肉親が早世していたのだったな。

 

自分があったときは、まだ幼さの残る少年だった。あの頃から何かを隠しているような素振りはあった物の、深く知る前に離れざるを得なかったからよくは知らない。

 

次に会ったときは、色々凄まじかった。

出会い頭に求婚され、バッサリ断り。それが原因でギクシャクすることもなく、さらりと受け流されて手玉に取られた形になり。

 

「嘘じゃないさ」

 

どこか悲しげで、寂しそうで。おどけながらも辛そうな顔をしている彼ままでは居てほしくない。

 

普段はからかわれていたりするが、あの温い感じが好みなのだ。

 

「ん」

 

いつも好きだ好きだと言っているならば、そしてそれが本心ならば、軽くでも抱きしめれば元気を出してくれるんではないだろうか。

 

そんな計算もあったが、彼女の本能が仄かに『そうすべきだ』と疼いたのだ。

主に、母性が。

 

「何のつもり?」

 

「いや、見ていて居た堪れなかったのでな」

 

軽い驚きを漏らす彼を、包み込むように抱きしめる。

 

「なんだ。こういう時に何を言っていいのかはわからないが……」

 

「いい匂いだな、お前」

 

不器用ながらも、あくまでも真面目に。

その誠実さを以て励ましの言葉を送ろうとしていた彼女の元に、そうとうぐらつく一言が突き刺さった。

 

「な、なんだと?」

 

「そしてアレだ。柔らかいし、弾力性にも富んでる。何よりも張りがある。我が先祖ながら……完璧じゃないか、コレは」

 

枕として最高だ。

 

そう言わんばかりにもたれかかられた瞬間、思いっ切り突き飛ばす。

 

「心配した私がバカだった」

 

その心胆から発せられることなく、恥ずかしさのあまり漏れた言葉に呼応するように、後頭部を強か打ちつけたことを気にするでもなく、彼はサムズアップと共に言い張った。

 

「おうとも、お前は馬鹿だな」

 

当然殴った。




前半のシリアス?しらねぇなぁ、そんなもんはよぉ!

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