ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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誰しもが他人のために身体を張れるわけじゃない。
誰しもが自分の身を危険に晒してまで他人に尽くしたいと思うわけじゃない。

誰もが英雄になれるわけじゃない。

ちょっと冷酷なくらいに他人に無頓着で、利益に聡い。一に国益、二に自分の命。こんな主人公でもいいんじゃないでしょうか。

ほら、主人公らしさは長門が何とかしてくれるさ。後付け良心回路みたいなもんだし。


官僚

「本体ではないとは言え、戦艦が汽車に乗るってのは少々笑えてこない?」

 

「……別にそれほどでもない」

 

殴られた後に気絶したふりをし、起きたふりをしたら記憶喪失のような素振りを見せて反応を楽しみ、結果として朝まで過去のネタまでをも引っ張り出していじり続けていたから臍を曲げたのか、いつになく淡泊な解答が返ってくる。

 

「……ふん」

 

つーん、と。本気で怒っているときのツーンってほどでもなく、かと言ってすぐ許すわけでもない。

謂わば反省を促すかのような怒りっぷりの長門を視界に納めて脳髄に保存しつつ、意識を汽車が走行中に立てる特有の音に耳をそばだてる。

 

「……おい」

 

一定のリズムで振動を刻みながらも、機関部を通して伝わる微かな音と車輪のリズムは、何かしら―――或いはどこかが『ズレていた』。

 

「おい!」

 

「ん?」

 

「こう……私に何か言うことはないのか?」

 

「濡れたような黒い髪が艶やかな光沢を放ち、鍛え上げられた肉体が織りなす脚線美と見せつけるようなヘソ出しルックから顔をのぞかせる腹筋が非常に健康的な女性らしさを強調している―――だが、そんな細身の身体に反逆するような胸部は素晴らしい質量と柔らかさを併せ持っているな。

なんてワガママな女だ、長門。性格と身体の正反対っぷりが実にいい。結婚を前提に付き合ってくれな―――」

 

顔を包み込むように、細身の指が顔を覆う。

 

「公共の場で、戯けたことを高々とほざくな……!」

 

鷲掴みと言う言葉が実によく似合うこの状況。この期に及んでも加減を忘れない長門は正に軍人の鏡だろう。

 

「長門、一つ訂正したいことがある」

 

彼の顔を鷲掴みにしていた長門の指が突如として空を切った。

 

「何?」

 

手にあの嫌な感触がないのだから、潰してしまったわけではない。

正に空気を掴み損ねたように、大佐は彼女の手から逃れていた。

 

「戯けてはいない。俺はいつでも大真面目だよ」

 

今まで座っていた席の隣。対面から斜面に向かうように移動を果たした大佐は、呆気にとられたような表情を隠せない彼女を見て一笑しつつ、言った。

 

「逃げるぞ、長門」

 

おもむろに窓を開け、そのままふらりと身を踊らせようとして―――

 

「待て」

 

「何かな?」

 

あっさりと襟首を掴まれ、自由落下に入りつつあった身体が静止する。

 

窓は再びピシャリと閉められ、正面には冷静さを取り戻した長門の凛々しい相貌があった。

 

「逃げるとは何からだ?」

 

「刻一刻と迫る死から」

 

この汽車は機関部がおかしい。有り体に言えば故障していると言える。

通常に比べて加速しやすく、止まりにくい。いつもの調子で減速、ブレーキを開始したならば、確実に大惨事が起こるだろう。

 

いとも容易くそう考えついた彼は、自らに選択肢を示した。

 

止めるか、逃げるか。

 

利害得失のみで計算を開始し、彼は情を切り捨てて判断することを決め、決断した。

 

―――逃げる。

 

ここで止めて得られる利益は少ない。鉄道会社からは感謝されるだろうが、同時に恨まれもするだろう。何せ社員の不手際を晒し、マイナスを補っただけなのだから。

風評も手伝い、鉄道会社は確実にマイナスのイメージしか持たれない。

 

プラスは、一時の名声。

 

マイナスは、鉄道会社からの恨み。

 

リスクは、長門の負傷と性能の開示。

 

「わかったか?」

 

「ああ」

 

いつになく物分かりのいい長門に感謝しつつ、閉められてしまった窓を開けようと身体を翻す。

 

「止められるんだな?」

 

背後からかけられたのは、確認の声。

 

「逃げるけどね」

 

その声に含まれた善性の意志に引っかかるも、人払いの魔術の痕跡を消す作業にかかる。

 

隣には誰もいない。人払いの魔術の効果もあってか、通りがかる者すらもいない。

つまるところ、逃げるに際してのリスクと損益は皆無なのだ。

 

後は魔術の使用痕跡を消せば完璧だろう。

 

「では、行くぞ」

 

「待て、どこに行くつもりだお前」

 

そんなふうな楽観視をあざ笑うように。根底からの条件を、彼の相棒がぶち壊した。

 

彼は手段を問わない。経過も問わない。最終的な勝利を至上とするし、武人としての意地もなければ、軍人としてあるべき執着もない。

他人の命より先ず自分の命。他人を蹴落とし、突き落としながら前へと着実に進む―――謂わば、英雄性もなければ、そう在りたいとする勇気もない、官僚気質の男だった。

 

どうでもいい不特定多数の命よりも、自分の勝利の確率を上げる。自分が勝利すれば日本の役に立て、より多くの人が結果としては救われるからである。

まあ、彼は他人を救おうなどとは思っていないし、技術を以て他人に裕福な生活を与えようなど思いもしない。

 

国が豊かになればそれでいい。国の役に立てればそれでいい。

 

国の豊かさと国民の生活に於ける豊かさがイコールではないと、彼はよく知っていたからこそ、国を取った。

 

完全なイコールではないと言ってもニアイコールではある。国が富めば国民も富むが、国民が富んでも国は富まない。逆はないからこそ、国を取ったのだ。

 

自分のやれるところしかやらないがために現場任せな、されど芯が通った官僚。これが彼を一番らしく現していた。

 

仕事ぶりと割り切りの早さは某石田家の佐吉殿によく似てるとか何とか言われ続けてはや五年。『俺は濁も飲めるよ』『あと三成みたいに他人には尽くさないよ』と返し続けてはや四年。

 

「無論、この汽車を止めにだ」

 

こいつが左近かよ。だとしたら何て身勝手な左近なんだ。

 

彼とは違って武闘派で、英雄性を内包したまま生み出され、有り余る程の勇敢さと決断力を持ち、自分よりも他人を重視する軍人らしい戦艦。

 

「その英雄的精神は素晴らしい。だが、俺はそこに一片の価値も見いだせないんだけど?」

 

「貴様も軍人だろう」

 

軍人足るもの、無力の民の為に身体を張って戦う。侮らず、傲らず、高ぶらず。その身を粉にして戦い抜く。

 

それが長門の考える軍人の理想像なんだろう……が。

 

「俺は大日本帝国の軍人だ。庇護すべきは大日本帝国の国民であり、見ず知らずの奴らじゃない。リスクがないなら兎も角、勝率が下がるとなればなおさらだ」

 

「大日本帝国の国民が乗っているかも知れないだろう」

 

「乗る前に乗員乗客の情報を余さず調べたから断定させてもらうけど、俺たち以外に大日本帝国の国民はいないよ」

 

ぐぬぬ…とでも言いそうな顔でこちらを見る長門を見て、ため息を付く。

 

馬鹿じゃないのか、こいつは。何故見ず知らずの、庇護する義務も責務もない者共の為に命をかける?

全力の長門ならば兎も角、今は半身を日本へ留め置いている―――謂わば不完全な状態だ。

 

「自分の身を省みない勇気は蛮勇でしかない。でも―――」

 

「でも、何だ?」

 

「女に惚れた男の弱みだ。手伝ってやろう」

 

角付きヘッドギアあたりに手を置き、髪を崩さない程度に撫でつける。

 

いつものように抵抗したりしないことに何か物足りないものを感じたり、感じなかったりする。

 

全く、長門は靡かないから長門だと言うのに……

 

「……素直じゃない奴だな、貴様も」

 

「ん?」

 

そんなことを考えながら車掌の元へと赴き、事情と身分と資格を説明した上でキッチリと許可を取って機関部へと移動。

そこで軽い応急処置を施している最中に、後ろに佇む長門が聞き捨てならないことを言った。

 

「何だかんだで真面目に直すところを見ると、貴様にも良心と言う物が―――」

 

「ないよ?」

 

トンチンカンなことを言う長門を一瞥もせずに作業を続けながら、告げる。

 

「どうでもいいもん、これに乗ってる乗客がどうなろうが。心底、心胆からどうでもいい」

 

「では何故真面目に修理に取り組んでいるんだ?『強制支配』をすれば済んだ話だろう」

 

一通りの修理を終え、軽く首を回す。

 

「気位だ」

 

何世代も続いた技術者の家系としての、な。

 

「『強制支配』に関しては………そうだな、俺はお前を人として、女として見ているんだけど……わかってくれてる?」

 

「ああ。貴様は私を一個の存在として扱ってくれていると言うことは承知しているし、感謝している。この身を人として見てくれているのは、貴様だけだからな。流石にわかるさ。

女としてはまあ……あれだけ言い寄られているから、何だ。身に染みているぞ」

 

「そう。まあ、俺は何故『強制支配』しないのか?って聞かれたら、こう答えようか」

 

無理矢理言うこと聞かせて服従させるのは、趣味じゃない。ってね。

 

「いずれ合意の上で手に入れるさ」

 

「……めげないな」

 

「そりゃまあ、男だから?ってのが、建前だ」

 

煤で汚れた手と顔を拭いつつ、目の前にいる女を見つめる。

 

ああ、綺麗だ。

 

清濁併せ呑もうと、生きている内に全てをやりきろうとして濁りきった俺とは違う、澄んだ水のような美しさ。

何もかもが正反対で、だからこそ尊い命の輝き。

 

在り方全てが好ましい。

 

無理矢理服従させ、汚したくはない。

手に入れることで、どうなるかはわからないが―――そうだな。

 

「お前にずっと、恋い焦がれていたいんだよ」

 

たぶんそれが一番幸福なんだろう。

 

輝きを失わせずに手に入れたい。

手に入れたら、他ならぬ俺の手で汚してしまうかもしれないけど。

 

「俺に靡かないお前が好きだよ、長門」

 

嘗てないほどの、あまりにも直球すぎる求愛に頬を赤らめながらも疑問を抱えたような顔をしている長門の背中を軽く押し、声高らかに言い放つ。

 

「ほら、行くぞ英雄」




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