ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
年は明け、冬が過ぎ、雪が溶けて春が来た。
「陸軍からの電報だ」
ある程度調子を取り戻した長門が戸から顔を出し、桜を観賞中の大佐に声を掛ける。
「あぁ、そう」
興味なさげに一瞥して壁に吊り下げられたクリップボードに留め、一欠伸。
「やる気がでないなぁ、どうも」
「仕事を全て終わらせたのだから今の余暇の時間は余暇として堪能すればいいだろう?」
情報の収集と工具や鋼材の確保、新兵器の設計図と模型を大使館在住の金剛(金剛型戦艦に分類される高速戦艦群の一番艦。大佐主導の留学直前突貫工事で31,720tで30ノットを叩き出す化け物に魔改造され、一足先に英国大使館へ着任した。外交艦の役割を果たす)に運んでもらった結果、『こなした仕事量が異常すぎて身体の調子が心配だから休め』とのお達しを海軍艦政本部から直々にいただき、手が空いてしまったのである。
「…………長門、紙と万年筆持って来い」
お陰で彼は死ぬほど暇だった。森をネタに長門をからかう元気すらないほどに大佐は暇を囲っていた。
無言で差し出された紙を卓上に置いて万年筆で何やら書き始めたと思ったら、止まる。
「あぁ、日本の公用語は日本語だったな……いやでもテストは英語で出るだろうし……」
数ある雑多な紙の中から六枚引き抜いて用意したのちに三枚を全て英語と記号で、残りの三枚を日本語と記号で書き終えて、渡す。
「これは?」
「ここに来るから良しなにって言われたからな。まあ、試験百位以内に入る方法をこう……適当に?纏めた。プランD、所謂アンチョコですね」
窓から上半身を垂らすという、一歩間違えれば大惨事な行動に出た大佐を首根っこ掴んで引っ張り起こしながら、長門はしげしげとアンチョコを眺める。
「何故ハングルも添えてあるんだ?」
「向こうからやってくんならそっちの方が読みやすいかもしんないだろ?
当たり前のことを聞くなよ、当たり前のことを……」
またも窓に手を掛けて外へ外へと視線を移す彼を後目に、戦艦長門は外へと出た。
「……今日は直前演習か」
門をくぐり、リヴァプールの大使館へ留学生に渡す物があるからと言うことを伝え、その言伝と共に茶封筒に入れた例のアンチョコを渡したところで、気づく。
今日は夜会―――正式名称は『ヴァルプルギスの夜』であるが、略称の方が半ば正式名称のような扱いを受けていた―――の前にある最後の機巧演習があるのだ。
そこでは意地と意地のぶつかり合いであったり、或いは傭兵じみた行為による小遣い稼ぎを狙った実力の誇示であったり、夜会前に徒党を組むために相性のいい相手を捜したり、と。
まあ、特に今回は様々な意図と思惑が入り交じるであろう演習であることは確実だった。
「……今回はどうするつもりだろうか」
一回目は、砲火によるごり押し。
二回目はわざと精密さを欠かせた狙撃中心の戦法。
事件以来今まで、忠実に彼の言う戦いを実行してきた身としては三回目はどうするのかと言うのは非常に気になるところだった。
「作戦、か……」
帰って聞いてみて、彼はぼんやりとしたまま押し黙る。
「今俺は陸軍の致命傷になりうる知識的欠如を改善するべく高官にレポートを送る為に忙しいんだが」
確かに、帰ってきたら何やら軍正式採用のレポート用紙にせこせこと万年筆で書き込んでいる大佐の姿があったから察せることには察せた……が。
「どうやって仕事を発掘してきた?」
「前に頼まれて先延ばしにしていた陸軍の案件を片付けられることに今気づいてな。だから発掘してきたと言うよりは分野を変えたと言った方が的確だろう」
題は、『日露戦争に於ける砲弾供給に見る日本陸軍の補給観念』。
題名だけで何が欠落しているか、或いは何を直すべきかが一目でわかる資料は素晴らしいと常々こぼしていた彼らしい題名であった。
まず日本陸軍は日露戦争に当たって近代戦に於ける砲弾の消費量を甘く見てしまい、その砲弾供給が追っ付かなかった所為で(と、彼は弁護してやった。実際は指揮官と参謀長の無能であるが、そこは散々突かれてきたことなのでそこを突いてしまうと半ば意固地になることを彼は知っていた)旅順で無為無能の輩が貴重なる兵卒を肉弾と消費し尽くしてしまったことをから始まり、その頃砲弾の生産を担っていた大阪では一日三百発しか作れなかったこと、それでは当時の大砲ですら速射砲ならば七分半、現在の生産ならば三分かからずに撃ち尽くしてしまうほどに脆弱な物にすぎないと書き、良い性能の大砲を設計してやったのだから最大限に活かしてもらわねば割に合わない、と恩を盾に脅し、新たな速射砲の設計図とその一分の消費量に当たる弾数を書き、その消費量に見あうだけの工業を促し、最後にこの速射砲にあぐらをかかずに独自に研究を続ける旨を書き、終える。
「絶対通してもらえないぞ」
「通すよ、奴ら。俺には兵器開発者としての利用価値があるし、意地を張る無能は蹴落とさせたから。
今の軍部のトップは三十代とかそこいらのまともな軍人ばっかだしね」
日本の兵器の開発を一手に担っていると言うと語弊がある。だが、その基礎となる技術は彼が生み出したものである。
つまるところ、彼は大佐ながら目に見えぬ権力を持っていた。上官の首を複数切っても何の弊害のない程の、権力を。
「陸軍の若い士官を海軍に、海軍の若い士官を陸軍に送って相互理解を促す交換留学みたいなのも粗方巧く行ってたし、これからは陸軍は海軍に理解のある山下少佐に、海軍は陸軍に向かわした井上中佐に色々頑張って欲しいとこだね」
「いつか後ろから刺されるぞ」
「やだな。何回か刺され掛けた挙げ句に『これ以上首切りはやめろ。人事部長が行っているとは言え、黒幕の存在が知られすぎた』ってことでここに飛ばされてきたんじゃん」
人事部長は飛ばされなかったし、何の咎めも無かったから黙認されてるんだろうけど。
いや、黙認しそうな御方しか残してないんだから当然っちゃ当然の結果なんだよねぇ……
「まぁ、硬直しつつあった人事を打破するには血を流さなきゃいけないし、何かしら犠牲とか憎悪の標的とかが必要なのよ」
「自分の身が惜しくないのか、貴様」
「馬鹿、何言ってんだ。惜しいよ、勿論。だから一部の馬鹿が後先考えない行動とらない限りは大丈夫な環境と地盤作ってから首飛ばしを始めたんだけど?」
「もしその馬鹿が蜂起したらどうする?」
心底心配そうな声音と、いつもよりも少し垂れている目が向ける眼差しを見ればわかる。
「その時私が側にいなかったらどうする?」
こういう暗躍とか権力の濫用とか、職掌から離れた蛮行を嫌う真面目すぎるほどに真面目な長門は、恐らく俺を心配していて、それが見せかけの物ではないということくらいは。
「……貴様は、死ぬしかないじゃないか」
「そういう時は、死ぬさ」
多分殺されるのも自殺すんのも嫌で中途半端に死ぬことになるけど。
「死にたくないんじゃなかったのか」
「死にたくないけど、国家の安寧と発展の為に死ぬ覚悟はいつも決めてる。
俺の方針と覚悟は違うんだよ」
「それで汚名が被せられてもか?」
少し泣きそうな顔をしている長門の顔を見て、少し驚く。
あらら、こいつってこんなに俺に情沸いてたんだ。嫌われてると思ってたんだけどね、こっちは。
「名を残して国の為になるか?」
「……だが、辛いだろう。自分のやってきたこと全てが汚されるのだぞ?」
「その頃には辛いと感じる心がないから何とも。人は死んだら灰になる。灰に辛さは関係ないさ」
空は青く澄み渡り、どこかの生真面目戦艦のように綺麗だった。
因みに演習は、サボった。
読了ありがとうございます。感想・評価いただき感無量です。