ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「………汽車が事故った」
「何?」
片目の眉を少し瞳に被らせ、まさかと言うような疑いの表情になった長門の顔を寝ながら見上げ、こぼす。
「正確には『事故りそうになった』か。辛うじて乗り合わせていた自動人形と人形使いが列車を緊急停止させた……らしい」
「日本大使館は……」
「後始末って、ことになるわな」
止めたのが陸軍からの留学生なんだから、と。言外にそう臭わせ、程良く引き締まりながらも女性らしさを失わない太股で寝返りを打つ。
今まで目に入っていた紅い瞳と凛々しい相貌は視界から消え、白く塗装された壁が視界を塗り尽くした。
「……どうにも最近、馬鹿共の変態軌道のお陰で計算が狂う」
「う」
耳が痛い、心が痛い。その馬鹿の内の一人に見事入っている彼女は、少しすまなさげに目をそらす。
「利己的な奴がいい。というか人ってのは自分が第一で、他が第三だろ……?」
ふてくされたかのようにブツブツ言い始め、挙げ句の果てに床をカンカンと指で打ち始める。
女性の太腿を枕にしながら指を床に打ち付けるその姿は、端から見たら完全にダメな男でしかなかった。
「……汽車、鉄道か」
機動力も申し分ないし、大量の資材を運ぶこともできる優秀な技術の結晶。ただし個人的には事故りやすい偏見があったが、それは後々改善していけばいいし……その圧倒的な運搬能力を兵器に活かせないものだろうか。
「列車砲……設計だけでもしてみるかな」
「……相変わらず突拍子もない発想の飛躍だな」
今回はそれほど思考が連携して飛んでいるわけではないが、それでも事故からその着想は沸かないだろうし、何でもかんでも兵器に転用する思考というのも如何にも彼らしい。
アメリカで始まった『列車砲』と言う兵器は今各国が研究に勤しんでいた物の、日本ではその方面は―――一人で技術を飛躍させる彼の思考の指針がそちらへ向かなかったために―――まだまだ未知の部分が多いし、何よりも日本では使う範囲が限られている。
日本は基本的には島国であり、敵国とは海という防壁を経由して戦うことになるからだ。故に列車砲の優位性はそれほど認められてはいなかったのだが………
「南満州鉄道に備え付けておけば陸軍の仮想敵国であるロシアの拠点攻撃に使えるだろうし、列車砲を基点に防衛網も敷ける。中々いいんじゃないか、これは」
どちらかと言えば野戦築城で築いた堅固な要塞に引き籠もって戦うような堅実で防衛的な思考の持ち主であった大佐はこう思うが、長門の考えは違った。
「我が国の陸軍は急襲進撃を良しとする。貴様の発想通りに動くとは限らないし、動かない公算の方が大きいのではないか?」
源平の戦い以来、日本的思考に於ける勝利とは謂わば『敵の芝生を踏む』ことである。
日本人とは物理的な防御力をさほど重視せず、自らの堀一重、壁一枚の脆弱な拠点から攻め込むことを良しとする国民性なのかもしれず、少なくとも陸軍の性癖とはこれだった。
「それもそうか?」
同意を示しながら首を傾げる大佐を教え諭すように、限りない優しさと柔らかさを滲ませながら戦艦長門は口を開いた。
「貴様の思考は幾分かロシア的だからわからないと思うが、私は彼らと同じ釜の飯を食ったこともあるからわかる。彼ら陸軍は補給線とか情報とか、そう言う副次的な物に鈍感だし、嫌う。工夫も何もかも足りていないし、考えているような節がない。補給は現地調達と精神力で、火力と物量の差は精神力と大和魂で何とかできると思っているのではないか、とも思うのだが」
「……あり得るな」
「大和魂は、悪くない。私も軍人にとって精神力は必要不可欠だとは知っている。だが、それだけでは致命的だとも知っている」
致命傷を精神力で耐えてのけそうなこいつにこんな風に言われるなんてのはよっぽどだな、と思い、同時に自らの相棒の成長を内心で喜ぶ。
自らの誇りと戦艦としての矜持と糞度胸とも言うべき精神力が骨と肉に鎧われて仁王立ちしてる軍人の鏡みたいな奴だったのに、少しは精神力への傾斜を疑問に感じるようになったのか。
いやまあ、何がヤバいって物理的な攻撃力・防御力をろくすっぽ持たないままに精神力で何とかしようとすんのがヤバいわけだから、物理攻撃力の権化である戦艦が精神力云々と言いだしても構わないんだけど。
兎に角、精神力から乖離して物を見れるようになり、独自の私見をも挟めるようになったことは頼もしい。評価を一上げてやろう。
「長門……お前……」
「……まぁ、私も貴様の意見を聞き思うところがあったのだ」
やっと今の時代の地に足をついた形になった長門の髪を手ぐしでとかし、上体を起こす。
「成長したな」
「そう言ってくれると私も嬉しい」
上体を起こした時に目の前でふわりと揺れた艶のある黒髪をしばらくとかし、撫でつける。
髪は女の命と言うが、その気持ちは分からなくもない。これは触り心地がいいし、何よりも優しい感じないい匂いがする。
こいつはまあ、あんまりいじくっても怒んないみたいだけれども、女はこうまでいじると怒るんではないだろうか。
「大佐、女の髪をそう簡単にいじくるものではないぞ」
子供の悪戯を少し咎め、窘める母のように。どこかかなわないと感じさせる微笑をこちらに向けた長門の髪から手を離し、両手を宙に上げた。
「悪かった悪かった、降参だ」
動揺していたり怒ったりしていれば付け込む隙はあるが、こうも穏やかに応対されては仕様がない。
名残惜しいかな、濡れ羽の髪。しっとり感がたまらなかったんだが。
「ん」
細められていた赤い瞳を閉じ、一つ頷いた長門は、見とれるほど美しい。
いつもの含蓄のある大人の女性らしい雰囲気から、たおやかな乙女のような雰囲気へと変わった長門は、何ともしれぬ色気を醸し出していた。
「列車砲がダメならアレだ。車に砲を乗っけたらどうだ?」
「……ふむ」
ちょっと長門の出す色気に耐性がなかったので、話題を変えて対抗する。色気に耐性がないなら色気を発生させている条件を崩してしまえばよろしい。つまり、微笑と瞑目を止めさせればいいのだ。
「有りかもしれないな。やはり機動性についてはうるさく言われるだろうが……まあ、貴様ならば何とかするだろうし―――何より、その発想は新しい。貴様は未知の世界を突っ走っている方が似合うしな」
軽く照れながらも、やはり『当然だ』と心が誇る。
何もない状態からつくるのに色々と心が躍ってしまうあたり、俺はまだまだ技術屋なのだろう。
「着想としてはこーいう……動力を車体に伝達させる起動輪、地面に接して上下左右に向きを変える走行転輪、グルグルをスムーズに動かすための誘導輪の三つの車輪に楕円状の強化ゴムを嵌めて永遠に回転させるような感じかね。まあ、書いてみなくちゃわかんないけど、このグルグルは使うことになるだろうと思う」
その場で適当に作った模型をコロコロと動かし、適当に机に置く。
「頑張れ、大佐。貴様の腕は世紀のものだ」
「当たり前だ。俺が天才でなく何なんだ?」
私は天才などとは一言も言っていないのだが……、と内心で軽く苦笑し、少し笑う。最近は少し緊張というか、こわばっているような感じがあったからこちらも多少ギクシャクしていたが、今ので多少はマシになった。
「そうだな」
貴様は調子にさえのらなければ、貴様は天才ひしめくこの世の中においても相当な天才だろう。
「人望、ないけどな」
それはもう、悲しいほどに。
「うっせ」
読了ありがとうございました。アニメの長門は無能じゃないんだ。すべてはテートクの所為って奴の仕業なんだ……