ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
起動
西暦1910年のことである。
帝国陸軍に、花柳斎が助力した。
自らの技師としての名を轟かせたその事件はただの一撃で富士演習場の地形を変え、その戦略的価値を知らしめた自動人形―――花柳斎曰く『失敗作』こと朧富士が陸軍近衛師団の管轄下に置かれることで帰結することとなる。
これを受けた帝国海軍は窮地に立たされていた。
陸軍は元々自動人形が陸上戦力と言うこともあり、戦力・予算の拡張が著しい傾向にあったのである。
そもそも今まで優秀な技師が作った自動人形は製作には戦艦一隻を超えるコストが必要となると言う欠点もあるが、コストを遙かに超える戦果をもたらしてきた。
サラミスの海戦で初めて使用されたと言われる自動人形は近代に於いても壇ノ浦、レパント海戦、トラファルガー海戦などでも旗艦を護衛する、或いは敵旗艦へと攻め込むなどの大戦果を上げている。
混戦時を狙った単騎特攻が主な機巧人形は、性能が高くなければそもそも特攻しても敵艦へ辿り着けない。性能が高くなければコストも嵩む。だが、使い捨てにそこまで金をかけるわけにも行かない。
よって世界は陸上戦力への偏重―――即ち、陸軍の軍拡へと進んでいった。
しかし、海軍としては溜まったものではない。陸軍が軍事的に拡張されるとなれば、必然的に自身の予算案が通りにくくなる。
この花柳斎が行った朧富士を近衛師団へ売り込む行為は、海軍にとって致命的な一撃となった。
この国に花柳斎以上の人形師はいない。花柳斎は事実上陸軍の専属―――とまではいかないが、賓客であることに変わりはない。
海軍はメンツにかけても、暗黙の了解という範疇に於いても花柳斎に自動人形の製作を依頼するわけにはいかなくなったのだ。
―――人材を発掘せねば。
海軍は天才の専属技師を必要としていた。専属―――否、軍属とすることで低コストで製作を請け負ってもらえる『都合のいい天才』を欲していた。
最初に目を付けたのは赤羽天全。赤羽一門の神童と言われていた少年である。
一門の中でも不世出の天才を差し出せ、とは言えない。海軍―――と言うか、国の命令でもやってはならないことと言うのがあるのだ。
それは例えば、優秀な自動人形を作り出す一門に圧力をかけたりすること。
この圧力に耐えかね他国に亡命されてしまったりしては取り返しの付かない損失を生む。そうなっては国内からの無能のそしりは免れないだろう。
故に彼らは手を代え品を代え、頭を下げて誇りを捨てて、その天才に取り入った。確かな手応えなどは得られなかったし、陸軍からの嘲笑を受けたりもした。
だが、彼らにはそうするしかなかったのだ。
―――そして、失敗した。
事件が起こり、赤羽一門は一人を除いて全滅。残った一人までも花柳斎に取られてしまい、海軍の五年にわたる努力は文字通り水泡に帰すことになったのである。
海軍は窮した。五年をかけて交渉した相手が一門ごと居なくなり、失敗しても赤羽一門のコネを使って優秀な技師の引き抜きを、と言う目論見も頓挫した。
そこに追い討ちをかけるように、英国から知らせが届く。
《『陸上戦艦』ダイダロスが完成した》
海軍の代名詞たる、戦艦。それが陸軍に―――海軍が目標としていた英国の陸軍に作られてしまったのだ。
師たる英国海軍は、伝説的な戦果を挙げていたからこそこの大事件に際しても機構を保つことができた。
各国も技術的な意味で隔絶とした物を感じながらも、海軍はあまり影響を受けなかった。
陸上戦艦など作れはしないからである。
日本には、花柳斎がいた。いてしまった。
―――花柳斎ならば、作れるのでは?
そう世論が傾く前に、天才を確保しなければならない。海軍は急いた。予算のために、メンツのために。そして何より、帝国海軍の栄光を存続させるために。
国民に広がった。世論はまだそちらへ傾かない。ただただ、熱狂のみが広がり―――
数年後、横須賀に突如として戦艦が現れた。
一瞬で展開した戦艦を、横須賀鎮守府につめていた海兵たちは驚きと疑いを持って見つめていた。
認識など、できるはずもない。波一つ立てずに巨大な戦艦が進水したなど。
いや、そもそも彼女はどこから出てきた?どこの船籍だ?何の目的がある?
戦艦朝日に高速巡洋艦春日と護衛艦を複数付け、彼女等戦隊は謎の戦艦に向けて発進した。
現在の主力艦である朝日の約二倍の全長を持つその艦は、正に黒金の城と言った風貌を白日の下に顕していた。
『貴艦は何物なりや?』
砲塔を展開させながら、朝日は打電する。
一秒、二秒、三秒。
いつもならば刹那の間に過ぎ去る時が無限の如く感じられ、司令官は密かにすぐさま戦闘に移れるようにと指令を出す。
全艦が緊迫した雰囲気に包まれた、その時。
『漁艦なり』
冷静に見れば比較的早く、この時居合わせた物からすれば異常を感じるまでに遅く、黒金の城から返電が送られる。
『我、捕鯨艦なり』
有り得ない返答に呆気にとられていた司令官の元に、更なる知らせが舞い込んだ。
―――あれが、捕鯨艦?
それぞれの艦の司令官たちは、一様にそう思った。
眼前の自称捕鯨艦は、知らせることは知らせたと言わんばかりに徐々にスピードを上げ、外洋へと去っていく。
巨体に似合わぬスピードで去っていく彼女に、慌てて春日が追いすがるが呆気なく引き離され、彼女は水平線へとその姿を消す。
―――春日ですら、追いつけないのか。
現在の海軍の中でもトップクラスの足の速さを持つ春日が、全速力を出しても鈍重なはずの戦艦に軽々と引き離される。
悪夢でも見たかのような気分に苛まれる彼らは、とりあえず東京の本部へと打電を行った。
『謎の戦艦あり、対処を求む』と。
船籍は不明。砲口のサイズも、足の速さも排水量も不明。
海軍は、ひたすら謎に包まれた彼女の帰還と本部からの返電を待つしかなかった。
и и и
「提督、彼らは何者なのだ?」
「大日本帝国海軍。
………と言うか俺、提督じゃないよ?」
艦首に堂々と立つ黒髪の女性に、年端もいかない少年は答える。
「ああ……すまない。どうにも初期の認識が抜けないのだ」
「気にしないでいいよ。起きた―――というか、生まれたばっかりだしね」
来るべき対外戦争に向けて先祖代々かけて作っていた鉄の身体に、それに見合うべく新規に設計した構想数年の心臓部。
嘗て『開発するだけ無駄』と言う烙印を押されて予算を打ち止めされるという憂き目にあった彼女の構造は『提督の護衛』と『艦隊決戦』を見据えたもの。
少年の先祖が殿様の為に作り出した―――否、作ろうとした自動人形に連なる物。
最初は黒船への、次は清の定遠・鎮遠への、そのまた次はロシアの第一、第二、第三太平洋艦隊への。
遂に完成こそしなかったが、少年が父からこの自動人形もどきのことを聞き、改造を施しているときには機体そのものはできていた。
核となるイヴの心臓と、自律行動の為に必要な回路が存在しなかった『だけ』。
イヴの心臓を使う以上、動力源足る魔力を供給せねばならない。機体には人の身が使われていない―――即ち、禁忌人形ではないからである。
完全なる自律行動は、イヴの心臓では不可能。どうしても外部からの魔力供給が必要であり、彼女を動かすためには並の魔術師が数十人必要。
維持には莫大な魔力供給が必須で、戦闘になれば当たり前ながら通常の数十倍の魔力を要求する。
―――試行錯誤の末のイヴの心臓という物の限界からの、つまりは機関部からの現実逃避。これが少年の一族が積み重ねてきた歴史だった。
核は、ある。あるからこそ、運用には莫大な魔力が必要だとわかるのでは?
少年はそう問い、父からとある設計図を渡された。
それはその機体の命である、イヴの心臓の設計図だった。
父は、こう言った。
『この設計図は完璧だ。改善の余地がなさすぎる。無いからこそ、私は作業を進められないのだ』
少年は、思った。
『でもこれ、無駄なところがあるな』
無駄な所とは、イヴの心臓その物。
設計された回路をイヴの心臓へと変化させるための工程そのものに無駄がある。
何も知らないが故の発想であり、掟破りも甚だしい発想だった。
自律行動と能力を埋め込む為の回路をイヴの心臓である為の回路と組み合わせた設計図を、少年は独自に新しく書き直す。
より小型に、より美しく、魔術師ならば誰でも使える簡単さを追求し、そして――――
「……貴様が私の提督だな?」
『あなたさま』では無く『きさま』。喋り方の差違に戸惑ったものの、少年は自分の成功を悟った。
先祖の内の誰が作ったのかは知る由もない華奢な肉体には、確かな生命の躍動が宿っている。
「いや。俺は貴女を作り終えただけだ」
「つまり、貴様は私の創造主……と言うことか?」
自分が作られた存在だと言うことに驚きを微塵も見せず、大人の対応を見せた自らの作品に満足した少年は、あることを思いついた。
「いい売り込みになったかな?」
「売り込みと言うのはよくわからないが、提督の言うように私の性能は見せた。性能を見せることが売り込みにあたるならば、成功したのではないだろうか」
また提督って言ったな、と言うツッコミは収め、自分の魔力を一回供給しただけで駆動を続けている自動人形もどきを見て、再び満足する。
あぁ、一族の悲願達成。大好きな海軍の役にも立てた。これぞまさしく至福の時。
大混乱になるなど考えたこともない引きこもり気味の少年と、経験皆無な箱入りの自動人形もどき。
彼らが帰るときこそ、またもや鎮守府が凄まじい大混乱になることを彼らは知る由もなかった。
読了ありがとうございました。感想いただければ幸いです。