ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
大型建造ではむっちゃんが出ました。長門はまだまだです。
大佐には、癇癖があった。
具体的にいえば、極度の嫉妬もちからくる怒りっぽさが物心ついたときから備わっていた。それを強固な理性と頭脳でがんじからめに縛り付けて何とかかんとかやってきた側面が多いのである。
長州人によくある激情家と家祖伝来の冷徹な部分を矛盾なく内包している彼は、面白い形で完成されている心理学的研究には格好のーーー人材だと言えた。
しかし、この激情は主に判断を狂わせる要因となる。この欠陥は常に一つの失敗だったり、一つの欠点だったりが致命傷となる冷静な判断力を維持しなければならない戦場で彼に不利益をもたらした。
(俺のだぞ)
ピキリと怒りが鎌首をもたげ、分体からもたらされる視覚的情報に憎悪のようなものを覚える。
特に何をしているわけではなく、長門が相手に対して心を開いているわけでも何でもないのに、無性にイラつく。
(馬鹿か、俺は)
分体との視覚的同調を切り、視界に見慣れた部屋が写し出される。聴覚に対するリンクも切断、取り戻した五感に身体を慣らすために目を瞑り、そこらに寝転がった。
(そもそも、あいつは俺のではないだろうが)
怒りとも嫉妬ともつかない謎の感情に支配された自分の感情に自制を促し、頭と精神を冷却させる。
怒りに任せた行動とか、勢いに任せた行動が失態しか生まないことを、この男は知っていた。
このままでは拙いと思い直し、しばらく頭の働きを停止させる。
頭に空白が生まれ、時間が果てしなく無為に過ぎていき―――
「大佐!」
狂おしいほどにけたたましくドアが開けられ、思考の空白が一気によくわからない感情に埋めつくされた。
視界に捉えた瞬間にその容色に対する賛辞の言葉が、次にそのあり方に対する予測と仮定が過ぎり、その辺りで記憶の入力といったものが完了する。
なんてことはない、ただの長門だ。緊張する必要もなければ、言動に気を使う必要もない。
「何だ、長門」
きょろきょろと辺りを見回し、腰に備え付けられた艤装の四門の砲塔を警戒状態にさせながら非常に慎重な様子を保ってこちらへと近づく長門の目に映る感情は―――憂慮と安堵、か?
「……よかった」
「あ?」
「貴様が無事で、よかった」
花も綻ぶこの笑顔。胸に手を当てているあたりも、息を切らしている辺りも相当な天然での言動だろう、今のは。
全くの不覚。不意打ちにもほどがあるし、しかも強烈な一撃だった。
俺のだと言う所有欲からくる嫉妬も吹き飛ぶ、この長門。理も非も一緒くたに飲み込んでしまうような、真に迫った―――いやまあ、あいつは演技なんかしないんだろうけど―――笑顔と、全身で示す安堵の表情。
「お、おう」
「貴様と分体とのリンクが切れたときはまさかと思ったが……ともあれ、何もないならばそれに越したことはない」
不思議と胸騒ぎはなかったしな、という長門の口調に、少し何かしらの引っ掛かりを覚える。
この長門が偽物ということはあり得ない。俺の身を気付かう奇特な奴は全世界探してもこいつくらいだ。
――――――俺の身の安否には常に利害が混じる。というか、利害しかない。本気で俺の身を案じる奴は居なかった。この馬鹿の善性の部分が、時々俺にとっては救いになる。
俺の安否に深く関わる『才能』と『金』と『利権』に目を向け、安堵する奴は居ても、あんな奴はそういない。俺が隠された思惑に気付かないことなどありえないから、偽物という線は消えたように見えるが……
「お前、変だぞ」
「?」
「具体的に言えば、ちょっと異常なほど女っぽい」
こちらに目線を合わせてくる長門の少し潤んだ目線を受け止めきれずに目をそらし、軽い皮肉と悪言を吐く。
普通ならここで感情の奔流は止まるだろう。心配して急いでやってきた相棒にかけた言葉が礼でもなんでもなく、文句。ちょっとありえないほどにお人好しであり、人の陰口叩かないことに定評のある長門でも腹を立ててもおかしくはない事態だ。
「そうか?」
なのに何故お前は腹を立てないのか。
かえって笑みを浮かべながらこちらを見る長門から視線を外し、後ずさる。
邪気のない心配と、灰汁のない善意の対処は苦手だ。もっと言えば、ストレートな感情は苦手だ。ぶつけられるのに慣れてない。
「大佐、本当に無事でよかった」
「くどい」
わりかし早く、限界はやってきた。
完璧な追撃をかましてくる長門から逃げるように居間から私室へと移動し、ドアを閉じて事なきを得る。
(よくないな、こういうのは)
扉を背に、思考を巡らせる。今回のような反応を見せたりとか、へまをしたりとかはあまりよくない。長門を心配させるだけだし、何よりも自分が慌てると言うみっともない様をさらしたくはないのだから。
「大佐、怒っているのか?」
「怒ってない。そんなことより報告を」
私室から出、再び居間へ。問われた質問をさっさといなすと、椅子に腰かけて報告を聞く体勢に入る。
報告、連絡、相談は大事。とくに今回はリンクを切っていたから一切情報が入っていない。すべての情報が長門の報告と考察とかに頼らざるをえない状況にいるのだから、必然的に今までと重さが違う。
「うむ。まあ、強敵になるだろうな。肉弾戦の技量は相当なものだし、パートナーとの連携もいい。備えているのは単純ながら強いと言える魔術回路だし、何より作ったのは貴様と盛名を分かつ花柳斎硝子。性能に関しては折り紙つきだ」
「戦闘パターンは?」
戦闘スタイルならば大体わかった。単純な戦闘運びを自身というイレギュラー要素を入れることで『自動人形同市の力比べ』という型を崩していく。不意を突いて倒せたら御の字という、如何にも泥臭い戦い方が彼らのスタイルだ。
では、その彼らの基本スタイルの中から読み取れる定石とは何か。これが今回の問いに含ませた意味である。
「自動人形に魔力が巡り、何かしらの大技が繰り出されるときは符丁のようなものを使っていた。『光焔』の『十二結』とかな」
「符丁か、嫌いじゃないな」
各国の符丁から何からを片っ端から解読、本国にその詳細を送ることを趣味にしている大佐にとって、その報告は非常に嬉しいものだった。解読とかそういう類の事務作業ならばアホのような、それこそ本職顔負けの有能さを発揮するのがこの大佐である。
「サンプルをあと何個か。それさえあれば一日でバラしてやんよ」
「承知した」
目を瞑り、軽く頭を下げて敬意を表したその時、軽く嘲るような語調で大佐が口を開いた。
「戦いに関する意思伝達に言葉が必要ってのは、三流だな」
「あまり人をけなすものではないぞ」
少しきつめにたしなめ、目と目を合わせて向かい合う。
「俺らが勝っているのは練度、性能、経験、技量。これらすべては覆しえるものでしかないことは忘れてないから気になさらず」
「性能以外のそれらで勝っている自覚も認識も事実もないが、我々が確実に勝っている点が一つある」
あくまで冷静に、慢心のまの字も見えぬほどの用心さを見せながらも戦艦長門は右腕を前に突き出し、
「ああ、アレか」
大佐もまた、それに倣って左腕を前に突き出した。
拳がこつん、とぶつかり、同時に口を開く。
「「信頼」」
絶対の自信を持つ要素を同時に言い放ったことにおかしみを覚え、軽く笑った。
鉄と血で争われる宴の夜は、近い。
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