ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
コツコツ、と。硬い靴底が廊下の床を打ち、規則正しい音が鳴る。一定のリズムをもったそれは、とある部屋の前で止まった。
「キングスフォート伯、よろしいか?」
豪奢ながら決して品を失わないドアを軽く二度たたき、返事を待つ。
色々あったが『現在のところは』協力関係。それが俺とフェリクス・キングスフォートの関係を表すのに一番適切なのではあるまいか。
「どうぞ」
冷やかな目でこちらを見る彼の自動人形を軽く見返し、会釈する。
生徒会執行部の主任がその補佐を殺して自分の自動人形とすり替え、夜会の状況を自分の有利なものに変更させていく。
これが彼のこの夜会に於ける大戦略であるが、これに関しては初めて聞かされた時から幾ばくかの疑問点……というよりは、不安点が残った。
どうも作戦が巧妙過ぎるきらいがある。実戦とはそううまくいくものではないし、大戦略を描こうにも相手の動きによって変化してしまうものなのだから。
いや、確かに基本方針となる大戦略のないままに戦うのが悪いというわけではない。単純に、柔軟性の問題である。
何かしらの不確定要素が作戦に介入してきた場合にいかなる改案を施せるか。
立案した原案が如何によかろうと、実行者が状況の変化に対応できるだけの柔軟性に欠けていたならば一瞬にして駄策に成り下がる。その余地を残しながら組み立てるのが俺流なので、貴族の休日スケジュールみたいな、つまりはギッシリ詰まった重箱のような計画を見ると、ただただ不安という感が強い。まあ、どうでもいいが。
「(なあ)」
「(あんだ)」
聞こえるか聞こえないかのギリギリな小声でこちらに話しかけてきた長門の首は伯の自動人形から一ミリも動いていない。密談……というか、致命的なまでにうまい会話というものが苦手だった長門は昨日に至ってようやっとこの話し方を覚えてくれた。
いくら声を小さくしようが、密談をしているといったような雰囲気を漂わせた時点でアウト。そこらへんを全くわかっていなかった長門はよほど日の当たる場所でしか生きてこなかったのだろう。まあ、俺の計画通りでたいへんよろしいが。
「(あの自動人形、親の仇でも見るような目でこちらを睨んでくるのだが、私は何かしたのだろうか?)」
「(さあ?)」
あほらしいとしか言えない内容の密談を一旦終えると、伯の自動人形の視線がこちらに注がれたことを悟り、チラリと見返す。
唇だけが動き、声は発しないというその行動には、伯がこの部屋に来るまで声を出せない状況下においても明確にこちらへ意思を伝えようとする様子が見て取れた。
(死になさい、蛆虫野郎)
因みに内容も見て取れた。
「(む―――)」
他人事にすら、いや、他人事故に、か?
まあ兎に角、よくわからない沸点の低さで激昂仕掛け、自ら押しとどまった長門の口を右手で防ぎ、完全に落ち着いた頃合いを見て解放する。
「(馬鹿、何やってんだ)」
「(……すまない、ついカッとなってしまった)」
「(くだらない言い争いをするなよ、全く)」
こちとら罵られることと命狙われることにかけては世界でも群を抜いて経験があるってのに、この長門ときたら……
「(くだらなくはない)」
「(は?)」
「(くだらなくは、ない)」
頑なに自説を曲げない頑固さが長門の内面から顔を覗かせ、同時にむっと押し黙る。俺と長門では価値観が大いに違うから仕方ないが、こういうくだらないことでムキになるのはどうしたもんかね。
「待たせてすまない、大佐」
「一向にかまいませんよ、伯」
奥の部屋から姿を現したのは、英国有数の名門たるキングスフォート伯爵家次期当主、フェリクス・キングスフォート。その性格の温和さを表すがごとく弧を描くように柔和に細められた目は代々続くキングスフォート家の血筋から良質な成分を抽出したようだと言われているとかいないとか。
要は慈善家で人気者の血筋だからその血を継いだ彼もまたそうだろうと、まあ善良な英国市民がそういうフィルターをかけて彼を見ている、それだけである。
出された紅茶に毒物の類いが含まれていないことを確認し、一口含む。当然のごとく長門と伯の自動人形の前にはそれらはないため、彼女らは火花の散るようなにらみ合いを続けていた。
いつもの大人な女性らしさはどこへやら。完全にながもんと化した長門を傍目に、俺は静かにため息をつく。
「君の同輩のことだけど」
「陸のですか。奴がどうかいたしましたか?」
確か食堂の窓をぶち破って怨敵である『元帥』閣下に何かが入った小瓶を投げたらしいけれども、今度は何をやらかすやら。
窓代を払うこちらの身にもなって欲しいものだね。破ったときに飛び散ったガラスの破片で生徒が怪我をしようものならめんどくさいことになっていたんだぞ。
「こちらの計画に利用させてもらっても構わないかな?」
「ああ、それならば全くもって構いません」
コンマ一秒の躊躇いもなく承諾の意を示したこちらを見て、伯の細目が更に円を描くように細められる。
こちらの頭の働きを悟ってたりしてんだろうか。それとま組むにふさわしいかどうかを信頼性の面で判断しかねているのか。
「やけにあっさりしているね。彼は君の同輩だろうに」
なるほど、後者か。
「同輩だろうとなんだろうと、この世の中は利用し、利用されで廻っていく世界です。個々が己が利用された、仲間が利用されたといっていきり立っていてはどうしようもないでしょう。
彼も陸軍に利用されている以上は持ち合わせているべきですよ。『利用されているとわかっていて利用される』ことができる頭を、ね」
これは国際社会においても通じる理屈なので、覚えておいても損はない。
目を瞑って紅茶を一口含み、受け皿へと戻す。
微妙に緊張した空気が漂う中、馬鹿二人は依然としてにらみ合いを続けていた。
伯もそのにらみ合いの現実を直視したのか、自らの自動人形に何事かを言い含め、この不毛な冷戦を半ば強制的に中断させる。
(死ぬほど馬があわないな、この二人)
息を吐くと同時に他人に毒を吐くフェリクスの自動人形ーーーエリザと、根がクソ真面目な長門では馬があわないというのも当然だが。
(まあ、何とかするかな)
近々、可及的速やかに排除するとしよう。組むならなおさら、相互の円滑な意志伝達が不可欠。それをするにあたって人間関係のしこりはいずれ致命的な不利益に至るのだから。
「では、今度会うときは―――」
「『暴竜』は『魔術喰い』として学院から追放され、僕とライシン・アカバネは事件解決の功労者として賞されている、ということになるね」
いつもの笑みを崩さずに、自分に向けられた恋情さえも利用する『利己主義者』は立ち上がる。
自分の名誉と成功のためならば他人を殺すことすらためらわない最高にいい性格をした英国人と握手をし、頷いた。
やはりこいつは頼りになる。利己主義者こそが俺の友であり、組むにふさわしい相手なのだ。
「ではこちらとしては、いざというときのフォローの準備をしておきましょう。万が一という可能性もありますから」
「ああ、頼めるかな?まあ、万が一なんてないだろうけどね」
彼は目的である夜会の参加資格を穏当な取引によって手にいれることが出来るし、何よりも英国内の権力者であるキングスフォート伯の息子である自分に逆らうと言うことはすなわち、英国を敵に回すと言うこと。
「伯、私であってもそうは思いますが、策とは思い通りに進むとは限らないもの。ゆめゆめ油断なさらぬようご忠告申し上げます」
「ありがとう。だけど、余程の馬鹿じゃなければ、僕の筋書きに従って動くことは間違いない。だから心配には及ばないし、第一にこれは余裕と言うものだよ」
余程の馬鹿か、善人です、と。
いおうとした言葉を引っ込めて、大佐はその部屋をあとにする。
このときに大佐が感じた懸念が数日のうちに現実になろうとは、本人以外はまだ誰も知らなかった。
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