ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
誰もが眠る、丑三つ時。
……になる、数時間前。
重要機巧保存施設―――通称『ロッカー』内に、凄まじい音が響き渡った。
ドラム缶に石を思いっ切り投げつけたかのようなけたたましい騒音の原因は、自ずと皆の知るところとなった。
極東からの留学生が、ロッカー内で破壊工作を行おうとしたのである。
それを聞いた学生たちは皆一様に驚愕した。
重要機巧保管施設といえば、普段は用のない―――或いは大きすぎて持ち運べないといったような自動人形を厳重に保管しておくための施設だったからである。
ここに眠っているのはいわば、戦闘用であるもっぱら自らに帯同させている自動人形の予備集団。
所詮は予備。とは言っても、貴重な戦力。役に立つかはわからないが、かと言って割り切れもしないという微妙なラインを侵された学生たちは、安堵とも怒りとも似つかない感情を抱きながら三々五々にその場を後にする。
重要機巧保管施設から運び出される、下手人である東洋人を乗せたタンカを一瞥すらことなく。
故に彼らは気づかない。
一別すらもしなかったが故に、絶縁テープで魔力を絶たれ、ランクEクラスの拘束具を厳重に枷せられた彼の自動人形が、その行動を再開しつつあったことに。
「はい、こちら大佐の一番電話です。この電話は陸軍ように設置されています。海軍の方は二番電話へ、夕張総業関連の連絡は三番電話へ、明石工蔽関連の報告は四番電話におかけ下さい。陸軍の方でしたら階級、姓、名を明瞭に発音した上、ご用件をどうぞ」
『陸軍大佐、山下奉文であります。大佐殿でよろしいですか?』
電話の相手は山下奉文。陸軍大佐である。
最近は近況報告兼兵器発注用の電信とかしている定期連絡において『東アジアの泥濘とした地形に対応できるだけの機動力、最低限の防御力、圧倒的な火力』をすべて備えた新型兵器――――戦車――――の登場に際して興奮し、早速試験運転してみた挙げ句に一般人ならば全力で遠慮する今までの兵器とは一線を画した、謂わばゲテモノをこよなく愛しはじめている男として陸海軍の間でも評判だった。
ちなみにこの戦車、設計図を送ってから試験車両ができるまでに一週間かかっていなかったりする。
げに恐ろしきは夕張総業と明石工蔽の共同開発。新参の企業ながら国内の鉄鋼産業・加工業を一手に牛耳る軍御用達の二社は、俺の技術を流しているが為に一部分では他の企業を寄せ付けないほどの高い技術レベルを誇る。市場にそう簡単に秘匿技術を流すわけにも行かず、たどり着いた答えがこれだった。
社長には勿論俺の代理として(軍人と企業の重役の兼務は倫理に反するから)我が両腕にして直弟子である夕張と明石についてもらっているし、従業員には流れ作業しかさせていないから技術の漏洩にはなり得ない。重要な機関部は初期に契約し、その後三年間みっちり仕込んだ妖精さんたちにやってもらっているから全く問題はないし。
夕張は一応軍属だけど軍人ではない。明石も軍属だけど軍人ではない。
軍人としての籍をもらっているのは戦艦と重巡洋艦くらいなものであり、航空母艦は優位性が認められていないからまだ軍属なだけ。軽巡洋艦・駆逐艦は希望制で、戦艦は佐官相当、重巡洋艦は尉官、軽巡洋艦・駆逐艦は尉官から様々。
人事整理が行われ、エリート中のエリートしか残らなかった海軍では色々ややこしいことになっているのだ。まだ艦娘―――自動人形型軍艦の総称―――ではない普通の軍艦も相当数いるわけだし、そこに固執する人々もいる。
火種を作った俺が言うのもなんだが、今の海軍は意思統一の為の内乱期と言えるだろう。だからこそそれに巻き込ませないために、上官殿は俺を英国にまで飛ばしたわけだし。
「山下お前、昇進したのか」
俺が英国に向かうときは中佐に進級したばっかだったのに、出世したもんだ。風通しが異常な海軍に引きずられる形で陸軍もある程度は昇進が簡単になったのか。嬉しいな、それは。
有能な奴がサクサクと進める組織でなければもうどうしようもなくなるからな。非常にいい変化だぞ、これは。
……と言うような思考を挟んで口から出したの結果、こういったセリフになったのである。
この山下奉文もその感動を朧気ながらわかっていたが、彼的にはその感動に対して言葉を選んでいる暇すらなかった。具体的に言えば、日本のメンツが危機に瀕しているが故に、現場で何とかしてもらうほかなかったのである。
それは勿論先述した重要機巧保管施設での一件であり、そこで『日本陸軍の密偵役が』やらかした一連の破壊工作未遂に関してであった。
『―――陸軍としては、ここは最早海軍に何とかしてもらう他ないということになりまして』
「随分と素直だね」
語尾の特徴的な発音により、素直ダネ、とその猜疑の一言少しからかうような雰囲気をもたらしたのは、運が良かったと言うべきだろう。
猜疑を露骨に見せては対人関係に齟齬を生じる可能性が大となる。同じ疑うにしても軽い風を装った方がよい、と言うのは大佐一流の考え方であった。
『大佐殿は法王猊下から信任厚いお人でありますから、自然とそうならざるを得ないのかと』
法王猊下と皮肉って呼ばれたのは『陸軍の法王』こと山縣有朋陸軍大将のことである。
まあ、俺個人と猊下とは良好な関係を築けていると言える。血筋的なものがその主な要因だとしても、だ。
「なるほどね。でも、何で事後に持ってきたの?いや、陸軍の機密に介入する気はないんだけど、こういうたぐいの後始末をするんなら一報くらい欲しかったんだけれども」
『それは無理です』
「何故?やっぱ、例の機密主義かな?」
『こちらにも動く旨を知らせる報告がありませんでした。そもそもこの行動は我々の本意ではありません。英国と事を構えるには未だ国力が足りないと大佐殿が言ってらっしゃったので、皇道派はその指針を基本にしております。
赤羽雷真は統制派の管轄でありますから自然と情報も入りにくく、統制派にすら報告をしなかった場合はもうどうしようもないのです』
なる、ほど。なるほどね、なるほど。
だいたいわかった……と言うか、つかめた。非常に面倒くさい状況だな。
赤羽雷真の行動は完全には読めない。何故なら奴は善人だから。
情報に関しても統制派が握っているから無理。
この一年非常に苦労しそうだわ、こりゃ。
んで、今回に関しては赤羽雷真が重要機巧保管施設にエリザ―――キングスフォート伯の自動人形が偽装した風紀委員主幹補佐リゼット・ノルデン―――に案内される形で向かい、その場で破壊工作を行おうとしてリゼット・ノルデンが自分の自動人形を使って阻止をした、と言うことになっている。
まあ、実際はキングスフォート伯の自動人形であり、『魔術喰い』であるところのリゼット・ノルデンが自分の正体がバレそうになって本来の性能に戻って殴った。
重要機巧保管施設の本物のリゼット・ノルデンが死体として保管されている。恐らくはそこまで思考が及ぶほどの証拠を与えてしまい、予めキングスフォート伯から魔力を貰っていたのだろう。
で、ボッコボコにした後に言い訳として苦しいとはわかりながらも権力に任せて押し切ることにした、と。
「陸のいくら殴ってもかまわないけど、日本陸軍にまで累が及ぶような策に変更しちゃったのは失敗だったね、伯」
お陰で俺が動かなきゃならなくなっちゃったよ。
「長門、出掛けるぞ」
「……どこに、何をしに?」
「戦場に、陸軍の汚名を返上しに」
穏当に済ます方便を胸に秘め、大佐はゆっくりと歩き出した。
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