ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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思惑

闇夜の中、フェリクス・キングスフォートは外套を着込みながら月明かりがあるとは言っても十分に暗い森を歩いていた。

 

彼の周りには、風紀委員の実働部隊が囲むようにして歩きつつ周りを警戒している。

 

彼の学園内での職は風紀委員主幹。学園の風紀を一手に仕切る権力者である。

彼自身の人望に加え慈善家として名高い実家の声望もあって、彼はこの学園に於いてトップクラスの発言力を持っていた。

 

あくまでも生徒の中では、だが。

 

(……リズ、しくじったか)

 

彼の自動人形であるエリザを親しみを込めた愛称で呼びながらも、その心中は暗い。

 

赤羽雷真にいい役を回そうとしてやったのは何も扱いやすい時期に編入してきたからではない。彼の手に掛かれば自家の手の者を『計画の為だけに』編入させることもできたし、そちらのほうが圧倒的に成功確率は高かった。

 

一番大きな目的は日本軍に、即ち大佐に恩を売ること。

 

 

最も機巧魔術に秀でている国は、英国だった。しかし、日本に化け物が出てきてから全てが一変した。

 

その化け物はまず、何人もの、何十人もの天才が幾度となく挑戦して敗れ去っていった原理―――魔活性不協和の原理をいとも容易く乗り越え、機体や回路に一片の負荷もかからない同時使用を可能とした。

そしてその技術を当然のように日本軍に開示した。

 

それも、無償で、である。

 

天才とは本来、我が強い。国に飼われるのではなく、国を圧倒的な才能によって振り回す方である。

それが、完全且つ良質な従順さを以て日本軍に全面的に技術を提供、新たな艦種・兵器すらも開発しつつあるという。

 

殺すか、とも思った。

しかし、英国の情報課は優秀である。まずは様子を見ることにした。

 

―――アメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、ロシア。あらゆる国がその才にしては有り得ないほどに不遇を囲っていた天才に接触し、引き抜こうとした。そして幾度もの勧誘も虚しく悉く断られ、ついには暗殺者たちを差し向け始め、またもや悉くが撃退された。

 

その情報を掴み、英国政府はある決断を下した。

 

大日本帝国は、強い。ロシアに勝ち、アジア一の強国としてその名を轟かせている。

イギリス、アメリカに次ぐほどに国そのものも力を持っている強国に、こんな化け物が全力で献身を続けている。そしてこの後もその献身と忠誠は揺らぐことはないだろう。

 

こんな国がもし、この天才に金を与えたら。

 

もうどうにもならない国になる。

嘗ての植民地であるアメリカに頭を下げる羽目になるよりは、日本との協調を維持する方がいい。

 

こう決めた翌年に軍縮条約が開かれ、日英同盟がアメリカら列強の豪腕によって更新が停止された。アメリカもこのイギリスの動きを読んでいたのである。

 

そもそもアメリカこそが最初にこの天才と組み、イギリスに対抗しようと思っていたのだ。そのはずが何かアメリカに対してだけ態度が硬いから故に強硬的な排除路線に切り替えたが、嘗ての己と同じ事をされた挙げ句に成功されてはたまらない。

 

その危惧が無理矢理(無論そうは取られないように隠したが)日英同盟を廃棄させるという行為に繋がったのだ。

 

ではこれに対して英国政府が打った手は、大規模な親日運動のキャンペーンと硬化した日本の外交態度に対する軟化工作だった。

 

この軟化工作は国内親英家の同調の動きと例の天才の軍内意思統一運動によって見事な成功を収め、親日キャンペーンでも一定の効果を得た。

 

何よりもこの一連の対日軟化工作及び親日キャンペーンでの一番の成果は、例の天才の軍内での立ち位置がはっきりし、その構想もだいたい把握できたことであろう。

 

英米協調を続け、いずれぶつかるであろうアメリカに対しては親英の態度を崩すことなく二国で当たる―――その構想は英国も望むところであり、首相以下閣僚たちも一様に抱くものである。

 

何せ近々世界を巻き込んでの大戦が行われそうであり、それには必ず神性機巧が関わってくるであろう。

 

現在もっとも神性機巧に近いのはイギリスと日本。開発したが最後世界を敵に回すことは請け合いなので、互いに手を握っておくことは得である。

 

その共通認識を同期した非公式の会議の席が終わり、軽い宴となったその場で、凄まじいことがわかった。

 

『実は彼は夕張総業と明石工蔽の元締めから研究資金を貰っておりまして』

 

ポツリととある高官が漏らしたこの情報ほど、英国の対日協調堅守の意志を固めたものはなかった。

 

夕張総業。ここ四、五年で世界でも業績をのばしている日常品から新たな合金の開発までをこなす企業である。

異常な品質と品質に比べて優秀すぎる値段で大人気、故に各国企業から叩かれるはずが逆に歓迎されているという奇妙な現象を起こしている『経済的裏工作の得意な』企業は、兎に角デカい。

膨張しているのではないかと言うほどに毎年毎年業績、利益、進出範囲の拡張を続けながらも一切綻びを見せないその統制ぶりは新参とは思えないほどの周到さと団結力を感じさせる。

 

その企業から殆ど無制限の融資を受けている。

 

つまりそれは、枷がとっくの疾うにぶっ壊されていることを意味していた。

 

天才が夕張総業に技術の一部を提供、莫大な融資を受け、兵器を設計。明石工蔽に発注し、明石工蔽はその兵器の部品を夕張総業に発注し、夕張総業はその発注で生じた利益を融資につぎ込み、世界で得た利益で事業を拡大し―――と言うような恐怖の無限ループが始まったのだ。

 

夕張総業は最早十年赤字が続こうが銀行が倒産しようが倒れ得ない大企業。歴史さえあれば財閥に入っていたであろう奴らで、明石工蔽は軍直轄の造船所兼兵器開発所。

 

大日本帝国は、一つの企業と一つの工蔽、それらを束ねる天才によってガッチリ支えられ、次世代の戦争の形であるはずの『総力戦』への準備を進めている。

 

 

故にここで大佐に恩を売ることは絶大な利益を生むはずだったのだが。

 

(しくじってはどうにもならないな)

 

やはり、代えるべきか。

大佐の長門と並ぶ世界最高の戦力に。

 

ビッグセブンに該当する三型。長門型、ネルソン型、コロラド型。

 

ネルソン型一番艦、ネルソン。試験的に持たされた最高戦力が、現在の主であるフェリクスの命に従い、背後を密やかに追跡してきていた。

 

(大佐に艦娘の強さ―――というか防御力の秘密である『艤装障壁』の魔術回路を提供してもらった物の、実際のところは全く未知の回路にすぎない。やはりここは使い慣れたリズで戦おうかと思ってたけど……切り替えも頭に入れておいた方がいい、かな?)

 

アホのように命令に忠実なところを見ると、ネルソンの方が扱いやすそうではある。

まあ、無口すぎるところが玉に瑕だけども。

 

ビッグセブンは各国の艦隊の象徴であり、日本以外では機巧師団の象徴でもある。性能チェックとしてはこの夜会という場は素晴らしく適合しているのだけども、万が一何かあったらヤバい。

負けたということは即ち英国の機巧加工技術が『同じ素材を使っていながら』負けたと言うことになり、信用度・国際的力学の致命的な失落を招くことになりかねないからだ。

 

(……かかった、か)

 

こういういくらでも変更の利くところは筋書き通りに行く癖に、肝心要がうまくいかなかった。

 

「間がいいね、シャル。いや、よすぎるというべきかな」

 

その事実に苛立ちながらも、フェリクス・キングスフォートは演技を開始した。

 

対象は、囮に見事なまでに引っかかったシャルロット・ブリュー。

 

赤羽雷真の独断専行に苦しめられている大佐と、己の自動人形の独断専行に苦しめられているフェリクス・キングスフォート。

 

似た者同士の折衷作戦が、始まろうとしていた。




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