ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「間がいいね、シャル。いや、よすぎるというべきかな」
その一言を口火に、フェリクス・キングスフォートは彼一流の弁論を開始した。
『魔術喰い』の正体は君だ、と言う結論を確定的に言い放ち、証拠をずらりと並べていく。
三体ほど泳がせていた自分の予備の自動人形をシャルロット・ブリューが攻撃したこと。
何度も深夜に無断で寮を抜け出していたこと。
人間嫌いで殆ど人付き合いもしない彼女が常人ならば―――即ち、自動人形を自動人形としか見ていないものならば有り得ないほどの情熱を自動人形連続破壊犯である『魔術喰い』に向けていたこと。
多くの学生に危害を加え、『暴竜』と言うありがたくない異名をもらったこと。
部屋の中で損傷度著しい大量の魔術回路が見つかったこと。
『自動人形連続破壊犯』である彼女と、『辻斬り』であるライシン・アカバネと親しくなったこと。
事実と推論を平行使用し、その素材を巧みに組み合わせて己の望む結論へと持って行く。
使うのは事実のみ。しかし、その何の関係も一連性もない事実の羅列を『とあることを真実だと固定し』その見方のみでその事実の羅列を都合よく周りに解釈させ、真実を巧みに隠蔽する。
大佐がよくやりそうな手であり、規模が小さいとは言っても立派なプロパガンダの一種を見事にやってのけるフェリクスの作戦に穴はなかった。彼の作戦の綻びは全て、彼の自動人形のヘマから生まれているものであり、彼自身はなんら間違いを犯していない。
いや、社会的倫理に照らせばリゼット・ノルデンを殺害した時点で間違いだが、謀略とは社会的倫理とは決別している人種が張り巡らせるものであるが故に、社会的倫理に照らされている状態での『間違い』は彼にとっては『間違い』ではないのだ。
それは確かに計画に必要だった犠牲なのだから。
殆ど完璧なまでに周到だった彼の間違いを強いて一つ上げるとするならばそれは、自身の自動人形に情報統制を行わなかったことだろう。
長門ならば『私はよく知らないんだ。そういう詳細は大佐に聞いてほしい。彼は記憶力に秀でているからな』とでも言って受け流すところを、エリザはしくじった。変に生真面目なところが仇となり、明確な証拠と疑いの種を赤羽雷真にみせてしまったのだ。
故に、こういうことになる。
「待てよ、フェリクス」
フェリクスのプロパガンダに乗せられ、拘束に動いていた風紀委員たちを蹴散らし、赤羽雷真が姿を現す。
胸や頭には血が滲んだ包帯。余程の重傷を負わされたのだろう。
「なんだい、ライシン・アカバネ。僕らは『魔術喰い』をたった今お縄にかけるところだったんだけど……容疑者に味方すると言うことは、君もその一味ということなのかな?
そうでないならば、そこを退いてくれ。僕は風紀委員主幹として、彼女を捕縛しなければならない」
蹴散らされた瞬間に、否、赤羽雷真の姿が視界の端を掠めた瞬間に、風紀委員たちには退避勧告を出した。これで不都合なことを並べ立てられてもこちらにダメージはないし、何より―――
(ライシン・アカバネがこの後変心した場合、この執行妨害をもみ消せる)
兎に角、大佐を敵には回したくはない。それが国の意向なのだ。
数分前に重要機巧保管施設から隣に移動してきたリザに目で意思を伝えながら、風紀委員主幹としての仮面を崩さない。
「とぼけんなよ、フェリクス……夜々、吹鳴四十八衝」
「はい!」
その風紀委員主幹としての仮面を打ち砕くように、雪月花三部作『月の乙女』・夜々がひた走る。
目標は、リザの顔を覆う鉄仮面。一応の保険として顔を見られないようにと付けていたものだが……この仮面を一直線に狙ってきたと言うことは、赤羽雷真は真実にたどり着いているという事。
そう認識したのは、赤羽雷真の自動人形の一撃を避け損ねた衝撃によって仮面が砕け散ってからだった。
一足飛びに間合いを詰め、襲いかかってきた夜々は、正に疾風。一撃で目的を達成し、大きく飛び退き、とんぼを切って戻る彼女を憎々しげに見る。
腐っても日本の双璧たる人形師の東の方に作られた人形だ。基礎性能ではこちらが大きく劣っているだろう。
(まぁ、こちらにも勝ち目は十分ある。さっさと黙らせて問答無用にシャルを『魔術喰い』として連行、ライシン・アカバネを功労者として祭り上げてしまえばそれで終わりだ)
思考をまとめ、魔術回路に魔力を流す。
こちらが戦闘態勢に入ったことを悟ったのか、赤羽雷真の口が真一文字に結ばれた。
「いくぜ、フェリクス。お前を倒して、『魔術喰い』騒動は終わりだ!」
『魔術喰い』騒動の帰結に至るであろう戦いが、始まった。
「フェリクスも、やるね」
「うん」
上官殿から金剛を通し、大使館から送られてきたツァイス双眼鏡に目を当て、拡大された光景を眺めた。
『水妖』の魔術回路で身体を流体と化し、月の乙女の使い手である陸の―――赤羽雷真の不調を更なる怪我をさせることによって追い込み、頃合いを見計らって魔術回路を『鎖状鋼』に換える。
鎖状鋼で精製した鎖で月の乙女の足を絡め取り、気にたたきつけて陸のに一撃を加え、またもや魔術回路を切り換える。
「手慣れてんねぇ、やっぱ」
「彼は4位。夜会トップ13『ラウンズ』の中でも高位に入る順位だ。手慣れてなくば勝ち抜けまい……と、決着か?」
満身創痍で追い詰められた陸のは木を背にやっと立っている状態であり、キングスフォート伯は慢心なしに堅実に追いつめていく。
謂わば、王手をかけられる状態にありながら残敵掃討にかかる様なものだろうか。
歩兵の一つすらなくなってから詰みの段階に入るかのような入念さ。
この暗がりの中で照明装置を使用しなかったのはフェリクス・キングスフォートの判断によってそれの持ち込みが拒否されたことに由来するが、では何故大佐は真昼の戦闘を見るような気楽さでこれを視認できているのか。
それはまた、例の夕張総業の流通規制商品(大日本帝国海軍内のみに販売可能な商品)が関係してくる。
微光暗視装置、と言う物を大佐は試験的に開発していた。
これは現場で『優秀な見張り員を増やしたい』という声が強かったことを受けて開発した物で、簡単に言えば『少量の光でも真昼のような視界を』持つことのできる装置である。
これはこれで大変好評だったのだが、大佐はこれを更に改造して自分用の物にしていた。
アルカリ金属素子を使った流通品とは違ってヒ化ガリウム素子を採用し、検知可能な帯域が近赤外領域まで拡大、イオンバリア・フィルムにより被覆することにより感度を向上させ、ノイズを削減、昨年に開発した国内のみの流通品よりも光増幅率は30000-50000倍に向上させ、有効視認距離も25%増加させた暗視装置を試験的に開発・使用していたのである。
付きのツァイス双眼鏡でその光景をニヤニヤしながら見ていると、一瞬でツァイス双眼鏡が引ったくられた。
「何すん……」
言いかけたセリフを断ち切るように、一条の閃光が森を照らす。
否、照らすというような生易しい物ではないだろう。
異常なまでの暴威を持った光が森の一帯を灼いている、と言った方が近い。
「あのまま暗視装置で覗いていたら目が潰れていたぞ」
「……あぁ、かもね」
唐突に動いたことに対して弁明し、言外に謝意を示す。
その含みのある感情の動きを読みとれない大佐ではないはずなのに、大佐は黙然と押し黙っている。数分前までの多弁さは鳴りを潜めたその姿は、何やら考えているようでもあり、自分の内に生まれた嫌悪を抑えているようでもあった。
「……どうした?」
そこから更に数分の沈黙の後、戦艦長門が口火を切る。
こういう沈黙のせめぎ合いのようになった場合、大佐はある程度の時間―――少なくとも数時間―――は絶対に口を利かない。
この沈黙の雰囲気を打破するために頼れるのは自分の行動のみなのだ。
「あの光」
「?」
「破壊の行き着く先は、あーいう光なのかもね」
でも、嫌いだな。
そうつぶやく大佐の目には、仄かな狂気が浮かんでいた。
「じゃ、行こーか。もう決着が付きそうだしね」
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