ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
友人「出撃とレベリングをやめろ」
死ねと?
『被告、フェリクス・キングスフォートを無罪とする』
英国の弁護士資格を手にしているとは言え、東洋人がイギリス警察から無罪を勝ち取る。
普通なら有り得ない光景に法廷はざわめきに包まれ、誰もが彼の活躍・暗躍に一目をおいた。
そして――――
「終わった……」
「終わった……」
警察との血流し肉削る死闘を終え、ついでに日刊襲撃者との戦闘を終え、思わず椅子に座り込む。
「明日の昼に出る鉄道でロンドンを発つ……中々のハードスケジュールだと思うのだけれど」
現在時刻は午前二時。裁判の祝勝会やら何やらで遅れに遅れた予定に引き吊り回される結果となった提督が性懲りもなく立てた詰め詰めスケジュールを諫めながら、最早慣例となった緑茶を置く。
肉、酒、魚。脂が多く塩が振られ、わりかし味の濃い(割りにはうまくない)料理を胃に詰め込まれる形になった提督の胃を癒すように、懐かしのほろ苦さが口内を満たした。
「……しみじみとうまいな」
「そう」
いつにない早さで切り返した後、御盆を引ったくるようにして回収。その後ドアの縁に頭をぶつけそうになりながらも何とか提督の私室からの撤退に成功した加賀を視線で見送り、また手元にある緑茶で一服し、呟く。
「酔ってたのかな?」
緑茶云々言っていたときに顔が赤かった気が、しなくもない。
長門があまり融通の利かない真面目さなら、加賀さんは不器用な真面目さなのかなーと結論づけそうになり、思考を止める。
まだ一ヶ月。まだ一ヶ月しか経っていないのだ。数日にわたる演習と初対面のときの印象で決めたら本来の人物像とイメージとの間にズレが生じたように、迂闊な決めつけは失敗を招く。固定観念を打破しなければならない。
加賀さんだって目の前に高級ワインがゴロゴロ転がっていれば呑みたくなる時だってある。その所為で強か酔ってドアの縁に頭をぶつけてしまいそうになることもある。
(その割りには呑んでたように見えないんだけどな……)
常に斜め右後ろにいたような気配がしたから、全くパーティーと言う物を楽しんでいなかった気がしたんだが。
裁判の勝訴から祝勝会に行くために着用した式服を脱ぎ、とりあえず軍服に着替える。
海軍は原則私服禁止なので、予備の軍服は大量に買わなければならない。外行くには基本的に軍服。社交場でも軍服。まあ、今回の祝勝会では『大英帝国で弁護士資格を得た毛利元景』が参加したわけで、帝国海軍中将第一航空艦隊司令長官毛利元景が参加したわけではない。
こういう微細な己の服装の使い方が積み重なり、何かしらのいいことを生むだろう。まあ、突っ込まれなくなることだけで御の字だがね。
「仕事終わらせて、荷物を纏めるか……」
軽く伸びをし、身体の凝りをほぐす。
緑茶もある。ペンもある。電探の設計図もある。息もあるし、腕もある。これで仕事ができないと言えるだろうか。
否、言えないだろう。
機巧魔術師の基礎技術『念動』の発展系『魔靱』で羊羹を切り分け、『念動』で開けておいた口に入れ込む。
念動とは浮力のようなものである。軽い物を持ち上げたり、移動させたりすることができる。
その発展系の魔靱とは力に指向性を持たせること。提督はあまり得意ではないが、形ある物に使う場合は長門がよく使う『硬度強化』。形なき物に使う場合でも羊羹や林檎程度ならば容易く切れる。
長門が放った森ごと吹き飛ばそうとした砲撃や斬撃を受け止めた形無き盾『魔防』。
個人差はあるとは言え、周囲一帯を視界に収めることができる『天眼』。
そして、物質を浮かせたり動かしたりする『念動』。
この三つが、提督の得意とする基礎技術だった。
故に彼はふと気づく。
(ドアの外に誰か居るな)
天眼をわざわざ使おうとせぜとも、恩恵はある。具体的にいえば、自分の周囲の気配に敏感になるのだ。
一度気になると放置はできない。一段落した電探の設計図を厳重にしまい、ふらりと席を立った。
天眼を使ってもいいが、詰まらない。何かをかけた真剣勝負ならともかく、これはお遊びみたいなもの。加賀さんに送られる魔力は途絶えていないし、途絶えていない以上は不審者がこの宿に近づけるはずもない。
カチャリとドアを開け、一歩踏み込んで辺りを見回す。
……何もない。
「……うん?」
廊下がまだ温かい。具体的な部位を挙げるならば、ドアの斜め右横がやけに温かった。
「気のせいか……」
最近武道と魔道を疎かにしている俺の気配関知なんてこんなもんかと見切りをつけ、再び作業に戻る。
今度は私財を投じている個人的な研究と、金稼ぎ役として安定してきた投資作業である。
片手間でも安定して大金を稼げるこの投資作業。厳密にいえば俺がやっていることといえば『結果を確認すること』だけ。細かいことはそれように組んだプログラムがやってくれる、何とも簡単なお仕事だ。
私財の内訳は『国から出されている研究費、給料、製作報酬、企業からの融資、特許料』。小国の国家予算を超えるような金が倉の中で唸っているような状態である。
まあ、国から出される研究費、給料、報酬。これに関しては非常に少ないのだが、融資と特許料がものすごい。夕張総業からも利益ドバドバなわけだし、世界トップクラスの金持ちな、俺。
才能もあります。実績もあります。若いです。身体は病気には弱いが体力はあります。金もあります。土地もあります。
無いのは家族と愛ばかりなり、と言うわけでござんすな。
純利益を確認し、イギリスの銀行に預けるような指示を下したのち、椅子の背に体重を預ける。
「……ん?」
コン、と。何かが壁に当たった時のような軽い音が静かな部屋に木霊した。
この宿は二階を貸し切りにしているから基本的に物音はしないはずなんだけれども、先の気配に続いてこの物音。鼠か猫か害虫か。
よい子は寝ている時間帯。加賀さんに供給している魔力も一定の値を保っており、彼女が活動していないことを示しているから、これは確実だろう。加賀さんが寝てるのは隣の部屋だし。
「……」
ぼろ宿でもキシリとも言わない見事な無音移動でドアに近づき、戸を開く。
「何もなし」
少なくとも視界の中には。
春先とは言えまだまだ寒いロンドン郊外なのに廊下が温い。
不審に思って足元を見、気づく。
壁にもたれ掛かるように加賀さんが寝ているではありませんか。というか俺、足元も見ようぜ。危うく歩行中に足の指蹴飛ばすところだったよ。
材料を厳選し、何重にも『魔靱』による硬度強化を施した身の丈を抱くようにして座りながら寝ている加賀さんをもう一回見て、思案にはいる。
加賀さんは何キロ何だろうか。いやまあ、確実に4580tあることは受け折りなのだが、艦娘としての加賀さんの重さを、俺はよく知らない。長門が80から90キロと言う身長(軍人基準で)相応な体重だということを知っているくらいである。
(加賀さんは……腕と足は兎も角、如何にも『鍛えてます!』みたいな感じじゃあないしなぁ……)
弓道着の上から一見したところでも外見・印象に反して柔らかそうですらあった。
(見た以上、ほっぽって置くのもな……不寝番的なことをしようとしてくれてたみたいだし、男としてどうかと思うな、放置は)
あまり揺らさないように肩甲骨の辺りと膝裏辺りに手をかけて持ち上げる。
「軽いな、加賀さん……」
この軽い身体のどこにあの大量の飯が入っているのか不思議だ。胃を拡張するような機能を付けた覚えは全くないのだが。
というか今気づいたが、廊下の夏場みたいな温さの原因は加賀さんの体温か。まあ、搭載してる魔術回路の都合上仕方がないけど、人肌が恋しいお年頃な俺にはキツい。さっさと運んでおさらばしよう。
今、朝五時だけど。
読了ありがとうございました。ランキング入りしたようですね……(アクセス解析と評価一を見るに)。
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