ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「……ふぅ」
各国に配布する『セトの原核』の内一つ―――後にコロラド級と言われる米国屈指の巨大戦艦に使われることになった―――の製造を終え、一息つく。
やはり私室……もとい研究室に居るときは落ち着く。気の利く秘書でも雇ってボディーガードと家事と掃除を一気にやって貰うのも良いかもしれない。
「疲れているようだな」
「まあね」
『pukapuka』と言うどこ製だかすらわからないロゴ入りのエプロン姿でノックもせずに現れた長門の気配を察知し、振り向く。
こいつは条件満たしてるんだけど秘書には出来ないしねぇ……
「夜食の準備が済んでいるぞ」
「あ、そう」
いつも買ってきている癖に何故エプロンが必要なのだろうか。
僅かな疑問が頭を過ぎるが、なんだかわからない内にジャガイモをピンポン玉のような残念極まりないサイズにまで縮小させた長門の行動に疑問を持っても仕方がない。
「暗いな」
明かりの漏れる研究室兼私室を出ると、硬い廊下に鉄の踵が打ち付けられる独特の音が暗闇に響く。
「照明器具を付けるなと言ったのは貴様だろう」
「文句を付けた訳じゃないさ。これは感想って奴だよ」
当然のように相対するよう側に座り、俺が席に着くと同時にパクパクと食べ始めた長門の前にある皿には、カレー。俺の前にも当然の如くカレー。
三日周期でカレーが来るな……安売りでもしてたのか?
ま、どうでもいいけど。
「まあまあかな」
「そうだな……」
下の裾部分からめくり上げられ長門の角のような艤装までをスッポリと覆い隠した『pukapuka』のロゴマーク付きエプロンがふらふらと揺れ、豪快にバサリと脱ぎ捨てられる。
恥じらいとかそう言うのは……ないんだろうな。エプロンを脱ぐという行為自体には恥じらいが発生する要素はないし、エプロン姿から私服?姿になったら露出度が大幅に上がるのはこいつくらいなもんだ。
「ま、食えるならいいけど」
そう言いつつも目の前で突如として繰り広げられた眼福発生行為をしっかりと目で捉え、食い終えたカレーの皿を卓上に戻す。
まあ、エプロン姿から普段の服装……というか艤装に戻っただけだが、露出が増えれば脱衣ショーだ。長門の外見と艦装を設計した我が先祖の設計者はいい仕事をしたな。いけない感じではない健康的な色気と凛々しさが両立していて非常に宜しい。我が先祖ながらツボを押さえた設計、さすがと言ったところだろう。
「私の顔に何かついているのか?」
「いや、美人を見て目を肥やしていただけだ」
強いて言うならば米が頬に付いてると言えるけど、それもそれで今のお前の魅力として生きてるよ。
「へ、変なヤツだな……」
「天才ですから」
ピシッと長門の僅かに照れたような顔に指を突きつけ、頬に付いていた米粒を指先で回収する。
ま、技術以外はからっきしだけども。
「じゃ」
いきなり向かってきた指先に少し怯んだように上体を反らした長門の頭部の艦装を撫で、指に付いた米粒を口に含む。
米炊くのは巧いんだよねぇ、こいつ。
いや、二年間延々と米炊いて具を載せてってのを繰り返してればそりゃ慣れるか。
「ごちそうさま」
「う、うむ」
立ち上がって手を洗っていた数秒足らずの間にいつの間にやら三盃目をよそっていた長門との『適度な距離』を維持すると、ゆっくりと廊下に向けて歩き出す。
案外と圧しに弱い長門は……いつものお堅い感じとのギャップがいい。あまり繰り返すと反応を返さなくなることを頭に入れて適度にイジれば脳内リフレッシュにもってこいだ。
「今日中に三つ作り終えるから、その旨を伝えておいてよ?」
「了解した」
「詰まんないなぁ……驚かないわけ?こう……そんなことができるのか!?みたいな感じで」
「私としては貴様ならばそれくらいできると踏んでいたからな。別段驚異ではない」
大仰なジェスチャーと共に言い放った言葉は、自然な人誑しを実行してしまえる旗艦殿の艤装にさらりと容易く流される。
「ほぉ、じゃあ今日中に六個全部作れるといったら?」
「読書と艦隊運用に関する資料まとめに当てている時間を潰して作製の方に回せばできなくもないのだろうが……無理だけはするなよ」
語尾がいやに優しいね、長門。というか驚けよ。まあお前が驚いたところ見たところ無いけどさぁ……
「無理?無理ってのは意地で貫いて道理に変えるもんだよ、長門」
「貴様の言いそうなことだな……」
どこか嬉しげに軽く笑い、綻んだ表情を引き締め直す。
何がそんなに嬉しいんだ、この旗艦殿は。小咄とかを見ても全く笑わないあの鉄仮面ぶりはどこにいった、長門。
「では、私に心配させないでくれと言っておこう。貴様が倒れたりなどしたら国家の損失だからな」
大金と大量の資源によって生み出された『歩く戦艦』が言うと笑える台詞だけど事実なんだよね、これ。
「教鞭でも取ろうか?」
「過労死するつもりか、貴様。副業として海戦に於ける戦術・戦略を技術者としての見地で纏め、これからの艦隊のあり方まで考えて起草しておきながら本職を蔑ろにしないだけでも大した物だというのに……教鞭までをも取れば睡眠時間が消え去るぞ」
「過労死上等。くたばるんならやることやって死にたいんでね」
無言のまま視線を交わしあう二人の様子は、睨み合いにしては穏やかすぎ、意志疎通にしては苛烈なせめぎ合いの様相を呈していた。
「……わかった。過労死しないように私がこれから気を配っていくとしよう」
背後で何やら決意を固めた長門を置き捨て、研究室兼私室へと戻っていく。
さあ、作業途中の五つと手付かずの一つ。ササッと組み立ててしまおうか。
保存庫から製作途中の『セトの原核』を出し、魔力を微量に流して反応を確かめる。
散る火花と、脈打つ様に蠢く魔力。
「……んーむ」
おかしい方向に流れていた魔力を修正するために回路を繋ぎ直し、新たに設置、外部に備え付ける衝撃吸収装置を溶接する。
勘と経験ではなく、理論と手順で作り上げ、誰にでもできるようにしなければならない。だが、それは同時に技術の流出にも繋がるのだろう。
「難しいものだね、こりゃ」
回路を繋ぎ、切り、再び繋ぐ。俺にとっての作業は慣れたが故に簡単だと感じた。嘗て教えた弟子みたいな感じな奴は『無理だ』と投げ出してしまったが、彼は後に機巧魔術の方へと進んだという。
どこが難しいのかがわからない。自分に出来るから他人も出来るとは限らないことはわかるが、何故出来ないのかが、わからない。
「まぁ、天才ってのは凡人には理解できないもんだしね」
一通りの作業が終わり一息ついていると、視界の端に見覚えのある形を描く影が映る。
「だから友達居ないのか、貴様は」
「うっさいな。何しに来たの?」
音もなく扉を開けるのは気遣いとして及第点だけど、その後の対応が最悪だよ、お前。
「いや、軽食を運びにな」
「置いといてよ。今忙しいんだから」
おにぎりを机に置き終わった長門を無理矢理部屋から叩き出し、お盆をフリスビーのようにして投げて渡す。
「私が友達になってやろうか?」
「海に帰れ」
お盆をうまくキャッチしただけだと言うのに何故かドヤ顔な長門を今度こそ閉め出し、鍵を掛けた。
友達はいらん。俺は俺のやりたいことと国益になることをやって生きていく。無駄な関わりは面倒なだけだ。
「時間もないんだよ、旗艦殿」
やることやれたらそれでいいんだよ。仕事もまだまだ残ってるしな。
陸軍との提携のための第一歩とか、連携を深めるための戦術提案書の作製とか。
「……ま、考えておこうか」
友達と言う名の作業員を無料で雇ってこき使う計画を。
読了ありがとうございます。