ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
今回の話はまあ、特に何もありません(すっとぼけ)
「……加賀さん、どうした?」
「…………」
長門に後始末を押しつけて寮に帰って早々、何故か腕を吊っている加賀さんが視界に入る。
いやなんかもう、見てて痛々しいくらいに飛行甲板ごとバキッといっているところを見ると、事故とかウッカリとかじゃ済まされないアトモスフィアがバリバリするんだが。
「あの、提督さん!これは……」
「五航戦」
底冷えのするような目で何か言おうとした五航戦の黒い方を一睨みで黙らせ、カツカツカツとこちらまで歩いてきて、敬礼。
「艦隊、帰投しました。被害は一艦が小破したのみです」
「ご苦労さん」
「医務室は使えないようなので、自然治癒と湯治で直そうと思います」
痛みに苦しんでいる様を微塵も感じさせない氷の美面で至って事務的に自分の怪我を告げる加賀さんに、少し首を傾げる。
なんか無理している気がしなくもないし、鉄面皮はいつものことだとしても、いつもとは違う感じの鉄面皮だ。
まあ、これが男が腕一本折ったんなら『湯治しろ』で済ますんだが……美人が怪我しちゃいかんだろ。
「完治には少し時間がかかってしまいますので、エクスポは――――」
「はい、口開けて」
行けません、とでも言おうとしたのか。それはそれでいいんだけども。
セリフを中断して口を開けさせ、中にチョコを放り込む。
「行けないなら行けないでもいいし、行きたくなくなったんならそれでもいいんだけど……」
無防備に口を開ける小鳥のような可愛らしさに苦笑しつつ、加賀さんの肩を軽く叩いた。
皆から『折れてる人に何やってんのこの提督!?』みたいな視線を受け流しつつ、少し驚いたような目をする加賀さんの目を見て、話す。
「振るならバッサリと、未練を残せないほど爽やかに振ってほしいもんだね」
折れた方の手をしきりに見ながら動かし、こちらに再び視線を戻した加賀さんはもう先ほどのような自分を押し殺すような鉄面皮ではない。
至って普通な鉄面皮である。
「……」
「さあ、こい。何、女性に袖にされるのは日常茶飯事なんでね。幸いにも耐性はある」
十歳の時の初恋から長門に至るまで、実ったことのない我が恋心の耐久力は舐めてはいけない。まあ、加賀さんに恋しているわけではないから、袖にされたとは言わんのかもしれんが。
無言でグーパーを繰り返す加賀さんと目が合い、逸れた。
というか、加賀さんが俺の視線から逃げたのだ。珍しいことに。
「加賀さん」
横に逸らした視線の先に、三枚目になる飛行甲板でインターセプト。二枚目のとは違い、今回は特注品。色々いじったし、ダメージの代替化もできる。簡易的な盾にもなれるし、飛行甲板というよりは装甲板といったほうがいい代物だ。
「提督、少し」
「おぅ!?」
飛行甲板を持って立ち尽くす加賀さんから離すように、一航戦の赤い方が我が軍服の襟を持ち、引きずる。
ぜかましみたいな声が出たのは単純に息が詰まったからであり、この重い感じな空気を破ろうとしたからでは断じてない。
「……加賀さんは敵の主力らしき一艦から瑞鶴さんを庇って負傷されたんです」
「うん、それで?」
「その敵は結果的に逃がしてしまいました。かなり強い敵だったので仕方ないところもあるのですが……加賀さんとしてはこう、プライドが著しく傷ついている状態でしょう」
赤城の頭越しに加賀さんを見てみるとなるほど、少し複雑な表情をしているように見えなくもない。
飛行甲板を手に入れた嬉しさと敵を逃がした無念と申し訳なさでいっぱいいっぱいな感じなのだろうか。まあ、詳しくはよくわからない。
しかし、いつもの―――と言うか、最近の加賀さんにしては寡黙なのは確かだろう。
「加賀さんは今、『失態を犯した自分がのうのうと遊んでしまってよいものか』と考えているはずです」
「おう、そんなもんか」
人の心の機微みたいな物はよくわからんのだよ、俺は。長門くらいに表面に出てくるんならまだしも、加賀さんは心の表情しか豊かではない。何かに不満な時、僅かに頬を膨らませる傾向にあるが、そのくらいな物である。
「なので、今回は提督が誘うべきです。加賀さんは提督の言うことなら基本的に断れませんし、ようはキッカケの問題ですから」
「…………おう」
いってらっしゃいとばかりに背中を押され、再び加賀さんの前へと連れ戻された。
何だろうか、この微妙に緊迫した空気は。
「提督、先ほどのチョコレートはどのようなものだったのかしら?」
「ただ身体の内部に起きた異変を復元するだけ。再生じゃないから寿命も縮まないし―――『折れた物を折れる前に戻した』って感じかな」
「それは貴重な魔術品でしょう。私の骨折ごときに使っていいものなの?
大事なものであるならば、使い時は見極めるべきよ」
「いや、加賀さんの負傷は『ごとき』で済むような軽い問題じゃないだろ」
腕か折れてたら弓が引けないしお茶も点てられない。俺の貴重な護衛戦力が減衰したまま、何かがあったんじゃ遅いからな。
「うわ…」
「わぁ…」
消えた赤城に、俯く加賀さん。五航戦は何故かこちらを変な目で見てるし、翔鶴は安定の赤面。
加賀さんは俯きながら後ろを向いちゃったから表情を見て内面を悟るどころか、顔すら見えないし。
赤城、お願いだから帰ってこい。長門に料理作らせるから……!食べ放題でいいから……ッ!
「……そう」
数分の沈黙の後、こちらに向き直った加賀さんが発した声は何故かうわずっていた。
うわずった原因は、アレか。五航戦の生温かい視線を浴びながらだろうか。
「にしても加賀さんが負傷するなんて、どんな相手と戦ったの?」
「私の2Pカラーみたいな女と戦っていたわ。白髪赤目の優等種―――白神子、と言うのでしょう?」
白神子。別名はプロミストチルドレン。生まれつき魔力の保有量に優れ、人間の上位種のような力を持つ。謂わば突然変異種のようなものだ。
その力故に迫害を受けたりしたこともあったらしいが、兎に角その髪色目色の物には優秀な人物が多い。
「強敵だったわ。誰かさんが狙われたのを庇って不覚を取ってから、不利な状態での一対一で戦う羽目になってしまいましたが……この通り、死にはしませんでした。
さらに詳しくいうならば、2Pカラーの艦載機の練度には目を見張る物がありましたが、それはこちらも同じこと。片腕の不利は艦載機の性能の差で押し切りました」
「加賀さんの、2Pカラー?」
「何か?」
……見たことがあるぞ、そいつ。確かアレだ。アメリカ軍の秘密偵察にぜかましと赴いたときにミッドウェー島付近の海域で錆びた何かに腰掛けて暇してたんだ。
見えてないはずだったのに突然こちらに向かってきたからぜかましの魔術回路を使ってまで逃げる羽目になってしまったことは記憶に新しい。
「いや、何でもない」
「……そう?」
「ああ」
憶測で物を言うわけにもいかないし、かと言って断片的な情報だけ漏らして混乱させるのもよくない。
ここは黙ってるのが正解だろう。
「でさ、加賀さん」
「はい」
「エクスポ、一緒に行こうよ」
「はい」
誘い、簡素な返事と共に頷かれる。
あれ?『Wow!いいんデスカー、提督ぅー!』みたいな反応は求めてなかったが、もっとこう……あるような口振りだったじゃない。赤城によると。
「では、楽しみにしています」
一礼し、すぐさま背を向けて去っていく加賀さんを見て、思う。
やっぱりよくわからんな。人の心の機微は。
「……」
ドアを開け、クルリと空中で一回転し、膝を抱きかかえながら更に二回転。
忍者めいた技をこなした後に音もなく着地し、足を立てて膝を付く。
「やりました」
相変わらずの鉄面皮。しかし、いつもとは僅かに纏う空気が違っていた。
「いつになくダイナミックな喜び方ですね、加賀さん」
達成感に満ち溢れたまま硬直し、油をさしていない機械人形のような固さで横に振り向く。
「…………赤城さん」
あなたは何も見ていない、イイネ?
アッハイ。
照れ隠しに引っ張られた頬を撫でながら、赤城はニヤリと笑う。
(加賀さんもずいぶんと可愛くなったものですね……)
親友の表情豊かな心情が透けて見えるような気がする彼女は、仄かに耳が赤くなっている加賀を見て、再び優しげに微笑む。
空母艦娘の結束は、とあるところで固かった。
読了ありがとうございました。いつもいつも感想・評価いただき作者として読者様方に感謝の念しかありません。