ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「加賀さん、大丈夫?」
「全く問題はないわ」
声は全くの平静さを保っているというのに、外見だけ見たらとてもそうに見えないのが不思議だ。
「本当に?」
「嘘は言わないわ」
湯気が出そうなほどに顔が赤いし、マフラーに鼻までがすっぽりと隠れていて表情がわからない……のはいつものことか。
とにかく、何をしても反応が一泊遅いのだ。
「……――ッ」
どうしたものかと考えていると、俺の頭を一筋の電流が突き抜ける。
軽く地面が揺らぐ感覚。こちらに迫り来る、あたかも重戦車の突進のようなそれは――――
「すまん加賀さん。少し手を離すから」
一声かけて両手をフリーにし、腰を屈めて『ソレ』を待つ。
『てぇぇぇぇ―――』
あたかもそれは、モーゼの十戒。その女性が通る度に人混みと言う名の海が開き、尋常ではないスピードでこちらに突き進んでくる。
『いぃぃぃぃ―――』
迫る戦艦、地獄の瞬間。
『とぉぉぉぉ―――』
無駄に精練された無駄な動きで跳び上がり、空中で回転しながらこちらへと飛翔。
「くぅぅぅぅ―――!」
「読んでたよ!」
『回転飛翔する金剛に抱きつかれて吹っ飛ぶ提督の図』をキャンセルすべく両手を前に。金剛の腕が後頭部に回される前に腰を両手で掴み、横方向にかかった強烈なベクトルを柔術の応用で上へと逸らし、そのまま思いっ切り持ち上げる。
「ほーれ、高い高い」
「Yeah!」
最高速度40ノットで突っ込んでくる50kgちょいを持ち上げるのは少しキツいが、コツさえ掴めば楽なもんだ。というか、まともにくらうのは一回だけで充分だよ。
「…………」
「Hey、加賀!元気でしたカー?」
無・邪・気。最早こいつ、何も考えてないんじゃないかと思うほどの快活さで加賀さん(ジト目)に話し掛ける勇気は……実際すごいよ、うん。
「何の用ですか」
「Why?特に用はアリマセーン。ただ提督が見えたから走ってきただけデース!」
ぐっと胸を張って堂々と答える金剛。もういっそ、ここまでくると清々しい。
「……今提督は私と」
少し言い淀んだ後にちょっとこちらを一瞥し、再び金剛に視線を戻す。
「私と―――私と、エクスポを回っています。金剛さんは……」
何故繰り返した。大事なところだったのか、そこは。
加賀さんが何か言い掛けた言葉を打ち消すように、金剛が突っ込んできた辺りから轟音が響く。
「あれは……フランスの陸上戦艦ダイダロスか?」
展示されていたことは知っていたが、まさか動くところをこの目で見られようとは思いもしなかった。
「なんかイヤーな予感がしマース」
「……金剛さん。ちゃっかり提督の腕にしがみつくのはやめなさい。提督が困っているわ」
「いや、全然?」
加賀さんからの視線が凍りつくように痛く、金剛からの視線が熱い、そして左腕が柔らかい。恐怖の三重殺だ。コワイ!
「てか、ふざけてる場合じゃなさそうだな」
「……ええ、そうね」
突然ダイダロスが起動したことに、観客どころか職員までもが驚きを隠せていない。
つまりこれは、事前に用意されていなかった不測の事態だと言うことだろう。
「加賀さんは彩雲飛ばして待機組に連絡して、混乱している人の誘導を、金剛は大使館に行って『地一号作戦』実施許可を。何が起きてるかは予想が付くけど知りはしない。気を付けていくようにね」
「わかったわ」
「了解デース!」
二人の承諾を得、ダイダロスの浮上地点へと向かう。
何が起こったかは予想が付くが、状況がどこまでいってるかまではよく知らん。
実地で確認した方が―――
「あん?」
「げ」
またお前か。
俺じゃねえ!
目と目があった瞬間にお互いの思うところが通じ合ったが、何ら嬉しくなどはない。
「いい身分だな、陸の。とっかえひっかえ女を侍らしてからに……」
「あんたにだけは言われたくないぜ……」
隣に機巧工学教授・イオネラ・エリアーデ(17)を連れ、いつもと同じような格好でその場を立ち去ろうとしていたのは、陸の。
もはやこれは、因縁めいた物を感じるな。ここまでバッタリ出くわしてしまうと。
「どこへ行く、陸の」
「襲われたから逃げてんだよ!」
「襲われたぁ?どうせまたその犬めいた嗅覚でもめ事のにおいを感じ取って後先考えず突入したはいいけど怪我も治らず自動人形もないんじゃなにもできないってことに今更気づいて逃げてきたんじゃないの?」
図星である。
彼は面目を潰されかけた花柳斎からの命でイオネラ・エリアーデ教授の『無限連鎖反応』についての研究のデータを盗んでくるようにと密命を受けたのだ。
そしてまずはその一歩とすべく親睦を深めようと一緒にエクスポに来たらラドクリフ教授に出くわし、イオネラ・エリアーデ教授は『あるお方』に自動人形を売った件についての話し合いやら何やらでラドクリフ教授と共にどこかに行ってしまった。
何故かそこで不安―――というか、危険を感じたから少しつけてみたら謎の黒ずくめの男とラドクリフ教授にイオネラ・エリアーデが殺されそうになっていたから、浚って逃げてきた、と。まあそんな感じである。
「いやまあ、あってるんだけど今はそれどころじゃねえんだ!ラドクリフが実は―――「自動人形だったんだろ?」
知ってるよ、そんなもん。というか、綿密に情報収集してたら普通に掴めたわ。
「その少女教授が作った魔術回路を書き換える魔術回路・『絶対王権』を積んだ自動人形を使った一大テロ計画。ラドクリフのすり替えはその布石だったからな」
「……あんた、知ってたのか?」
「当たり前だ。諜報戦がこれからの戦いの趨勢を決めることになることは請負だからな。そこら辺を怠っては軍人とは言えん」
「じゃあ何でこいつに教えてやらなかったんだ!」
「馬鹿に教えても馬鹿は馬鹿。いいか、俺は面倒が嫌いなんだ。謀略のぼの字も知らん馬鹿に懇切丁寧に教えてやるほど暇でもない」
教えてやっても『自動人形を買い取る』から『自動人形を奪い取る』に黒幕の目的がシフトしただけ。そうなれば再び、先の事件での傷が癒えていない学院が標的にされることになる。
『絶対王権』―――他の自動人形の自律回路を書き換え、意のままに操る魔術回路は、テロ計画には不可欠だったのだから。
「その少女教授は『絶対王権』の自動人形にいたくご執心だった。壊せと言っても壊さなかっただろうし、彼女がその人形を壊さない限りは何をいっても結末は変わらなかった。なら、俺は準備に専念する。元々他人には興味ないしね」
そう言い切った提督の背中が、ゾクリとおののく。
(この感覚は―――)
数年前の演習の時。あのときに感じた鈍色の殺気。
それが再び彼に向かって注がれていたのだ。
「げ、主砲かよ」
ダイダロスに備え付けられた35,6cm砲。一時代を築いた強力無比な殺傷兵器が、こちらに向かって放たれた。
読了ありがとうございます。感想・評価いただけると幸いです。