ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
屈原(紀元前343年~紀元前278年)
「煙いな」
「構造上の欠陥なんだ。我慢してくれ」
巨大な図体を海に横たえ、一路米国へと進んでいく戦艦長門の士官室を朦々とした黒煙が包み込んでいた。
その巨体を動かす原動力が魔力であるとは言え、彼女がその身に循環させる魔力は突如の戦闘に備える為の方の準備とその巨体の整備に当てられていた為、通常速度の16ノットを維持するには燃料を使わなければならなかったのである。
結果、今まで魔力でしか動かしていなかったツケがきた。
「完成して不備がないと言われても詳しくしつこく確かめるべきだな、これは」
「その仕事は貴様の職掌ではないがな」
上官になればなるほど―――即ち、階級が上がれば上がるほど朦々たる黒煙に悩まされる。普通の軍艦としては有り得ない欠点だろう。
これは魔力で動かし、精霊魔術で雇った乗組員たち―――後に『妖精さん』と呼ばれる者たち―――に整備を任せ、砲の発射は艦娘たる彼女自身に任せていたからこその失態。正直、他の外交使節の皆々様方も辟易としているのが現状だった。
「人が動かさないから大丈夫ってのは……安易だな」
「あぁ。乗組員は要らないとは言っても、作戦行動の円滑化には人の手が必要不可欠だ」
何時如何なる時、如何なる事情の如何なる場合でも十全な動きを見せなければ戦艦とは言えない。
精霊魔術を採用した彼のアイデアと発想はすばらしかった。マイナー……と言うよりは存在自体が一部の人間を除けば知られていないという魔術を習得し、浮かれるでもなく何の秘技を披露するでもなく純粋たる労働力として使うと言う常軌を逸した発想はよかったのである。
「妖精さんたちは『魔術的にこき使われるよりは』って感じで飄々と従ってくれてたから気づかなかったけど……黒煙は、ないね」
「……そうだな」
「今からでも遅くない。帰って改造しようじゃないか」
二ヶ月で終わらせる自信はあるよ、俺は。
「任務の最中だ。貴様の作った『セトの原核』を米国へと運ぶ、な。そう簡単に引き返すわけには行かないさ」
「……気になるなぁ」
喉に刺さった小骨みたいな感じに気になる。技術屋にとってこの失態は心理的に辛い。最早現状に不備はなく改造する必要などないと思っていただけに、ね。
「話題を変えようか」
「いいけど?」
艦首に軽く体重を掛けながら、長門はいつもと変わらぬ凛とした様子を崩さずに、そう無理矢理に話題を変えた。
職務モードのこいつは頼りになる。決めるところをキッチリと決めるし、バッサリと物事を見極めていくからこちらのすることがないくらいに。
「私はどうも米国にあまりいい印象を抱けない。何というか……こうして米国まで遠洋航海していくこと自体、何か嫌な予感がするんだ。何かこれについて思い当たることはないか?」
「いきなり来るな、お前……」
「帝国艦隊旗艦だからな」
いや、まあ単縦陣はお家芸だけども……旗艦だからと言っても一番に突っ込んで行かなくともいいんだよ?もっと周囲に警戒を払うのは―――まだ、少し時が経たなきゃ理解しないか。
「米国か……」
「そうだ。この不安のような嫌悪のような感情は本当に私の勘の産物なのかと、そう思ってな」
「理屈の通らない勘に感情を挟むような奴じゃないもんな、お前は」
軽く考え、首を捻る。
長門は何にも属さない白の状態で造り上げた。設計的にも余計な思想が介在する余地はなくしたし、負の先入観と言う物を滅多なことでは持ち得ないはずなんだけど……
「俺はお前を思想に染めようとはしていないし、先入観も持たせようとはしていない。護国の軍艦である都合上、尻と口が軽くないようにはしたが………やったとしてもそれくらいな物だ」
それも俺が直接備え付けたわけではなく、先祖の手による物。尻軽であったならば成功品があっさり寝返ることになりかねず、寝返られてしまってはこちらが一転して窮地に立たされる。口軽であったならば尻軽よりはマシだが技術的機密が漏れやすくなり、尚且つ軍の機密をペラペラ話してしまうかもしれない。
個人的に言わせてもらえば、彼女等の性格を己の都合よく弄くることは好きではない。口が悪かろうが目立ちたがりであろうが、何だかんだで受け入れてくれる提督諸氏が居るだろうから、洗脳する気にはならない。
あるがままを大切にすることを大事にしてきたつもりだが、そうだな。
―――初期の初期。掛け替えどころではない時代に於いては、性格の強制と言うのは仕方ないと言えることだったのかも知れない。
蛮勇に駆られるわけでも、臆病でもなく、反抗的でもなく、戦闘好きなきらいもあるが自制も利き、一度主と見た者には忠実で人当たりもいい。意志にそぐわない作戦でも受け入れるこいつは、俺が造り上げて舞鶴やら横須賀やらに野放しにしておいた誰よりも『扱いやすい』のだろう。
舵を間違った方向に向かせるわけでもなく、力に溺れるわけでもなく。冷静でありながら勇猛さも併せ持つあたり、非常に模範的な軍人だ。人じゃなくて戦艦なところが惜しいくらいには。
「……そうか」
暫くの間瞑目し、何事かを考えていた長門の赤い眼が開かれる。
不信感と拭いきれない疑問はあったものの、先ほどよりは幾分か理性的な瞳がそこにはあった。
「疑うつもりは無かったのだ。貴様が対米非戦論者であることは周知の事実だったし、私もこの目で確かめたことだからな」
すまなかった、とあっさり頭を下げるその姿には高官にありがちな頑迷さもない。
俺は人を率いる立場じゃあないからこいつを純粋な好奇と畏敬の目で見ることが出来るが、何だ。
こんな奴が部下だったら色々辛いな。自分よりも自分が今居る職に向いている奴が部下だなんて冗談じゃない。自然と疎遠に扱われるだろう。
仕えるべき上官から理由不明の妬みと疎みの目を向けられ続けることになるかもしれない。こいつは『上官よりも自分の方が有能だ』とか思わなそうだし。
「私も貴様に倣い、対米に於いては細心の注意と最大の敬意を以て当たろう」
「どうせ自分で考えて、自分で判断したんでしょ?」
「ああ」
何故か豊かな胸部に右拳を当て、誇らしげに胸を張る。
何だろうか、こいつ。何故俺に対しては少し餓鬼っぽいところがふとこぼれ落ちるんだろう。
「なら、何で俺が非戦論者なのかわかってくれてる?」
「無論。貴様の記し、提出した挙げ句に燃やされた現実と予測を照らし合わせた報告書には一通り目を通したからな。この長門、抜かりは無いさ」
そう言えばこいつ、あの報告書書き始めてたあたりから顔を出し始めてたもんな。時期的にはあってる……のか?
「だが、そうだな。強いて欠けた物を言うならば貴様は技術的な視点が進み、それに伴って戦術的な見地も未来ばかりを見ていて現実に足を着けていないきらいがある。だから恐米家とか言う渾名を付けられるのだろうと、そう思ったぞ」
………………グッサリ来んな、この野郎。
「お前さ、歯に衣着せて生きることも大事だってこと、わかる?」
「阿諛追従は好かないし、得意ではない。腹芸も同じことだがな」
『歯に衣着せる』を『阿諛追従』と訳すあたりにこいつの性格が出てるな、本当に……
「そもそも意見を求められたと言うのに自分の意見を曲げるというのが失礼だろう」
「意見と言う名の同意を求められてる場合もあるけどね」
機関兵と機巧魔術を扱う技術兵、軍艦の修繕を担当する技術部門の名ばかり代表としてお歴々の化かし合いに参加してわかった事が一つある。
本当に意見を聞かせたいならば意見を言うのではなく、誘導しなくてはならない。航空母艦建設に際しても、航空部隊の編成に際しても、俺は意見を叩きつけていない。
議論が白熱し、冷めかけている半ばに言ってあとは的確に誘導しただけだ。
「……そうなのか?」
「質問に質問で返して悪いけど―――問われて自分の意見を言ったのに有耶無耶にされて、それ以後聞かれなかったこと、あるでしょ?」
そんなことはないと言おうとして口をつぐみ、反論のために振り上げた手を空にさ迷わせる。
「……ある」
あぁ、やっぱり。
やっぱりこいつは、リーダー気質だ。自分に辛いことも受け止めているあたり、特に。
「巧く立ち回らなきゃ意見すら問われないんだよ、長門」
「……そう、なのか」
そんなはずはない、と。そう叫ぼうとした愛国心は立派。
感情と理性を咄嗟に秤に掛け、無理矢理自分の感情をねじ伏せたのも立派。
だが何だ、長門。
「お前はそのままでもいいだろうと俺は思う」
狡賢く知恵を回すのは俺だけでいいような気もする。俺はあくまで技術者であればいいし、腕だけで『海軍の至宝』とまで言われているのだから。
最大限、その立場を国のために利用するだけだ。
「……それでいいのか?」
自分に向けたのか、国に向けたのか。或いは俺に向けたのか。
鴎の鳴く晴天の中、彼女の言葉は眩しすぎる青に溶け込むように消えていった。
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