ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
バルカン半島。ヨーロッパの火薬庫と呼ばれるその地域に、とある男が訪れていた。
―――青薔薇。世界的なテロ集団、薔薇の師団の大幹部の一人である。
「チッ、あの婆……この俺をまるで部下みたいに扱いやがって……」
憤懣やるせない彼の目的は、数ヶ月後に迫った皇太子による閲兵式会場となるこの場の、下見。
戦争狂いである金薔薇の思惑は、この場で民族紛争のような形に見せかけて皇太子夫妻を殺すこと。
彼はその思惑を寸分の狂いなく実行するための精密な地図、それを書かされるためだけに動員されたのだ。
「めんどくせぇな……」
人混みの中に溶け、部下に周囲を警戒させながら辺りの偵察を完全に終える。
彼の自動人形は、その手に止まらせた鷹。
搭載せしは、『水神憑依』。ポセイドンと言う大仰な名を付けられたそれは、自分の身体を自在に水に変化させることが可能だった。
『密』を『粗』にして自在に攻撃を受け流す、グレンダンの使っていた魔術回路に似て非なるもの。当然ながら伝説級の―――即ち、複製の難しい代物である。
「……じゃあ、はじめっか」
物陰へと身を隠すと、手に持った瓶を地面に投げ捨てる。
自然の道理に逆らうかのように、その内を満たしていたインクの中身のみが宙を舞った。
新たに手にしたのは、一枚の羊皮紙。
その羊皮紙の上をインクが滑るように染みさせていき、見事な地図を描きはじめる。
―――このときの青薔薇は、油断していた。
いくら精鋭たる部下に周囲を固めさせていたとは言え、地図を描きはじめるのは後でいい。帰還し、完全に安全な場所へとその身を移してからでよかったのだ。
「ん?」
ポトリ、と。羊皮紙に赤い染みが付く。
気づく間すら与えられず、胸から刃が生えていた。
「―――なっ!?」
青薔薇の身体から刃が抜かれ、頭上に振りかぶられる。
振りかぶられた反りのない刀は、まるで水でも斬るかのような容易さで青薔薇を袈裟懸けに両断した。
―――事実、この瞬間の彼は水だった。
「何もんだ、テメェ!」
水は身体の組成を司る。
傷ついた胸部を修復し、応急処置を終えた身体を後方に向けた。
手に止まる鷹から放たれたのは、一条の水流。
ともすれば紐のように細いその水流は、後に高圧水流と呼ばれるもの。
それを剣を振るうように襲撃者に向けて薙ぎ払う。
どんな強固な身体をしていようが、関係はない。この弱そうにしか見えない一条の水流は、戦艦の装甲すらバターのように切り裂くのだから。
「―――馬鹿だなぁ」
薙ぎ払い、気づく。
水流の描いた軌道がそのまま、柄が後付けされたかのように異常発達した直刀のような刀の刀身によって防がれていたのだ。
「斬れねえよ」
男のような口調だが、その声は女の物。
女程度に、自分の必殺の一撃が防がれたというのか?
馬鹿な、と打ち消す。
派手ではないが、確実に殺せるのがこの技なのだ。
「どう防いだかはしらねぇが、二度目は―――」
「―――ねぇよ」
直刃の刀に、血が滴っている。
そう認識した時すでに、青薔薇の右手が欠損していた。
「こいつか……」
落葉のように落ちた己の右手を掴み、平然と鷹だけ手元に残してちぎり取る襲撃者を見て、彼の身体に怯えが走る。
怒りでは、ない。
疑問でも、ない。
ただただ、青薔薇は理解不能なその襲撃者に怯えの感情を抱いていた。
視界を巡らせ、周囲に散らばらせた部下に声をかけようと息を吸い込み―――
「救援か?無駄だな」
喉を一突きで穿たれた青薔薇の口から、言葉にならぬ音が漏れる。
「ほら、やるよ」
手に持つ刀とは別の、二本差していた内の一振りを無造作に放る。
「親父殿ほどじゃあないにせよ、魔術師ってのはできるんだろ?」
多聞と成実はできたぜ?、と。某天才に巻き込まれる形で(内一人は自ら巻き込まれていったが)二人の魔術師を平然と例に挙げ、無駄のない動きで刀身を鞘へ納める。
「拾って、さっさと斬りかかってこいよ」
片目しかない猛獣の眼光が青薔薇を射抜き、その身を更に竦ませた。
金薔薇は、鴉のような奴だった。
銀薔薇は、獅子のような奴だった。
黒薔薇は、蠍のような奴だった。
こいつは、狼だ。
「……拾わない、か。拾おうと屈んだらぶった斬ってやろうと思ってたんだが―――読んだのは流石と言ってやるよ」
構えることもなく、自然体で立ち尽くす。
眼光だけはそのままで、背に羽織った袖無し外套が風になびいた。
「でも、終わりだ」
受け売りだがな、と。
オリジナルには劣るものの、それでも視線に止まらない斬撃を放つ。
頭から股にかけてを一刀両断にされ、青薔薇は何もわからぬままに恐怖を抱いて息絶えた。
「……温いなぁ」
口にくわえた懐紙で血糊を拭い、再び鞘へと刀を戻す。
片手を開けたのは、用心のため。不意の襲撃があろうと、片手を犠牲にすれば時間を稼げる。
「親父殿、これをあげたら喜ぶか?」
少し首を傾げ、凝り固まった背を伸ばした。
「まあ、まだまだか……」
参謀の証の飾緒が沈みはじめた夕陽に反射し、僅かに光る。
「……任務終わったら、会いに行くか」
赤城が持っていたカードによって呉でキッチリと再契約は済ませたが、やはり直接会いたくもあった。
外套を風に靡かせ、彼女は一路シェフィールドへ向かう。
鷹は何食わぬ顔で、彼女の腕に止まっていた。
読了ありがとうございました。感想・評価いただけると幸いです。