ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
シェフィールド。イギリス中部の工業都市として名高いその町の近郊の田舎町に、とある魔術師が住んでいた。
グリゼルダ・ウェストン。嘗て夜会で頂点の座にまで上り詰めた女傑であり、この田舎町の領主である。
彼女は絶大な栄誉を約束された魔王でありながら、如何なる組織にも所属していない。
それは勿論『肩書きにそぐわない力しか持っていない』と言うことではなく、『変人』と言うことであり、彼女自身は非常に優れた魔術師である。
彼女は夜会で頂点を掴み取ってからは貴族であるにも関わらず英国軍への協力を拒み、自らの秘術の漏洩を防ぐために領地に引きこもっているのだ。
貴族としてあるまじき非協力的な態度だが、自動人形や収蔵品などを没収されながらも何とか今までは許されていた。
しかし、状況は一変する。
先の反乱騒動で第一機巧師団の半数が予備役に編入され、将校たちもまた『処理』されるか栄転するかの二つに分かれた。
師団長であるグレンダンは軍人としては到底やっていけない致命傷を負い、反逆者としてしかるべき処分を受けるであろう。
その後釜には王妃グローリア―――薔薇の師団の一角、銀薔薇―――が就いたものの、精強無比を謳われた第一機巧師団にはかげりが見え始めていた。
そこで彼らが―――と言うよりは、とある中将が考え出したのが戦力の補填である。
いや、戦力を補填するだけならば誰でも思いつくから特異性はないし、それを行ったところで国王からのマイナス評価がプラスマイナスゼロになるくらいな物で、骨を折るほどの利益はない。
とある中将―――ネイサン・ライコネンが考え出したのは、それに更にプラス補正をつけると言うもの。即ち、嘗ての練度を取り戻し、それを上回ろうという物であった。
「……てな感じで、近々ライコネンが来ることになるだろう。気をつけることだな」
「なるほど、目的は私の軍入り―――現在の情勢から鑑みても有り得る話だな」
目の前に胡座をかいて座る隻眼の少女から告げられた言葉に頷きを返し、思考を巡らす。
ネイサン・ライコネン。彼もまた、魔王だ。ついた渾名は『焼却の魔王』――――不定形な火の如き機体を持つ伝説級の自動人形『フリスヴェルグ』を操る最強クラスの魔術師であり、英国陸軍情報部所属のエリート将校。
「親父殿が言うには、『不意を打たれるのと事前に準備しておいて襲撃を受けるのでは随分違う』……とか何とか。ま、咄嗟の奇襲にも前兆はあるんだから察知できないのはそいつの怠慢でしかないと思うが……兎に角、伝えたぜ」
「ああ、確かに。『親父殿』とやらに礼を言っておいてくれ―――目論見が何なのかは知らないが、な」
しかし、難しい。
何が難しいかと言えば、単純なことだが―――戦力が足らないのだ。
最近入ってきた弟子と、自身が数えられる戦力であり、弟子を自分の都合に巻き込みたくはない。
―――自動人形を奪われたのが痛いな
彼女の今持つ自動人形は夜会を征したときの相棒ではない。領地に引きこもっているときに限られた材料で作ったものでしかないのだ。
「あんたの相棒は、あれか?」
片方しかない鋭い眼で彼女の現在の相棒―――イプシロンを見据える少女の声色には、別段感情は込められていなかった。
「ああ」
「弱いな」
井戸水を汲みに出て行ったイプシロンが戸の外へと姿を消したのを確認し、手に持っていたティーカップを皿に戻す。
「剣の腕が立つ訳じゃなけりゃ、魔力の流れがずば抜けて精緻なわけでもない。
お前、負けるぞ」
せめてもの優しさなのか。
外に出たイプシロンに届かぬように僅かにこぼれる程度の小声でそう告げ、鞘ぐるみ床に置いていた軍刀と柄が特徴的な直刀を掴む。
「……だろうな。そうでなくとも私では師にはかなわんだろう」
「その気持ちは分からなくもない……が、諦めんのには早すぎる。俺が力を貸してやるよ」
よく眼を凝らし、驚愕した。
「お前……自動人形か!?」
「そうだ」
イプシロンも人型だし、弟子の自動人形―――雪月花の『花の乙女』小紫も人型だ。その外見構造の精緻さは他の追随を許さないし、機能的にもヒトのそれと大差ない物。
しかし眼前の人形はそれすら越えている。魔力循環も綻びが全くないし、使い手も周囲に感じられない。
大量の魔力を消費すれば機能不全に陥る可能性があるが、それは人とて同じこと。
完全に自立している。
この一事は、デカすぎた。
「木曾だ。親父殿の跡を継ぐための二世でもあるが……まあ、よろしくな」
差し出された手を呆然と掴み、その華奢な手から伝わる温もりに気づく。
ほとんど完全な『人』が、そこにはいた。
「お前の敗北を、勝利に変えてやるよ」
「……キソー」
「木曾がどうかしたデスカー?」
加賀さんを後ろに、金剛を前に。
親父殿こと提督は、美女二人に挟まれて一路ロンドンの大使館へと歩を進めていた。
大使館での昼食の後、夕張総業製の車をチャーターして郊外にある工廠へと向かうと言うのが彼の夏休み消化スケジュールの第一段階であった。
「榛名ー!出てくるデース!」
ガンガンと戸を叩き、大使館の一室を振動させる。
あまりの返答の遅さを訝しんだ加賀さんの頭が疑問を呈すように傾げられた。
「……榛名?」
「――――………」
金剛の連打で実は開いていたことが発覚した扉を慎重に開ける。
「……おう?」
明かりのついた玄関先に、白い巫女服らしき服を纏った何かが落ちていた。
少し灰色がかった髪に、電探を加工した独特のカチューシャ。
「榛名」
「……」
力尽きたように倒れ伏した榛名の意識の有無を確かめるために声をかけると、陶器のような白さが鮮やかな白魚の指がピクリと動く。
「……大丈夫か?」
生存確認を終え、被害状況を確認することを優先。
榛名は耐久力がある方ではないが、女としては完璧に近い性格をしている。
つまり、よっぽどなことがない限りは男にこんなざまを晒すわけがないのだ。
「てい、とく……」
辛うじて意識を保ち、笑う膝を抑えて立ち上がる。
指と同じく白磁のような肌であるはずの顔は、少し血の気が引いたように青白かった。
「榛名は、大丈夫、です……」
気力を振り絞った一言だったのだろう。言い切るやいな眼が閉じられ、パタリとこちらに崩れ落ちてくる。
「大丈夫じゃないな……」
お亡くなりになられた榛名の身体を(死んでないが)金剛に頼んで彼女の部屋に安置してもらい、後ろにいる加賀さんを振り返る。
「……どうしたのかしら?」
「何があったんだと思うが、見解を聞きたくてね」
顎に指を当て、少し首を傾げる。これで表情が多少なりとも変化していたなら茶目っ気らしきものが感じられたのだが、無表情のままでは小動物めいた可愛さしか感じない。
(……女か)
ジロジロとまではいかないが、さらりと立て板に水を流すように視線を巡らす。
(娘として見てたんだけどな)
ギャップ、と言うのだろう。まだまだ蕾すら出ないと思って愛でていた名花が、仄かに花を咲かせはじめた。
精神的な習熟は早くなるようにと、生まれてすぐでもある程度の思考が可能なようにしてあるが、まさか数年でここまで成長するとは思っていなかった。
「提督?」
「ん?」
「私は今、予測を述べたのだけれど」
聞いていなかったのかしら?と、責めるような声色でこちらに口を開く。
「ごめん、少し加賀さんに見惚れてたんだ」
「……卑怯」
「事実だよ」
少し顔を俯かせてポツリと呟いた加賀さんの頭に手を乗せ、抵抗がないか確認。
加賀さんは、身体を少しこわばらせたまま動かない。
「ん……」
キュッと引き結んだ口から、ポロリとくすぐったそうな声が漏れる。
この喉を撫でられた猫のような反応を見るに、どうやら嫌ではないらしい。
「加賀さんってさ、男の趣味悪いよね」
「……」
今まで従順に俯いたままだった態度から変化し、僅かながらむっとしたような顔へと変わる。
「今撫でてるのも愛してるだからじゃなくて、触りたいからだし……ちゃんと加賀さんを愛してくれる人を探した方がいいんじゃないの?」
むっとしたような表情を元の無表情に戻し、真っ直ぐに向けられた視線がこちらを射抜く。
「あなたが私を好いてくれるように努力するから、心配いらないわ」
その声色に、背伸びしたような無理は一切ない。
娘として愛でてきた花の成長に瞠目しながら、加賀さんの頭から手を離した。
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