ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「(Hey、加賀)」
「(何ですか、金剛さん)」
「(提督は実は味覚障害とかは―――)」
「(ありえません。長門さんの料理は美味でした。提督もその料理を美味だと認めていましたから、それはないはずです)」
提督にかかった疑惑を一瞬で霧散させ、加賀は確たる証拠を述べる。
確かに提督は味が薄いとか何とかかんとか言っていた。味覚が死んでいるわけではないのだろう。
が。
「おい金薔……キンバラー、俺のカレー取んな」
「みみっちいのー、お主。そんなケツの穴が小さいようでは到底モテんぞ」
突如背後から出て来た少女と何杯もあの劇物めいたカレーを平らげていることを見てしまうと、それすら疑わしくなる。
「(というか、あの露出度高めなGirlは誰なんですカー?)」
「(提督が警戒していないところを見ると、敵ではなさそうですが―――)……提督」
そこまでを小声で言い、加賀は声のボリュームを大きく上げた。
「ん?」
「その女は誰なのかしら?」
「ただのババアだよ。気にしなさんな」
『ひっどい扱いじゃのぅ……』と呟く金薔薇……もといキンバラーを意に介さず、彼は早食いながら上品にカレーの皿を空にした。
その表情に我慢はないし、偽りを隠す仮面のような物もないように見える。本気でおいしいと思っているのだろう。
「提督ぅー」
「うん?」
空になったカレーの皿に白米をよそい終え、変色したルーをかけようとしていた提督を押し止めるように金剛が声をかけた。
「……不味く無いんデスカー?」
「いや、泥よりはうまいじゃん」
「Why?」
「泥よりうまければ何でも食えるし、レトルトみたいに統制された味じゃないから飽きないし…………まあ、レトルトカレー作った俺が言うことじゃないのかもしれんが、均一な味って嫌いなんだよね」
「……何故?」
「長門とを提出し終えて、それが認められるまでの二年に渡る餓鬼の頃は木とかアレとかしか食えなかったからさ……何というか、同じ味ってのは好きじゃないんだ」
聞いた金剛と加賀がフリーズし、金薔薇の顔が引きつる。
「なあ、キンバラーさん」
「…………このカレーは旨いのー!いや、実に珍味。ながら瘴気をも補充できる!まさに画期的な―――」
あらぬ方向を向いて逃げようとした金薔薇―――通称・キンバラー、本名=アストリッド・セト―――の頭部を掴み、無理矢理に自分と視線を合わした。
「どう思いますか、キンバラーさん?父が死に、遺産を奪われ、母に捨てられた私のことを、どう思いますかキンバラーさん?」
「…………」
都合が悪くなると何も言わないのは親の特権とばかりに黙りこくる金薔薇の頭から手を離し、適当に首を回す。
執念深そうな蛇のような雰囲気が霧散し、いつもの気のない表情に戻る。
この場の雰囲気を崩さないよう、魔防の応用でキンバラーにしか聞こえないようにしている物の、そう何分も気づかれずに保つわけではない。
「まあ、いいけどね」
どうでもいいとばかりに軽ーく流し、ルーを注いで指を鳴らす。
音声遮断の魔防が消え、金剛と加賀のフリーズが溶けた。
フリーズと音声遮断を連動させて発動させていたわけではなし、フリーズさせる気もなかったわけだから、ただ単純に音に反応しただけだろう。
「あれで骨の髄まで染みたからな」
長門との初会合から再会までの二年までで、相当彼は老獪になった。もっとも、政治とか謀略とかに目覚めるのはその後―――魔術師協会に目を付けられてからの話になるが、その根幹にある人間不信の精神はそこで強固に形作られた。
同時に親から受け継いだ執念深さも開花したし、今寝なくてもいいのは寝たら死ぬ環境にいたから。
製作期間が他の追随を許さないまでに短いのは、量を作らなければ稼げないから。
作るのに金がかからないのは、代用する方法を見つけなければ作れなかったから。
「あんたには感謝してるよ、本当。皮肉でも何でもなしに、な」
「そうじゃろうが」
破れかぶれにも見える返事の後、何となく微妙な空気が流れる。
いや、人格的に曲がったが、ある意味でいい性格をしている所為でここまで登り詰められたことも確か。
能力もスラム時代に劇的な向上を見せたし、今の近接戦闘力の高さはこの二年の間に土台が出来ていたとすら言える。
人間不信になったが。
人間不信になったが。
人間不信になったが、あのまま育ってもどこかに甘さが残っただろう。今もどこかに甘さを隠しているのだから、それについては間違いがない。
華族のお坊ちゃんとは、得てしてどこか甘い。つまり、この蛇のような執念深さと狡猾さを併せ持ったような男は普通にしていたら生まれることはないのだ。
「人間不信になって何よりじゃ」
「おう、せやな」
微妙な空気は、その一言ですぐさまいつものものへと回帰した。
二人とも相似系であるが故に、修復のタイミングも外すようなアホなことはしないのである。
「……で、その二人は食べないの?」
「実行困難です」
「少し無理がありマース」
性格がよくでた回答を聞き、少し思案に耽る。
ここでこの二人がなんにも食えないというのは、どうなのだろうか。ほっぽちゃんにすら専用食が与えられているというのに、少し辛すぎやしないか。
「ほんじゃまあ、何か適当に作ってくるから……そうだな、サクランボでも食って待ってろや」
冷蔵庫を適当に覗いて持ってきた果物を食卓の真ん中に置き、カレーを空にして席を立つ。
「ほっぽちゃん、二個までな。種はぺっしなさい」
「ぽ」
自分の料理の腕を示すことと、好きな人が自分のために料理を作ってくれることを天秤にかけるまでもなく後者を取った艦娘二人を後に、提督は厨房の冷蔵庫を適当に覗いた。
「…………和洋中仏伊、どれにするかね」
充実し、なおかつ手入れの行き届いている冷蔵庫の整理具合に感嘆しつつ、適当なレシピを思い出す。
「加賀さんは上品な味が、金剛は少し味の利いたやつが好みだから……」
ちゃっちゃとレシピを二つに増やし、それぞれの準備を進める。
ここで同じ物を食わせようと工夫しないあたりに、主夫業になれていないという様子が垣間見られた。
「はい、完成」
作業の同時進行になれきっている提督に死角はない。
会席料理とフランス料理。まあ、どちらも少しずつ出していく物を選んだあたりは、気を使っていたのだろう。
「はい、加賀さん」
「ありがとうございます」
「金剛はこれな」
「感謝感激デース!」
先付と前菜を出しただけなのにこのリアクション。なぜか濡れたサクランボのヘタが皿の上に散乱している状況の下、順調に食事は進んでいく。
フランス料理も会席料理も、だいたいのところは似通っている。つまり、タイミングさえ間違えなければ一人でも十分二人を相手にすることが出来る。
先付を出すときにオードブルを。
椀物を出すときにスープを。
向付を出すときにポワソンを……と言ったように、順次出していけば事足りるのだ。
彼女らの食べる速度が計算通りであり、加賀さんが食べ終える→金剛が食べ終えるといったペースを常に維持していてくれたため、出すタイミングが被らなかったのもデカいだろう。兎に角、この作戦はうまくいったのだ。
(何でしょうか。とてもおいしいのに、無性に悔しいような……この気持ちは)
(何故か明確に負けた気がシマース……)
女性二人の敗北感を生贄に。
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