ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
普仏戦争という戦争があり、その中には『セダンの戦い』という戦いがあった。
メス攻囲戦によって孤立してしまったフランソワ・アシル・バジーナ元帥率いるフランス軍主力を救援するためにシャロンで新たに編制されたフランス陸軍が目的地へと移動中にプロイセン陸軍第三軍による強襲を受けて損耗し、そのままセダンにおいて戦いを続行してしまったばっかりにあわやフランス皇帝が捕らわれそうになってしまったという戦いである。
マクマオン元帥の負傷とフランス皇帝ナポレオン三世の目の前にまでプロイセン軍が迫るという危機的―――と言うよりも、絶望的な状況の中でフランス軍が謎の猛反撃を見せ、辛くもプロイセン軍を撃退。その後に首都にまでフランス軍主力の進撃を許すという失態を決定づけた戦いでもあり、歴史的な大逆転劇と言われている。
その時の日本観戦武官は、マクマオン元帥が負傷・戦線離脱したあたりから姿を消したという。
その謎の一事失踪を遂げた男は、吉川経景。
何故かフランスに大規模な墓が建てられ、『何故か』皇帝自ら毎年のようにお忍びで墓参りに行くという伝統をその死をもって作ることとなった、『第二のナポレオン』の渾名を持つことになる後の日本陸軍の大将である。
……茶番は止めようか。
この吉川経景、功績的にも能力的にも元帥になるべき男だった。何せ優秀であり、国際的な人気も(主にフランスから)あった。
国内でも華族の誉れとして見られ、最後の毛利武士としての名声もあった。
では何故、なれなかったのか。
この男、問題児だったのである。
息子も妻も傍若無人だが、こいつに比べたら遥かに霞む。
何せ、他国の主力軍をカリスマで洗脳し、何の恨みもないプロイセン軍を潰走させ続けたのだから。
カリスマ。支配の三類型の一つにして、男に天性備わっていた物だった。
まず、兵三人を洗脳した。
次に、小隊長三人を洗脳した。
更に、大隊長三人を洗脳した。
この一万に満たない軍をものの数分で『まだ佐官でしかない観戦武官風情の若造』に心服させ、とりあえず正面のプロイセン軍十万を潰走に追い込む。
追い込んだことを声高に叫び、マクマオン元帥の部隊をカリスマで洗脳・吸収して更に追撃をかけ、駆逐。
危機を救われたことに対して礼を述べるでもなく、至極全うな越権行為―――という言葉すら生ぬるい暴挙―――を咎めるべく呼び出したナポレオン三世をもそのカリスマの虜にし、晴れて指揮権を握って首都まで進撃。
ドイツにバレないことをいいことに、国にばれて強制送還されるまでやりたい放題の限りを尽くしたのである。
強制送還時に率いていた兵は、フランス軍の三分の一にも達する十五万であった。
それからフランス軍は敗北を重ね、再びセダンあたりで半年間睨み合った挙げ句に和睦。普仏戦争は両者痛み分けで終わりを告げた。
今でもその残した影響は濃く、『フランス第二帝政の一の将軍は?』と聞くと『キッカワ』という答えが帰ってくることが八割である(残り二割は『ツネカゲ』)。
故に、俺は思ったのだ。
「第一機巧師団の観戦武官、ですか……」
「ええ、味方としての第一機巧師団も貴官に知ってほしいと思ったのです」
観戦武官ってのは、絶対にやりたくないと。
やりたくないし、陸軍の観戦武官に海軍の士官が抜擢されることはないだろうと。
将官になってまで、指揮下に艦隊が居るのにも関わらず、観戦武官にはならないだろうと。
「光栄の極みでございます、グローリア妃」
だがしかし、運命はどうにも上手くは行かないものだった。
「行軍開始」
金剛がグローリア妃と砲火後ティータイムの準備を進めている中、妃の副官に率いられた第一機巧師団は既に粛々と進撃を開始していた。
謀反に荷担した英国陸軍の面汚しと言う汚名を返上せんとばかりに奮起する彼らの挙動は一動作一動作に活気と厳たる精神が籠もり、実戦さながらの緊迫感を醸し出している。
そんな中、実に見事なフランス式馬術で馬を御す男が一人居た。
背を張り、実戦における戦闘力よりも謹直さと馬体と自身の身体の堂々さを見せつけることに重点を置いた儀仗用の物だが、観戦武官としてはそれでもいいのである。
だがしかし、彼はその息をのむほど見事な姿とは裏腹に、内面は既に満身創痍だった。
「提督」
「うん?」
雄大な馬体に跨がり、その十代とは思えないほどに恵まれた体格が更に軍人らしく見えるであろう彼の後ろに、加賀は脚を右側に投げ出して座っていた。
隣からその晴れ姿を見れないのは残念だし、金剛が彼の馬上の姿をガン見しているのも気になるが、後ろに座るのも悪くはない。
広い背中を見つめつつピンク色の考えを巡らしていると、ふとした拍子に後ろ姿の強ばりに気づいた。
ピンク色の思考が萎み、藍色の思考が脳を満たす。
彼が抱いているのは、緊張ではない。それくらいはわかる。しかし、それ以外はわからない。
(劣等感、かしら)
ふと頭によぎった思考を慌てて否定する。
劣等感とは程遠いところにあるのが彼であるし、今の状況に於いて自らの何を蔑む必要があるのか。
大丈夫?
私はあなたが心配で、あなたに何かがあったのかと思うと心が圧し潰されそうなほどに苦しい。だけれど、私は何も出来ないし、あなたの心を推し量れないわ。だから、できればあなたの方から相談するという形で心中を打ち明けてほしいのだけれど。
「…………どうかしたの?」
心で何語を費やそうが、言葉に出来るのはたったの一語。
自分の不器用さにほとほと愛想を尽かしかけながら、心がずっしり重くなる。
「今のあなたは、あなたらしくないと思うわ」
優しく労ろうとした言葉はピシャリと叩きつけるような一言に変わり、そして結局一文に終わった。
泣きたくなるほどの情けなさに苛まれながら、袴を模したスカートを握りしめる。
感情表現が上手くできないのは、まあいい。しかし、それが元で他人を傷つけてしまうのは最低だ。
忸怩たる思いを抱えながら、一秒二秒と返事を待つ。
「心配してくれてるのかな?」
「ええ」
少し、声色の中に喜色が漏れた。
疑問形とはいっても、あの非情にすら聞こえた一言の中の本音を汲み取ってくれたのだ。
素直に嬉しい。
数秒前までの重いとは裏腹に、またもや心は色を変えた。
「……劣等感?」
だから、なのだろうか。
言うなら今とばかりに、ずっと気になっていたことを確かめるかのように口を開いてしまったのは。
言った瞬間、後悔する。
本来敵にしか向けられていなかった冷たい視線が、彼の背中越しに突き刺さった。
人体構造的に、そんなことは不可能と言うことは理解している。
しかし、気配が酷似しすぎていたのだ。
身体に蛇が巻き付いているような、と言うのか。一歩間違えれば死が歩み寄るような、そんな感覚。
致命的な失敗を犯したのは確実だった。
「……ま、そうだね」
そう思いきや、スッと蛇が消える。
何重もの鱗に守られている彼の弱い部分が、少し近くなったように感じた。
「少し父のことを思いだしてたんだよ」
「吉川大将?」
「そ。どこまで知ってる?」
そうは言われても、よくは知らない。
確か、フランスに留学に行った物の四年と経たぬ内に日本に帰国させられ、少将時代には日清戦争で一個師団を率いて各地で任務に就き、旅順要塞攻略に参加。
後に『偶然』出くわした清軍二十万と正面切って戦い、五万を捕虜に、八万を斬獲。味方の被害は僅か千人と言う大戦果を上げて中将に。
その後何らかの事件があって予備役に回され、日露戦争時に勅令をもって現役へと復帰し、第三軍を率いて再び旅順要塞を記者会見で言った『八月十九日から二十日にかけて旅順を落とし、二十一日に入場する』という言葉の通り三日で落とす。
その後、殆ど司令部が独立していたことを利用し、個人の裁量で満州の各地に勢力を張っていた馬賊をそのカリスマにより手足のように扱い、敵軍の鉄道車両の爆破、物資の強奪に励んだ。
遼陽会戦に於いては突如としてロシア軍の左翼を奇襲、強奪していた物資を利用した火力によって壊滅状態に追い込み、敵総司令官クロパトキンを捕虜にする。
最終決戦であるところの奉天ではまたもや友軍にすら場所を教えないという徹底ぶりで隠密行動を行いつつ、ハルピン方面からロシア軍の背後に突っ込み、またもや敵のクロパトキンに代わる総司令官リネウィッチを捕虜に。八万人を摺り潰す。
合計で第三軍が殺した敵兵は二十万を数えると言われ、その殆どが『予期せぬ方向から予期せぬタイミングで』現れた日本軍に奇襲される形、壊滅したものだったと言われる。
現在日本が満州全域を手中に収めているのも、彼ら第三軍が殆ど無傷(他の軍に比べたらであり、実際は補充を受けているが)だったことで、奉天会戦の後に追撃行動に移れたことが大きいと言えた。
「……あなたの父上らしい経歴だと言うことくらいは」
「で、戦術的にはどう思った?」
奇襲と強襲を好み、受け身にならないあたりは似ている、が。
「陸と海とでは比較対象にはならないと思うけれど……あなたより優れていると思いました」
「その通り。俺は父には勝てないんだよ。未来永劫、指揮官として、ね。だから色々手を出したし、常々自分を鼓舞してる。
俺は父には劣るから」
器用貧乏と言うヤツだ、と。自嘲気味に言葉を吐き出す彼はとても脆そうに見えた。
「加賀さんは」
「はい」
嘗て無いほどに弱さを見せてくれている提督に何か言葉をかけようと思案している最中に、名を呼ばれる。
ほとほと疲れ切ったように、ポツリポツリと声が吐き出された。
「俺のことを好きだって言ってくれたけどさ」
顔に血が集まり、思わず周りを見回す。
例に漏れずに防音結界が張られていたものの、恥ずかしいものは恥ずかしかった。
「絶対俺の父の方が良いって思うよ。顔は相似だけど能力は向こうの方が上だし、何よりも麻薬みたいなカリスマがある」
「好きにはならないわ」
「なるよ、絶対。あのカリスマは実たことある奴にしかわからないけど……居るもんなら、神のそれに近かったから」
「それとこれとは話が別よ」
根っこのところの闇……と言うか、鬱屈とした陰惨さの元になっているであろう圧倒的な劣等感を感じながら、広い背中に身体をもたれかけさせる。
温かい。思わず閉じかける眼を意識的に開け続けながら、加賀は少しわかった気がした。
提督をここまでの有能さにした根幹の原因のは他でもない、父への凄まじい劣等感なのではないか、と。
読了ありがとうございました。感想・評価いただけると幸いです。
おまけ
提督パピーのステータス(信長の野望風に)
統率120 武勇98 知略99 政治42 魅力118 野望99 義理1
提督マミーのステータス(信長の野望風に)
統率75 武勇79(+20) 知略89 政治99 魅力84 野望99 義理1
例の一族入り確定だな(白目)