ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
natu様、メッサー様、高評価いただき光栄です!
「……ん?」
「?」
何かに気づいたように東北東方向を見、舌打ちをするようにして視線を進行方向に戻した提督の様子に思わず首を傾げる。
東北東方向には、自分の視力をもってしても何も見えない。
その何も無いように見える空間拡張を施された演習場には、めったに不快感を露わにしない彼の顔を露骨にしかめさせるほどのものは当然の如く存在していなかった。
「加賀」
「はい」
「ちょっと面白い特技を見せてやろう」
「特技?」
無言で頷かれ、思考を再び巡らせる。
特技、と言うのは皮肉げな笑みを浮かべながら見せるものだっただろうか、と。
だがしかし。
「見せてほしいわ」
もっと彼のことを知りたい、と言う欲望がその考えそのものを消し飛ばした。
今日、少しだけ彼の本質に触れられたような気がする。これ以上を望むのは強欲と言うものだが、加賀は好機を逃さないタイプの人間だった。
「東北東方向に敵一個歩兵師団、正面に第二機巧師団が進軍中。歩兵師団はあと二時間で、機巧師団はあと三十分で交戦範囲に入るだろうね。
分進中に周りにいる戦力と連携をとって、彼らにとっての敵軍の主力である我々―――第一機巧師団を壊滅判定に追い込むつもりだろう」
「……天眼?」
魔術師の高位スキル、天眼。魔力を蝙蝠の超音波の如く周囲にとばすことで地形情報を視認したかのように認識することが出来るソレによって掴んだ情報なのかと、加賀は考えた。
そもそも天眼で見るには敵の予測される位置が遠すぎるが、彼ならば何の疑問も差し挟む必要すらない。出来ると言えば、出来ているのであろう。
「違う。劣化しているけど、父譲りの『勘』みたいなもんだ」
「?」
「父は勘で敵軍のコンディションから意識の方向までを完璧に掴めた。位置とか、何をどうしたら潰走するのか、とかね」
「あなたは?」
「わかって位置と行動目標くらいなもんだ。無能に過ぎる」
演習時の神懸かり的な勘の冴えにはこんなタネがあったのかと納得し、それと同時にこうも思う。
(それだけわかれば充分だと思うのだけれど)
最早これは意地の問題なのだろう。実戦レベルで運用するには遜色ないが、父の劣化になりたくないと言うような。
「敵軍の両翼が行軍速度を上げた。これにより我々は包囲の網の中に入ることなる。我々は迅速に味方に連絡を取り、我が軍を軸にして旋回運動を行った後に逆包囲を試みるべきであろう」
戦闘詳報のような独り言を呟き、目を瞑る。
「言わなくていいのかしら?」
「前に日本の陸軍大演習に参加したとき、言ったら何て言われたと思う?」
「……『天才のそれに近いな』とかかしら?」
「『流石は吉川大将のご子息だ。しかしながらまだまだ精進が足りないと思われますが如何でしょうか、二世殿』、だ」
それは才能という得難いものを受け継ぎ、開花させてしまった彼への僻みとも嫉妬ともつかない、謂わば凡才のやっかみのような一言だったのだろう。
ただ、それが提督にはグサリと突き刺さった。
どう足掻いても、所詮は二世。多方面に才能を持とうが、特化型には敵わない。
父には、到底及ばない。
「それからこの勘を研ぎ澄ますのは止めたと言うことにしている」
「……と言うことに、というと?」
「歳を食うごとにわかる情報が多くなってくるんだよ。前は規模まではわからなかった」
言っても自分の急所を抉られるだけ。だから言わない。
つまりはそう言うことなのだろう。
「今年に入ってからはわかる範囲が広くなってきた感じがする」
「……」
「この勘に広い範囲はいらんと、父も言っていたのにな」
父のことを考えれば考えるほどナイーブになっていく提督を余所に、加賀はふと思いつく。
「提督」
「なに?」
「範囲というのは、どれくらいなのかしら?」
「今は縮めてるけど……最長は3000kmくらいじゃないかね。まあ、精度は落ちるが」
航続距離は、烈風が4315km。
流星が2852km。
富嶽が地球半周。
「なら、察知した瞬間に私の艦載機を飛ばせば、洋上でも完全な奇襲が行える……」
索敵機よりも確実で、速い。何よりも、位置さえしてしまえば確実にそこを爆撃してくれるだけの技量と、それを行えるだけの機体性能を彼女の艦載機と妖精たちは持っていた。
「机上の空論だろ。そもそもパイロットの集中力が保たない」
「保ちます。暇なときは『3000km飛行中に何回鯨を見つけられるか』とかやっている妖精連中ですから、確実です」
「出来るとしてもパイロットにかかる負担が大きい」
「一日中私の魔力を食い潰して艦爆でドッグファイト擬きをやっている連中にそんな心配は無用よ」
その地獄の訓練を始めさせたのは自分だけれども、まさか習慣化されるとは思っていなかったのだ。
現在自分の艦載機妖精たちは48時間連続飛行・ドッグファイト連続12時間と言う驚異的な活動限界を示している。
「この戦法、考えてみてはもらえないかしら」
「出来るのは一航戦くらいなもんだろう?
言っちゃ悪いがそれ、戦力の分散になりはしないかね」
「米国の艦載機の命中率は10%あるかないか。英国もその程度なのに対して、私は最近九割に達しました。練度の低い十機よりも多くの戦果を挙げられます」
「正気じゃないな」
合理的な反論が、精神的な物へと質を変える。
それはつまるところ、それだけ彼の中でこちらの言い分に理解を示しているということなのだ。
「あなたが搭乗員訓練のマニュアル化を急がせ、二航戦や五航戦の搭乗員をそれに従わせたのに私たちを野放しにしておいたのは何故?
ある程度の練度まで至ったのなら入れ替えを行って新たな搭乗員を育成するのがあなたのやり方だというのに、一航戦に一切手を加えなかったのは何故?」
「……」
「やらせてください、提督」
もう一押し、足りない。
普段から理想と現実と空想の狭間を漂っているような彼は、案外と大きなリスクを好まない。
このアウトレンジ戦法は、ハイリスクハイリターンの戦術。
成功すれば無傷で勝利を収めることが出来るが、一歩間違えれば全滅もあり得る。
アメリカは艦隊が全滅しようが代わりを作ることができる。しかし、日本はそうはいかない。いくら世界に根を張る巨大企業を私物化していようが、経済効率のいい船の作り方を無理なことと言うのは存在するのだ。
―――悪魔の考えが、頭を過ぎる。
これを言えば、確実に彼は思い通りに動くだろう。乗せられていると気づきながらも、動かずにはいられないだろう。
しかし、それはあまりにも残酷な一言だった。
『この戦法を確たる物とすれば、あなたはあなたの父上に勝ることになるでしょう』、と。
そう一言言えばそれでいい。劣等感を利用すれば、人は案外と簡単に意を翻すものだからだ。
「要検証だ」
「はい」
その一言が思考を過ぎったのを知ってか知らずか、提督の硬い声が耳朶を打つ。
三十分経った今。
前に、第二機巧師団が見え始めていた。
読了ありがとうございました。今回も感想・評価いただけると幸いです。