ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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嘆息

軍縮会議が『セトの原核』の移譲によって決着の目を見た翌日。日(日本)英(イギリス)米(アメリカ)仏(フランス)伊(イタリア)の五ヶ国はまるで競い合うかのように機巧魔術の粋を集めた自動人形を社交の場へと持ち込んだ。

 

会議の後にはそれぞれの持つ一級戦力の見せびらかし合いが始まり、それぞれの武威を見せあうのが現在の恒例となっているのだ。

機巧魔術は列強諸国にとってみれば最終戦力として秘匿しておくべき物だったが、英国の機巧都市リヴァプールにヴァルプルギス王立機巧学院が建てられてからその常識は一変。国家代表をテスターとしてヴァルプルギスに送り込み、夜会や演習を通じて欠点を見つけて国家に報告させて、改善する。

 

そして改善の終わった自動人形を国際社会の舞台へ上げ、その出来によって発言権を得ようと言うのが大方の列強諸国の考えであった。

 

勿論、ヴァルプルギス王立機巧学院へ送り込む目的はテスター以外にもあるだろう。それは列強にとっては仮想敵国の技術を盗むことであったり、四年に一回開かれる夜会に於いて頂点に立たせることにより、『魔王』と言う名誉と利益が両立した地位を手に入れることであったり、世界で最高クラスの機巧魔術の教育を受けるためであったりする。

 

だが、夜会で頂点に立つのは一人。詰まるところは現実味がない。確実性もない。その可能性を繋ぐためだけに捻出する金もない。

 

なので国費留学となると、何かしらの副業―――専ら先程述べた自動人形に仕込まれた魔術回路の欠点を見つけることがこれに当たる―――を課せられることが多いのだ。

 

「アホらしいねぇ……」

 

豪華な料理に舌鼓を打ち、高級ワインで喉を潤しながら、技術部門の代表足る中佐は目の前で議論を続ける技術顧問たちを小馬鹿にするような語調で溜息を付く。

 

彼の側にいつも居る戦艦長門は今居らず、居ないが為に彼は羽目を外していた。

 

好きな食べ物は豪華な料理と言って憚らない彼にとって、このパーティー会場は社会場ではなく、ただの食べ放題でしかない。

 

「初期に突っかかってきた馬鹿共は潰してやったし……案外と嫌われ者ってのも楽でいいな、こりゃ」

 

古めかしい権威と、保守的な思考に、貪婪なまでの名誉欲。それらを振りかざす愚劣な者共が大嫌いな彼は、海軍に於いても若手には概ね好かれているが、機巧魔術に固執するお堅い技術者には嫌われている。違う管轄であるところの造船所には無選別に敬意を払うが、同業者にはそう言ったことはない。突っかかれたら丹念に叩き、摺り潰す。執拗に攻撃を止めず、邪魔をしよう物ならば己の持てる全ての権力を持って叩き出す。

 

機巧魔術一筋の職人とは相性がいいのだ。彼等は腕のみを見るが故に彼を理解するし、彼もまた敬意を払う。

権力と専門知識に固執した輩と馬が合わないだけだった。

 

戦艦長門はこう言った。

 

『一つのことに特化した才人―――所謂天才と言う人種には掛けたところがあると言うが、貴様には徳がないな』と。

 

古いばかりで役にも立たない専門知識に固執する技術者を見ると蛇の如き執拗さで叩き潰すまで攻撃を止まない彼にも、大いに問題はあったのである。

 

彼の評判はいい。専ら高官に可愛がられていると言っていいだろう。

 

軍人には『自分ができないことが出来る』から敬意を払い、傲慢ながら配慮を見せる。

繰り返しになるが、彼は一部の同業者と殺し合いに発展しかけるほど仲が悪いだけであった。

 

軍人からしてみれば都合のいい技術者であり、むさ苦しい軍内で勘娘と言う名の潤いの提供者であるし、彼が居るからこそ軍縮会議で有利に立ち回れたと言う感謝も僅かながらだが無いこともない。

 

砲術士官から『仕事が減った』と言われることもあるが、徐々に砲術士官等を減らしているだけであり未だに正しく戦闘を行うには搭乗員が必要不可欠であるため、リストラを敢行するつもりではない。

 

艦娘の役割は今まで石油などの所為で掛かっていた莫大な運用費の大幅節約、艦内全体の被害状況などを報告、魔力を行き渡らせてその巨体を指令のままに操ることであった。

勿論最終的には搭乗員は減らしていくが、精霊魔術を使える者はそう多くはないし、必ずしも契約に応じてくれるとも限らない。現状、搭乗員の身にはリストラの刃は振り下ろされないし、振り下ろせないのである。

 

「おい」

 

今までの喧噪はどこへやら。彼の周りだけ静まり返った社会場に、少し怒り気味な女性と思われる声が響いた。

 

新たにやってきた同業者をどう潰してやろうかと顔を上げた瞬間、不覚にも心臓が高鳴る。

 

艶やかな濡れ羽色をした黒髪は日常生活の邪魔にならない程度に伸ばされ、気の強そうなつり目は彼女の意志の強さを如実に現している。本来はメリハリの利いていりはあろう身体はゆったりとした和服に包まれ、微かな凹凸だけをこちらに伝える。

 

一言で言うと、好みだ。

二言で言うならば、凄まじく好みだ。

 

「どうなされましたか、レディー」

 

「……遅かったか」

 

何か変な物でも食ったのか、貴様。

 

いつものようにそう言おうとした長門は、場所が場所だと考え直して口を噤んだ。

 

場所が場所だし、何よりも注がれる視線と彼女を包むように広がっていく沈黙に居心地の悪さを感じたのである。

 

(なんだ?何故私を見る?)

 

顔には何も付いていない―――はずだ。目の前にいる護衛対象を探し回っていたが故に何も口に入れていないのだから、付きようがないとも言えるが。

 

(嫌な、感じだ)

 

自動人形擬きと言われる彼女も女性である。そういう類の視線には敏感だった。目の前の男からも時々感じていたが、特に嫌ではない。だが、何だろうか。

 

(……変だな、これは)

 

自分の中の不可解な感情に悩みながらも、目の前の男を如何にして外へ連れ出すかと言う当初の目的に向けて思考を開始した彼女の手が、自然な動作で掴まれる。

 

「場所を移しましょうか」

 

軽く、柔らかく。花でも摘むような繊細さで掴まれた右手を優しく引かれ、バルコニーへと誘導された彼女は少しばかり驚いていた。

 

彼はこんな風に私を扱うのか、と。

いつもは割と雑用やら何やらを任せられ、意見を求められたり哲学的なことを話し合ったり、海軍内部のことを話したりすることが多い二人ではあったが、彼女は終ぞ女性として扱われたことはなかった。

 

あくまでも頼れる相棒として、だろうか。言い得て妙と言える表現は。

 

信頼はある。尊敬の念もあるだろう。だが、そこに恋だの愛だのはないのだ。いや、なかったのだ。

 

「あのような場所では貴女のような方には視線は集まるものですから、仕方ないとでも割り切ってください」

 

「本当にどうした?まるで―――」

 

私のことを忘れてしまったみたいじゃないか。

私は貴様のことを忘れていないのに、卑怯だろう。

 

訳の分からない思考が頭を巡り、漸く気づく。

 

こいつ、私を長門だと認識してないんじゃないか?、と。

 

「おい、貴様」

 

「はい?」

 

僅かに抱く怒りを込め、両手を頭の上へと持って行く。

 

そりゃあ、艤装はしてないさ。頭にトレードマークみたいになっている艦橋を模したヘッドギアもしてないさ。首輪みたいな艤装もないし、菊の御紋入りのベルトもないさ。

 

だからといって、だ。

 

「気づかないと言うのは、無いだろう……」

 

「あぁ、長門か……」

 

そして指で作った角で気づくと言うのはどうなんだ?私を見分けるときは角付きか角無しかで見分けているとでも言うのか?

 

「長門か……」

 

駄目押しのような一言に、流石にムッとする。

 

如何にも惜しげにこちらを見る彼の目は、暗かった。

 

「……私で悪いか」

 

「……すっごい俺の好みだったんだ、さっきのお前」

 

「…………」

 

何と答えていいやら考えあぐね、微妙に鈍足化した頭を回転させ、止める。

……私は悪くないのではないだろうか。要は勘違いされただけで、騙そうとした気はなかったし、隠す気もなかったんだから。

 

「……長門だろ?」

 

「そうだ」

 

尚も疑う―――と言うよりは一縷の希望を託した質問を肯定し、儚い幻想を打ち破る。

 

長門の鉄のメンタルは兎も角、彼の硝子のハートは、死んでいた。

 

「…………帰りたい」

 

「駄目だ。というか、私だと何が悪いんだ?」

 

「お前は絶対恋とかしないからだよ」

 

純粋な疑問に、至極真っ当な解答が返される。

何となく不憫な彼を不器用に慰めながら、華やかな夜は過ぎていった。




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