ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
乙乙乙丙丙と来てるだけあって、資材はあまり溶けないですみました。
今回、割と共通報酬以外の報酬まずくないですか?
英国陸軍第一機巧師団が接敵したのと同時刻、シェフィールド近郊。
「……来たか」
護衛対象である『迷宮の魔王』グリゼルダの宅へと、膨大な魔力を秘めた『何か』が近づいたことを感知した木曾は、思わずそう呟いた。
小鍋に乾麺とスープの素を入れ、辺りにどんどん広まっていく食欲をそそる匂いを嗅ぎつつ言われたとおりに三分待ち終えた時に、襲撃。
「運が悪いな……」
液体スープと書いてある小袋から粘性を帯び、ドロドロとした液体を小鍋に注ぎ、口で片方をくわえて割り箸を割る。
何回かかき混ぜ、かなり旨そうなラーメンが出来上がったのを確認した彼女は、パチリと合掌し―――
「いただきます」
頭を下げた。
一人しか居ない男親から教わった最低限のマナーが、食事の前にこれを言うことだった。
逆に言えばそれくらいしか教えられることなく、自分で見て学んだり教えを請うたりして教養やらなにやらを学んでいった彼女は、必要以上にこのマナーを守ろうとする傾向にあった。
「…………で、お前は何だ?」
それが例え、背後に誰ともしれぬ気配が。
「特に何をするわけではない。ただ、動かないでもらおうか」
「ふーん」
コシのある麺を舌の上と歯で楽しみつつ、興味なさげにそう返す。
とりあえず今はこの麺から感じられる味と、その感想。そして問題点を見いださねばならない。
試験品を配布されるのは嬉しいし、それらが例に及ばず有用だからいいのだが、改良点と感想の報告が義務づけられてるのは少しめんどくさいな……とか何とか思いつつ、胸ポケットに突っ込んでいた四角折りにされた紙を広げ、何事かを記す。
記した後に元通り胸ポケットへと仕舞い、小鍋の持ち手を掴んで立ち上がった。
悠々とした行動を起こしたその瞬間に、こじゃれた軍刀が突きつけられる。
「おいおい、物騒だな」
「動くな、と言ったはずだが」
苦笑しながらまたもや忠告を無視し、華奢な身体が歩き出す。
「動かぬならば見逃してやった物を」
そう呟き、軍刀を鞘へ納める。
目にも止まらぬ刹那の居合い。それが彼の極めた一芸であった。
この『機巧魔術に頼らずとも機巧魔術師を倒しうる』と言う一事によって、彼は情報部の高官にまで登り詰めていた。
機巧魔術の大家に生まれながらもその才が無く、魔術の道を捨てて剣に励む。
この謂わば『邪道』な選択をしたがために周囲から蔑まれもしたし、笑われもした。剣などは所詮機巧魔術に劣る、才無き者の逃げ道に過ぎない。
汎用性やその強力さに於いて、機巧魔術と言うのは他を圧倒している。ただの剣では敵いようもないほどに。
しかし先の事件以来、その風潮は一変した。
『絶対王権』。機巧魔術の発動を阻害し、戦場を魔術無き世のものに退化させるそれは、軍の高官の度肝を抜き、機巧魔術一辺倒の風潮を改めさせることになる。
才有る者が開発した異端の魔術回路が、才無き者への強力な援助になったというのもこれ以上無いほどの皮肉だが。
「どうもありがとよ」
振り向く。
肉を斬ったとき特有の感覚に手が染まり、確かに自分の刃はその華奢な身体を両断したはずだった。
「いい斬撃だ。お前、料理人になれよ」
長外套の中から出した焼き豚の塊肉が一部スライスされているのを見せつけ、ラーメンにきっちり盛られている一切れを視認。
―――あの無防備な状態から、外したのか?
信じられない。だが、それは現実としてそこにある。
つまり奴はあの一瞬で焼き豚を構えて間合いを見きり、斬撃を狙い通りのところへと誘導したとでも言うのか。
「じゃあな。お前、『殺すときは声も出さずに殺す』っての守ってたのはよかったぜ」
小鍋を持って去っていく彼女を追おうと身体を動かす。
いつになく鈍く、重い。四肢に力が入らない。
―――両肩と胸部に、木の串が突き立っていた。
攻撃手段を封じ、致命傷を与える。それがいつ行われたのかすら、自分にはわからない。
堂々と背中を見せながら去っていく彼女を呆然と睨みながら、彼はただただ考え続けた。
「……焼き豚を入れるとまた格別、と」
相変わらず小鍋を持ちながら移動する彼女の視界に、突如火柱が立ち昇る。
「派手にやってんなぁ……」
方向から見ても、事前情報の照らし合わせから見ても、『焼却の魔王』ネイサン・ライコネンの使う自動人形『フリスヴェルグ』に相違ない。
――――ネイサン・ライコネン。嘗ての夜会の覇者『魔王』であり、英国陸軍中将にして、英国諜報機関の機関長。
そして、親父殿こと提督が現世からサヨナラさせかけたグレンダン将軍の弟子でもある。
近づくにつれて熱風が頬を打ち、身体が少し汗ばんだ。
とにかく暑い。否、熱い。
この熱さは、判断力を鈍らせることに繋がりかねない。
「はろー、死ね」
殺気を含まぬ気の抜いた一撃を、挨拶代わりに背中から送る。
死ね、と言っているから、殺す気はない。ただ、劣勢に立たされている『迷宮の魔王』の自動人形を救うことが目的だった。
身体を火に変えて霧散させ、ネイサン・ライコネンは距離をとる。
敵に『防ぎきれば援軍がくる』とでも言うような防御一辺倒な様子があったからこそ、そちらに部下をさいて向かわせたのだが。
「……奴はしくじったか」
「察しがいいな」
手に何故小鍋を持っているのかと問い詰めたい自分を抑え、ネイサン・ライコネンは思考を巡らす。
「何だ、食いたいのか?」
「いや」
「食うか?」
「食わん」
斬りかかってきた癖して、微塵の気負いもない。
張り詰めもせず、油断もしない。
その姿はまさに、剣客そのものだった。
(殺し慣れてるな)
しかも、相当高位の魔術師を。
「ごちそうさまでした」
空になった小鍋を傍らにいる自動人形へと渡し、言葉にしないながらも退避を促す。
『迷宮の魔王』ともども家へと避難していく様子を、『焼却の魔王』はただ見送る。
迂闊に実体を表せば、目の前の剣客に斬られるであろうという確信があった。
「動かねぇか」
首をパキリと鳴らし、殺気を隠さぬ獰猛な笑みを浮かべる。
動きを見せれば、すぐさま斬って捨てることが彼女にはできた。
「……このまま硬直ってのも、いただけねぇな」
無造作に、一歩踏み出す。
間合いは三歩。三歩以内に敵を収めれば、どこであろうと斬撃が飛ぶ。
「……なるほど」
間合いを詰めて、剣を振るう。
ただそれだけ。ただそれだけで彼女は強者なのだ。
工夫などいらない。如何に間合いを詰め、攻め切るかが彼女の命題なのだろう。
ならばこちらもしようがある。
魔力が右腕に集まり、不定形の自動人形・フリスヴェルグに注がれた。
フリスヴェルグが膨張し、血を舐めるように這って行く。
―――炎壁。ファイヤーウォール。言い方は様々だが、魔石に込められる程度の簡単な魔術である。
しかし、魔王が作り出すソレは、普通のものと比べるのもおこがましいほどに範囲も違えば温度も違った。
鉄をも溶かす高熱が横幅100m四方の壁となり、すっぽりと彼女を包み込む。
突破せねば熱さにやられ、突破しようとすれば炭化。どう動こうが囲まれた時点で既に死が確定していた。
「―――ッ!?」
奇襲。
足下から顎にめがけて刃が飛び、頬を掠めて天へと消える。
すぐさま飛び退くも、攻撃された地点には何もない。
・・・・・
ただ、自分の影が残っていた。
「……面妖な」
残留していた影が形を為し、解れた糸を束ねるように、ヒトを形作っていく。
「ドーモ、ライコネン=サン。ヤセンスレイヤーデス」
手に持つ短刀に、白マフラー。
敵を闇に葬る夜戦バカが、その姿を現した。
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