ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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チハたん、君の出番は最早無い……


日本へⅠ

「いや、見事な物でしたね」

 

金剛を連れたグローリア妃と合流し、提督は馬上で語らった。

本来ならば馬から降りて敬意を払い、礼節を全うしなければならないところだが、今のグローリア妃は『第一機巧師団師団長』として馬上に在る。

 

つまり、階級上では同格と言えるのだ。

 

「見事なまでに敵の策に引っかかるようでは、先が危ぶまれます」

 

どこか失望したようなグローリア妃の隣には、ドイツ軍の将官らしき男とフランス軍の将官らしき男、そしてその自動人形が馬上の姿のままでいた。

 

「お世辞にも作戦面では勝ったとは言い難い物でしたからな」

 

歯に衣着せぬ物言いで周囲の将官たちの度肝を抜いたのは、ドイツの将官。

どことなく親近感を感じるその男は、どっかで見たような顔をしていた。

 

見たところ、中年。四十半ばから五十辺りと言ったところだろう。

頭髪は見事なまでに禿げ上がっているが、未練のような物を全く感じさせない様子で剃り上げられている故に、その容貌を醜い物にはしていなかった。

 

彫りの深い精力的な眼に、自信ありげな口元。白人特有の高い鼻は、彼の貴族的な風貌を更に引き立ている。

 

脂ぎっているわけでもなく、枯れているわけでもない。野心家ではないが、素直な質でもないのだろう。さほど背が高いわけでもないが、彼の身体を満たす自信がそれを巨躯に見せていた。

 

「はっきり言うな、プロシアの参謀長」

 

「同盟国の王妃といえど、この場では軍人。である以上は歯に着せる衣は持ち合わせておりません」

 

ハッキリ物事を言う男だ。

軍人とは物事を適切に把握し、ありのままを報告しなければならない。でないと、戦力の把握もままならないからだ。

 

この男は、その点一流だろう。

 

「毛利中将。閣下は陸の戦は畑違いであろうが、問わせてもらう」

 

瞑目し、軽く頭を下げる。

返事は返さないが、一応は肯定の意志を伝えたつもりだった。

 

「包囲された第一機巧師団は、その後どのような機動を取るべきであったか」

 

「劣勢な左翼を食い破るべきだったであろうと愚考いたします。参謀長閣下」

 

戦術・戦略的行動ならば兎も角、機動ならばそれが一番よかったのだろう。

劣勢な左翼を食い破り、周囲の部隊と連携。崩れた包囲を逆包囲する。

 

それならば、孤軍の奮闘という不確定な戦果に頼ることもなかった。

 

「では、戦術的行動においては?」

 

「食い破った左翼から自身を起点として逆包囲を行い、殲滅すべきでししょう」

 

「包囲、か……我々の思考は合致しているようだが、どうかな?」

 

「その通りであろうと思われます、参謀長閣下」

 

プロシアの参謀長。

否、今はドイツと名を変えた大陸軍国の参謀長と言えば、一人しか居ない。

 

ヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケ。

 

通称、小モルトケ。

 

シェリーフェン・プランの修正者であり、その実行者になるであろう男である。

 

「グローリア妃」

 

「何ですか、毛利中将」

 

「此度の演習、先程までは私は軍人としてこの場に在りました」

 

「今から違う、と?」

 

「はい」

 

傍らに控えていた加賀さんに目配せし、胸当てからある物を出させる。

 

それは札であり、機械を仕舞うための器であった。

 

「これからは兵器を売りにきた技術者として話させていただきます」

 

札の中心部から、凄まじい落下音を響かせて鉄の車が顔を出す。

 

「この兵器―――我々は戦車と呼んでいます。

これは恐らく百年経っても消えることがない、革命的なものであろうと自負しています」

 

「……魔術回路は?」

 

「ございません」

 

グローリア妃は少し怪訝な顔をし、その美しい顔をしかめた。

 

これは当たり前の反応だ。この機巧魔術隆盛の時代、魔術回路を詰まない兵器などは生まれた瞬間から枷をつけられているに等しい。

 

「しかしながら、量産に向いております」

 

魔術回路は、そう楽に作れるものではない。

熟達の職人が、必死で原本をコピーして作るためだ。

 

人の手で一つ一つ作っている以上は、生産量は限られる。それがごく一部の人間にしかできないのならば、尚更。

 

「先の叛乱騒動に於いて、機巧魔術一辺倒の時代は終わったものと思われます。これからは機巧魔術は機巧魔術によってその隆盛ぶりを陰らせ、一層不確定な物として発展していくことになるでしょう」

 

「―――『絶対王権』と同じような物が数多つくられるであろう、と?」

 

「その可能性は否定できません」

 

あなたの居る薔薇の師団では、量産出来ていることだし、と心の中で呟く。

こちらが知っていることを悟られてはならない。情報は、秘匿して使ってこそ意味がある。

 

「買いましょう。幾らですか?」

 

「生産機構ごとお譲りするならば、550万ポンドいただきます」

 

「我が大英帝国に構える工業拠点・人員ごと買い取れ、と?」

 

「そちらの方が得かと」

 

550万ポンド。現在のイギリス国防費の16分1にも匹敵する、巨額であった。

だが、未だ未発達の技術をある程度発達した状態で渡すのだ。

これは実に得な買い物だと―――

 

「650万ポンド払おう。その技術、我が国に売ってはくれないか」

 

すさまじい横槍が入り、グローリア妃の視線が小モルトケを貫く。

 

そんなものはまるで気にしていないとばかりに、小モルトケは更に言い募った。

 

「閣下からは戦艦を一隻、設計図ごと買い取った。実にいい出来だったと聞いている」

 

「ご評価いただき光栄です。が、貴国には別の型を用意してありますから、そちらを見てから値段を決めていただければ幸いです」

 

「ほう……」

 

空気を読める加賀さんがすぐさま新たな札を胸当てから取り出し、再び鉄の車をこの場へ呼び出す。

 

―――如何にもドイツらしい、重厚なデザインの戦車を。

 

「―――これはいいな」

 

「個人の好み―――と言うよりは、民族の好みでしょうが―――それに合わせて設計するのが私の主義なので、先の戦車は諦めていただけると幸いです」

 

「ああ、そうする」

 

虎のような獰猛さを放つ車体に魅了されたのか、冷たい鉄に手を当てる。

ドイツ人らしすぎるほどにドイツ人らしい反応だった。

 

「では、性能をお見せいたします」

 

まるで恋人と別れるかのように名残惜しげに手を離す小モルトケの様子に苦笑しつつ、何重もの『魔防』纏わせた大柄な人形を的に設置。説明を開始する。

 

「速射性能、命中精度、威力。これを測るため、硬度ランク8の魔防を三重に重ねたものを的として使用いたします。なお、硬度ランク8とは世界水準―――即ち、大砲を弾き返す程度の硬度とします」

 

指を一回鳴らし、中に入れておいた意志無き自動人形を起動。

数秒後に戦車は滑らかに動き出した。

 

「耳をふさぐことを推奨します」

 

そう言ったが早いか、大砲に勝るとも劣らない轟音が場を引き裂く。

 

イギリス用戦車とドイツ用戦車、二両の備える砲塔から放たれた71口径8.8cmの砲弾が空を穿たんとばかりに飛翔し、三重の魔防を軽々本体ごと撃ち抜いた。

 

この一弾で、この戦車という兵器が大砲三発分以上のエネルギーを持っていることは誰の目にも理解できた。

 

「………700万ポンドで、この戦車の技術は買い取らせてもらいます」

 

「750万ポンド。マルクで支払うことになるが、もう持ち帰っても構わないかね?」

 

明らかな見栄の張り合いをドイツが制し、小モルトケは再び発射後の戦車へと触れ、親しむ。

 

本当に、彼はドイツ人らしすぎるほどにらしかった。

 

「では、その値で技術ごと売らせていただきます。何か不具合があったならば、いつでもリヴァプール郊外の工廠へ電話を」

 

手際よく契約書にサインをし、握手を交わす。

 

巧みに隠してはいる物の、グローリア妃からは加賀さんですらわかる程の警戒の視線をいただき、小モルトケからは子供のような気持ちの高ぶりをいただいた商談は、終わった。

 

後は日本に帰るだけである。

 

「毛利中将」

 

「はい」

 

「この戦車に、名はあるのかね?」

 

契約書にサインを済ませた後も熱心に使用書と取扱説明書を読みふけっていた小モルトケが、相変わらず未知に触れた喜びをむき出しにしてそう問うた。

 

「一応はあります。ですが、命名は参謀長閣下に任せたいと思うのですが―――」

 

「願ってもないことだ」

 

一瞬の躊躇いもなく、承諾が来る。

まだまだ興奮醒めぬ様子で、ヘルムート・ヨハン・ルートヴィヒ・フォン・モルトケ参謀長は、口を開いた。

 

「ティーガーⅠと言うのは、どうだろうか」

 

強固な装甲と、射程の長い大威力の砲。

 

「素晴らしい物だと思います」

 

無機質ながら運動性と合理性に満ち溢れた美しい車体は、まさに虎の名に相応しかった。

 

―――さて、商談は済んだ。資金は充分に確保したし、陸軍からの要請も得た。

 

(完成形を、作るかね)

 

設計図は、頭の中に。

夕張と明石が居れば、三日でパーツの土台となる型というべき物は作り終えるだろう。

 

さあ、始めるか。

 

今まで何種か作りながらも、量産してこなかった日本用戦車。

試金石を経て、それが現実の物となろうとしていた。




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