ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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八月二日

死んでもいいよ、と答えるべきだったのか。

 

そんな煩悶が、脳を過ぎった。

 

酒を注ぎ、一気に飲む。

アルコールが回ってきたのか、身体はほどよく酔っていた。

 

「加賀さん?」

 

隣に居た彼女の存在感が、突然消えた。

 

それに代わるようにして柔らかな重みと、高い体温が肩から伝わる。

鋭い視線を放つジト眼は穏やかに閉じられ、規則的な呼吸音が耳朶を打つ。

 

月見酒に興じていた飲み相手は、完全に寝てしまっていた。

 

「……寝たのか」

 

最近は何かにせっつかれるように積極的な攻めの姿勢を見せる加賀さんのことだから、遂に実力行使で籠絡しにきたのかと思ったが……変なところで抜けている。

 

正直なところ、俺も男。こんな美人の中でも一位二位を争う和風美人、しかもこの実際豊満な胸部装甲を持つ者に迫られては理性が弾け飛んでいたであろう。

 

ただでさえ最近女遊びをしていないのだ。ともすれば徹夜コースもありうる。

 

「加賀さん、男の前で寝ちゃいかんよ」

 

好き勝手に弄られて、取り返しのつかないことになるよと言いかけて、止めた。

 

起こすために身体を揺すったことでバランスを崩したのか、胸元を柔らかな髪がくすぐる。

 

(いい匂いだな)

 

加賀さん抱くときは、匂いを隅々まで嗅いでから抱きたい。

この匂いは、いい。身体全体も柔らかいから抱き枕にぴったりだろう。

 

ムラムラするのが難点だが、いい匂いがして柔らかいってのは抱き枕として最高だ。

 

(……いかんな。本音がボロボロ出始めている)

 

酒を飲むと体面とか何やらが無くなっていくのだから恐ろしい。

 

加賀さんをおぶって寝室まで運び、丁寧に敷かれた布団にまで下ろす。

 

疲れが風呂と酒で一気に噴き出したのか、堪らなく眠い。

 

 

―――加賀さんがお夜食を用意して待っているようですから、今晩は家に帰っていただけませんか?

 

差し入れの昼飯をたかりに来たのかと思いきや、赤城から出たのはそんな言葉だった。

 

(今日は女遊びに興じて、酒と女で爆睡するつもりだったんだがなぁ……)

 

寝れないときは、酒。

あと、女。

 

最早これらは俺の強制睡眠薬と化している。

早い話が寝るためにはこれら、或いはどちらかをいただかなくてはまともに寝付けないのだ。

 

「だけどまあ、待ちぼうけを食らわせるわけにもいかんわな……」

 

しっとりとした黒髪を撫で、少し離れた場所に布団を敷く。

 

ただただ眠かった。酒の持つ睡眠薬めいた成分がようやく効いてきたらしい。

 

「寝てるよな?」

 

何回か頬をぺちぺち叩き、少し寝返りを打った加賀さんの寝顔を見て、言う。

 

「―――死んでもいいよ」

 

『月が綺麗ですね』は、『I love you』。

『死んでもいいよ』は、『I love you too』或いは『yours』。つまりは告白と、その告白の答えである。

 

今は面と向かっては言えないけれども、いつかはこう……抱きしめながら耳元でいいたい物だと思う。

 

長門への愛は薄れていない。むしろ離ればなれになっているが故に、再会したときに爆発しそうな気もする。

しかし、加賀さんが俺の心の中で占める値をガンガン上げてきているのも、また事実。

 

―――告白イコール振られるの前提な俺には、告白の返事なんぞは荷が重すぎるのだ。

 

(やるなら自分からやろう)

 

そして見事、玉が砕け散るが如く華麗に粉砕されよう。

何故なら俺は男だから。

 

そんなくだらないプライドに踊らされながら、彼は静かに眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女はと言うと。

 

(……嬉しい)

 

少し離れた左隣に、提督の日本人離れした―――つまり、相当に長身な―――身体がぼすりと倒れ、布団にくるまった時。

 

(嬉しい、嬉しい、嬉しい、嬉しい―――)

 

何度も繰り返し『お返事』反芻し、頭を喜色が染め上げていく。

 

すぐに寝てしまった彼にバレないように、柔らかい枕を胸に抱いた。

 

(これが、幸せ?)

 

涙がポロポロと零れ、胸の奥が何度も疼く。

甘い、少し切ない痛み。イギリスで腕を折ったときの、鈍く、不快な痛みとは違う、嬉しい疼き。

 

(これが幸せでなかったら、何だというのかしら)

 

白く、柔らかい枕が涙を吸い、ポツリポツリと雨にうたれたかのようにシミをつくっていく。

 

(寝起きがよくて、よかった……低血圧だけど、今日だけは意識の覚醒が早くて、よかった……)

 

彼女は声を出して泣くタイプではない。

どちらかと言えば、黙ってポロポロと涙をこぼすタイプだった。

 

そしてその涙は、非常に長引く傾向にあった。

 

(提督、提督、ていとく、ていとく……)

 

枕を胸から上げ、頭に押しつけるようにして抱き締める。

 

最早彼女は、スーパー妄想モードに入っていた。

 

頭に押しつけられたこの枕が、身体を包む布団が提督だったら、とか言う恒例のやつである。

 

幸か不幸か、彼女は未来予測を映像化することに優れた才能を発揮していた。

即ち、提督の思い描く戦い方を頭の中で映像化することに長けていたのである。

その才能は、この妄想モードに於いてもいかんなく発揮されることとなった。

 

告白して、デートして、キスをするところまで、それはもう実体験に基づいた素晴らしい妄想を、彼女はした。

枕と。

 

夢のような現実を、仮想することは容易い。

そして、実現した仮想に精密さを加えるのは、更に容易い。

 

そのことを彼女は身を以て学んだ。

枕と。

 

彼女の頭は、いつになくピンク色に染まっていたのである。

 

勘違いしないでほしいことは、これが実体験を精密に思い出し、再び機会があった時により良い行動とるためにする、謂わば反復学習であり、断じて甘い記憶をリピートしていたいからやっているのではないと言うことだ。

 

少なくとも彼女はそう思っていた。

 

「……ていとく」

 

普段の怜悧な印象を与える声を発する口から、ゾッとするような色気を含んだ声が漏れる。

 

提督が聞いていた無言で襲いかかっていたか、自分で自分を殴って気絶させていたであろう。それほどまでに、今の声は艶美だった。

 

「しあわせ……」

 

何回かめのリピートを終え、甘い胸の疼きを楽しみながら、彼女は眠りにつこうとした。

 

身体は幸福感に満たされており、頭は今まで提督と過ごしてきた楽しい日々がひたすら走馬灯の如くフラッシュバックしている。

 

彼女は今、どうしようもなく乙女だった。

 

「……?」

 

幸せを抱えて眠ろうとした瞬間、気づく。

 

(……多人数の、足音?)

 

鋭敏な聴覚は、現実の世界へと向かった。

 

多人数の、足音がする。こちらに向かって近づいてくる。

 

整然としている。乱れがない。

その一糸乱れぬ足音こそは敵は正規の訓練を受けているであろうという、証左に他ならなかった。

 

「提督」

 

夜も過ぎ去る、払暁。

 

彼女が提督と経験する、最初の『事件』と言う名の『クーデター』が、幕を開ける。

 

 

 




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