ビッグ7は沈まない   作:ドラフェノク

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次回予告。

加賀さん「死ぬがよい」

以上。


獣と楔

数時間後、叩き起こされた。

 

「なに?」

 

呂律が回らないほど爆睡していた提督は、語尾のアクセントがおかしなままに跳ね起きる。

 

彼と胸と肩に、自分の手が触れていた。

 

「夜這いか」

 

「有り得ません」

 

深夜から払暁、今現在に至るまでいっぱいいっぱいだったというのに、この上でそんなことをしでかす勇気はない。

 

ただでさえ、緊張と恥じらいであなたを見るのも苦しいと言うのに。

 

「私は今、非常に満足ですから」

 

「満足?」

 

「はい」

 

いつもの無表情―――もとい仏頂面を崩さないながらも、どこか満足げな相貌であろう自分を見ながら、目の前の彼はいつになく気の抜けた様子で一欠伸した。

 

「まあいいや、不幸じゃないんだろ?」

 

「はい」

 

「なら、俺が叩き起こされた理由を頼む」

 

彼が起きるまでに寝間着にしてしまった着物姿から、いつもの弓道袴と白い胴着へ。

 

背には矢筒、後弓。

胸にはさらしを巻き、彼女のデカい果実を押し潰すような形で胸当てがあてがわれていた。

所謂臨戦体勢に着替えていたのである。

 

「外に陸軍の一部隊が集結しています」

 

「ほう」

 

寝間着のままではあんまりだと思ったのか、畳んでおいた軍服に着替えている彼から目をそらし、俯く。

 

寝ぼけている彼は、色々と思考が甘かった。

 

(意外と筋肉が付いているのね)

 

そして自分も、理性の縛りが緩かった。

チラッと見て、俯き。再び勇気を出して見ては、更に深々と俯き。

 

着替え終わりまでには、最早彼女は畳の目を数えているが如く俯ききっていた。

 

「壮観だな」

 

窓まで歩き、彼は余裕そうな笑みを浮かべながらそうこぼした。

規模は、一個小隊くらいだろうか。そこそこ統制もとれているし、自動人形らしき影もちらほら見えた。

 

恐らくは最新鋭の機巧化師団、近衛師団の一小隊だろう。

 

「摘みに行く?」

 

「行くな行くな」

 

事実上の虐殺要請を黙殺し、居間に戻った提督を追う。

戦力が揃っている今、打開するのは簡単だ。自分をいってらっしゃいすれば全員が雑草のように命を摘まれて死亡し、彼は危機を脱せられる。

 

この場合、これは勅令かどうかが問題なのだ。

 

「加賀さんの身体は長門とか戦艦組と違って繊細なんだから、あんまり無茶はさせられないよ」

 

居間に戻って、一言目が言い訳。

それも、意外と説得力のある。

 

自分は繊細と言うか、単純に耐久性が低いのである。

航空母艦全般に言えることだが、彼女らには少し鍛えている女性くらいの耐久性しかない―――つまり、不意をつかれればあっさり人に負けたりする。

頬を叩かれて柱に頭ぶつけて気絶、みたいなこともあり得るのだ。

 

戦艦だったらまず、自動的に障壁が張られる。そして何よりも、本人たちの耐久性は半端ではない。

 

なまじっか障壁を突破したとしても銃は効かないし、刀剣もその肌を赤く腫れさせる程度な物だ。

だから、彼は遠慮なく長門さんを盾に出来たのだ。魔術回路とあわせれば、彼女は殆ど無敵の耐久性を誇るから。

 

元戦艦である自分の耐久性は航空母艦の中では高い方だが、それでも人並み。僅かに張られる障壁は紙だし、殴られれば骨も折れるだろう。

 

艦種の特性として多対一に向いているが、近寄られたら対処が追いつかなくなる=負け。空母娘はそんなピーキーな性能なのである。

 

「なら、どうするというの?」

 

「加賀さんは逃げなさい。俺はまあ、死ぬかなんかするから」

 

「お断りします」

 

正直にこぼし、誠意を見せたつもりの彼の命令を切って捨てる。

 

ついさっきのお返事がなくとも元々そんな選択肢は存在などしていなかった。

 

「あなたは一度、私を捨てました」

 

「いや、生きてほしかったからだけども」

 

「捨てました」

 

「ハイ」

 

猛禽の如き視線に射竦められ、提督はあっさりと意を翻す。

 

普段ジト眼な加賀が更に眦を鋭くさせると、最早その眼光は殺人的威圧力を持つのだ。

 

「私はあなたが死んだときに後を追おうかと思いましたが、仇を殺し尽くすまでは生き恥をさらそうと考え直し、ただひたすらに敵を討ちました」

 

「ハイ」

 

「私は、この国を守る気など更々無いわ」

 

「え?」

 

少しため息をつき、本音を漏らす。

心底驚いた彼の表情は、とても新鮮味のある物だった。

 

「……私はあなたの為に戦うけれど、国などと言う不定形であやふやな物のために命は懸けられないの」

 

「でもさ、国はこちらが裏切らない限りは裏切らないんだよ?」

 

「裏切られたくないの?」

 

思ったより、繊細なのかもしれない。

そんな感想が頭に浮かぶ。

 

もっと痛みに鈍感な質だと思っていたが、案外とそれは嘘―――と言うか、偽りだったらしかった。

 

「当たり前だろ」

 

「何故?」

 

「……裏切られ続けてきたから、かね」

 

彼が一歩後ずさった分、一歩彼へと足を進める。

上目遣いに見つめる眼には、少しの憐憫のような物があった。

 

「国は、人を簡単に裏切るわ」

 

「何?」

 

「あなたは今日と昨日の勝者かも知れないし、次の戦いで勝てば英雄とされるでしょう。

だけれど、後世……帝国主義の夢から人々が醒めたとき、あなたはその象徴となり不当に貶められることになる」

 

ピクリと眉が動き、提督の用意していた反論の言葉が封殺される。

正しい論理だと、彼の脳の思考が告げていた。

 

「違っていて?」

 

「いや、正しい」

 

「だから私は、信じられる人にだけ命を懸ける。国も人もその態度や主義は存在する限りは変わり続けるけれど―――人は生きるときが短い分、その振り幅が短いもの」

 

他の艦娘たちの中にも自分のような者はいるだろう。何せ、考えることが出来るのだから。

 

「赤城さんと、長門さんは国に忠誠を誓っているけれど、私はあなたに忠誠を誓っているし、陸奥は長門さんを応援したい、と言う側面の方が強いように思えるわ」

 

長門が長女、陸奥が次女、加賀が三女で以下土佐、天城、赤城と続く八八艦隊計画姉妹だが、出来たのは長門→加賀→天城→赤城→陸奥→土佐と続く。

 

空母を推し進めた結果、三女が次女より早く完成し、その後に続くように天城赤城の空母勢(最も天城は戦艦になったが)が完成し、条約の影響で陸奥の工事が一気に短縮されたのだ。

 

つまり、加賀にとってみれば陸奥は年下。

『さん』付けは基本的にしなくていい、と言うことになる。

 

――――その割には、赤城には『さん』をつけているのだが。

 

「木曾とかは?」

 

「木曾はあなたの後継者として相応しくなるべく邁進している傾向が強いし、明石、夕張、木曾、青葉の四人は殆どあなたの直轄。国への忠誠と言うよりは、直接関わっているあなたへ敬意が向いていることは請け負いよ」

 

気づかないようにわざと鈍くしているのか、或いは本当に鈍いのか。

 

自分の恋心に気づいてくれたから案外と前者なのではないかと思っていたが、どうやら後者のようだった。

 

彼の佩刀は、鈍。名前とは裏腹に異常な切れ味を持っている『名は体を表さない物』の典型である。

それは異常な違和感を以て彼女の頭にこびりついていたが、今ようやくわかった。

 

彼の佩刀にこの刀はピッタリだろう。

 

(斬れすぎるほどに斬れるけれど、味方に対しては鈍いのかしら)

 

提督に半ば異能のような形でくっついている敵軍電探が全く反応を見せていないところを見ると、日本の陸軍や海軍は味方だと、無邪気に思っていたのだろう。

 

「あなたは、この賊軍達の蛮行に対して、どのような罪を問うつもりなの?」

 

「責任者を予備役に入らせて、指導者を何年か牢にぶち込むってのが妥当だろ。俺が恨みを買いすぎたってのもあるだろうし」

 

絶句した。あまりの甘さに絶句した。

 

変えようとしても無表情な自分の顔が、少し動いたような気がするほどに、絶句していた。

 

「加賀さん?」

 

「……それは、よくないわ」

 

「ん?」

 

「確かにその穏便な処置は今まであなたの行ってきた陸軍に対する融和政策に乗っ取ったものかもしれないわ。だけれど、国家百年の形を考えるならばその判断は甘いにすぎます」

 

一回間を置き、息を整える。

 

舌を普段使っていない分、こう言うときは途端に疲れてしまうのである。

 

「理性無き市民が暴徒に過ぎないように、規則無き軍は獣に過ぎません。あなたはこの獣に恩をかけ、情と利によって従わせようとしてきました。ですが、獣に一番効くのは痛みです。

ここで彼らが許されれば、彼らは味を占めてまたこのようなクーデターを起こすでしょう。

一度美味を知った獣は貪欲であり、狡猾です。如何なる些細な不満であろうと、クーデターをちらつかせて己の都合のいいように動かすに違いありません。そしてまた大きな障害が現れたならばクーデターを起こしてソレを消し、その行為は癖として精神に染み着くでしょう。そうなればどうしようもなくなることは明らかです。

獣を躾るのは、鞭と縄よ。欲を示した獣を叩きのめし、二度と刃向かわぬように抵抗の意志を粉微塵に打ち砕き、服従の姿勢を示した彼らから牙を引き抜き、爪を剥がさねばなりません。徹底的に潰し、後顧の憂いを絶つことが肝要なの。確かに一時的には陸海軍の仲は悪化するかもしれないけれど、悪いのは圧倒的にあちら。確実にその論陣を潰し、理屈をねじ込むことが出来ます。

人と獣は同じ視点で物を見れません。同一の社会で暮らすことすらできません。

この獣としての性を剥き出しにした奴らを人に近づけるには、恐怖と法によって縛り付けなければならないの。あなたは変なところで甘いから見くびられてつけあがられるし、何かと裏切られる要因を作るのだと思うわ」

 

言い切ったところで、部屋の隅に出来た影を見つめる。

 

「川内、出て来なさい」

 

「あはははは……バレてた?」

 

「ここ一体は私の知覚圏内よ。私は視界に常に入っている異常を見逃すほど間抜けではないわ」

 

後頭部をポリポリ掻きつつ、影からぬらりと現れる川内に、無言ながらも視線のみで用件の内容を促す。

 

「提督、後数分で木曾の海軍陸戦隊が到着、各地に散らばった賊軍の駆逐を開始するみたいよ。加賀さんの言ったとおり、上は陸軍にキッツいのを与えるつもりみたい」

 

「……おう」

 

「つまり奴らは潰していい、と?」

 

「ま、まあ、そうなるかなー……なんて、ね。あはははは……」

 

夜特有のハイテンションはどこへやら、軽く引き気味になって退路の影を探す川内を一瞥し、ゆっくりと立ち上がった。

 

「やっと、あなたの頭痛の種を潰せるのね」

 

「加賀さーん……あの、手加減してやって、ね?」

 

面子などと言うくだらない物に囚われていたがために提督の技術の導入が遅れ、彼の手を煩わせることになった。

 

その所為で彼は、三日ほど眠れなかった。寝ないで書類を作り、提出し、必死に合わない歯車を噛み合わせようとしていた。

 

面子などは粉々に打ち砕き、誇りなどは語らせないほどに叩きのめしてしまえば良かった。現に彼は、それができた。

だが、協調を重んじた。彼がそれを重んじるならば、それでも良いと思っていた。

 

が。

 

その協調を、恩すら知らずに砕こうとするならば。

 

恐怖と法で無理矢理に防ぐ。それで自分が恨まれようが、そんなことはどうでもいい。

 

「流石に気分が高揚します」

 

潰す。抵抗の意志をねじ伏せ、牙を引き抜く。

 

強引な手段は、自分がやる。

獣の楔には、自分がなる。

 

恐怖を以て、それをなす。

 

弓を片手に、加賀は外へと歩を進めた。




読了ありがとうございました。
加賀さんは献身的可愛い。

汚名を積極的にひっかぶっていくスタイルは、不器用な彼女らしいと思いましたので、こういうことになりました。
自分の無表情故の誤解されやすさを逆手に取った形になりますね。


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