ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
???「落ちろ!」
前者の方が、静かな分怖い。
扉が開き、外へと歩みを進める。
「キンバラー………いや、金薔薇さん。やるならば私の邪魔にならないようにお願いします」
「何じゃ、気づいとったのか」
言葉に含まれる、二重の意味。
その外見とは裏腹な深みと凄みを与える声が響き、大気中に散らばっていた瘴気が集う。
実体は成していない物の、それは確かに金薔薇の魔力に相違なかった。
「我々の行動原理は一致しています。今だけならば共に歩むことも可能でしょう?」
「言いおるわ」
黒い靄。空中に浮かぶそれがさも愉快そうに蠢き、笑う。
「殺すか」
「いえ」
ゆっくり首を振り、こちらを向く。
女である自分から見ても、羨むほどの美人だった。
「温いの、お主も。恩情をかけてやるとは―――」
「見せしめです」
言い終わる前に、彼女は理由を言い切った。
恩情などは、獣にかけるものではない。つけあがらないように、根源的な恐怖を植え付ける。
それへの処刑と、その一族に対する苛烈な処置によって。
「それもありじゃな」
「あと、行動不能にまで抑えられるならばなお宜しいかと」
「――理由」
「動けないままに死が迫るというのは、より上質な恐怖を与えられます」
そう言った途端、一斉に発射音が鳴り響く。
遅い。怠慢だ。自分が姿を見せてから二分はあった。ならば、疾うに射殺し終えていなければならない。
木曾の陸戦隊ならそうしたし、自分の艦載機ならばそれができる。
標敵を目の前にして力なく地面に墜ちる銃弾を後目に、金薔薇の声が飛んだ。
「処罰は?」
「全員死んでいただきます。そして、賊軍に参加した一兵卒に至るまでの名を公開するつもりよ」
「……愚息の何でもない一言で悶えてた奴と同一人物とは思えんの」
サッと頬に血が上り、手に持つ弓で靄を打つ。
「…………いつから?」
「月が云々から、ずっとじゃ。砂糖を吐くかと思うたわ」
やっと実体を現した金薔薇の額に矢が突き刺さり、突き刺さった矢を両断するように飛翔した矢が寸分狙いを違わずに突き刺さる。
「痛いの、鬼よ――――」
事も無げに霧散して実体をなした金薔薇の額に、再び矢が突き刺さった。
「忘れなさい」
「いや、あんなコーヒー必須なピンク―――」
喉と額。
弓と言う名の速射砲でも持っているのかと思うほどに速く、精密な二射を受け、流石の金薔薇も倒れ伏す。
まあ、三度事も無げに復活してのけたのだが。
「忘れなさい」
「……………おう」
尋常ではない眼光と、鷹を思わせる眦に怯んだのか、或いは蛇一族は鷹には勝てないのか。金薔薇はあっさりと諦めた。
からかって生存が可能な存在がこの世に一人くらいしかいないことを、三回目でやっと理解したのである。
「では、時間稼ぎは頼みました」
「艦載機は出さんのか?」
「帝都で軍人の火器の使用は禁じられています」
ルールだからやらないのではなく、自分がそれを提督に迷惑がかかるから、やらない。
(……愚息と同じく、危ういのぉ)
従順すぎるほどに従順な―――素晴らしく献身的な愛だが、自分の身を省みない危うさを孕んでいる、歪さ。
価値を他者に求め、受け入れられたならばどっぷりと依存しそうなほどに、危うい。
精神的主柱を喪うことはないだろうが、心にぽっかりと穴があくだろう。
「……何か?」
「いいや、別段」
心から愛しき者を喪うのは、辛い。死にたいとすら思えるし、男遊びの酷かった自分ですら、夫を喪ったときはこの身を朽ちらせようかとも思った。
しかし、依存はしていなかったから立ち直れた。その立ち直りの早さ(約五年)は他者に怒りと鬱憤をぶつけられるテロリストである彼女だからこそのものだったのだろう。
しかし、目の前にいる女は違う。
溜めて、溜めて、溜めて、必死に悲しみと怒りをひたすら心に満たし、耐えて、遂には狂う。一人しか見ていないから、その一人が居なくなったときどうしようもなくなってしまう感じだろう。
(性格的には依存しあえる分、相性がいいんじゃろうが、何分寿命の問題がの……)
遺してはならない感じな者を遺してしまえば、あまりにも不幸な結果になりかねない。
(忠告をしておくか?)
不幸にしたくなければ突き放せ、みたいなこと理を尽くして言わずとも察してくれる。
そうすれば確実に息子は彼女を優しく突き放すだろう。
その手の演技を大事に思う他人のためにやれる男だと言う確信が、母としての彼女にはあった。
(突き放して、どうなるかが問題じゃな)
ふっ切れるとは、思えない。
突き放された最初は、ひたすら自分の悪いところを探して、直すだろう。何回も何回も直して、必死に好かれようとする。
下手に飼い慣らしてしまったのが、仇になった。
夫の如く例えるならば、彼女は鷹だ。人に従う気など微塵もなく、誇り高い賢明な鳥。
人に従えば、これほど有用な鳥はない。そして、死ぬまで従うと決めた時に抱いた忠誠を忘れない。
叩かれても叩かれても何度でも舞い戻り、また叩かれる。
これは例えであり、実際は鳥でもない叩かれることはない。だが、最早やりようがない。詰んでる。
(ナガトも落ちんし、寿命さえあればいい感じになるはずなんじゃが)
毒の霧を、ふわりと帝都に巻いていく。
即効性の麻痺毒であり、範囲は提督の住居近辺に止まっているし、何よりも数秒後には空気に分解されて残留しない。
数分だがなんだか知らないが、時間稼ぎにはぴったりだろう。
「……準備完了、退避を」
霧散した身体を纏め、息子の嫁候補の斜め後ろへと下がった。
感じようとすらしなくともわかる、莫大な魔力。それが今、放たれ―――
「あ」
鉄仮面が驚きに染まり、その後にしくじったとばかりに口元を結ぶ。
「どうした」
「馬鹿が一つミスをしたわ」
「ぬ?」
「今、目の前を銃弾が過ぎったときに集中がぷっつりと逝ったみたい」
冷や汗が流れる。
待った。待て待て待て。
「…………」
「範囲指定が不明確らしいけれど―――まあ、見渡す限りは敵なのだし、構わないでしょう」
かまう。構う。と言うか、時間稼ぎが必要とすると言うことはそれ、かなり大規模な魔術なのではないか。
そして、艦載機をとばす余裕すらないくらいな集中をしなければならないのではないか。
非常識な『薔薇の師団』の大幹部から、極めて常識的な突っ込みが入る。
「落ちなさい」
手を振りかざし、冷徹なまでに采を下す。
光が揺らぎ、街灯がひしゃげた。
闇夜が落ちてきたようにぐらりとブレ、空と大地が鳴動する。
舗装された道路や建物こそ無事だったが、前に展開していた部隊は、その悉くが大地に伏していた。
「……なんじゃこりゃ」
空の鳴動は静まらず、未だ敵を圧し苛む。
最早災害か何かとしか形容しようがない一撃が、石でも放るかのように放たれていた。
「……被害は街灯だけかしら」
なお、陸軍は被害に含まない模様。
そんな突っ込みを入れたくなる自分を抑えながら、彼女の次なる言葉を待った。
人に殺すなと言っておきながら、この殺人的範囲攻撃を見舞った感想は、謝罪は。
自分のこの倒れ伏す愚か者どもに対する苛立ちはどうしてくれるのか。
ピキリと青筋走らせながら、金薔薇は悠久にすら感じる時を無為に消費し――――
「……やりました」
彼女は心なしか、すっきりした顔でそう呟いた。
「やりました」は誤字ではありません。殺ってませんから。多分。