ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
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ふわふわとした何かさん、評価ありがとうございます!
「……加賀さん、そう言えばさ」
「?」
加賀が疲れに屈してそのまま眠りに落ち、数日後。
未だ戒厳令下の帝都にて、二人は普通に買い物に来ていた。
「ご褒美二つ目、何がいいの?」
「……帰ったら言います」
「うん」
戒厳令下とは言っても、最早騒動には片がついている。商店も正常に機能し、物流も途絶えることがなくなった。
首謀者は一時は陸軍主導の働きかけで政治の腐敗と不当な手段によって蓄えた金を身を省みず糺そうとした義士とされたが、素晴らしいスピードで皇道派が論陣から離反し、ぶち切れた陛下の意を受けた内閣と海軍によって叩き潰される羽目になったである。
提督には、何故陸軍の派閥は違えど思想が特に違うわけでもないのに、ここまで血みどろの覇権争いをするのか極めて謎だった。
「また一人、抜擢したようですが」
陸大新卒の、統制派期待の新人を。
「ああ、優秀だったからね」
「彼は元統制派。つまりあなたの命を狙った奴らの一味よ。それに彼の父は長州閥に出世を阻まれたとことがあるとか言っていたわ。あなたには恨みしかないと思うのだけれど」
東條英機。少佐任官した瞬間に憲兵司令官にまで引っ張り上げられた男であり、父の英教は中将で退役している。
東條英教は陸軍期待の俊英とは言われていたようだが、案外と出世しないままに終わっていた。
「統制派だからとか皇道派だからとかじゃなく、有能な若手は抜擢しておくべきだと思ってね。彼、天性の憲兵だし」
「下駄を頭に履くするべきではないわ。下駄は足に履いてこそのものであり、頭に戴くには適さないのだから」
「……まあ、上には鉄山が居るから大丈夫だよ。あいつを越える軍政家候補は今の陸軍にはいないからさ」
「それなら大丈夫かもしれないけれど、彼は不用心なところがあるわ。注意を促した方がよいのではなくて?」
鉄山こと、永田鉄山。三十歳と言う若さで陸軍大臣に上り詰めた傑物であり、陸軍に於ける毛利閥のリーダーを務める男である。
現在少将。彼の派閥の主な構成員達は皆が皆少将で止まっていることが特徴だった。
山下奉文、陸軍少将。現在ドイツに留学中。クーデターの電報が彼の元に着いた数時間後には自分の影響下にある将校達に私服警備を厳命した、陸軍屈指の戦車厨。
永田鉄山、陸軍少将。陸軍大臣。現在戒厳令下の東京において陸軍と海軍の関係修復に奔走中。この男の抜擢により、提督の仕事が文字通り半減した。
山口多聞、海軍少将。二航戦と高知県湾内にて雷撃の特訓をしている最中、クーデターを聞いて電撃帰還。提督邸の数十メートルほどの距離にあるホテルに泊まり、絶賛警備中。
南雲忠一、海軍少将。陸戦隊と共に押っ取り刀で駆けつけ、現在は海軍内の対陸強硬派を大論争で叩きのめしている最中。
提督曰く、『ヤバそうな奴らがいる皇道派の制御の為に皇道派に行ったらヤバい奴らが統制派に行ってしまったでござる』ということらしい。
そして代わりにまともな奴が皇道派に入ってくると言う始末。数年で派閥の質と思想が逆転してしまったあたり、無駄骨折りの極みだろう。
「一応もう、注意はしといた」
「なんと?」
「『俺ですら狙われるんだから、君の周りはガッチリ固めときな』って。だから多分大丈夫」
「そう」
頷きながら、右手をゆっくりと彼の手めがけて伸ばす。
会話が終わった後、少しの間はお互い何も喋らないのが法則化している今なら、彼が話すとき特有の大仰な手振りに行動が阻害されることはない。
「というかさ」
右手がスカッと空を切り、彼から声がかけられる。
前は声がかけられただけでも嬉しくて嬉しくてしようがなかったが、今は少し欲が出てしまった。
勿論、嬉しくはある。だが、時々声をかけられるくらいでは我慢が出来なくなったのだ。
具体的に言えば、側にいさせてほしい、と言う欲が出た。
(強欲なものね……)
伸ばし、空を切った右手をぺちりと叩く。
(つけあがりすぎよ、私)
つけあがって、見放されるのが怖い。
面と向かっては好きだ言われてないのだから、まだまだその可能性はある、と彼女は考えていた。
面と向かって好きだと言われたらもうずっと一緒にいられるのだと信じて疑わないあたり、彼女の恋愛に対する経験の乏しさが伺えるだろう。
「加賀さんが俺以外の人のことを口に出すって珍しいね」
嫉妬してくれているのかしら、とまず思った。
自分もよく嫉妬はする。特に姉に。
姉のことを話すときの彼の顔が、とても優しいものだから。
「……あなたの過労死を遅らせることが出来る数少ない人材ですから」
「なるほど。でも、元々俺は過労死で死ぬことはないから安心しなさい」
わしゃわしゃと髪を撫でられ、軽く俯き、眼を細める。
髪を触るのが、提督は好きだ。本人も意識していると思うし、自分もまた意識している。
だから手入れは欠かさないし、癖っ毛を直そうと鏡の前で数時間格闘したこともあった。
結果、敗北したが。
「提督」
「ん?」
「敵を味方にするときはその人を厳重に見て、決して心を許しては駄目よ。付け入られて殺されるなんてこともありうるわ」
「それさ、加賀さんが言うこと?」
苦笑混じりの彼の言葉が、グサリと心に突き刺さる。
そう。自分も彼を殺そうとしていた。実行には移さなかったが、穀潰し扱いされる日々の中、屈辱に耐えながらも生きていたのは彼を殺してやりたいという執念だったのだ。
「加賀さん?」
「……ごめんなさい」
泣きそうになる自分を必死に律する。墓穴を掘るとは、正にこの事だった。
「な、何で謝ってんの?」
ツカツカツカと、後を追ってくる提督から逃げるように道を進む。
道の先には、彼の家。
「加賀さん、待った待った」
少し具合の悪そうな声が耳朶を打ち、思わずその場で振り返る。
道に植えられたひっそりと立つ街路樹に寄りかかるように、提督が肩で息をしながら立っていた。
「大丈夫なの?」
「かなりヤバい。目眩がするし、吐き気がするし、頭も痛む。全身の骨が軋むように痛いし……死ぬかも」
いつになく弱々しく呟く彼の元に駆け寄り、何をするでもなくあたふたと動く。
先ほど泣きそうになった彼女は、今心が張り裂けそうだった。
「加賀、さん……」
「……はい」
こんな時でも、表情が変えられない。そんな自分を殺したくなりながら、ふらふらと近寄って行き――――
「捕まえた」
ぐいっと腕を捕まれ、彼の腕の中に身体が収まった。
「……?」
……何が起きたのかが、わからない。
「逃げてる鳥は捕まえられないけど寄ってきたんなら話は別。騙してごめんね、加賀さん」
肩と腰のあたりに手が回され、背中に筋肉質な硬い身体が当たっている。
耳元に程近いところから、愛しい人のからかうような声が聞こえた。
「……ぁ」
頭に血が上り、身体が急激に熱を持つ。
抱き締められてる。私が。
彼から、私を抱き締めてくれてる。
「もう逃げても無駄だよ」
勘違いと妄想が加速するようなセリフをかけられ、遂に彼女は爆発した。
ぽふん、と。頭の上から湯気が出る。彼女の脳が現在起こっている現象を現実として処理しきれなくなったのである。
「さあ、何で俺から逃げたのかを洗いざらい―――」
意識が心地よく飛んでいく。
幸せでオーバーヒートし、加賀はまたもや気絶した。
次回から、原作に戻るかもしれんね(適当)