ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「……ハァ」
「元気を出せ、中佐」
バルコニーから闇夜に浮かぶ月を見て溜息を付く中佐の背中に、ポンポンと手を添える。
そうこうしながら十分程経った時、中佐は緩やかに俯き気味だった身体を起こした。
「長門、移動するぞ」
唐突に、着地任せたとも何とも言わず、さもそれが自然であるかのようにバルコニーから飛び降り、何もない空中へと身を踊らせる。
「了解した」
いつものことだと言わんばかりに落下中の中佐をひっつかまえて玄関ホール前―――正面玄関へと飛び降りた彼女の顔に驚きはない。
この一見しただけならば自殺にすら見える行動は『自分の性能を一番知っており、信じられているから』こその物だと思っているからだった。というか、実際そうだった。
「何故逃げた?」
行動自体に疑問はない。だからこそ、目的を問う。
飛ぶからには飛ばねばならない理由があった、と言うことは明らかなのだから。
「黒太子が今挨拶を終えてこっちに向かってきたからな」
開けてやった扉を当然のように通り過ぎ、一瞥もなく前を進む中佐に対して投げかけた問いはすぐさま明確な答えとなって与えられた。
なる程、相手が黒太子であるならば彼が逃げるのも無理はないだろう。
「だが、逃げていてもどうにもなるまい」
ここに立っているはずの守衛が居なくなった時を見計らった行動は見事ではあるが、その優れた判断力と情報収集力もただ一点『逃走』に費やされてしまっては文字通り宝の持ち腐れ、と言うヤツだろう。
「何か去年訪ねてきて以来スカウトが執拗だからさぁ……一々言葉遣いに気を使うのも面倒だし」
「本音が出たな。いや、本音しかないのか」
物理的に広い視野を持つ中佐の斜め後ろに追従しつつ、戦艦長門は首を傾げる。
数年前、ワシントンで海軍の軍縮会議が開かれるかも知れないと言う旨を伝えにきた黒太子は、当時の海軍大臣であるところの加藤友三郎にこう言った。
『貴国の艦隊を作り上げた者は一介の大尉だと言う。その者を我が国に技術顧問として招きたいのだが、どうだろうか』
現中佐、この当時大尉。スカウトかけられた彼はこの当時、支援してくれる上官を通じて航空母艦の重要性を秘密裏に説き続けていたのだが、今まで目標にしていた英国からの突然の提案と太子自らの訪問は、国際社会を大いに賑わせた。
そして結果的に婉曲に断ったとは言え、この事件は軍内に於ける彼の地位と価値を高めることに繋がったのである。
あの英国も認める技術者であるならば、あの大尉はもしかして天才なのではないか?と。
正史とは違い、第一次世界大戦は起こっていない。それはつまり英国が未だ世界一の強国の地位を保ち続けていると言うことであり、その英国の次期君主が一介の技術者に目を付けたというのは、デカかった。
もとより艦隊という物をどうするかと言うことに関しての発想力とそれを実行するための技術力に掛けては天才の部類に入ったが、国内ではそれほど認められていなかった。
国外に於いても注目を集める程度だった。
彼の飛翔と彼と戦艦長門との再会は、黒太子エドマンドの来訪とスカウトによって始まったと言っても過言ではないのだが……
「俺はさ、日本の軍隊ってやつを愛してんのよ」
「良いことだな」
「英国の技術顧問にはなりたくないわけ。わかる?」
「本国も許さないだろうしな」
サッサと社交場の扉を開け、エドマンドから丁度死角になるであろう位置へと移動する。
「ぉ」
「どうした」
そさくさと移動を終えた中佐の目に、とある自動人形が写った。
―――朧富士。陸軍近衛師団直属の自動人形にして、陸軍に協力している天才・花柳斎硝子の『失敗作』が、この場にいた。
「戦うところを見てみたいもんだな」
「朧富士、か?
だとするならば、何故奴がここにいるんだ?」
「そりゃあアレだ。国威を示すいつもの儀式だろ」
そこらからよそってきた料理を食べながら、ごく当たり前の答えを返す。
エドマンドは……まだ来てないな。奴の視界に俺が隠れてるカーテンはない。
「よく許可が出たものだな」
近衛師団直属と言う身分であるならば、早々簡単に身動きは取れないはずだというのに。
ごく当たり前の答えに対し、ごく当たり前の感想を返した長門をチラ見する。
クソ。こいつはもう美人なんだからもう……
「来てるってことは許可取ったってことだろうさ。それより食うか?これ、美味いぞ」
フォークで突き刺したステーキを口元にまで運び、全く関係のない問いを投げる。
「いただこう」
どことなく場違いのような感じがしないこともない凛とした声音でそう返した長門の口が開かれ、その中に肉を運び終えた瞬間、凄まじい轟音が鳴り響いた。
「長門、敵だ。数は六。お前は交戦許可は出ていない以上、俺の護衛に付いているままと言うことでいいな?」
「ああ」
黒太子エドマンドの視界に写る複数の影。
合計数が六であることから、術者三人自動人形三体の集団であると仮定する。
「最優先目的は嘗ての同盟国の英国の太子。次いでうちの全権大使だが……」
「彼の者にも護衛の自動人形がついている。優先順位は変更しなくともよいだろう」
情報を吐き出した後に無言で視線を交わし、互いの顔を見て頷いた。
「この場の責任者は英国だ。エドマンドの奴に許可を求めた方がいい」
「了解した。私は貴様を守る場合のみでしか戦闘は認められていないが、この際全ての襲撃者を貴様に害をなす者として認識した……ことにする」
発砲許可を得るべきこの場ではあるが、咄嗟に動けた者はそう多くはなかった。
この場に集まったのは高級軍人であり、彼等は反射神経と危機管理が鋭敏でない。動けるであろう黒太子と名を取るエドマンドの護衛も奇襲によって破られている。
各国の全権大使に付けられた護衛は職務に忠実であったばっかりにエドマンドの無事を省みない。
動けたのは、戦艦長門と朧富士。
距離を詰め、まるでその身がエドマンドの盾であるかのようにして敵の攻撃からエドマンドを庇おうと立ちはだかった。
それを好機と捉えたであろう術者が歓喜の声を上げる。
無理もない。これ以上ないと思えるほどの完全な隙だったのだから。
されども、身体が勝手に動いてしまったがために明確な隙を晒してしまったまま壊されるほど、花柳斎硝子の作った自動人形は甘くない。
空間が軋み、彼女に向かっていた近接型と思しき自動人形が一撃も与えられることなく地に沈む。
彼女の魔術回路は基本的にこの場で明してしまってよいものではない。ただ、風聞のみが在ればよかった。故に高級軍人である近衛師団の軍人たちは朧富士に動ける程度の魔力を回していなかったのだろう。
とどめまでは刺せなかったものの、力を減衰されても機敏に動き、尚且つあるだけの魔力を振り絞って攻撃をした朧富士は立派だった。
彼女は非常に自己中心的であり、後にとある人物にかなり盲目的な愛を抱くことになるが、この時点では辛うじてまともな部類に入ると言っていい。
嘗てはエドマンドを、今は途中に存在する障害である朧富士を貫くべく、敵の自動人形はエネルギー弾のような物を口内から吐き出し―――
「危ない、危ない」
続いて放たれた次弾ごと、突如として空中で静止した。
「本当にな」
二体の遠距離戦型自動人形の攻撃を防ぎきった中佐に続くように、地から起き上がり鋼鉄の拳を振るってきた近接型の自動人形の一撃をしっかりと受け止める。
艤装が無くとも、そこらに居る自動人形に負けるほど戦艦長門は柔ではなかった。
「大英帝国皇太子エドマンド様、交戦許可をいただいても宜しいでしょうか」
死ぬほど会いたくない相手を庇わなければならないのも職業軍人の辛いところか。
そんな諦めにも似た感情を抱きながら、エドマンドへ最敬礼を行う。
「許す」
お前の決断の早さだけは好みだよ、全く。
「御英断、感謝いたします」
軍人として出来うる限りの礼を尽くし、立ち上がる。
「長門、艤装に変えるぞ」
「頼む」
本来の実力を発揮できない状況での戦闘だと言うのに敵を圧倒しつつあった長門に声を掛け、懐に入れておいた名刺入れからカードを引き出す。
「これだ」
デフォルメされた長門が描かれた絵柄の上部に『センカンナガト・ギソウ』と銘打たれたカードを腰に吊っていた銃に読み込ませると、前で一方的に殴り抜いていた長門の身体の周りに硬質な灰色をした艤装が浮上した。
腰を覆うような巨大な砲台に、トレードマークの角と首輪。着物にいつもの菊の御紋入りベルトが、腰と腕にも軽いアーマーが装着され、引き締まった腹が剥き出しになる。
長い脚を膝下まで覆うブーツ、その鋼鉄の踵を以て眼前の自動人形を蹴り飛ばし、聯合艦隊の旗艦は高らかに告げた。
「戦艦長門、交戦を開始する」
砲は室内故に使用不可。そう判断した長門は、侵入者が突入してきたガラス窓へと徐々に追い込んでいく。
重ねるフェイントと確実な打撃。その顔に焦りはなく、敵を侮る傲りもない。
「流石だね、君の長門は」
「太子様、恐れながら戦艦長門は自分の私物ではありません」
術者から供給される魔力を強制的に絶たれた自動人形を窓から蹴り落とし、銃口から漏れ出した煙を吹き消す。
「アレは護国の為の存在です」
眼前には、腹部に風穴が空いた自動人形。
「戦闘、完了した」
無傷の相棒が、そこに居た。
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