ビッグ7は沈まない 作:ドラフェノク
「赤城神、この種馬野郎に懺悔させてください」
「はい、何ですか?」
空母寮・赤城部屋。
日本海軍横浜鎮守府内にあるそれに、提督は片膝ついて訪れていた。
「先日私は、とんでもないことをしでかしてしまったのです」
「……お聞きしましょう」
「あなたの2Pカラーに―――」
「手を出したんですか!?」
赤城部屋内から、飛龍の声。
この異常事態に面食らった提督の懺悔が一時止まり、静かになった赤城部屋内からガムテープを引き裂く音が響く。
「はい、懺悔の続きをどうぞ」
「あの、赤城神。今人妻空母の野次馬根性に満ちあふれた声が―――」
「あなたの邪念です。加賀さんに向ける罪悪感が、幻聴を作り出したのです」
「ははっ――」
神のお告げに従い、愚かな男は懺悔を再開する。
端から見れば茶番だが、本人たちから見れば大真面目だった。
「あなたの2Pカラー……加賀さんに、劣情を抱いてしまったのです」
「遂にそこまできてしまったのですね」
「…………はい」
手から血が流れるほどに強く握り締め、愚者はとうとうと述べ始めた。
「加賀さんから抱き締めて欲しいと言われたので、私は対面で抱き締めたのです」
「キャ――――!」
「翔鶴姉、叫びたい気持ちはわかるけど静かにしなきゃダメ!提督さんにバレちゃ―――」
またも響く、ガムテープの切断音。
どさりと何が放り出され、赤城部屋から音が消えた。
「赤城神。今、五航戦が―――」
「幻聴です」
神のお告げに従い、従順な愚者は三度続きを述べる。
抱き締めたら何か興奮してきて、身体を離そうとしたら耳元で妖艶な、とすら形容できる言葉が熱っぽく呟かれたこと。
そして、木曾が訪ねてこなかったら確実に抱いていたこと。
それらを淀みなく言い切り、提督は赤城神へと言上した。
「赤城神よ」
「はい」
「この愚者は、どうすりゃ償えるでしょうか?
何かもう、加賀さんを女としか見れなくなってしまったんです」
捧げ物のお手製焼き菓子を献上し、祈るように跪いたまま待つ。
因みにこの焼き菓子、朝からせっせと作っていることを加賀に見られ、『誰に渡すの?』と聞かれて『赤城』と答えざるを得なかった曰く付きの品である。
それを聞いた加賀さんはむくれていたとか、何とか。
「わかりました。ならばあなたに相応しき採決を皆で相談しましょう」
赤城部屋の窓が閉められ、赤城は窓際から内部へと帰還する。
室内には、ガムテープを口に貼られた正規空母三隻と、蒼龍。
「……蒼龍さん、彼らの戒めを」
「あ、はーい」
ぺりぺりぺりとガムテープを剥がし、防音ガラスの制度を確かめてから、赤城神は高らかに宣言した。
「第二回、正妻空母審議会を開始します!」
「ドンドンパフパフー!」
ガムテープを剥がされた飛龍が調子よく合いの手を打ち、浮いた空気が更に浮く。
端から見れば、だが。
他人の色恋話ほど、楽しい物はないのである。
「提督もよく保ちましたね……」
空母トップクラスを誇る爆乳を机に押しつけ、焼き菓子を頬張る蒼龍に約一名から羨望とも非難ともつかない視線が浴びせられた。
言うまでもなく、五航戦の黒い方である。
「どっちが先に落とせるかって言う話をしたのが遠い昔に感じるから……相当な要塞だったことは確かだよね」
初手ガムテープで封殺されていた人妻空母がボソリとこぼし、その場に集った皆が頷いた。
随分前からせっせと堀を埋め、外壁を壊し、長門という金城鉄壁にぶち当たってからは城下に続く穴を掘り。
「ですが皆さん、このままでは加賀さんの天下は冬までです」
ここまで攻め抜けたのも、金城鉄壁の守将が不在だったことが大きい。
三日天下になるか、或いは繁栄を謳歌できるかはこの三、四ヶ月にかかっているのだか。
「……正直なところ、提督さんのどこがいいのかがあんまりわかんな―――」
瑞鶴の背後の空間が揺らぎ、振り袖袴が姿を現す。
黒い胸当て、2Pカラー。話の渦中の人のしめやかなエントリーである。
「五航戦、何を話しているかは知らないけれど……少し汗をかきに行きましょう?」
返事する間もなく揺らいだ空間に引きずり込まれ、瑞鶴が居た場所に2Pカラーが姿を現した。
常日頃見せている、例のジト目で。
「赤城さん、何を話していたの?」
「な、何でもありませんよ、加賀さん」
ジト目が更にジトッとした風味を帯び、問い詰めるでもなく見続ける。
「……まあ、いいわ」
早々に嫌疑の追求を引っ込め、加賀は背後の空間に罅を入れた。
ガラスのように罅が広がっていき、再び揺らぎを取り戻す。
何回見ても、不可解極まりない魔術回路だった。
「失礼しました、赤城さん」
揺らぎの中に、2Pカラーが消えていく。
サイドテールがぴこぴこしているところ見るに、彼女は相当に機嫌がいいようだった。
「嵐のように来て、去っていきましたね……」
「瑞鶴のこと、心配じゃないの?
相当演習漬けにされるよ、あれ」
「加賀さんは瑞鶴の為になることしかさせませんから、姉としては安心できるんです」
同じ妹として何か思うところあったのか、若干顔を引きつらせながら問う飛龍に、全く動じることなく翔鶴が返す。
(加賀さんの演習は多聞丸並だからなぁ……)
自分がやって当然だと言うことを何段階にも分けて結果的にやらせる、加賀にとっては当然でありながら他からすれば―――同じ一航戦の赤城からでさえ―――辛すぎる物なのだ。
他の三人が話し合うのを後目に、飛龍は瑞鶴の無事を切に願った。
「艦載機の運用という高等技術はあなたには無理なようだから、基本からやりましょうか」
「……ハイ」
攻めれば七面鳥の如く撃ち落とされ、守れば蜂の巣。
艦載機運用の腕の差が戦力の圧倒的な差であることを教えられた瑞鶴は、力なく頷いた。
連れてこられたのは、何故か鎮守府内にある射場。
「……あなたは艦載機運用において、何が一番大事だと考えているの?」
「そりゃあ……発射してバラけた後、如何にして艦載機へ意志を精密に、正確に、素早く伝えるか、でしょ?」
「そうよ」
またピシャリと否定されるのかと思いきや、帰ってきたのは肯定。
建造された三日後からの伝統だった『質問に答えたらピシャリと否定される』と言う恒例事象が不発に終わり、瑞鶴は思わずガバリと身を起こした。
「あんた、頭大丈夫な―――」
髪一本掠ることなく、ツインテールの結び目二つに矢が突き立つ。
「……何か?」
「な、何でも……」
壁にめり込んだ矢二本を回収した加賀は、静かな目で瑞鶴を見据える。
五航戦は、まだまだ未熟に過ぎた。
素質に関して言うならば、瑞鶴に至っては自分以上の物を持っているが、まだまだ未開花だった。
「……矢を射るとき、軌道を思い浮かべなさい。どう進み、どのような形で艦載機へとなるのか。あなたの艦載機は矢を放ってからまずやることが『軌道の修正』。一拍の間にそれを済ますあなたは対したものだけれど、その一拍がいざという時の命取りになるわ」
「……私は、あんたみたいにはできないわ」
「当たり前よ」
的に射られた矢が、吸い込まれるように中心の黒に向かい、刺さった。
二矢をつがえ、放つ。
加賀は残身すらとらず、くるりと身を翻した。
「あなたは私になれない。だけれど―――」
前に射られた矢を真っ二つに切り裂き、矢が的の中心に突き立つ。
完璧とも言える、精密射撃だった。
「私もあなたにはなれないわ」
「……は?」
瑞鶴の一言は、どちらに向かって放たれたものかどうかはわからない。
或いは、両方になのかもしれないが。
「あなたの身体には少し疲労がたまっています。ですが、やってやれないことはないでしょう」
射場から、瑞鶴の前へ。
綺麗な歩法で静かに移動した加賀は、感情を多分に含んだ声で、言った。
「矢からの艦載機は、私たちに乗っている指揮官を守るための最終手段。精々私目指して精進しなさい」
「相変わらずな上から―――」
「それなりに」
言い掛けた言葉が、止まる。
「それなりにだけれど、期待はしているわ」
去っていく足音を捉えながら、手をきつく握りしめた。
「まったく」
狡い。誰に教えられたのかは知らないが、働かせ方が狡いに過ぎる。
「あんなこと言われたら、やんないわけにはいかないじゃない―――!」
建造された三日目に見様見真似で放った一矢。
それが誰を真似した物だかを、あいつはしってるんじゃないか?
「絶対、追いついてやるから……!」
―――初めてそれを見たとき、綺麗だと思った。
放ち方が堂に入っていて、一つの偶像として完成していたのだ。
その完成された姿勢に一つの変化が現れる度に、考え抜いた。
そしていつもいつも、その自分しか気づいていないような僅かな変化には、何百倍ものパフォーマンスが込められている。
憧れて、教えを請うたのはいつだったか。
『あなたでは無理よ』
そう言われたことだけは覚えているが、日にちまではわからない。
その頃から今まで、顔に物を叩きつけるようなピシャリとした言葉の選び方は変わっていないことは確かだ。
今ならば、無理な理由もわかる。
単純に、身体が出来ていなかったのだ。身体が出来ている人の姿勢を、出来ていない人が真似をしても意味はないし、下手をすれば身体を壊す。
そのことをわかっていたから、自分の射る姿勢を見る度に嫌みったらしく言ったのだ。
『あなたには無理よ』、と。
尊敬反転して憎さ百倍。提督さん曰く『瑞鶴反抗期』に入ったときには、射る姿勢は変えていた。
変えて、自分の身体と相談して近づけていく。
その何回目かの調整を経て、初めて褒められた。
『マシになったわね』、と。
「また、あんたの口からその言葉引き出してやるから―――」
一射目、真ん中。
「―――覚悟してなさい!」
二射目。両断を経て、真ん中。
「見事なもんだね」
「!?」
相変わらず、気配がない。
空母娘は、空間認識能力に優れており、気配察知に秀でている。
だが、何回やってもこの男の気配は掴めなかった。
「提督さんか……」
「加賀さんじゃなくて悪かったな」
皮肉たっぷりの言葉を真っ赤になって否定しようと口を開いた瞬間、目の前に何かが放られる。
「何よ、これ」
「まあ飲みんさい」
蓋を開けて匂いを嗅ぎ、恐る恐る口をつけて、飲み干す。
それは飲むや否やスーッと身体に染み渡った。
骨まで染みるほどに疲れていたはずの身体が普段の活力を取り戻していく。
「……疲労回復?」
「そ。まあ、それを使っていい気になって寝ないでいると倒れるけど」
「いや、そんなに寝ないの提督さんくらいだから」
「それもそうか」
透き通るような、いやに病的な笑みを浮かべ、提督は夜の射場に立っていた。
窓から月明かりが射し、中々に風情がある景色である。
「……提督さん、大丈夫?」
「ん?」
「その……身体。悪いの?」
「……さあな」
首を傾げ、軽くおどけたようにそうこぼす。
……待ち望んだ否定は、返ってこなかった。
「無理すんのも大概にしてよね、全く」
「お、瑞鶴から言われんのは珍しいな」
「……提督さんが死んじゃったらさ、加賀さんがどうなるかとか、考えたことある?」
押し黙る。
考えていなかったとかそんなところだろうと、瑞鶴は見た。
「……提督さんはさ、提督さんが思ってるよりも多くの人から慕われてるんだから、そう簡単に命を捨てないでね?」
「約束は出来ないが、善処しよう」
「ははは……」
暖簾に腕押し、と言うやつか。
そう一人ごちて、瑞鶴は頭をかく。
「瑞鶴」
「何?提督さん」
「俺が死んだら、加賀さんのことは頼むよ」
「何それ。やっぱり死ぬの?」
「人はいつかは死ぬもんだ」
そもそも論しか話さないことに辟易し、黙る。
そもそも、何故このような遺言タイムになったのだろうか。
「そりゃあ、今日加賀さんに『私が沈んだらそれは私の過失です。ですが、その場合は瑞鶴に司令部を移してください。
順序が違うけれど、あの子は私の後継となる艦よ』って言われたからだよ」
「は?」
「いや、事実事実」
呆けた私の手を掴み、そのまま本日二度目の揺らぎに身体が投げ込まれる。
「さあ、帰ろうじゃないか」
温かいかどうかは甚だ微妙な食卓が、待っていた。
つまり、加賀さんはツンデレでもあるんだよ!←台無し